Happy Time


 こつん。かすかな、硬質な音で目が覚めた。空の色はいつもと同じ、ちょうど目覚めるくらいの明るさだ。薄目のまま見た目覚まし時計は、あと5分で主人を叩き起こすべく、騒音を立てる準備をしている。
 もういちどこつんと音がした。窓からだと気がついて、桃城武は窓に駆け寄り、カーテンと窓を急いで開けて、下を覗き込んだ。
「おっはよ〜♪」
「────エージ先輩!?」
 にへへ、と笑うその姿は、紛れもなく菊丸英二のものだ。部活の先輩であり、桃城が、今一番大切に想う人でもある。負けず嫌いで、めんどくさがりでお調子者で、少し涙もろくて、まるで気まぐれな猫のような人。
「どうしたんすか」
「ん。──桃、たんじょーびオメデト」
 言って菊丸は目を細めて笑った。ただその一言を言うために、ただでさえ早い朝を、30分も早起きしてここまで来たのかと、呆気にとられるとともに彼らしさを愛おしく思う。
「ね、桃。よかったら一緒に行こ? オレもおチビんち行ってみたいな」
 二人だけで行こうとは言わない。たまたま一緒になったのだという風を装うつもりなのだ。いつも年上らしからぬ我が侭で振り回すくせに、こういう時だけ謙虚で。
「エージ先輩……。ちょっと待っててください、すぐ行きます!」
 声をかけ、着替えと髪を直すだけで、鞄を掴んで飛び出した。
「武? あんた朝ごはんは?」
「時間ねぇんだよ、コンビニで買って食う!」
 常より慌てた様子の長男に、外のかすかな物音に気づいていた母親は笑みを浮かべて息子を見送った。
「こんな早くに、誰かしらね……?」


「おっはよ〜ん♪」
「──菊丸先輩……? なんでアンタがいんの」
 予想しなかった声に、越前リョーマは挨拶もせずに不審な眼差しを菊丸に向けた。気持ちはわからないでもない、と桃城は後輩の無礼を咎めず苦笑する。菊丸自身がそういった上下関係に厳しくないせいもある。
「んだよー、オレがいちゃ悪いってのかー?」
「…………別に」
 生意気な後輩は、ちらりと桃城に目線を投げただけで何も言わない。菊丸とはまた少し違うが、彼も犬猫にわけるなら紛れもなく猫タイプだ。大きな黒目がちの瞳は、すべてを見透かされているような気になる。
 越前は、いつも通りに自転車の後ろに乗るべく足を踏み出した。と、後ろから伸びた手に襟首を掴まれ阻まれる。
「ちょおお〜っと待った! おっ前、ナニ、先輩を差し置いてラクするつもり?」
「あとから来たのアンタでしょ」
 睨み合う猫たちに、桃城はとっても嫌な予感がした。
 ──そして。
「先輩、ちゃんと漕いでよ」
「っさいな、先輩にチャリこがして自分は後ろでラクしてるくせに文句言うな!」
「こんな坂、桃先輩はいつももっと楽勝でのぼってますよ」
「そんならお前がこげよおチビ!!」
「ヤだ。──俺チビだから、あんたみたいの乗っけて坂道なんかのぼれないもん」
 ぎゃいぎゃい騒ぎながら坂道を上る猫たちの後ろを、桃城はひとり、走っている。常日頃、弟妹たちの我が侭を甘んじて受ける習性のついている桃城が、この二人に敵うわけがないのだった。
 よく考えなくても、この場で一番自転車に乗るべきなのは、自転車の本来の持ち主であり、本日誕生日でもある桃城なのだが、……そんなことは、彼らには何の意味もない。
 坂道を上りきり、大通りに出て少し行くと、後ろからクラクションが聞こえた。
 振り返ると赤いスポーツカー。立ち止まった三人に横付けして止まる。
「やあ、おはよう。今日はおまけ付きなんだね」
 ウィンドウを落として声をかけてきたのは不二周助だった。挨拶をする桃城にやわらかな微笑みを返す。
「あっれ〜? フジ、早いじゃん、どしたの?」
「うん、ちょっとね、姉さんの“お告げ”があったから」
「“お告げ”じゃないわよ、胡散臭い言い方しないでよね」
 車内でまるでじゃれ合うように、美人姉弟が言葉を交わす。それは桃城の目から見ても、ちょっとドキドキしてしまうような光景だ。
「それでね、先回りして待ってたんだけど」
 よく分からないことを言って、不二はにっこりと極上の笑みを浮かべた。
「桃、誕生日おめでとう。──誕生日プレゼントに、コレ、もらっていくね」
「……え?」
 ドアを開け、ひょいっと腕を伸ばして越前の身体を車内に引っ張り込むと、スポーツカーは快音を立てて走り去っていった。
 あとには呆然とした桃城と菊丸が残される。
「ええと……?」
 瞬きをして菊丸を見やると、苦笑交じりのウインクが返った。
「やーられたー! フジってばかっこいいなあ〜。──んじゃさ、桃、行こっか」
 ふたりきりだよ?
 はにかむような微笑みに、不二の誕生日プレゼントの意味を知った桃城だった。
 夏の空は、眩しく青い。




                               fin.

