今日だけのワガママ


「てっづかー! はぴばすでーいっ!!」
 扉を開けた途端の大音声とクラッカーの爆ぜる音に、手塚国光は眼鏡の奥の瞳を一瞬だけ驚きに瞠った。
「──あ。先に言っちった」
 ごめんフジ〜などと猫撫で声を出しているのは、確かめるまでもない、菊丸英二だ。手を合わせてウインクを飛ばすその先には、笑いをこらえる不二周助の姿がある。菊丸の隣には苦笑を浮かべつつも静かに見守る大石秀一郎がいて、それはすでに見慣れた光景となって久しい。
「いいよ。僕はさっき言ったから」
 笑みを含んだ声でそう告げて、不二は手塚に向き直った。
「手塚、おはよう。それから──改めて、誕生日おめでとう」
「……ああ」
「え? 不二、今日手塚と一緒に来たの? ──って、んなワケないよね。まさか日付が変わったと同時にってヤツ?」
「それはないんじゃないか? そんな時間に手塚が起きてるとは思えないよ」
「あ、そか。──ん〜〜、そーすっと、やっぱ朝……?」
 首を傾げる菊丸に、不二はあっさりと答えを教えた。
「うん。家を出る前に手塚の家に電話したんだ。部室で待ちかまえておめでとうを言おうっていう英二の案は魅力的だったけど、それだときっと英二に先越されると思ったからね」
 さすがは大石の次に菊丸を知り尽くしているだけのことはある。不二の次善策は見事にその役割を果たしたと言えよう。
「さすがだな。だけど不二、手塚は携帯持ってないだろう? 家の電話も、居間にコードつきのがひとつあるだけだし……」
 至極もっともな大石の質問に、不二はにっこり、勝利の笑みを浮かべた。
「うん、わかってるよ。だから、手塚が起きたくらいの時間に一度、ワンコールだけ鳴らして切ったんだ。で、その後もう一度かけ直したんだよ」
「……お見事」
 降参ポーズで呟く大石の隣で、菊丸が興味津々で手塚に更なる問いかけをする。
「でもさ、なんでそこでタイミング良く手塚が出たわけ? 手塚が起きてるってコトは、手塚ンちのおばさんとかも起きてっしょ?」
 大きな猫目に見上げられ、手塚はばつが悪そうに視線を逸らした。密かに笑みを洩らした不二に、気づいた大石が訝しげな視線を向ける。
「不二? どうしたんだ?」
「いや、──ちょっとね、今朝のことを思い出して」
「不二!」
 くすくすと笑い出した不二に、手塚が咎める声を上げた。親密な、“ふたりだけの秘密”を感じ取り、菊丸が唇を尖らせる。
「ずっるーっ。ふたりだけでわかってないでオレらにも教えろよーっ」
「確かに。そんな意味深な反応されると気になるな」
「──だってさ、手塚」
 そんなことを言って、大石どころか不二にまで敵に回られては、手塚に勝ち目はない。眉間の縦皺をさらに深くしながら、不本意だと言わんばかりの口調で手塚は白状した。
「────そんなことをするのは不二くらいしかないだろう」
 そんなこと、というのはもちろん、手塚国光の誕生日当日の早朝、ちょうど着替えた手塚が自室から居間のある一階に下りてくる時間を見計らって、ワンコールだけの電話をかけるという所行のことだ。どう考えても、そんな酔狂なことをする人物は、手塚の周りには不二周助しかいない。
「そう? 今朝になってから思いついたんだけどね。ホントは、ちゃんと部室で英二や大石と一緒に言おうと思ってたよ」
 どこまで本気かわからない顔で、不二はそんなことをうそぶいた。そしてまた思い出し笑いを浮かべる。
「じゃあ、それで僕からの電話だって確信して、電話の前で待ちかまえていてくれたんだ?」
 含みのある不二の言い方に手塚がまた眉間の皺を深くした。
「──朝早いのに何度も鳴らしたら近所迷惑だろう」
「そんなのわかってるよ。だからスリーコールで切ろうと思ってたのに。──聞いてよふたりとも。それなのにね、手塚ってばワンコールで出たんだよ、僕のほうがビックリしちゃったよ」
 どちらの言い分ももっともなのだが、疲れる気がするのはなぜだろう。気配りの人・大石秀一郎は、心密かにそんなことを思っていた。まあ誕生日だからななどとよくわからない理由で自らを納得させてみたりもする。
「──う〜うっわ! もうどーするよこのふたり! 朝からいちゃついてて近所メーワク!」
 親友を取られて面白くないのだろう、菊丸が大石に訴えた。自分たちの普段の行いを考えると人のことは言えないと大石は思うのだが、彼の中ではそれはそれ・これはこれならしい。もっとも彼の場合はもともとスキンシップ過多なため、自覚がないということもある。それともこれは、わかっていながら態度を改めない大石の方がより罪が重いと言うことだろうか。
「つーかおーいし、オレらも負けずにいちゃいちゃしよーよ!」
「待て菊丸。誰がいちゃついてると言うんだ」
 負けず嫌いを発揮した菊丸の発言を、手塚が素早く聞き咎める。応戦する構えの菊丸に、不二と大石は静観することを決めた。睨み合うふたりの視線越しに苦笑を交わす。
「誰って他に誰がいんだよ! フジはオレのだったのに!」
「馬鹿なことを言うな、不二は俺のだ!」
 売り言葉に買い言葉、叫んだ菊丸以上の声の大きさで手塚が怒鳴った。普段から大声を出し慣れている分、その声は部室内にとても良く響いた。
 言葉も息遣いさえもなくなった部屋に、手塚の言葉がリフレインする。
「──あーあ」
 沈黙を破ったのは、呆れたような不二のため息だった。失言した口を塞いで赤面している手塚に笑みを浮かべて歩み寄る。
 一瞬だけ盗み見るようにこちらを見たきり視線を逸らしっぱなしの手塚に苦笑して、不二は学ランの肘を摘むと硬直している菊丸を振り返った。
「英二。──今日は手塚の誕生日だからさ、それに免じて見逃してくれると嬉しいな」
 そして隣の大石に視線を送る。了解の視線を返した大石に微笑んで、不二は手塚の腕を引くと部室の外に出ていった。
 静かに扉が閉まる音を聞いて、菊丸の顔がくしゃりと歪む。
「ぅわ〜ん、おおいしぃ〜〜っ!」
 よしよしと恋人の頭を撫でながら、どうにも複雑な気分の大石だった。


