faint melody


「ねぇカノジョ、俺たちとお茶しない?」
 今時そんな言葉で声をかけるやつがいたのかと思いながら、不二周助は小さなため息と
苦笑とともに振り返った。
「すいません、僕、男なのでご期待には添えないと思いますよ」
 案の定、二人連れの男たちは狐に摘まれたような顔をして、すごすごと去っていった。
「よう。──相変わらずだな、周助」
 後ろからかけられた揶揄いの声に、不二が目を瞠る。
「景吾……? やあ、久しぶり。珍しいな、こんなところで会うなんて。」
 そこには、中学生らしからぬ……と言うよりいっそ学生らしからぬ着崩し方で、ジャケッ
トのポケットに片手を突っ込んだ跡部景吾が立っていた。比較的近所に住んでいても、学
校が違うとなかなか会わないものだ。
「ああ、気が向いて出てきたんだが、面白い見せモノを見せてもらったぜ」
「ひどいな、人の不幸を笑うなんて」
「今更だろ。今日何人目だよ、あいつ」
「何人目もなにも、初めてだよ」
「ウソつけ、そんなにこにこほやほやして歩いてたら目ぇつけられるに決まってんだろ。
──レコード買いに行ってたのか」
「うん。馴染みの中古ショップにね。探してたのが入ったって連絡があったから」
 今日の不二の服装は、オフホワイトの薄手のセーターにジーンズ、スニーカー、肩に下
げた荒い生成りのアナログバッグと、とりあえず女性に見られるような恰好ではない。だ
が、レコード入手がよほど嬉しいのだろう、いつも浮かべている穏やかな笑顔とはまた違
う笑みが、不二の中性的な容貌を強調するのだ。
「周助。──来い」
 突然の命令口調に、不二がすっと表情を改めた。
「それは命令?」
「そう身構えんなよ。どうせこのあと予定ないんだろ、俺にもそれ聞かせろよ」
 有無を言わせぬ跡部に小さく諦めの息をついて、不二は小さく頷いた。


