FUTURESCAPE遠くから、途切れ途切れに聞こえる低い声に、不二はゆっくりと目を開けた。気怠い腕を持ち上げ顔にかかった髪を掻き上げる。 「手塚……?」 呟きに、応えはない。身を起こさないまま視線を巡らすと、背筋を伸ばした後ろ姿が視界に入った。電話の親機がある位置だ。子機は不二の近く、ベッドサイドに置いてある。音を聞いた覚えはないが、何か朝食を作っている匂いがするところから察するに、キッチンに立っていたときに電話が鳴ったのだろうと不二は考えた。子機はもちろん、親機についている受話器もコードレスなのだが、手塚は移動しながら電話をすることが滅多にない。実家の電話がずっとコードつきのものだったという習慣もあるのだろうが、妙に手塚らしい気がして、不二はかすかに笑みを洩らした。 「──ああ、わかった。皆にもよろしく伝えておいてくれ」 洩れ聞こえた台詞に首を傾げる。日本語? 口調からすると、大石か誰か、青学時代の友人からだろうか。 上体を起こした不二を、受話器を置いた手塚が振り返った。 「不二。──起きていたのか」 「ん、今起きたトコ。──電話、誰から?」 「桃城からだ。越前が、今日の便でこっちに来るらしい」 言いながら近づいてくる手塚に手を差し伸べる。手首をとって引き寄せられ、乾いた唇が不二の頬を掠めた。 「越前君? 予定では、明日じゃなかったっけ?」 「ああ。急遽変更したそうだ。──ファンやマスコミに揉まれるのを避けるためだろう。桃城もついさっき、空港から受けた電話で知ったと言って報せてきた」 「越前君らしいなぁ。じゃあ夕方には着くね。迎えに行って、三人で食事でもしようか」 「ああ、そうだな」 頷いて、手塚が身体を離す。 「もうすぐ朝食ができる。シャワーを浴びて来るか?」 「う〜ん……まだいいや」 「──どこか、痛むか?」 「痛いんじゃないけど……、ちょっと、怠いかな」 「すまん」 「君が謝ることじゃないだろ」 「だが……」 言い淀み、手塚はふっと視線を逃した。 「──久しぶりだったから、その……少し、がっついた」 「……」 凝視する不二の視線が刺さるのか、手塚が咎める目を向けてくる。 「……不二」 「僕、まだ何も言ってないよ?」 「……っ」 「なんて。──うん、情熱的でびっくりしちゃった」 「不二!」 「どうして試合のビデオ見たあとのセックスってあんなに燃えるんだろうねぇ」 「不二ッ!」 「試合の興奮を思い出すからかな。それとも、──手塚がいつも以上にカッコイイからかな」 耳元で囁いて、不二は逃げるようにベッドから降りた。 * * * 伝説のサムライ・越前南次郎の突然の引退から約20年、日本テニス界は黄金期を迎えていた。世界に通用する──しかもトップクラスのプレイヤーが数多く現れたのだ。遺伝的に、身体能力の点で欧米人には敵わないと言われる日本人プレイヤーの数々の活躍に、世界は驚き、魅了された。手塚と不二も、もちろんその中に数えられている。中学時代からの友人でありライバルであり、そして対照的なプレイスタイルを持つ彼らは、二人揃って雑誌で取り上げられることが多かった。互いのテニスに対する姿勢からサンフランシスコで二人暮らしをする彼らの休日の過ごし方まで、インタビューのネタには事欠かない。最近では、新しく日本テニス界に名を残すだろうサムライジュニア──越前リョーマの特集に絡めて取材を受けることも多い。本人から聞けないなら周りから聞こうというわけだ。 「越前君、昔から取材とか嫌いだったもんね。──君もそうだけど」 「俺は別に、嫌いなわけじゃない。ただ、答えに困る質問が多くて苦手なだけだ」 「そう? 嘘にならない程度に、だいたい相手が答えて欲しそうなことを言ってあげればいいと思うけど。現国の読解と同じだよね……って、そういえば手塚、苦手だったっけ」 「今更そんな話を持ち出すな」 顔をしかめる手塚に笑いをかみ殺す。