茜色に染まり始めた空を背負って天真が帰ってくると、ぱたぱたと軽い足音がやってき た。 「天真先輩! お帰りなさい!」 なんだ詩紋か、といささかがっかりしつつ、何食わぬ顔で帰還の挨拶をする。 「ちょうど良かった。藤姫が呼んでるよ」 「あぁ? 藤姫が?」 詩紋の案内で廊下を渡る。到着したその部屋の光景に、天真は大きく目を見開いた。 「なん……っだ? みんなして」 「天真殿、お帰りなさいませ」 「藤姫、どうしたんだよこれ。今日は何か……。──あ!?」 思い至ったらしい天真の叫び声に、藤姫は肩をすくめてくすくす笑った。 「ええ。──神子様から、本日は天真殿の“お誕生日”だと伺いましたので、ささやかな がら宴の席を用意させていただきました」 思わずあかねを見ると、照れながらも得意そうな嬉しそうな笑顔が返ってくる。こんな、 八葉勢揃いの大事になるとは思っていなかった天真は、心から驚いていた。てっきり、あ かねと詩紋が何かしてくれる程度だと思っていたのだ。 「天真くん、お誕生日おめでとう。天真くんの席はこっちだよ」 あかねと詩紋に案内されて席につく。両隣に二人が座るその席は、丸く円を描くように 膳が据えられていた。 「この席ね、八葉に上下なんかないって、あかねちゃんが言い出したんだよ」 こそっと隣で詩紋が囁く。あかねらしい、と天真は笑った。 特に楽師などを呼ぶわけでもなく、ただ会話と食事を楽しむだけの席は、充分に天真の 心に潤いを与えた。 皆それなりに楽しんでいるらしい様子を見ながら思う。性格も育った環境も、生まれた 世界さえも違うこの八人を、彼女は良くここまでまとめたものだと。最初はどうなること かと思ったが、あんなに得体の知れないいけ好かないヤローだと思っていた頼久のことを、 今の自分は青龍の相棒だと認めている。相棒として友人として信頼を寄せるきっかけを作っ てくれたのも、彼女だった。他の皆も、それぞれ彼女の言動に励まされ、新しい物の見方 を知り、──今ではそれぞれに他の七人とあかねや藤姫を認めるようになった。すごい力 だ、ただの女の子なのに。変なとこで気が強くて、心配性で、ドジでおっちょこちょいで、 優しくて……。 「──天真くん? どうしたの?」 あかねの呼びかけに、天真はふと我に返った。訝しげに見上げてくるあかねに何でもな いと返して、少し赤くなる。ポン、と頭に手を置いて、髪を掻き回すように撫でる。 「うわっ!? ──な、なに?」 「あかね。────サンキュ」 あかねが大きく目を瞠った。ふいっと顔を背けた天真の視界の隅で、花が咲くようにあ かねが笑う。その笑顔が何よりのプレゼントだと思ったが、さすがに恥ずかしいので口に はしなかった。 「天真、お前に渡したい物がある」 頼久の声に、皆が話を止めて振り返る。頼久の視線を受けてイノリが立ち上がり、天真 のところまで歩いてくると、手に持った包みをずいっと差し出した。 「天真。“たんじょーび”、オメデトな。コレは、オレと頼久からの“たんじょーびぷれ ぜんと”ってヤツだ。──開けて見ろよ」 「あ、ああ、サンキュ」 促されて包みを解き、現れた物に目を瞠る。立ち上がり、すっと鞘から抜くと、それは 美しく光を返した。 「これ……」 「ほう、それは見事だね。頼久の見立てかい? それとも、もしやイノリのお師匠殿の… …」 友雅の声に、イノリが自慢げに胸を張る。 「ああ、オレのお師匠様の、特注の品だぜ! ホントなら、お前なんかにゃもったいない くらいのモンなんだからな、ありがたく思えよ!」 「天真、これからも共に、神子殿をお守りしていこう」 「ああ! 頼久、イノリ、ありがとう、ありがたく使わせてもらうぜ」 手の中の剣をぐっと握りしめて、天真は強い意志をみなぎらせた笑みを浮かべた。 「天真殿、誕生日おめでとうございます。私たちからは、楽の音を贈らせていただきます」 「鷹通。──と、友雅と、……永泉?」 