「景吾、部長になったんだね。おめでとう」
「バーカ、今更そんなんめでたくも何ともねーよ。モトから一番強いのはこの俺様に決まっ
てんだ。部長なんてもん、会議やら何やら面倒なもんがくっついてきてウザいだけだ」
「まあ……それはそうだけど」
 相変わらず不遜な幼馴染みに、不二は小さく苦笑した。だが、その傍若無人な振る舞い
もまた、彼の魅力のひとつとなっている。
「青学は手塚だろ」
「……うん」
 返事が返るまで、一瞬の間が空いた。嘲笑を含んだ眼差しを、跡部が隣をゆく不二の色
の薄い瞳に向ける。常に穏やかな笑みを湛えるその瞳は、一瞬だけわずかな翳りを見せ、
すぐにいつもの表情に戻った。
 自室に入るなり、跡部は不二の腕を掴んでベッドの上へと放り投げた。弾んだ身体が起
き上がるより先に、自らもベッドに乗り上げ押さえつける。
「……っ景吾!」
「そのつもりでついてきたんだろ」
「違……っ」
「あんなに「構ってください」ってカオして街ふらふら歩いておいて、今更だな、周助」
 普段の穏やかさからは考えられないようなきつい眼差しで、不二は跡部を睨み上げた。
だが敵わないと悟ったのか、眼差しは和らげぬまま、抵抗していた腕がぱたりと音をさせ
て落ちる。跡部の頬に、勝利と嘲笑の笑みが浮かんだ。
「シャワーは」
「浴びなきゃなんねえほど汗かいてないだろ」
「そういう問題じゃないだろ」
「なに、ムードがないって?」
「……別に」
 ため息に合わせて上下した胸の飾りを指の腹で撫でながら、跡部は久しぶりの不二の身
体を見回した。
「相変わらず細ぇな。日焼けもしてねぇし」
「そういう体質だって、知ってるだろ」
「ああ。──こうして見ると、テニスどころか何の運動もしてねぇみたいなのにな」
 その小柄な身体からは想像もつかないくらいに、不二のテニスの実力はすさまじい。実
力と言うよりも、……やはり持って生まれた何かがあるのだろう。今、何もしないままに
跡部を誘うこの身体と同じように。
「感度の良さも、相変わらずだ」
 勃ち上がりかけた胸の飾りを摘んで爪先でひっかくと、白い身体がぴくりと揺れた。わ
ずかにひそめられた眉に、征服欲と嗜虐心が刺激される。
「手塚とは寝たのか?」
「何を、言って……」
 押し広げた脚の間に身体を割り込ませる。
「じゃあ、お前の周り飛び回ってる猫みてーなヤツ」
「んっ……、英二は、そんなんじゃ……ぁっ」
「こんなやらしい身体で何もナシでいられるわけねぇだろ」
 ジーンズの上から核心を掴むと不二はびくりと身を震わせた。明らかに反応し始めてい
るそこを、跡部は不二自身に思い知らせるように指先を滑らせる。もどかしい刺激に震え
る腰に、跡部は口元に笑みをはいた。
「青学テニス部なら選り取りみどりだろ、とっかえひっかえしてんじゃねぇの」
「君と……っ、一緒にするなよっ……」
 睨む不二に嘲笑を返し、跡部は下着ごと不二のジーンズを引きずり降ろした。硬い布地
が肌を擦り、その感触に不二が顔をしかめる。そんな仕草のひとつひとつが跡部を煽る。
「こんな勃たせてるヤツに言えた義理じゃねーなぁ」
 愛撫とは呼べない乱暴な手の動きさえも、不二の身体は快楽として認識していた。
「んっ……はぁ…………っぁ、ん……」
 痛いくらいに広げられた脚の間を容赦なく揉みしだき、絞り出したぬめりを指に絡めて
奥に進める。一瞬だけ怯えるように強張ったその場所は、跡部の中指を根元まで飲み込ん
だ。
「濡らさなくても指一本くらいなら入ったかもな」
 眉を寄せてゆるく首を振る不二を見下ろして、跡部の唇が笑みに歪んだ。差し入れた中
指を曲げながら、不二の身体を持ち上げるように内部を圧迫する。喉を震わせて、跡部に
押し上げられるままに白い身体が反り返る。
「……っふ、んん……っ」
「ずいぶん悦さそうなカオしてんじゃねぇか。そんな飢えてたのかよ?」
「ちが……っぁあ!」
 曲げられた指先が一瞬そこを掠めた。反論しかけた声がすべて悲鳴に代わり、まだ明る
い部屋の空気にとけていく。逃れるように身を捻った不二は、その動きでまた掠めた跡部
の指に、今度は声にならない悲鳴を上げた。半ば伏せるようにシーツに顔を押しつけ両の
指が力なくシーツを掴む。
 白いシーツの上、ミロのヴィーナスの像のように捻れた不二の背中を汗の滴が伝い落ち
た。
「イイ眺めだな……」
 わざと聞こえる声で呟くと、跡部の腰を挟んだ脚がぴくりと震えた。指をくわえ込んだ
ままの場所が、次の言動を警戒して緊張しているのがわかる。上半身だけでなく全身を伏
せて跡部の目から逃れたいのだろうが、半ば宙に浮かせた形で跡部の身体を挟んだ脚は、
このままでは体勢を変えるのは困難だ。
「後ろからがイイってんならそれでもいいが、──これもいいかもな」
「……? けい、」
「周助、息吐け」
「え……っ? ──! んっ、ぅあ……っ!」
 顔を上げた不二が問いを口にする間に跡部は左手を回して不二の左脚を掴み、肩の上に
担ぎ上げた。それと同時に指を引き抜き、そこがまだ閉じきる前に猛りきった灼熱を突き
入れる。痛がって逃げようとする身体を無理矢理引き寄せて、入れるだけ奥まで入り込ん
だ。
「ゃ……っ、い、った……」
「息吐け」
「っ……」
「周助」
 反らせた喉を震わせて、不二が浅く息をつく。何度か名前を呼ばれて少しずつ呼吸を深
くすると、ようやく痛みを乗り越えたのか、涙を滲ませた瞳がうっすらと開かれた。不二
の呼吸に合わせて緩やかに、落ち着く場所を探すように動いていた跡部が手を伸ばして不
二の熱に触れる。痛みの中にも快感を感じ取っていたのか、それは萎えることなく跡部の
手の中で小さく震えた。
 軽く数度上下に擦って快感を促し、震えた背中に手を添える。晒された、腰へと続く稜
線を辿ると、吐息とともに跡部を飲み込んだ場所がひくりと動いた。口元に笑みをはいて、
跡部がおもむろに抽挿を開始する。
「んん……っ! ぁ…っや……っ」
「ヤじゃなくてまたにはイイって言ってみろよ」
 頭を振る不二に、跡部が突き上げを強くした。両手で覆った顔を半ばシーツに伏せては
いるが、腕や髪の間からのぞく肌は、熱を持って色づいている。左腕を捉えて肩を回し、
頭上に縫いつけると潤んだ瞳が跡部を捉えた。
「泣くほどイイのかよ」
「ちが……っ」
「上と下の口で、言うこと正反対だなお前」
「景っ……、っく、ア……ッ!」
 深くを抉られる度、白い身体が陸に揚げられた魚のようにびくりと跳ねる。不自然な形
に押さえつけられた腕、とがった肘から脇へと緊迫した筋肉の流れが見て取れる。怯えて
威嚇する小動物のようだと跡部は思った。そのくせ、この身体は確かに跡部に与えられる
快楽を受けとめているのだ。
「──わがままなヤツ」
 自分を棚上げして呟くと案の定視線で抗議された。嘲笑を返し、動きを激しくする。
 結局不二の口は、最後まで否定の言葉しか発しなかった。


