雨の日の楽しみ


「あああ〜っもう今日も雨だよぉ〜っ」
 もうイヤだーと喚く英二の隣を歩きながら、不二は小さく笑みをこぼした。廊下は雨の日独特の、新しくないワックスの匂いがしている。
「ナニ笑ってんの」
「だって、エージってば」
「オレがナニ?」
「スゴイ顔してるんだもん。そんなに雨イヤ?」
「ヤだ! だって部活筋トレばっかじゃん! もうヤだ、飽きた! 休み時間も外で遊べないしさあ!」
「だけど梅雨時に雨降らないと、夏に水不足になって、プールで遊べなくなっちゃうよ?」
「うっ……」
 言葉に詰まり立ち尽くした英二に合わせて不二も歩みを止める。少しだけ高い位置にある猫目とその上の太めの眉毛がへにょりと垂れているのを眺め、不二は手を伸ばしてクセのある英二の髪をそっと撫でた。梅雨時の湿気にも負けず、英二の髪は今日も元気に跳ねている。
「それに、雨の日には雨の日なりの楽しみがあると、僕は思うけどな」
「例えば?」
「人それぞれだけど……、そうだな、例えば雨の日には紫陽花の花がいつもより綺麗に見えるとか、カタツムリが玄関先で出迎えてくれたりとか」
「カタツムリ! そーそー、朝とか踏んづけそうになんだよね!」
 英二は途端に嬉しそうに目を見開いて、会話に乗ってきた。くすりと笑って不二が言を継ぐ。
「うん、それに、雨音を聞いているのも、僕は好きだな。雨の滴を見ているのも」
「ふ〜う〜ん……?」
「エージも今度やってみてごらん? けっこう面白いよ」
「うー……フジがそー言うなら、今度やってみる。つか午後試してみよっかにゃん」
「こら。授業中は授業に集中しなさい。今年は同じクラスじゃないんだから、ノート見せてあげられないよ?」
 嫌そうな顔をしながらも、不二にたしなめられて、英二は渋々頷いた。
 窓の外では、しとしとと絶え間なく雨が降り続いていた。



「──っていう話をしてね」
 昼休みの英二との会話を持ち出して、不二は小柄な身体に似合わぬ大きな鞄をさげた肩をすくめてみせた。鞄が重いのは、今日も多分部活は筋トレだろうなと思いながらも、一抹の期待を抱いてラケットを持ってきているからだ。
 同じように大きな鞄を肩から下げて隣を歩く手塚は、不二の言葉に納得がいったという風に頷いた。
「それで今日は菊丸がおとなしかったのか」
 ここ数日、英二は毎日のように、梅雨のせいで部活が満足にできない事への不満を口にしていた。自然現象だから仕方がないとは言え、英二に限らず、思いっきりテニスをしたいという欲求は、そろそろ我慢の限界に近づいてきている。
「うん。──だって、エージってば今にも暴れ出しかねない勢いだったからさ」
 苦笑して、手塚を見上げた色の薄い瞳に悪戯っぽい光が宿る。
「確かにテニスができないのは残念だけど、僕、雨の日は嫌いじゃないよ」
「──?」
「だって、こうして手塚とゆっくりできるし。いつもは君忙しいからさ」
 二年生ながら手塚は副部長を務めている。何かと忙しいこの時期、部活の後に部長や顧問の先生とのミーティングのために残ることも多い。もちろん雨の日でもミーティングはあるときはあるのだが、それでも、終わるのを待ったとしてもそんなに遅い時刻にはならない。のんびりと、とりとめのない話をすることのできる、貴重な時間だ。
「そうか。──そう言われればそうだな」
「あれ。どんな反応するか楽しみにしてたのに、全然普通?」
「何がだ」
「照れる手塚とか見られるかもって思ってたのに」
「どうして……──」
 聞き返す言葉がふいに途切れた。骨張った大きな手が口元を覆い、眼鏡の奥の瞳が不二との間、何もない空間を凝視する。
「────そう、いう…意味、だったのか……」
「──そういう意味だったんだけど」
 まあいいけどね、と不二は諦め顔だ。手塚に対する想いが他の友人たちへのものとは少し違うことに気づいたのは一年の秋頃だ。勝てない相手だからというのもあるのだろうと思って深く考えていなかったところに、手塚も何やら同じような違和感を覚えていたことを知った。互いによく分からないままに何となく居心地が良くて一緒に過ごす時間が増えた。
「そうか……そうだな」
 頷いて、手塚がかすかに笑みを浮かべた。気づいて不二が目を瞠る。
「? どうした?」
「ふふっ、手塚の笑顔、間近で見ちゃった。嬉しいな、何だかトクした気分」
「得をするかどうかはともかく……そうだな、雨も悪くはないな」
 やっぱり雨の日ってイイね、と微笑む不二に、手塚も穏やかに頷きを返した。




                               fin.





こめんと(byひろな)     2003.07.03

あい、最後のテニプリイベント参加となった6/15のテニオンリ【大運動会】合わせの無料配布本は梅雨ネタでした。
冒頭の菊ちーの叫びは私の代弁。第2弾(第1弾は『夏だからね!』)。
そして相も変わらず、塚不二だというのに36の方がラブっぽく(笑)。──これは2年時の話なので“36”ではありませんが。ちなみにうち的設定では、36のふたりは1年次にクラスが一緒で、2年は別々、3年でまた一緒になれて「フジー!(感動の再会←毎日会ってただろ)」みたいな。
だけどこれ、2年の夏で塚不二くっついてるっぽいのは、珍しいです、うち的に(遅)。だって3年の梅雨時じゃ余裕なさそうだからさ、1年くらいずつカンケイの進みを早めてみました(笑)。

ま、これからも、オンライン上ではぼちぼち塚不二やってくので、よかったら覗いていただけたらと。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m。








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