続いて立ち上がった3人の組み合わせに、天真はいささか驚いた。おずおずと、永泉が 口を開く。 「あ、あの……。私にできることと言ったら、笛を吹くくらいしか思いつかなかったので ……」 「永泉。──いーじゃねぇか、そんだけ吹ければ。俺もあんたの笛は好きだぜ」 「ありがとうございます」 「ふふっ、君の口からそんな言葉を聞けるとはね。それはご期待に添えるよう頑張らなく てはいけないな」 そう言うと、友雅はすっと床に腰を下ろした。鷹通と永泉も座り、それぞれの楽器を手 に曲を奏で始める。静かな夜の中に、美しい音色が沁みていく。京に蔓延る穢れを洗い流 すかのような清らかな音だった。 「すごい、きれいだね……」 「ああ……」 あかねの囁きに、小さく頷き返す。楽が止み、余韻を味わう間の後、顔を上げた3人に 皆は拍手を贈った。鷹通や友雅に比べ、早くに出家した永泉はこうした場で奏でることに 慣れていないのだろう、ほっとした笑みをもらした。 「天真。私からはこれをやろう」 「泰明、──と、お? これ……お守りか?」 すっと手を差し出され勢いで受け取ってしまってから、天真は手の中のものに目を落と した。それは、手の中に握り込めるくらいの大きさのお守りのようである。 「ああ、お前はすぐに感情が高ぶり気が乱れるからな。これで少しは抑えられるだろう」 「な……っ! ────ちっ、余計なお世話だぜ。まぁ、もらっといてやるよ」 「お前が一番神子の近くにいるのだ。お前が気を乱すと神子にまで影響する。それでは困 る」 常と変わらぬ調子で告げる泰明に、天真とあかねがかっと顔を赤くする。 「なっ何言ってンだお前……っ!」 「? 私はただ事実を言ったまでだが」 「ははっ、泰明、あまり二人を困らせてはいけないよ」 「友雅。──私は何か神子たちを困らせるようなことを言ったのか?」 きょとんと首を傾げた泰明を、実に楽しげな表情で友雅が引き寄せた。 「友雅ッ! てめぇ余計なこと言うんじゃねぇぞっっ!!」 「ふふふっ。さて、どうしようかねぇ」 「天真先輩落ち着いて。大丈夫だよ、友雅さんが何か言っても泰明さんにはきっと通じな いし」 「そーゆー問題じゃねぇだろ詩紋……」 賑やかな一団から目を離して隣を見ると、藤姫がきょとんと目を丸くしてその騒ぎを見 つめている。あかねの視線に気づき、藤姫は口元に手を当てて首を傾げた。 「神子様? なぜ天真殿は怒ってらっしゃるのですか? 泰明殿の仰るとおり、天真殿が 誰よりも神子様のお近くにいらっしゃるのは事実ですのに」 「えっ……。──な、なんでだろうね、あははは……」 再びきょとんと首を傾げ、藤姫は静かに立ち上がった。 「天真殿、少し落ち着いてくださいませ。──友雅殿、泰明殿に良からぬことを吹き込む のはおやめください」 「おや、藤姫、どうして良からぬことだと?」 「それくらい、顔を見ればわかります」 断言した藤姫に友雅は目を瞠り、やがて髪を後ろに払って微笑みを浮かべた。 「それほどまでに私のことを見てくれていたとは……嬉しいね」 「──っ友雅殿ッ!!」 「ふふっ。──ところで藤姫、君からの贈り物はいったい何なのかな?」 「あ、そうでしたわ。──詩紋殿、」 くるっと振り返った藤姫の呼びかけに応えて立ち上がった詩紋が、部屋の隅から何かの 包みを腕に抱えて戻ってきた。こちらは平たく、中に入っている物もやわらかい物のよう である。 「はい、天真先輩、お誕生日おめでとうございます。これはボクと藤姫からのプレゼント。 新しい着物なんだ。気に入ってもらえるといいんだけど……」 「へぇ……」 「天真殿、ぜひ当ててみてくださいな」 頷いて、包みを解く。紺色の布の中から出てきたのは、やわらかくも鮮やかな山吹色。 天真だけでなく、他の者もその意外な色合いに目を瞠った。 ぱさりとかすかに音を立てて、天真が着物を羽織る。すると、程良く日に焼けた肌、下 に着た青の着物の上で、その山吹はことのほか映えて見えた。 