学校裏の井戸からこの世界に迷い込んで、もうすぐ一月が経つ。
 ひやりとした土の上に寝転がり、夜風に舞う桜の花びらを見るとはなしに見ながら、森
村天真は彼らしくもないもの思いにとらわれていた。
 いきなり異世界に迷い込んで、龍神の神子だとかそれを守る八葉だとかに選ばれてしまっ
て、ワケのわからないながらもなんとか自分たちはやってきた。すべては自分たちの住む
世界に帰るためだ。まだ、天真の心に「京を守る」という意識は薄い。自分たちの世界に
帰るために必要だから鬼と闘うのだ。そのために必要ならば、他の八葉と協力もする。だ
がもともとあまり人と関わるのを好まない天真には、それは苦痛とまではいかなくとも、
それなりに気を使うことであった。ただでさえ、詩紋とあかねを守らなければと気を張り
つめているのだ。生来の順応性の良さで京の街には慣れたが、それと人に慣れるのとはま
た違う。
「一月、か……。向こうではどんくらいの時が経ってるんだろうな……」
 同じく一月か、それともたった一週間か、はたまた一年か。
「神泉苑。ここが、俺たちが元いた世界に帰る場所…………」


「おや、こんなところで何をしているんだね」
 背後から声をかけられて天真は飛び起きた。そのしなやかさ、敏捷さは、まるで猫科の
獣のようだ。地に伏せ身構える獣の鳶色の瞳が、橘友雅の姿を捉える。鴉の濡れ羽色、光
で濃緑に輝く髪が夜風になびいた。扇を口元に当て、いつでも人をからかうような目つき
をしたこの男が、天真は気に入らない。真剣に生きるものを小馬鹿にしている目だ。
「友雅。おまえこそ何の用だよ」
 険のある目で睨みつけると、友雅はおどけて首をすくめた。
「おお、こわいねぇ。──ふふ、別に君に用があってここを訪ねたわけではないよ」
 そんなことはわかりきっている。第一天真は誰にも行き先を告げていないのだ。
「君たちが来て一月ほど経ったが、京には慣れたかな?」
「──ああ、まぁな」
「そうか。それはよかったね。神子殿も、なんだかんだと藤姫と楽しそうに話をしている。
かわいらしいことだ」
「何が言いてぇんだよ」
「神子殿は、不思議な方だね。無意識に周りを引きつける力を持っている。それが「龍神
の神子」なのか、彼女自身が持っているものなのか」
「あいつは、昔からああだぜ」
「ほう。彼女の傍にいるのはとても心地よい。心が和むような気がするよ。こうして静か
に月を見上げるときのようだ」
 柔らかい月の光。愛しい、光。
「守ってやりたくなるね」
 がばっと天真が立ち上がり歩を進めた。友雅を睨みつける。
「てめぇ何が言いたいんだ」
「こわいな。──だが私には君の方が興味深い。」
 ちらりと天真に視線をやって友雅は含み笑いを浮かべた。
「あぁ?」
「血気盛んな年ごろだね。私も君ぐらいの年にはもう少し物事に情熱的でいられたのだが、
この年になると、なかなか心動かす出来事に出会えなくなる」
 八葉のお役目は、なかなか楽しませてもらっているよ。友雅は笑った。
「君たちはおもしろいね。神子殿といい、詩紋といい、──天真、君といい、」
 伸ばされた腕を天真は振り払った。予想された反応だ、友雅ははじかれた腕を返して天
真の腕を掴んだ。もがく天真の身体を地面に押し倒し、体重をかけて押さえる。
「なにっ、すんだっ……」
「これでも私は武官なんだよ」
 余裕のある口調が気に入らない、天真の目つきがより鋭くなる。
「君たちは素直だね、ころころとすぐに表情が変わる。今までもいろいろな表情を見せて
もらったが、まだ足りないね、もっと見たい」
 友雅の瞳がきらりと光った気がした。
「今宵はどんな顔を見せてくれるのかな」
 そして友雅はすっと顔を寄せてくる。ぎょっとした天真が顔を逸らすと、唇は首筋に触
れた。びくりと身体が震えた。
「なっ、てめ……っ」
「知らないわけでもあるまい。……まあ、知らないと言うなら一から教えるのもまた一興
だ」
「ふざけんな……!」
 腕に力を込め抗うが、身体が思うようにならない。力負けしているのではない、友雅が
そういうコツを掴んだ押さえ方をしているのだ。
「本当は、今宵は神子殿を訪ねてみようと思っていたのだがね、」
 天真の抵抗を封じ込めるタイミングで友雅が口を開いた。
「てめぇ、あいつになんかしたら承知しねぇからな……!」
「ふっ、こわい顔だ。安心していいよ、今の私は神子殿よりも君に興味があると言っただ
ろう?」
 白いランニング越しに身体の横のラインを辿る。確かな手応えに、唇に浮かんだ笑みが
深くなるのを友雅は自覚した。抵抗しきれない天真の身体を、からかうように指でなぞる。
十七と言ったか、一番こういったことに興味のある年ごろだ。一夜の恋を楽しむ女達より
も初な反応が新鮮でおもしろい。
「くっ、そ……!」
 悔しさに噛みしめた唇の白さも友雅の心を煽る。もっといろんな顔をさせたい。怒りの
炎をたぎらせた顔もいい、快感を追うことのみにとらわれるのもいい、羞恥に頬を染める
ならそれもいい。もっとこの少年のいろいろな表情を見たかった。
 ランニングをたくし上げ、直に胸に触れた。敏感な身体が釣り上げられた魚のようには
ねた。まだ慣れていないのか、楽しみが増えたな。微かに笑んだ形のまま、友雅の唇が陽
に焼けた肌を辿る。
「く、んっ……」
 夜気に曝され緊張に固くなった胸の突起を繊細な指が弄ぶ。友雅の熱い舌が、味わうよ
うにそれに触れた。反射的に逃げをうつ身体を押さえ、胸を舐る唇はそのままに片手を太
股へと滑らせる。
「友雅っやめ……っ」
 押さえた身体の隙間から、友雅は天真の衣をはだけ、抜き身を手に握った。
「ッ……!!」
 証拠を掴まれて、天真が歯ぎしりした。友雅の手の中のそれは既に勃ち上がりかけてお
