伝えるためのいくつかの方法


 1・不二と英二


 いつものように窓際の席、いつものように向かい合って昼食を摂って、そのままのんび
りおしゃべりをしていたら、遠慮がちな、緊張した声が投げかけられた。
「あの、不二君。──ちょっといいかな」
 前の席に後ろ向きに座る英二が、ちらりと声の主であるクラスメイトの少女を見上げ、
そのまま視線を不二に移す。オレ、席はずした方がいい? 大きな瞳はそう問いかけてい
た。
「うん、いいよ。何?」
 彼女が英二を気にするようなら気遣いを受け入れようと思いつつ、不二は相手の緊張を
ほぐすための微笑みを向ける。そうしながら頭の中では、どっちかな、なんてことを考え
ていた。──小さな手の中に握りしめた手紙は、自分へのものか、それとも誰か他のテニ
ス部員へのものか。人当たりがいいのも、こういう時はちょっと考えものだ。そんなこと
を考えられてしまうくらいには、不二はこういった事に慣れすぎてしまっている。
「あ、あのね。お願いがあるんだけど」
「うん」
 後者か。誰だろう、英二じゃないのは確かだ。
「あのね、これ、────手塚君に、渡してくれないかな」
 不二君、仲良いよね? 期待の眼差しとともにつけ足された言葉は、不二の耳を素通り
した。
 英二、気づいたかな。頭の片隅で思いながらちらりと様子を窺うと、英二は驚いて叫び
かけた口を自分の手で塞いでいた。この分では、おそらく気づいてはいまい。一瞬、ほん
の一瞬だけ、不二が表情をなくしたことに。
 視線を戻すと、赤くなった顔で俯いて、少女が上目遣いに顔色を窺ってくる。
 不二は小さく息をつくと、何かを思案するように首を傾げた。
「せっかく僕を頼ってくれたのに悪いけど、そういうのは自分で渡した方がいいと思うな」
 断られるとは思っていなかったのだろう、少女が息を詰めたのがわかった。泣かせたく
はない、咄嗟に思い、くすっと聞こえるくらいに笑ってみせる。
「ボクに預けると、お腹を空かせたエージが間違って食べちゃうかも知れないよ?」
「────っっはあっ!?」
 意図したとおり、英二が素っ頓狂な叫びをあげた。びっくりして見開かれた少女の目に
は、もう涙の気配はない。
「まぁそれは冗談だけど。──ちゃんとね、“君の気持ち”を伝えたいなら、君が自分で
渡した方がいいよ」
 諭すように、あやすように。
 微笑むと、少女は微笑を返してこくりと頷いた。
「ん。ありがと。ゴメンね変なこと言って」
 少女が去り、クラスのあちこちから向けられていた視線が消えた頃、英二が唇を尖らせ
た。もちろん頬は膨らんで、気まぐれ猫目には剣呑な光。カワイイ顔が台無しだ。
「そこでオレを使うかなー」
 ごちん。頭突きアタックをして、そのまま額を押しつける。それくらいのコミュニケー
ションは日常茶飯事で、今更誰も気にはしない。恋人同士の語らいのような至近距離での
囁きも、幸か不幸か黙認されている。
「ごめん」
「いいけどさーっ! けど覚えとけよ、オレ山羊座じゃなくって射手座だぞ!」
「わかってるよ、13星座だと蠍座だよね」
 拗ねた口調、伏せた視線。苦笑。
 一瞬の、沈黙。
「フジ、」
「……」
「フジ、…………傷ついた?」
 とんでもない言葉の選び方に、不二は逆に笑ってしまっていた。平気、とか大丈夫とか
訊かれたら、笑顔で頷きを返すのに。
「そんな訊き方するの、エージくらいだよ」
「ぅっさい、いいの、オレはオレなの」
「うん。──────ごめん」
「……フジ」
「うん、……ちょっとね、思ってたより」
 不意打ちだったこともある。けど。
「人の心の悲喜交々を見たって感じだね」
「ヒキコモゴモ……?」
「エージ」
 額でくっついてる身体を抱き締めて、机の上の手にそっと触れた。
「エージ、アリガト」
「お礼ならぜひカラダで」
「それはダメ」
「うん、オレももらえないからダメ」
 即答に、ふたりそろって吹き出した。
「なんだよそれー!」
「エージこそ。なんだよ、自分から言っておいて」
「ええっ、だってやっぱお約束だろそうゆうの!」
「知らないよそんなの。──あー、もう、一気に疲れちゃった。ジュース買ってくるけど、
エージも来る?」
 きらり光った瞳に苦笑して、僕のおごりで、とつけ足した。




