夏休み


 鋭い陽差しが目を射り、アスファルトの照り返しと熱気が肌にまとわりつく。
 そんな、うんざりするような“夏”を、あかねは感慨を持って受け止めていた。
 ──だがしかし、暑いものは暑い。
 肩から下げたトートバッグの中身がまた、うんざり気分を強調させてもいる。
「あーあ、もう、天真くんまだかなぁ……」
 と、その呟きを待っていたかのようなタイミングでぽんと頭をはたかれ、軽くかぶって
いた帽子が視界の上半分を隠した。
「あかね、行くぞ」
 五分の遅刻を詫びる言葉もなしに、天真はあかねの腕を掴むなりすたすたと歩き出す。
これで人違いだったら誘拐じゃないのかなどと的外れなことを考えてから、天真の目指す
方向がいつもと違うことに気がついた。
「あれっ? 天真くん、ちょっとどこ行くの? 予備校あっちだよ?」
「そんなの知ってるって。方向音痴のお前と一緒にすんな」
「ひどー……。ねぇ、天真くんてば、予備校、」
「うるせっ、やめだやめ!」
「ええ〜っ?」
「夏休みだってのに、毎日毎日ベンキョーなんかしてられっか! お前もさぼれ、海行く
ぞ海!」
「ちょっ、ちょっと天真くん〜??」


 今日を鬼の手から護り、あかねと天真、詩紋、そして天真の妹の蘭を加えた四人は、無
事に元いた世界に戻ることができた。京での日々が嘘のように、何事もなく平穏に時は流
れ、蘭は三つ年下の学友達との中学生活をそれなりに楽しんでいるし、詩紋は高校一年生
に、天真とあかねは三年生になった。そしてこの夏、大学進学を希望する二人は受験勉強
のため、予備校通いに精を出している、はずなのだが……。
「──うっわぁ〜っ! きれーいっ、気持ちいーっ!!」
 芋洗い状態の人混みが予想される遊泳区域を避け、人気の少ない海岸にやってきた二人
は、強い海風に髪をなぶられながら腕を伸ばして深呼吸をした。砂浜に停められている小
さな漁船にかかる網から磯の匂いが立ち上り、海に来たのだ、と、強く実感する。波打ち
際で遊ぶ子供連れや散歩中と思しき近所の老夫婦、それに二人と同世代くらいのカップル
が二組ほど、それくらいしか人影はなく、ちょっとした息抜きにはちょうど良い。
「お前、あんなに文句言ってたくせに、俺より嬉しそうじゃねぇか」
「えっ、だって、せっかく来たんだもん。楽しまなくっちゃ」
「……ゲンキンな奴」
 呆れた表情を作りながら、天真ははしゃぐあかねの姿を眩しそうに見つめている。その
あかねはといえば、早くもサンダルを脱ぎ捨て、波打ち際へ入って行こうとしていた。
「おい、あかね、コケんなよ。びしょぬれになんぞ」
「そんなコトしないよぉ……」
「どうだか」
「もう、大丈夫だってば! こんな何もないところで転んだりしな……っつ、」
「あかねっ!?」
 余裕の表情でぱしゃぱしゃと水の中を歩いていたあかねが、突然顔をしかめた。何事か
と、天真が慌てて駆け寄る。
「あかね、どうした!?」
「ん……、だいじょぶ、何か踏んだだけ」
「見せてみろ」
 しゃがんだ天真の肩に手を置いて、あかねは痛みを感じた方の足を持ち上げた。海水で
冷えた足首を、温かい手が支える。なんだか妙にどきどきして、あかねは息を詰めた。
「血は出てないみたいだな。────ったく、どこが「大丈夫!」だよ、心配させやがっ
て……」
「──ごめん」
「そういう奴は……──こうしてやるっ!」
「っっきゃああっ!!」
 あかねの身体を抱え上げて海に放り投げる仕草をした天真に、あかねが盛大な悲鳴を上
げてしがみついた。周りの人々が何事かと振り返る。
「──ばーか、冗談に決まってるだろ」
「〜〜っもうっ! 心臓止まるかと思ったじゃない!!」
「お前の悲鳴の方が心臓に悪ぃよ。すげー声」
「だって天真くんが……っ」
「だから冗談だっ……イテッ、痛ぇって。おい、あかね、」
 ぱこぱこと胸を叩くあかねの細い手首を掴んで引き上げると、バランスを崩した身体は
あっけないほど簡単に天真の腕の中に倒れ込んできた。はっとして離れようとするあかね
を、掴んだ腕の力を強めて引き止める。
「ちょ、ちょっ、天真く……」
「あかね、」
 耳のすぐ近くで聞こえた声の真剣な響きに、あかねが身体を硬くした。
「あんまり、心配させんなよ……」
「う、うん……」
 頬を押しつけた逞しい胸が、力強く脈打っているのを感じる。無言のまま、背中に回っ
た腕に力がこもった。
 先刻より熱を増した手のひらが頬に触れ、顔を仰向けさせられる。きゅっと目をつぶっ
たあかねにふと息をもらして、天真がすっと身体を離した。
「──ぃたっ!」
「ほら、行くぞ。メシにしようぜ」
 あかねのおでこをぱちんと指で弾いて、天真がにやりと笑みを浮かべた。
「ちょっとぉ! おでこぶたないでよ!」
「ぶちやすそーなデコしてっからだろ。高さもちょうどいいしな」
「そんなの私のせいじゃないもん!!」
「馬鹿、ムキになんなよ」
 ほら行くぞ、と大きな手が頭を引き寄せ歩き始める。
 体勢を整え隣を歩きながら、あかねは恨めしそうに天真を見上げた。
「…………天真くんのばか」
「──おい、」
 人の気も知らないで、と天真が立ち止まる。
「お前な、俺がどんな思いで……──────やめた。お前にセンサイなオトコゴコロが
わかるわけねーや」
「なによそれっ! 天真くんの方こそ、全然女の子の気持ちわかってないじゃない!」
「じゃあお前、さっきあの場でキスしても良かったのか? 言っとくけどキスだけで終わ
る保証ねーぞ」
「……っ」
 かっと赤くなり息を詰めたあかねに、天真は嘆息し、手を伸ばしてあかねの髪をくしゃ
りと混ぜた。
「馬鹿、だからいいって言っただろ。冗談……じゃねぇけど、気にしなくていいって」
 ほら、と三度あかねを促して、天真が歩みを再開した。そんな天真の背中を見つめ、あ
かねが眩しげに目を細める。
「そういやここら辺に何か有名な水族館あったよな。メシ食ったら午後はそこ行くか? 
──あかね?」
「うん♪」
 頷いて走り寄り、隣に並ぶ。
「ねぇ天真くん、今度、詩紋くんと蘭ちゃんも誘ってまた来ようね!」
「あ? ああ、いいけど……。今度って、来年か? まさか今年のうちにまた来るつもり
じゃねぇだろうな。それこそ日焼けして、2学期始まって担任にいろいろ言われんぞ」
 呆れたような天真の口調に、あかねが唇をとがらせた。
「先にさぼろうとか言い出したの天真くんじゃない。今日、私数学あったのに。大事なト
コ出てたらどうするのよ」
「一日くらいじゃ変わんねぇよ。まあ、何かあったら俺が教えてやるから安心しろって。
あ、その代わりに今度英語教えろよな」
「もーっ、自分勝手なんだから……。何でもそうやって勝手に決めちゃうんだもん」
「拗ねるなよ。アイスおごってやるから機嫌なおせ」
「……三段重ねの頼んでやる」
「三段でも五段でも好きなだけ食え。けどお前、ダイエット中とか言ってなかったか?」
「ああっ!」
「くっ。ばーか」
 肩を揺らして笑う天真にあかねが手を挙げる。ぶたれた背中をさすって天真が口を開い
た。
「いってぇ……。──ま、今日はとりあえず、勉強もダイエットも全部忘れろって。そん
で明日からまたやればいいだろ」
「──今日だけ特別?」
「そ。だから今日は思いっきり遊んで帰ろうぜ」
「うんっ!」
 思い切り頷いて、あかねは手を伸ばすと天真の腕にしがみついた。
「天真くん、早く行こっ♪」
 熱い砂に足跡を残しながら、二人は短い夏の思い出へと歩いていった。