り、緩く撫でられると震えながらその堅さを増していく。
「威勢の良いことだ」
 相変わらずの涼しげな口調で、若い獣の羞恥を煽る。人を睨み殺すことさえできそうな
眼差しは、けれど確かに友雅の愛撫で高められていく困惑を中に含んでいた。
「気持ち良いのだろう? 素直になって良いんだよ」
「だ、れが……!」
「ならば素直になれるようにしてあげよう」
 言うなり友雅は天真を握る手に力を込めた。痛みにまじる快感に、天真の顔が歪む。
「く……っ」
 先端に向け強く手を滑らせた後、今度は逆に、根本のほうへ向かってそっと撫でる。そ
のままやわらかく揉むように手のひらで包むと、獣が逃げるように腰を捩った。
「っぅ、あ……っ」
 喉の奥で低い呻きが聞こえる。それは女たちの甲高い嬌声よりよほど友雅の鼓膜を心を
震わせる、甘美な音色だった。緩やかな笑みと同じ速度で手を動かすと、引き締まった腹
部に力が入り、友雅の身体を挟んだ脚がひくりと震える。表情は頑なだが、素直な身体だ。
「どうだい、人肌というのは心地良いだろう。──私の手でさえこうなのだから、愛しい
神子殿の小さな手は、一体どれほどの快楽を君に与えてくれるのだろうね……」
「ってめぇ……っ!」
 あからさまな挑発に、快感に流されかけた獣の眼に力がよみがえる。しかし組み敷かれ、
抜き身を掴まれたままの体勢では反撃はままならない。屈辱に歪む顔の中、色素の薄い瞳
が友雅を捉える。月光に濡れたように光る髪をかきあげて、友雅はゆったりと微笑んだ。
「天真、私は何も君を私の恋人に欲しいと言っているのではないよ。ただ、今宵の月の光
の中で、君の新しい表情を見てみたいと言っているだけだ」
「るせぇ……っ」
「こうして撫でられて感じるのは悪いことではない。ただ楽しめば良いのだよ」
「誰が……ってめぇなんかと……っ!」
 先刻からの堂々巡りに、友雅が苦笑を漏らす。それすら天真には癇に障るようで、また
眼の中の光が力を増した。
「私の手に少しでも快楽を感じているのなら、それは君が楽しんでいる証拠だ」
 勝ち誇った笑みに、ぎりりと奥歯が音を立てる。身体を押さえる手はそのままに、抜き
身の方の手をはずして、友雅は獣の頬をそっと撫でた。
「あまり歯は噛まない方が良い。戦いの時に食いしばれなくなる。力が入らなくなるよ」
 そして掠めるように唇が触れた。眼を瞠る天真に、友雅が笑う。
「こんな子供騙しでなく、目も眩むような口づけを教えてあげたいところだが、私もまだ
命は惜しいからね。悪いがこれで許してもらえるとありがたいな」
「何が…………っっ!」
「もっとも、君が私の舌を食いちぎらずに受け入れてくれるのならもちろん話は別だ」
「ふざけるな……っ」
「ふふっ、冗談が通じない男だねぇ君も」
 まあいい。ゆるりと笑って、再び抜き身に絡んだ手が動き始める。不意打ちに跳ねた身
体を押さえつけて、獣が呻く。
「くっ……ぅっ……アッ……く・そ……っ」
 身を捩って逃げる腰の動きが天真の限界を友雅に教えた。的確に獣を追いつめる手が、
最後の高みに向かって天真を押し出す。
「ぅんっ……っあ、アァ……ッ!!」
 喉を仰け反らせて月に吠え、しなやかな身体が痙攣する。快楽の残滓を絞り出してやり
ながら、友雅は汗の浮いた顔を眺めて満足げな笑みを浮かべた。
「初めてにしては、なかなかよく耐えたね」
 はだけた下肢を整え手を離すと、素早い動きで獣が飛び退いた。達した直後だというの
に、俊敏な反応だ。それほど私のそばが恐いのか、友雅の唇にまた笑みが刻まれる。
「友雅っ! てめぇ、何しやがる!」
「おや、あれだけの愛撫を受けてまだわからないのかい? 言葉を口にしないと伝わらな
いとは、悲しいが、仕方がない。──天真、私は君に興味があると言っているのだよ」
 しれっと言ってのける友雅に天真が警戒の眼差しを向けるが、今更だ。
「興味、だって……?」
「ふふっ、今宵はなかなか楽しい一時を過ごすことができたよ。本当はもっといろいろな
君の姿を見てみたいものだが、あまり一度に手に入れてしまうとすぐに飽きてしまうから
ね、それは次の楽しみに取っておくことにしよう」
「次なんかあるか……っ!」
 喚く天真にくすりと笑って、友雅は髪を払うとすっと立ち上がった。
「さあ……、それは、月の気まぐれに期待するしかないだろうね。少なくとも桃源郷より
は近い」
「はぁっ!?」
「ふふ、こちらの話だよ」
 妖艶な笑みを浮かべて去る後ろ姿を、警戒を解けないままに見送る。やがてその姿が見
えなくなると、天真はようやく息をつき、どさりと地面に寝転がった。
「くそ……っ、なんなんだあいつ……っ」
 両手を髪に差し入れがしがしと引っ掻き回す。と、掴まれていた手首に微かな痛みを感
じて顔をしかめた。宙に浮かせた両の手首を眺め、中空に懸かる月を見上げる。
「桃源郷、って……」
 確か、中国に伝わる幻の理想郷がそんな名前だった気がする。遠い幻、高すぎる理想、
辿り着けない人外の秘境、──手に入れられないものの象徴だ。
「──くそっ、ますますわかんねぇ……」
 再び髪を掻き回して、勢いを付けて立ち上がる。
「ああくそ、埒があかねぇっ! やめだやめ! 帰って寝るぞ!」
 門をくぐる瞬間、誰かに呼ばれたような気がしてふと振り返った。もちろんそこに人の
姿はなく、ただ時折吹く風に桜の花びらが散るだけだ。
「必ず、元いた世界に帰ってやる……」
 今までいた場所も、今いる場所も、夢でも幻でもない、現実だ。この街を襲う怨霊も、
自分たちを守る龍神の力とやらも、その力の元に集った八葉も。
「あかねは必ず、俺が守る。──必ず守り抜いて、元の世界に帰るんだ……!」
 左腕に埋まった宝玉を押さえて誓いの言葉を口にする天真を、桜の樹の上から、月が静
かに見下ろしていた。


