キミの呼び方


「ねーふ〜じ?」
 ハムカツポテトサラダロールの端をくわえたまま、英二は歌うように呼びかけた。
 幸せそうにピリ辛ソーセージを食べていた不二が、微笑んだままの瞳を上げる。
「フジって手塚のこと何て呼んでんの?」
「手塚? ──『手塚』だよ?」
 さも当たり前のように答えて、不二は軽く首を傾げた。不二の髪は色が薄い。窓際の席
は陽当たり抜群で、揺れた髪が光に透けて、淡く光っているように英二には見えた。
「そーにゃの? じゃあ手塚はもちろん……」
「うん、『不二』」
「なーんだぁー、つまんなーい」
 何がそんなに不満なのか、英二は頬を膨らませている。
「英二だって、僕のこと『不二』って呼ぶでしょ」
「だってそっちの方が呼びやすいんだもん」
 即答して、英二はハムカツポテトサラダロールにかぶりつき、意欲的に咀嚼する。
「『しゅーすけ』より『フジ』のほうが短いし言いやすいじゃん」
「──そんな理由なの……?」
「にゃ〜んてね! ウッソ、『フジ』と『エージ』っておそろいぽくっていいでしょ」
「信用ならないなぁ……」
「ホントだってば〜っ」
「──で? 英二はどうなの? 大石なんて、僕より長い『しゅーいちろー』だよね」
 でもそれって名前で呼ばない理由にはならないよね、と不二はにっこり付け加える。ハ
ムカツポテトサラダロールをくわえたまま、英二は低くうなり声を上げた。
「今のはつばめ返しですかフジセンパイ」
「うーんドロップショットくらいかな」
 イヤすぎー! 英二がじたばたと足踏みをする。食べながらお行儀悪いよ、と素知らぬ
顔で指摘されて、英二は恨めしげに不二を見やった。
「うう……。────そーじゃなくてさー……」
「うん、何?」
「──呼んでみたくない?」
「うーん、そうだね……、でもこれで慣れちゃったからなあ。言いやすいし」
「根に持つなよインケンだぞー」
「冗談だよ。──で。呼んでみたいんだ?」
「うん」
「しゅーいちろー?」
「むーっ、お前が言うなよーっ」
「あははっ、じゃあお返ししていいよ」
「……いい、やめとく。何か罰ゲームが待ってる気がする」
「そんなのないってば」
「うんにゃ! エージくんの冴えわたる第六感がね、言っちゃダメだっつってんの」
 断言して、英二はストローを挿したコーヒー牛乳を一口含んだ。肩をすくめて、不二が
話の進展を促す。
「また話が逸れたよ」
「フジのせいじゃん」
「僕じゃないよ、英二だよ。英二ってば話までアクロバティックなんだもの」
 ついてくのが大変、と不二は笑って、新発売の清涼飲料水のボトルに口をつけた。
「──それで?」
 英二は答えず、ストローの先をがじがじ噛んでいる。
「──なんて呼ぼうかな、って?」
「……………………にゃんでわかんの?」
 きょとんとした目に見上げられ、不二は綺麗な微笑みを返した。
「僕と英二の仲だもの」
「う〜……」
「なんで唸るのさ」
「にゃんかずるい」
「何が」
「ズルい気がする! ──フジって絶対アタマの後ろにも目ぇあんでしょ!」
「はあっ!?」
 脈絡を無視した主張に、さすがの不二も笑顔が崩れる。
「にっこり笑って目ぇ見えなくなってるトキは、別のトコの目がフル稼働してんだ!!」
「うーん、それは知らなかったなぁ……。僕って人間じゃなかったんだ? ──『そりゃ
大変』?」
「う゛う゛う゛っ、やっぱりずるいぞフジコっ!!」
「ずるくなんかないってば」
 余裕の笑みを取り戻し、不二が話を元に戻す。
「で、呼び方は?」
「う゛ーん……」
「1コおすすめあるよ。聞いてみる?」
「聞くだけ聞いとく」
「『秀ちゃん』。──ってどう?」
 僕も『周ちゃん』だけどね、とつけ足して、不二は首を傾げてみせた。
「フジは『フジ』なの、決定なの!」
「はいはい、それで?」
「うん……、やっぱそー思う?」
「うん。あのね英二」
 おいでおいでと手招きをして、不二も机の上に身を乗り出す。何かを小さく耳打ちして、
どう、と大きな瞳を覗き込んだ。
「そかにゃ」
「うん」
「やっぱり?」
「うん」
 にっ、と英二は両の口端を上げて笑った。悪戯を思いついた子供のような表情に、不二
もにっこり笑顔を返し、英二も確信犯だよねー、と心の中で呟いた。