                                    fin.
  


こめんと(byひろな)     2001.8.5

夏です。皆様、いかがお過ごしですか? ひろなはへばっています(苦笑)。だって冬生まれだもの〜。
日頃不義理をしている皆様への、ひろなの心ばかりの贈り物。暑中お見舞い代わりにもなっています(レイアウトが少し(?)違います)。お持ち帰りはフリーの方からお願いしますね(壁紙持って帰られると困るので。素材サイトさんから借りてるものだし。フリーの方の市松模様な奴は、自分で作ったのだからダイジョブ)
遥かはノーマルよりならしいですね私。なんででしょう? 早くも天あかが2作目とは。すごいな。でも他に書いてるカップリングってのが、友天と、さしあげものの頼天。……天真……(落涙)。いや、実は密かに天永とか考えたりしてるんですが、ッてまたそんなマイナーなことを…………(笑)。
しかし、これ、現代に戻ってきてからの話です。高校三年生になってるらしいですよ二人は。相変わらず好きですねー成長もの。ランディに続いて。まあ一年しか経ってないからまだマシ? っていうか森村大学行くのか、みたいな(失礼)。女子大生なあかねちゃんは見てみたいですね♪ 勝手に二人の得意科目決めてしまいましたが、当たらずとも遠からずな予感。
そういやこの話、漫画の方で、天真があまりにも哀れなので(笑)奴に少しはイイ目を見させてやろうと思って書いたはずが、結局自分からお預けにしてますよこの人。私ってばこういうの好きね。いや年頃の男の子らしくサカッてるのも好きなんですけど〜(笑)。
以上、夏らしくさわやかに攻めてみた、ひろなでした♪




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