天より落つるもの


「おはようございます、天真殿。お身体の調子はいかがですか」
 静かに声をかけて入ってきた人影に、天真はまどろみから抜けきれないまま目を向けた。
「ああ、鷹通か……」
 名を呼んだまま口をつぐみ、亜麻色に透ける髪をぐしゃりと鷲掴む。
「何ともねぇよ、心配すんな。……っつっても、心配すんなってほうが無理か」
 身を起こし、つぶやいた天真は眉をひそめ、自嘲に唇の端をゆがめた。枕元に鷹通が腰
を下ろす。
「なんとなくだけど、覚えてる。この手に握った剣で、お前たちを……殺そうとしたこと
を」
「天真殿」
 あの日、あの夜。突然呼びつけられた異世界──神子たちの元いた世界──で、世界を
破滅の危機から救うためのカギとなる最後の扉は、天真の中に隠されていた。
 他者の排除を望む、孤独の扉。
 初めこそ近寄りがたい印象を持ったものの、快活で面倒見もよく、よい印象を抱いてい
た天真にそんな一面があったことを、鷹通は驚きをもって受け止めていた。気に入らない
相手には容赦がないが、神子や詩紋を始め、八葉たちとは良好な人間関係を築いている。
妹を思ってか時折寂しそうな顔をすることはあるものの、友人たちに囲まれ笑い声を上げ
る天真は幸せそうだった。
「鷹通、……お前が呼びかけてくれて助かった」
「いえ……私の力だけでは……」
 鷹通は言葉尻を濁した。
 また別の世界から呼び寄せられた聖なる騎士の一人・炎の守護聖オスカーに剣を向けた
ときの、天真の暗い瞳が忘れられない。怨霊に取り付かれ正気を失った人間を何度か見た
ことはあるが、天真のあの目は、その比ではなかった。
 なぜあの時、自分がと思ったのか、鷹通は自分でもよくわかっていない。八葉の中では、
天真とはさほど親しい間柄でもない。確かにあの時あの場にいた人間の中では一番親しい
者だったかもしれないが、そんなのとは関係なく、自分がやらなくてはと、考える前に身
体が動いていた。
「迷惑かけたな。悪ぃ。もう……大丈夫だ」
 そう言いながら、天真は不安そうだった。
「世界の破滅を望んだことなんかない、今じゃ孤独なんてもんとも縁はないって思ってた
けど……違ったんだな」
 孤独の中に身をおいていたことがある者の言い方だった。
 妹が行方不明になってから、しばらく天真はずいぶんと荒れていたと聞く。ふと鷹通は、
今も天真の首に下がる、妹と揃いだという首飾りに目を向けた。
「その首飾り、泰明殿は護符のようなものだろうと言っていました。あなた方兄妹は、通
常の人間より陽の気が強い。だからそれを求めて陰の気を持ったもの──つまりオニや物
の怪の類が、自然と集まってきてしまうと」
「蘭が……、妹がアクラムに目をつけられたのも、そのせいだって言うのか」
「おそらく」
 気の強さを表す眉がぎゅっとしかめられる。
「どんな力持ってたって、──取りつかれて悪用されてたら意味ねぇよな」
「天真殿」
「この手で大事な奴らを守るどころか、傷つけようとしたなんて……」
「天真殿!」
 そんな弱気な天真の姿は見ていたくなかった。いつものように、一歩間違えば傲慢にさ
え思われかねない強気な言動を、その自信に満ちた姿を、とても好ましく思っていたのに。
 布団の上で強く握られた拳を、鷹通は掴んでいた。
「鷹通……?」
 髪と同様色の薄い双眸が、驚きに瞠られ鷹通を映し出す。
「孤独の呼びかけに応えず、あなたは戻ってきたではありませんか。戻ってきて……くれ
たではありませんか」
 天真の拳を握る手に、鷹通は力を込めた。今突如として自覚した想いとともに。
「──認め難いことではありますが、私もまた、あなたの陽の気に惹かれるオニと似たよ
うなものですね」
「え……」
「天真殿。私はあなたの快活さをとても好ましく思っています。あなたが明るく笑ってい
られるためなら、何だってして差し上げたい」
「……っちょ、おい……っ!?」
 目元を薄く染め、うろたえた声を上げる天真の素直さを、鷹通はいとおしく思った。
 自分の無力さを自覚しているからこそ力ある者に惹かれるのだろうとも思うが、それを
おいても天真の心許した者への空気は、彼の髪を透かす陽光のようにあたたかい。
「返事の必要はありません。ただ言いたくなっただけなのです。自分でも、らしくないと
は思いますが」
 戸惑いを隠さず、しかし天真は視線を逸らすことなく鷹通を見つめてくる。色の薄い瞳
を、鷹通はじっと見つめて微笑みを浮かべた。
「何やら後先が逆になってしまったようですが、あなたや神子殿の世界を守る役目が終わっ
たのです。これからはまた、共に力を合わせ、京の平和を取り戻しましょう」
 しばらく困ったように眉を寄せていた天真だったが、やがて力を宿した眼差しで鷹通を
見返し、口元ににやりと笑みを浮かべた。
「──ああ、そうだな」


 天より落つるものはみな美しい。
 舞い散る桜の花びら、かそけき月の光、雨垂れの音、雪の吐息。
 天より舞い降りた龍神の神子と共に、そういえばあの少年もまた天より降り来たりた者
だったと、鷹通は今更のように思った。


                                        fin.


こめんと(by ひろな)          2003.1.25

はい、お久しぶりの遙か更新は、何と天真×鷹通! ──の、つもり。だけどこれって逆……?(^^;) ていうか森村受けくさ……(黙れ)

つーこって、わかるヒトにはわかる、この話は昨年12月にあったフェスタのドラマからネタをお借りしています。横浜2日間、大阪2日間の計4日間に渡る公演のうち、私が見に行ったのは初日の昼&夜でした。結局レポートは書いていないのですが(^^;)、もう、チイチ(関智一。セキトモとも呼ばれてますが、私的にはチイチor関“くん”)が、チイチが可愛くて……っ!!!
ドラマの演出とか内容とかはさておき(賛否両論ですが、個人的にはなかなか楽しめたっす)、アホウな私は、セイランさんが妙に天真っちに優しい!(理解してる系の優しさだったのよう〜)とかいらんトコばっか見てて、あげくに天真を救うために歌を歌う鷹通さん!にモエv だって鷹通さん、「私の愛で、あなたを救うことが出来るなら……」とかってなこと言っちゃうんですよ!!? 苦しみもがく天真を押さえつけたいとか思う私とは大違いですね☆(死)
んで、歌った歌が、──はっ、タイトル忘れた(^^;)。この話ラストの、花とか雪とか綺麗だって言ってる歌。で、それってすなわち神子のことだってのはわかってるんですが、……ちょ、ちょっと、ヨコシマな方向に……(^^;)。
あ。天真の首飾りの設定は私のオリジナルです。前から考えてたのこれ♪ ほんとは天泰で使おうと思ってたんだけど、先にこっちでお披露目しちゃった(笑)。でも書きますよー天泰も!

余談ですが。チイチは4日とも出演ですが中原さんはこの日一日だけのゲスト出演で、翌日は永泉さん役の保志くんがゲストの予定だったんですね。で、私は「じゃあ明日は天真×永泉なの!? 永泉さん、愛する天真っちの危機に震えながらもけなげにがんばるのね!?(いつも守ってもらいまくりだからネ)」な〜んてコトを考えていました☆(死)




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