「まあ、よかった。とってもお似合いですわ!」 「うん! 天真先輩、すごくかっこいい!」 「これは驚いたね、馬子にも衣装といったところかな」 「なっ! 友雅、お前それ褒めてないだろーが!」 「おや、分かってしまったのか」 「ったりめーだ!」 「ふふっ。──ほら、天真、見てごらん。神子殿が熱心に君を見つめているよ」 「えっ」 つられて後ろを振り返ると、赤くなった頬を手で押さえているあかねと目が合った。同 時に息を詰め、ぱっと視線をそらす。 うわ……っ、どうしよう、私絶対カオ真っ赤になってるっ! こんなじゃ天真くんの顔 見らんないよぉ……っっ! パニックに陥ったあかねの耳に、ふと笛の音が聞こえた。驚いて顔を上げると、やはり 笛の主は永泉である。波立った心がちょうど落ち着いたところで笛の音は止み、永泉が顔 を上げた。 「差し出がましいかとも思ったのですが、神子が動揺されているようでしたので……」 「えっ、あ、ううん、ありがとう永泉さん」 すっかりいつもの調子を取り戻して微笑むあかねに、永泉も穏やかな笑みを返す。 「天真くん!」 よし、と気合いを入れて、あかねは天真に歩み寄った。 「私からのプレゼントはこれ。だけど、まだ開けちゃダメだからね。──このパーティが 終わるまで、絶対見ちゃダメだよっ!」 「お、おう……」 そう言って手渡されたあかねからのプレゼントは、一通の手紙。一体何が書いてあるの かとても気になったが、約束してしまった手前開けるわけにもいかない。ちらっと手紙に 視線を落とし、ため息をついて天真はそれを帯の間に挟んだ。 宴が終わり、帰途につく面々を見送って、天真はふとあかねの姿がないことに気がつい た。一瞬ぎくりとして、はたと手紙の存在を思い出す。慌てて手紙を広げ文面を見ると、 天真は即座に走り出した。 「──あかねっ!」 裏庭に回ると、果たしてそこに、あかねはいた。膝ほどの高さの石の上に乗っている。 声に振り返り天真の姿を認め、あかねはかすかに頬を赤らめた。 「あかね。──なんだよこれ……」 裏庭で待ってるね。手紙には、そう記されていた。呼び出された意図が分からず近づい た天真の肩に、細い腕が伸びる。 「天真くん、お誕生日おめでとう」 声とともに、額にやわらかいものが触れた。驚いて顔を上げると、照れ笑いを浮かべた あかねがいた。 「へへっ、一度やってみたかったんだ」 「あかね……。────なんかお前のこと見上げんのって変な感じすんな」 言うなり細い身体をひょいっと抱き上げ地面に降ろしてしまう。悲鳴を上げてあかねが しがみついた。 「ん、やっぱこのほうが落ち着く」 満足げに笑って、天真はあかねの頬に手を添え顔を寄せた。fin. ![]() こめんと(by ひろな) 2001.4.2 ←ぎりぎり……(^^;) ふひ〜っ、つかれたぁ〜〜っ。 まさかこんなに長くなるとわ……。疲れましたよ、マジで。 やっぱり八葉+あかね・藤姫の総勢10人は大変でした。しかも、みんな初書き状態だし(笑)。天真と友雅は、実は初書きではなかったりするんですが(笑)、後はみんな、正真正銘の、初めてでした。でもなんか楽しかったぞ!? この話の中で、天あかは既に公認状態ならしいですね。そして裏カップリングは友藤です♪(笑)好きなのよ〜、この二人〜っv 実はなにげに、遙かの中での一番萌えカップリングかも知れん(笑)。遙かは、なんか、ノーマル寄りですね、私。でもBLもネタありますが(爆)。ま、そのうち書くでしょう、たぶん。 藤姫と詩紋が天真にあげたnew着物の色は、リヒトに助言を仰ぎました。りっひ〜、アリガト♪ しかし書きながら思ったんだが、イノリんトコって、鍛冶屋は鍛冶屋でも、刀鍛冶じゃぁ、ないよねぇ……?(苦笑) ま、気にしないでね、他にもいくつかツッコミどころあるけど、初書きってことで、免除してやってくださいm(_ _)m |