                    *                  *                  *


 さて、その日の放課後、3年6組在籍の二人は部活の疲れをものともせず、おしゃべり
に花を咲かせていた。とは言っても、もっぱら英二が一人でしゃべっているのだが、ジェ
スチャーつきの英二の話を、不二はにこにこ楽しそうに聞いている。
 職員室寄りの昇降口は利用者も少なく、外に出てすぐの所にある水飲み場が腰を下ろす
のにちょうど良い高さであることも手伝って、部活の後、顧問の竜崎先生に報告に行った
部長副部長をここで待つのが、いつしか彼等の習慣になっていた。
「あっ、おーいしっ! ──っと」
 戻ってきた二人の姿を見つけ、英二がパッと立ちあがる。と、はっとして口を噤み、後
ろの不二をちらりと振り返った。視線で会話をして笑みを交わし、近づいてくる大石の前
に駆け寄り出迎えをする。
「英二、お待たせ」
「うん」
 いつも以上にきらきらと楽しそうな眼差しに、大石もつられて笑みを返した。隣に並ぶ
手塚が訝しげな視線を不二へと向ける。にっこり笑っただけで何も答えない不二にあきら
めの息をついて視線を戻すと、何やら考えるような仕草をしていた英二がパッと顔を上げ、
満開の笑顔をひらめかせたところだった。
「しゅーうちゃん、一緒に帰ろっ!」
 その時の、大石の赤面っぷりは見事なものだった。
 一瞬綺麗に表情をなくした顔が、見る見るうちに真っ赤になる。今すぐにでも、鼻血を
噴くか頭から蒸気が出るかしてもおかしくないくらいだ。
「わわっ、お、おーいしっ!?」
 驚いたのは英二の方だ。予想以上のリアクションに、笑顔を引っ込めあわてふためく。
「うーん、大石にはちょっと刺激が強すぎたみたいだね」
 あっさり言って、不二が肩をすくめた。手塚は変わらぬ仏頂面──もとい厳しい顔を、
さらに険しくしている。憮然としているのか、実は懸命に笑いをこらえたりしているのか
は、傍目には少々判断がつきにくい。
 その手塚の口から、呆れたようなため息が発せられた。
「──先に行っているぞ」
「えええっちょっと待ってよ手塚、置いてくなよヒキョーモノー!」
「何が卑怯だ、お前の責任だろう。──行くぞ」
 喚く英二を一刀両断切り捨てて、不二を促し歩き出す。
「ふじぃ〜〜っ」
「とりあえず、顔でもあおいで熱を冷ましてあげたら?」
 不二の提案にこくりと頷いて、英二はぱたぱたと手であおいで大石に風を送り始めた。
微笑ましい姿に目を細め、不二も手塚の後を追って歩き出す。
「おーいし、大丈夫……?」
「う、うん……」
 全然、大丈夫じゃないけど。
 かわいい英二をこれ以上心配させるのは忍びない。心優しい副部長は、けなげにあおぎ
続ける英二を見て思った。だけど間近に覗き込んでくる困り顔の大きな瞳は、それはそれ
でまたかわいさ爆発で。
 ──当分立ち直れそうにない。
 大石はまた顔を赤くした。