サングラスだけの軽い変装をしてタクシーから降りると、二人は到着ロビーを目指した。 「思ったよりギリギリだ。あんまり早く着いてないといいんだけど」 「お前がぐずぐずしてるからだろう」 「僕が機敏な動きができなくなったのは誰のせいだよ」 「──っ、それもお前が……っ!」 「挑発するようなことを言ったのは僕だけど、食いついてきたのは君だから」 「食い……、って、おい不二!」 「しーっ。今から囲まれるわけには行かないんだから静かにしてよ」 小声で言い合いながら足早に辿り着いたロビーは、出迎えの人間で溢れていた。 「よかった、まだみたいだね。──と、ちょうど出てきたよ。ほんとギリギリセーフだ」 次から次へと流れ出てくる人を目で追っていると、しばらくして一人の青年が目にとまった。荷物は先に送ってあるのだろう、背中に小さなリュックを引っかけただけでまっすぐ出口へ向かおうとしている。FILAの帽子を目深にかぶり、足早に立ち去ろうとするその姿は、何度か目にしたことのあるものだった。 「越……」 声をかけようとした手塚を不二は腕を押さえて遮った。 「手塚、ダメだよ名前呼んじゃ」 「だが……」 不二は任せろと言うように笑みを浮かべると、越前に向かって歩き出した。手塚も後に続く。 「おーい、おっちび〜♪」 呼びかけに、ぎょっとしたように足を止めた越前は、声の主を認めてさらに驚いた顔をした。 「不二先輩!? 部長まで」 卒業してからも、越前の呼び方は変わらない。不二“先輩”はともかく、手塚“部長”というのはどうかと思うのだが、彼らの引退後、一度だけ手塚先輩という呼び方を試した越前は、酷く納得のいかない顔をして「やだ」と言ってのけたのだった。おかげで手塚の跡を継いだ桃城は、一度も越前に“部長”と呼ばれることなく任期を終えている。 「英二かと思った? ──なんて。ひさしぶり。元気そうだね」 「なんで……。──桃先輩ッスか」 「ああ、今朝連絡を受けた」 「誰にもナイショって言ったのに……」 ぶつぶつと文句を呟く越前に、不二は肩をすくめて笑った。 「それにしても越前、いまだに「おチビ」で反応するんだね。名前呼ぶわけに行かなかったからダメモトで試してみたんだけど、これは英二に感謝した方が良いのかな」 「──不二先輩の悪趣味も相変わらずっすね」 「だってさ、手塚」 「どうして俺に振るんだ……」 「うん? なんとなくかな。──さあ、いつまでも立ち話してると気づかれちゃうよ。二人とも目立つんだから」 「アンタに言われたくないっす」 「同感だ」 声を揃えた二人に、不二は肩をすくめて降参の意を示すと、二人を促して空港を後にした。 * * * 「いよいよだね。──楽しみだな、越前君、どれくらい強くなってるんだろう」 早く試合をしてみたい、と不二はほろ酔いの瞳を輝かせた。行きつけの店で三人で酒と食事を楽しんだ後、越前をホテルまで送ってまっすぐ家に帰ってきた。負けず嫌いの気性のせいか、それともそういう巡り合わせなのか、不二も越前も何やら妙に対抗意識を持って次から次へと酒を口に運んでいた。止めても無駄だと経験から知っている手塚は、小さく息をついて、マイペースでこの空間を楽しむことにした。越前の口から語られる、久しく会っていない旧友たちの近況に懐かしさが募る。 「前から思ってたけど、プロっていいよね、こんなゾクゾクするような出会いをたくさん用意してもらえて、それでさらにお金がもらえるんだよ。ほんと一石二鳥」 「お前だけだろう、そんな考え方をするのは……」 呆れたため息をついて、手塚はソファに寝っ転がる不二の髪を透くようにして玩ぶ。 「そう? 越前君も多分似たこと考えてる気がするけどな」 それは否定できないと、複雑な心境に手塚が顔をしかめた。上機嫌を絵に描いた顔で不二が笑う。 「ね、君もそう思うだろ。彼もきっと楽しみにしてるよ、僕や君と、また試合できること。