                                    fin.




こめんと(byひろな)     2001.8.5

ついにやってしまいましたよ…………。て、この話、すんごく前からあったんですが。少なくとも、今年の天真BD企画話を書いてるときにはもう前半部はできあがってた。てか、確か去年からあったんじゃなかったか?(笑)
で。なにがついにやっちまったかって、アレですよ、らぶvなものしか書かない私が、悲恋ものとか失恋ものとかも滅多に書かない私が、愛のないエッチ(爆)。いや、某方に捧げた商炎も、恋愛関係ではないですが、あれはある意味合意(?)だし。これは〜アレっすよ、友雅さん、身体の自由を奪って好き勝手にするのってば強姦ですわよ。いいのか私こんなん書いて……。
こんなの書いてはいますが、私、一応天真は攻めだと思ってるんですが。てか、ほら私、好きなキャラ攻めの人だし。
友雅が最後までやらないのは、本人も言っているとおり「楽しみは次に取っておく」ため以外のナニモノでもありません。──鬼だよこいつ(^^;)。←おまえじゃ\(-゛-;)
しかし、前にもどっかで書きましたが、コミックス遥か2巻についてる心理テストの結果、私は友雅が“理想の人”ならしいです(^^;)。がーん。ちなみに、尊敬する人:泰明、理想の人:友雅、結婚したい人:鷹道、好きな人:天真、:好かれたい人:頼久、友人:イノリ、異性として見てない人:詩紋、変だと思う人:永泉、でした。──当たらずとも遠からず、かも……?(^^;) 好きな4人がちゃんと前半にいるのが笑えます。そして最近頼久が株UPしてきてるのもわかってなお笑えます。皆様も是非やってみてくださいませ。しかしこれ、アンジェキャラだと守護聖の時点ですでに一人多いから困ってしまいますよね。


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