 2・不二と手塚


 その日、手塚は部活に少しだけ遅れてきた。それは既に当たり前のことのようになって
いる。会議の有無に関わらず、彼は多忙な日々を送っている。
「不二、少し残ってくれ。話がある」
 部活が終わって着替えている間にそう言われ、不二は何も考えずに返事をした。
「うん、いいよ。何だろう、──僕何か怒られるようなコトしたっけ?」
 にっこり笑って首を傾げると、手塚はことさらに顔をしかめた。
「お前な。人を小姑か何かのように……」
「あ、手塚、それは差別発言だよ。口うるさいのは女の人とは限らないだろ?」
「ああ、そうだな、お前のような奴もいるな」
 周りがヒヤヒヤするような軽口の応酬を楽しんでいると、ふいに背中に体重がかかった。
視界の端で、赤茶けた髪の先が揺れる。
「むううーっ、手塚め、フジをいじめんな!」
「菊丸……。どこをどう見ればそうなるんだ」
「フジの敵はオレの敵ー! ──なんちて」
 にぱっと笑って、英二は抱き締めた不二を覗き込んで口を開く。
「そんじゃーフージ、オレ先に帰るね。CD見に行くのはまた明日!」
「うん、そうだね」
「残念無念まったあっした〜☆」
 明日、を強調して、英二は軽い足取りで部室を後にした。苦笑しつつその後ろ姿を見送
り、不二は着替えを再開する。手早く着替えを終えた部員たちが次々に挨拶をして去って
いき、最後にはふたりだけが残された。
「お待たせ、話って何?」
 振り向くと、手塚は小さくため息をついた。往々にして周りを振り回すことの多い不二
の言動を、呆れながらも仕方ないと言うような、そんな時のため息のつきかただ。
「──自分で伝えろと言ったそうだな」
 手塚はおもむろに話を切り出した。
「え? ──ああ。うん、言ったよ」
 瞬きをして、昼間のやりとりを思い出した。そして苦笑する。
「早いな、もう行ったんだ。女の子ってすごいね、たくましいな」
「不二、」
 わずかに咎める口調を感じ、不二はかすかに目を伏せた。長い睫毛が影を作る。
「だって、僕が言ったら“僕の言葉”になっちゃうよ。他の誰かの言葉を伝えるのでも、
僕が言ったら“僕の気持ち”が込められてしまうから。……全部隠せるほど器用じゃない
しね」
 目を上げて、不二はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「それに。──僕に渡されても、君も困るでしょ」
 無言で見返す手塚に不二の微笑みが薄れていく。やがて、かすかに残った自嘲の光に、
手塚は左手を差し伸べた。頬と髪の感触を味わうように指先が動く。不二が目を細め、瞼
を震わせた。
「不二。お前に伝えたい言葉がある。伝わればいいと、いつも思っている」
 目を閉じて息をつき、不二はゆっくりと微笑んだ。
「いいよ。──たぶんもう伝わってる」
「俺は言葉で伝えたいと言ったんだが」
「今日はダメ。僕、今日はもうオーバーワーク」
「俺はまだ足りない」
 息をついて、けれど譲るつもりはないと手塚は言う。
 じゃあ、と不二は右手を持ち上げ、頬におかれた手塚の手に重ねて口を開いた。
「じゃあ、これで……」
 手首を掴んで引き寄せ親指の付け根に口づける。触れた唇を離し、再び食むように押し
つけると、手塚の指がぴくりと揺れた。指先が触れる前に、咄嗟に腕を押しのける。
「不二、」
 咎めるような呼び方に、手塚も同じ衝動を覚えたのだとわかった。それなら尚更、この
手の力を緩めるわけには行かない。
「ダメ」
「不二」
「それ以上されたら、僕、泣いちゃうから」
 真顔で言って、笑みの形に唇を持ち上げた。冗談めかしていても、彼になら伝わるだろ
う。思った通り、手塚は長く息を吐いて腕を下ろした。
「────わかった」
 ごめんね、と不二の口から出た声は少しも悪いと思っていなさそうな響きをしていて、
不二は自分の言葉に自分で笑いだしていた。睨みながらも手塚は何も言わない。だから不
二は自分から口を開いた。
「僕、体力ないんだよね。心も身体も」
 不二は感情の振り幅を大きくすることに慣れていない。例えば英二のように、怒ったり
笑ったり、目まぐるしく感情を変え、それを外に表すことが少ない。外に出ない感情は、
その分内面を摩耗させる。──今日は昼時の一件で充分だ。
 手塚が言おうとしていることが不二の予想通りなら──不二が望む言葉なら──それは
今の不二には荷が重いと言えた。受け止めきれない。飽和してしまう。溢れてしまう。
「そうだな」
 手塚は短く返事をした。笑顔と無愛想顔。対照的な、けれど同じようなポーカーフェイ
ス。それぞれに強さを誇りながらタイプの異なる、テニスのプレイスタイルと同じように。
「──帰るぞ」
 話は終わりだとばかりに背を向けて、手塚はテニスバッグを肩に担いだ。ひとつ瞬きを
して、苦笑交じりに不二が頷く。
「うん」
 いつもと同じように、手塚は歩き出す前、ちらりと不二に目を向けた。見返す瞳を確認
するわけでもなく視線を戻す。幾度となく繰り返してきた行為。いつもと同じ、ささやか
な想い。
 不二は自分のバッグを担ぐと、手塚に並んで歩き始めた。