                 *                  *                  *


 半ば放心したように力なく横たわる不二をおいて、跡部はひとりベッドから降りた。喉
の渇きを覚え、部屋の隅に置かれた小さな冷蔵庫からペットボトルを取り出す。ホテルな
んかよりよほど種類が豊富だし、使い勝手がいい。部屋に上げてもいいと思える人間が相
手なら、誰が使ったとも知れないベッドを使うよりこの方が楽だなどと思いながら、跡部
は捻り開けたペットボトルに口を付けて水を飲んだ。
 小さく息をつく気配とともに、微かにベッドが音を立てた。
 気怠げに髪を掻き上げて、どこを見るでもなく彷徨った視線がふと動きを止める。気づ
いた跡部が視線を追い、小さく舌うちをした。未だぼんやりとした視線は驚きを交え、時
計や小物の並ぶ本棚の一点を見つめている。
「景吾……? これ……」
「わざとらしいマネするなよ。フツーに持ってきて渡せばいいだろ。おかげであんなトコ
に飾る羽目になっただろうが」
「ああ、おばさまが…………」
 そこにあるのは小さなオルゴール。少女が好むような装飾のついたものではなく、剥き
出しの仕掛けが硝子窓から丸見えになっている。仕掛けのくすんだ銀と外箱の黒の素っ気
なさは、男の部屋に置いても何ら違和感のないものだ。
 それは、数日前、跡部の誕生日に、ポストの中にひっそりと入っていたところを跡部の
母親が偶然見つけたものだ。滅多に自分で郵便物のチェックなどしない彼女がその日ポス
トを開けたのは、ひとり息子に宛てられた誕生日プレゼントの山を見るのが彼女の楽しみ
のひとつであるからに他ならない。郵送で送られてくるものや、ひっそりポストに入れら
れているものもあるため、最後の配達をとうに過ぎた時刻ではあったが念のためにと覗い
たところ、シンプルな包装のその小箱があったのだ。
 当然のように自らの手で包みを解いた彼女は、添えられたカードから差出人が息子の幼
馴染みであることを知り、勝手に部屋に飾った上ちゃんと礼を言うようにと添え書きまで
した。互いに部活が忙しいからと言い訳をして母親の追求を逃れはしたものの、今更場所
を移せるものでもなく、オルゴールは変わらず本棚の一角に鎮座ましましている。
「部活の帰りに寄ったのか?」
 聞きながらベッドに歩み寄りペットボトルを軽く振る。手を伸ばして受け取って、一口
含んだ後に不二は小さく頷いた。
「うん。僕もどうしようか迷ったんだけど、きっと君はいないだろうと思って」
「ふん……」
「それに、いたらいたで……」
 言葉を濁した不二に、跡部が視線で続きを促す。
「──そうしたら、きっとまたこういうことになるだろ」
「おまけだとでも思えばいいだろ」
「おまけ?」
「誕生日プレゼントの」
「……嫌だよ」
 眉をひそめて答えた不二を鼻で笑って、跡部はにやりと口を歪めた。
「めんどくせえヤツだな」
「君にだけは言われたくない」
「──あいつにもやったのか?」
 不意に話題を変えた跡部に、不二はきょとんと首を傾げた。
「え?」
「たしか、近かっただろ、……誕生日」
「ああ、手塚……?」
 頷く跡部に微笑みが返る。掴み所がないと評判の、いつもの不二スマイルだ。
「うん、あげたよ。みんなでね」
「ふぅん……」
「おかげで全員グランド20周走らされたよ」
「あ? 何やったんだ」
「ふふっ、ナイショ」
 楽しそうに笑う不二に、どうせロクでもないものを贈ったのだろうと跡部はそれ以上の
追求をしなかった。
「景吾。──オルゴール、聴いた?」
「ああ」
「そう……。──ねぇ、ピアノ弾いてよ」
「あぁ? てめぇが弾けよ」
「景吾はもう弾かないの?」
「やめて何年経ってると思ってんだよ」
「でも、君なら弾けるだろ」
「他の奴らをごまかせるくらいならな。お前の前で弾く気はねぇ」
「そう……。残念だな」
 ぽつりと不二が呟いた。
「どうせロクに調律もしてねぇんだ、気持ち悪くなって吐いても知らねぇぞ」
「やだな、そんなに音感よくないよ」
「どうだか。──感度が良すぎるのも問題だな」
 にやりと笑った跡部にすかさず不二が咎める目を向ける。
「ちょっと、変な言い方しないでくれる?」
「ホントのこと言ったまでだろ」
 笑みの唇がそれ以上の抗議を遮り、そのまま両手首を掴んでベッドの上へと押し倒した。
「ピアノの代わりにもう一曲聴かせろよ」
「……弾いてって言ったのは僕なんだけど」
「調律狂ったピアノ弾くのとここで一曲聴かせるのとどっちがいい」
「………………どっちも遠慮する……」
「わがままなヤツ」
「君には遠く及ばないよ」
「ふん。あたりまえだろ、バーカ」
 傲慢な笑みが不二を見下ろす。諦めて息をついた不二に跡部が唇を重ねた。
 先刻の荒々しさとは違う微かな音色が、部屋の中に漂い始めた。





