Squall


「うーん、見事にずぶ濡れ」
 さらなる雫を天から受けて、不二は軽く肩をすくめた。
「ふざけていないでさっさと戻れ。風邪を引くぞ」
 しかめ面を返し、けれど手塚も動くそぶりを見せない。
「夕立か。──もうすぐ夏だね」
 話題転換の意図が読めず、手塚は眼鏡の奥の瞳を慎重に細めた。
「夕立って、大気が不安定だから起こるんだよ。熱せられた蒸気が上空に溜まってせめぎあって、耐えきれずに降ってくるんだ」
 呟いて、ラケットを握るにはいささか小さい手を見つめる瞳は、未だ冷めぬ興奮に輝いている。
「こんなに楽しいんだもの、ワクワクして不安定にもなるよね」
 この夕立、きっと僕たちのせいだよ。不二は笑った。
「今日はみんなでずっと走り通しだったもの。ドリンク補給もたっぷりしたし、乾特製汁もあっただろ。けっこうな量の汗が蒸発して上っていったと思うんだけど、どうかな」
 挑戦的な笑みを、手塚はただ腕を組んだままの姿勢で受け止める。
「僕たちだけじゃない。他の学校も──日本中で同じように夏をかけて汗を流している奴らがたくさんいるんだよ、そんなたくさんの想いを、この空が全部受け止められるとは思えないよね」
「────そうだな」
 不二の言葉を反芻するかのような間の後で、手塚はようやく口を開いた。予期しなかった答えに不二がわずかに目を瞠る。
「あれ。馬鹿なこと言うなとか言われると思ってたのに」
「馬鹿なことだとは思わん」
「──そう」
 呟いて、不二はもの言いたげな眼差しを手塚の顔から天へと移した。天に向かって両手を差し伸べ、開いた唇の間に雨粒を受け止める。
「不二……?」
「この雨の中に、君の汗も混ざっているかな」
「不二、」
「天が手放した雫の中に、手塚、君の想いも入ってる?」
 まるでそこに手塚がいるかのように、不二は手を差し伸べた先の空間に声をかける。
「僕たちの想いは、願いは、雨の雫になって落ちてきてしまうのかな。それとも雲よりもっと上に、遙かな昂みに昇っていくのかな」
 ふいに指先に触れたぬくもりに、不二は眇めた目を見開き視線を揺らした。変わらぬ強い意志を秘めた眼差しを返して手塚が口を開く。
「俺たちは強い。負けたりはしない」
 手塚は不二の手首を捉えた指に力を込めた。
「負けるなんて思ってないよ、もちろん」
 驚きを収め、不二は掴みどころのない笑みを浮かべた。
「ただ、君の汗や涙も入っているかもしれないと思ったら、ちょっと味見してみたくなっただけ」
「それなら雨じゃなくてもこれで充分だろう」
 低い声とともに掴んだ手を引き寄せて、手塚は雨に冷えた唇に自らのそれを重ね合わせた。ねじ込んだ舌で口腔を探る。絡ませた唾液が不二の喉奥に飲み込まれたのを見届けてから、手塚はようやく身体を放した。
 荒い息をついて不二が非難の目を向ける。
「お前たちが試合を始めた頃から、急に雲行きが怪しくなった。この雨が放たれた想いだと言うなら半分は俺のせいだろう」
「──自分で仕向けたくせに」
「ああ、そうだな。見てみたいと思ったのは確かだ」
 言葉を切って、手塚は小さく息をついた。
「だが、お前にあんな顔をさせるのは、俺一人で充分だ」
 不二はきょとんとした顔をして、ついで弾けるように笑い出した。
「不二!」
「だ、だって、君、……やだなぁもう、手塚ってば面白すぎ……」
 ひとしきり笑って息をつき、不敵な眼差しが手塚を捉えた。
「負けないよ。僕はそんなに弱くないからね。彼もなかなか強いけど、でもまだ早い」
「ああ」
「手塚ってヘンなとこで心配性だよね。──負けるわけないよ、僕、負けるのキライだから負けない」
 にっこり笑う不二を見返し、手塚は小さく頷いた。
「知っている」
 当然だと言わんばかりの手塚に、不二の笑みが柔らかなものになる。
「だから君も負けないでね。君が相手だから、僕も万年ナンバーツーなんて格好悪い役どころに甘んじているんだよ? そうじゃなかったらテニス部なんて続けてないんだから」
「…………不二」
「なに?」
 何食わぬ顔で問い返されて、手塚はただ息をついた。
「いい加減戻るぞ。明日に響く」
「うん」
 身を返す手塚の後を追って不二も水を吸って重くなった足を動かす。
 雨は小降りになり、雲合いからわずか光が射し込んでいた。




                               fin.





こめんと(byひろな)     2003.8.11

はい、とっても今更〜な、不二vsリョーマの、あのシーン。私が書けばやっぱり塚不二になりマス(笑)。
これも書いたのずいぶん前なんですが……何なんでしょね? なんかうちの塚不二ってやっぱりちょっと変わってる……?とか思います。なんつーか、私がこう言うのもナンですが、カップリングじゃないよね(笑)、限りなく“&”に近いよね……? ま、そういうの好きなんだけどもさ。友情プラスアルファってかんじの。
この二人には、他の誰よりも、互いの才能を互いに認め合っていて欲しいと思うわけです。そして、更なる高みに昇るためのステップに。





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