                               fin.





こめんと(byひろな)     2002.7.1

どうにも私は“はっぴっぴ〜vのラブラブv甘々〜v”というのがなかなか書けないらしい(笑)。っていうか、たぶんそんなに書きたいと思ってないんでしょうね。──と、いうことを思ってみた一作(いや書きましょうよHIRONAさん)。
my愛坊(笑)エマさんのサイトの塚不二SSで、クラスの女子に手塚さん宛のラブレターを託された周助君の話がありまして。それを読んで「うちの不二周助だったらどうするかな……」と思って考えてみたらこんなことに。──うっわ、偽善者だよこの男!(笑) すすすすみません、私、そういう男好きなんです(汗)。いや、偽善者って言うか、……ある意味体面を気にするヒト。なんつーか無用な争い(?)は避けるというか(だってメンドクサイじゃん・笑)←ここらへん偽善者(笑)。
そしてやっぱり36仲良しです。っていうかもしや塚不二より分かり合ってる!?(笑) うちの36は、菊不二寄りで菊→不二ちっくです(でも大菊)。なので菊ちー手塚さんに敵意バリバリ、毛ぇ逆立てまくり(笑)。菊vs手塚って、書いてるの楽しいですネ(笑)。

そして肝心の塚不二。
──エエト、語らないとダメですか?(汗) もう既にコメント長いよ? えとえと……ちゃんと塚不二ですね(爆)。え、不二塚じゃないよね塚不二だよね?(同意を求めてみる)
私の書く手塚さんと不二くんは、どうやら「好き」とか「愛してる」とか(うわ!)あんまり言わないみたいです。なんていうか、ニュアンス的に、“好きな人”というより“大切な人”“特別な人”って感じ。欲情込みの親愛で。──え、それは恋愛とどう違うのかって? それは難しいところですね(汗)。10月にある塚不二オンリーのカット、私が書いたんですが(字だけのカット……)、そこで使ったコピーに“友人より 恋人より もっと近い存在へ”というのがありまして。おいらの理想とするふたりの在り方ってそんな感じです。そんな感じのふたりを、もっとうまく書けたらいいな、と、思います。精進精進。





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