もっと新しい、もっと強い相手と戦えること」 再会の喜びに酒の酔いも手伝って、今夜の不二はやけに饒舌だ。 「プロって言っても、全員が全員、ゾクゾクするほど強いわけじゃないけどさ、それでもラクに勝てる試合なんてひとつもないし、到底敵わないくらいに強い相手も山ほどいる。世界って広いんだなあってしみじみ思うよね」 かすかに紅潮した頬、くつろがせた襟元から白い鎖骨もほんのりと紅く染まっている。コートに立ち、ネットを挟んで相対したときのような、挑戦的な眼差しが手塚を刺激する。 『試合のビデオ見たあとのセックスって、どうしてあんなに燃えるんだろうね』 今朝方の、不二の言葉が手塚の脳裏に甦った。ぞくりと身体の奥を何かが走った。 「──手塚?」 手塚の異変に気づき、不二が言葉を途切らせた。 普段の穏やかな物腰の不二周助を偽りだと言うつもりはない。だが、試合中の、またこうして抱き合うときの、地中深くで蠢くマグマのように情熱的な不二の姿を垣間見る瞬間は、どうしようもなく手塚を昂揚させる。 「てづ……っ、ちょ、待ってよ、いくらなんでも……」 昨日の今日、というより今日の今日では身体が保たない。不二の言い分はもっともで、普段なら手塚の方こそがそれを口にして不二を制するところだが、今の手塚の頭にはそんな考えはかけらもなかった。 「当分試合はないだろう」 「そ……っぉゆう問……っ、んっ……」 試合の後、または試合のビデオを見た後、いつも以上に激しく求めてしまうのは、“世界”に向けられたその視線を自分に向けさせたいと願うからかも知れない。 抗議の言葉を紡ごうとする唇を自らの唇を押しつけて塞ぐ。抵抗はわずかな時間でおとなしくなり、かわりに更なる熱を求める腕が、手塚の背中に回された。 fin. |
こめんと(byひろな) 2002.9.17 ついに出ました、HIRONAさんお得意の成長モノ!!(笑) ──ああっ、みんな呆れないでついてきてー!! この話は、あちこちの塚不二話を読みまくって、何だかみんな不二が手塚に到底敵わなくって、それをコンプレックスに思ってたり、ずっと追い続けては行けないけどそばにいたいとか殊勝なこと(をい)思ってたり、と皆があまりにも周助のテニスの才能を信じていなさすぎなのに頭に来て(笑)「不二は手塚と一緒にプロになるのよー! そして世界のテニス史に名を刻むのよー!!」と叫んでやろうと思って思いついた話でした(だってうちの周助はそんな人じゃないんだもん(笑)。手塚とあくまで対等で、いつか勝つ気でいるんだもん)。でもなんだかんだで書けずにいたのですが、この度、氷帝戦でなにやら手塚部長の腕が(って言うか肩!?)大ピンチかも!?という段になり、「負けるな手塚ー!」のエールを込めて、書いてみました。すごい荒い書き方になってる自覚はありますが、勢いってことで(^^;)。 このあとがき書いてる時点(16日の23時)で9/17発売のWJ42号はまだ読んでいないのですが、一体どうなっているのでしょうね……(どきどき)。 さて、テニプリ書き始めてもうじき半年、初めて肉体関係有り(笑)の塚不二をUPです。──遅っ。実はこれの前に1本書いてるのですが、もうちょっと手を加えないとUPできそうにない……(^^;)。そ、そのうちね。 渡米して二人暮らしvな塚不二。──この話の中では手塚さんが朝食作っていますが、家事は当番制です。でも当番にかかわらず、えっちした日の翌朝は手塚の役目(笑)。だって周助それどころじゃないもん(笑)。ちなみに最後まで(……)することはあまりありません。身体に負担がかかるからね。────というふうに、my設定はどんどん膨らんでいっています(笑)。二人の馴れ初めとかねー、初えっちのシチュとかもねー、いろいろ考えてるのよ〜。とっても異色みたいなんだけどサ……(^^;)。 リョマっちの語る青学レギュラー陣の近況とやらも書きたかったけど、長くなるので割愛(^^;)。でも機会があれば書きたいな……。 |