 <おまけ>


「────なんでアンタがここにいんの」
「さっき言ったでしょ、姉さんの“お告げ”が──いたっ」
「周助、放り出すわよ」
「うん、いいよ、そこの角で停めて。あとはオレたち歩いていくから」
 いくら越前が小柄とは言え、スポーツカーの助手席に二人乗りはキツイ。羽交い締めにされて、越前は不機嫌そうに眉を寄せている。
 対照的ににこにこ上機嫌の弟を見やって、不二由美子は呆れたように息をついた。
「はい、ついたわよ。──まったく、朝っぱらから誘拐の片棒担がされるなんて思ってなかったわよ」
「美少年誘拐できて良かったでしょ」
「高くつくわよ」
「了解」
 越前にはまったくもって意味不明な会話を交わし、不二由美子の運転する車はUターンして去っていった。
「改めておはよう、越前君」
「……ッス」
「ふふっ、不機嫌そうだね」
「何の説明もなく誘拐されて、ご機嫌なヒトなんかいるんすか」
「う〜んごもっとも」
 肩をすくめて笑い、不二はちらりと空を見上げた。
「今日、桃の誕生日なんだよ」
「……そーみたいっスね」
「だからね、お邪魔虫を引き受けに来ました」
 なんで菊丸が桃城と一緒に来ることがわかったのか。越前の疑問は表情に出たのだろう、不二は少し得意げにも見える笑みを浮かべた。
「英二の考えそうなことくらいわかるよ」
「ふぅん」
「うん、そう。──だからね、僕が越前君を誘拐しに行けば、桃と英二は一緒に登校できて嬉しいだろうし、僕も越前君と朝から一緒に過ごせて一石二鳥だろう?」
 相も変わらず鮮やかな演出だ。だが負けてたまるか、越前はにやりと勝ち気な笑みを浮かべた。
「それで? このままあっさり人質解放?」
「まさか。ちゃんと学校までついてきてもらうよ」
「ついてくだけでいいの?」
「何かしていいの?」
 短い言葉の応酬。次に返る球への期待が高まる。と、ふいに先ほどの車内での会話を思い出して越前は声を上げていた。
「あ。──そういやさっきの、お告げって?」
 不二の姉・由美子が占いを得意としていることは、越前も話に聞いて知っていた。
「え? ──ああ、うん、今日の魚座B型の運勢」
 不二の微笑みに、まずい、と思ったときには既に手遅れだった。
「好きな子には積極的に出るのが吉」
 笑いを含んだ声とともに、唇が触れていた。
「──にゃろう」
「そろそろ行こうか。せっかくいい気分なのに、遅刻して走らされたら台無しだ」
 夏の暑さを払拭するような笑顔とともに、淡い色の髪が光に透けて揺れた。




                               fin.





こめんと(byひろな)     2002.7.29

桃ちゃんハピバスデ〜イv ──て、遅くなってゴメン(^^;)。まあ乾さんと薫君とかはちらっともお祝いできていないので、お祝い創作書いてもらえただけありがたいと思いねぇ(えらそう)。
ホントはパパ桃書こうかと思ったのですが〜、某所で(って1カ所しかないっつーの・笑)超激ステキパパを読んでしまったので、それ以上に桃っちーをメロメロにさせられそうなパパが浮かばずあえなく撃沈。ああ、パパ桃UPできるのはいつになるやら……(^^;)。

んでもって桃菊。
このお話、実は最初は某方へのお誕生日にあげようかと思っていたネタでした。けどその方には結局別のお話をあげたので、これはこっちにUP。
これは……桃菊、でいいんだよね?(聞くな) まあお好みでって感じですが(いつものことだな……)。帰宅時を直撃(『ネコの王子様』、奏さんへのプレゼントv)の次は寝起きを襲撃(笑)。うちの菊ってそんなんばっかですね。──そうか! 桃ってば3月末に既に誕生日祝ってもらってんじゃん!! うわ、うらやましいヤツめ(笑)。しまった、桃菊かぶっちゃったよ……(ネタもかなりかぶってる(^^;))。でもま、初書き桃菊、ていうか初書きテニプリと、テニ創作も20本目(書きかけ入れれば30……?)とでは、やはり違いますね。──え、違わん?(^^;) 4ヶ月でキャラの捉え方とかちょっと変わったと思うのですが……。つーか桃っちがヘタレになってきている……?(苦笑)

そしておまけのリョ不二。──リョ不二、リョ……不二……?(^^;) これが桃菊ならば裏カプは当然リョ不二なはずなのですが、もし菊桃なら不二リョかも知れない(苦笑)。ていうか不二リョだよねこれ……(認めたくないらしい・笑)。本編のみならどちらとも取れる感じですが。
そんなんならおまけ書かなければ良いんじゃと言うツッコミは不可です。だって書きたいんだもの!(笑) 最初浮かんだのは本編部分のみだったんですけどね、不二姉弟に拉致されたリョマリョマを思うと、つい手が……。ああもう不二様オットコマエで参ってしまいます(笑)。負けんなリョーマ、「不二先輩、(押し)倒しちゃっていーんすよね?」でGOだ!!
(桃菊のあとがきで何でリョ不二について語ってるんだ私……(^^;))





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