                    *                  *                  *


「──菊丸に入れ知恵をしたのはお前か?」
 隣に並んだ不二に対する手塚の口調は、疑問というより確認、いや断定に近い。
「入れ知恵だなんて人聞きの悪い。話を持ってきたのは英二だよ、僕は賛同しただけ。だ
けどあそこまで効果があるとは思わなかったなぁ……」
 大石ってかわいいね、不二は笑った。
「ね。手塚も呼んでみる?」
 周ちゃん、と自分を指差して小首を傾げてみせる不二に、手塚はあからさまにしかめた
顔をふいと背ける。
「誰が呼ぶか」
「あ、やっぱり?」
「当たり前だ」
「僕が『周ちゃん』だったら手塚は『国ちゃん』だよね。あ、国光のミツで『みっちゃん』
の方がいいかな」
 そんなので呼ばれても絶対に返事なんかしないぞ。固く心に誓う手塚を余所に、不二は
何やら楽しそうに手塚の呼び方を列挙している。
「──手塚」
 ふいにまともな呼び方で呼ばれ、手塚は何も考えずに振り向き、──そして言葉を失っ
た。
 そこには夕焼けに照らされ綺麗に笑う不二がいた。
「うん、やっぱりこれがいいな。『手塚』、──ね?」
「不二……」
「君にそう呼ばれるのも好きだよ」
 まるで鮮やかなカウンターを決められた時のように、手塚は微動だにできず立ち尽くし
た。
 不二、と再び名を呼ぼうとした耳に、自分のものではない声でその名が聞こえる。夢か
ら覚めたばかりのように不鮮明な思考のままに首を巡らせると、手を振る英二と大石の姿
が目に映った。
「大石復活したみたいだね。迎えに行こうか」
 言って身を翻した不二を、手塚は思わず呼び止めていた。立ち止まり、振り返った不二
が、手塚の目を見つめて悪戯っぽい笑みを向ける。
「そう、それ。──なんか『好き』って言われてるみたいだよね?」
 絶句する手塚を置き去りに、不二は英二たちの方へと駆け寄っていく。口元を手で押さ
えながら、手塚は鮮やかな夕焼けに感謝していた。



                               fin.




こめんと(byひろな)     2002.4.29

おーいしセンパイ、お誕生日おめでとうございます〜v
──って、ちょっと早いですが。明日更新できる自信がないので(ヲイ)ちょいとフライングです〜、ごめんさない♪(反省の色ナシ)
いやはや、こんなに書いてて楽しい二人もそうはいるまい。──36コンビ(笑)。っていうかめっちゃ幸せなんですが〜(笑)。ナニ、私、もしかして塚不二2ショ書くよりも36セット書いてた方が楽しいんだ?(笑) なんてこと〜! いや、菊不二(or不二菊)も楽しいですが、イチオシカプは塚不二なはずなんですが(ちなみにニオシはゆーたしゅーすけ(笑))。

誕生日ネタではないけれど、一応大石君のお誕生日の記念に、と思って書いたのに(でもネタはそれとは関係なく、前からあった(^^;))、そういうわけで主役は36キューティーズです(笑)。割合的に、36:大菊:塚不二=4:3:3……(^^;) それでホントに大石BD記念と言い切れるのか。でも英二のスペシャルな笑顔もらえたから良いよね? ね?
で。
以下くだらないので字を小さくします(笑)。(でもフォント小のヒトはあんま変わらないかも)
そもそもこのネタが浮かんだきっかけは、英二が皆のことを名字で呼んでいることに対する疑問から始まりました。英二って、人懐っこくてみんなの人気者で、みんなに名前で呼ばれてますよね。きっと自分から「エージって呼んでにゃ〜v」とか懐いてったんだと思われますが(笑)。
──でも、じゃあなんで英二自身はみんなのこと下の名前で呼ばないのか??
不肖のモノカキ・相川ひろな、僭越ながら英二と同じ日生まれの者として言うならば。──作中で英二に言わせた台詞にあるように、「短くて言いやすいから」で、かなり合っている気がするんですが……(滝汗)。
だってね、まず大石君、作中で不二先輩もご指摘のように秀一郎と長いです。「しゅーいちろー」と、「おーいし」。──絶対名字で呼びます、私(笑)。「フジ」と「しゅーすけ」など、他のメンバーも同様。桃ちゃんの場合は「ももしろ」と「たけし」で名前のほうが短いじゃん!と思いきや、彼のことは「もも」と呼んでいますよね? そんなものよ、射手座の人間なんて(爆)。
はい。
そーんなこんなで(笑)、私の菊ちゃんに対する見解は、けっこう容赦ない感じです(笑)。いや、でも可愛いですよあのコ。大石くん、かわいがってあげてくださいねv
しかし今回思ったこと。──部長にしろ副部長にしろ、……あなたたち弱すぎです!(爆笑)






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