春めく風に その眼差しに



「いい天気だなぁ……」
 言って目を眇める天真の、伽羅の髪が陽に透ける。詩紋の金髪ほどではないがやはり京では異色だった天真のその髪の色は、ここ、天真たちの住む世界においても稀少の部類に入ることを、泰明はこちらにきて初めて知った。
 人工的に手を加えて、色を抜いたり染めたりしている者は多くいるが、彼のように生まれつき色が薄いのは、まったくいないわけではないが、珍しい。
 春の陽差しに似合う色だ、泰明は思った。
「綺麗だな」
「ああ」
「──いや、違う」
「? 違う? あ、桜? 空?」
「お前だ」
「はぁっ?」
「髪が陽に透けて、綺麗だ」
「…………泰明。お前な」
 噛み合わないやりとりの後、足りない言葉を補って言い直すと、天真は大きくため息をついた。ぐしゃりと髪を掴んで俯く、その耳が赤い。
「何だ?」
「そーゆーコトうっかり言うんじゃねぇって、何度言ったらわかるんだよ」
「『うっかり』言ったわけではない。綺麗だと思ったからそう口にしたまでのことだ。お前だっていつも言うだろう」
「俺とお前とじゃ違うだろ」
「違わない。そう言ったのはお前だ」
 たとえ泰明が女の腹から生まれたものではなくとも。人にあらざるチカラを持つものだとしても、何ら変わらない、人間だと。そう言ったのは、異世界よりやってきた神子であり、神子と共にやってきた、天真だった。
「それは言ったけど。今のはそーゆー意味じゃなくて。っつか、何度も言ってンだろ、お前にそんな顔されると俺……」
「その意味でも同じことだ。お前は私のことばかり言うが、自覚がないのは、天真、お前の方だ。お前にそんなことを言われて、私が何も思わないとでも思っているのか?」
 素直に感情を表す瞳が泰明を見つめる。そんな愛おしさの溢れるような視線を向けられて、人の情を理解し得ないヒトガタならばまだしも、泰明が何も思わないはずがない。その熱に、煽られないはずはない。
 自覚がないというのは罪深いものだね、と、京にいた頃、同じ八葉の仲間となった友雅に言われたことを思いだした。
 彼はその後、彼自身の情熱に出会うことができただろうか、そんなことまでも思う。出会えていればいいと。
 泰明は出会った。泰明の情熱に。情熱を引き出してくれる人に。
「天真」
「……くそ、何の罰だよ。我慢大会なんかしてる場合じゃねぇだろ……」
 昨夜の熱の名残を掘り起こすのは簡単だ。だが抱き合うことがすべてではないと、泰明も知っている。ふたりで過ごす瞬間、ひとつひとつがすべて愛おしいのだと。
「──今日は桜を見に来たのだろう」
 宥めるのは泰明の役目だ。暗黙の了解ではないが、自然とそうなることが多い。
 天真がほっと息をついた。泰明自身の心情のせいもあるのか、それは安心したようにも残念そうにも聞こえた。
 他の花見客に交じり、川沿いの並木を歩く。
 京で泰明が見慣れていた桜よりも花の色が薄い。間近に迫る民家への配慮か、下の方の大枝を切って上へと伸びるよう手が加えられている。まるで小山のように枝を広げ花を咲かせていた京の桜に比べ、その様は、泰明の目には窮屈そうに映った。色の薄さもあいまって、どこか天真を連想させる。
「植物って、話しかけてやると応えるんだってさ。あかねが言ってた」
「……神子が?」
「ああ。花が綺麗だって褒めてやるともっと綺麗に咲くんだって。──テレビのニュースとかで山ん中の桜とか見ると、こんな街中の桜は窮屈でかわいそうだと思うけど、それでもこれだけ綺麗に咲いてるってコトは、こいつらも、これはこれで満足してるってコトなのかもな」
「天真……」
「日々あくせく生きてる人間たちの、心の処方箋ってヤツだもんな」
 友人にするような気安い仕草で、天真が木の幹を叩いて笑う。気づくと泰明は問いかけていた。
「──お前は、満足か?」
「あ?」
 怪訝な顔をした天真が考えながら口を開く。
「あー……、満足っつーか……ん〜、いろいろと上手くいかねぇことも多いけど、全部思い通りになるわけもねぇし。──今は蘭もいるし、お前もいるから、後のことは自分の力で何とかしてくっきゃねぇだろ」
「そうか」
「ああ」
 自信に満ちた笑みを浮かべる姿は、初めて会ったときの、苛立ちを抱えた天真とは違う。健やかな、心地よい気が天真を包み込んでいる。
「──お前らしいな」
「そうか?」
「ああ。見ていて気持ちがいい」
「ぅん……?」
「心の処方箋、というものだな」
「褒めすぎだってソレ」
 何も出ないぞと天真が笑う。病を治すというのでなくとも、心を健やかに保つ働きをするのならば、それは処方箋と言っていいだろう。
 どうすればもっと幸福な気持ちになれるかは、文字で記されているわけではないが、見ればわかる。
 指示に従うように、泰明は手を伸ばした。笑いを収め、こちらを見る天真の、陽に透ける髪に指先が触れる。
「やすあ……」
 顔を寄せ、ほぼ同じ高さにある唇に口づけた。軽く啄んで離れると、天真がこくりと息を飲んだ。
「桜、見に来たんじゃなかったのかよ」
「見に来た。──だが、桜はもう見たな?」
 桜は見た。春の穏やかな陽差しも、風に揺れるたび天真の髪が陽に透け色を変える様も、もう充分に楽しんだ。
「……くそっ……」
 眉を寄せて、小さく吐き出す天真の息が熱い。
「不満か?」
「じゃねぇ。──ちくしょう、お前いつからそんな技身につけたんだよ……」
「お前が学校に行っている間は暇だからな、『てれび』でいろいろ学んでいるが」
「──昼ドラかよ」
 くそう、とまた呟いて、天真の腕が泰明を掴んだ。
「おい、泰明。人のこと挑発したからには、きっちり責任とってもらうからな」
 覚えてろよと睨む姿も、泰明にはまた愛おしいものだった。


     fin.



こめんと(by ひろな)          2011.6.4

大変お久しぶりな遙か更新です。
とはいえ新作ではないのですが……。
2007年に出した、天真BD本『天藍』からの再録です。収録CPが、天泰と友天とかゆー誰得俺得本ww
この頃から嗜好は変わってなかったのね……と、4年ぶりに読み返してしみじみしました。

先日、ツイッタで昭和腐女子(#showa_fujoshi)とかゆータグが流行りまして。見たら、もういろいろ超懐かしくて。遙か(1)はたぶん昭和腐女子と昭平腐女子らへんだと思われます。
んで。自らの歴史を振り返りつつ、ああそうだこれUPしてないや、と思い出したので、UPしてみた次第です。
遙かの更新は、今回の、この天泰&友天UPでおしまいになると思います。
でも過去作品含め、公開はしたままにしておきますので、ふと思い出したときにでも、見に来ていただければ幸いです。




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