                               fin.





こめんと(byひろな)     2002.10.25

け、ケイゴ様お誕生日おめでとう……(あわわわわ)。──ど、どうしましょう、いいんでしょうかこれ(^^;)。いろんな意味で「これでいいのか!?」みたいな(寒)。
そういうわけで(?)、ケイゴ様お誕生日記念の跡不二です。──え、跡忍書くんじゃなかったのかって? いや跡忍も書きかけであるんですが、どうにも侑士の関西弁が書けず……(^^;)。い、いつか、いつかは!(^^;)
んでもって跡不二。跡不二です。一見塚不二ベースの跡不二かと思いきや。
そして幻の(笑)塚不二&跡不二(正式には未発表……そのうちUPします)と同じく、うちの周助クンと景吾サマは幼馴染みという設定で。名前で呼び合っちゃうのです〜v(萌)
それにしてもうちの跡部景吾、ほんっとにどうしようもない男ですね! いろんな意味で帝王ですね。ていうかサイテイ……?(^^;) ────周助、手塚さんの方が良いと思うよ……?(^^;)

久しぶりのタイトル解説。melodyは言うまでもないのでパスですが、faint。<かすかな、ほのかな>という意味ですが、<(称賛とか)心のこもらない>とかいう意味がありまして。さらに<臆病な>という意味もあるらしく。
ほっとくとうちの跡部様マジで鬼畜になりそうだったので(苦笑)ちゃんと(?)周助のことを少しは(をい)好きだというトコを書こうとしたら、……何やら我が儘小僧に(滝汗)。いや、難しいですケイゴ様(逃)。
ところでこの話、彼らが2年の時という設定なのですが…………こんな中2、いやだ……(^^;)。例え高2でも嫌だ……(^^;)、けどまあBL的にはまだ高2なら何とか……?(でも嫌……)。

周助クンもケイゴ様もピアノ弾けるハズと信じて疑わない私。初めは周助クン、ケイゴ様に一曲プレゼント(ピアノの方)するはずだったのにナゼか違う方でもう一曲プレゼントする羽目に(^^;)。ピアニスト周助の初お披露目は、塚不二+大菊になるかしら……?





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