「まさか君があんなことを言うとは思わなかったな。なんだか僕のほうこそ誕生日プレゼントをもらったみたいだ」
 部室を出たふたりは、部室の裏手に回り、並んで壁に寄りかかって立っていた。くすくすと笑みを洩らす不二に、手塚がまた顔を赤くしつつも眉根を寄せて問いかける。
「今日だけなのか?」
「え? ──ああ、あれ? ん……、英二、記念日とか特別とかに弱いからね、いい口実になるかと思ったんだけど」
 思わせぶりに言葉を切って、色素の薄い瞳が手塚を見上げた。
「別に誕生日にかこつけなくても、僕はいつでも君のものだよ?」
 向けられた“恋人仕様”の微笑みに、手塚は咄嗟に不二の腕を引き寄せていた。
「ぅわ……っ?」
「それなら、今日は特別に、“俺だけのもの”でいてくれ」
 耳元での囁きに、不二の白い肌がほんのり染まる。やがて、つめていた息をゆっくり吐き出しながら不二が笑った。
「う〜ん、休日ならともかく平日にそれは難しい注文だなぁ。──でも、いいよ。君がワガママ言うなんて珍しいからね」
 微笑んで、不二は軽く背伸びをすると、手塚の衿を掴んで引き寄せ触れるだけのキスをした。
「じゃあ、これは約束の印に。──誕生日おめでとう」
 囁きとともに、再びのキスが手塚の唇にそっと触れた。




                               fin.





こめんと(byひろな)     2002.10.7

手塚さんはぴばすで〜いvv
──ってことで、昨日(10/6)参加した塚不二オンリー『塚不二∞恋愛進化論』にて無料配布。しかし手塚がアホ……(^^;)。がんばれよ手塚(おまえががんばれ)。
それにしてもうちの菊丸英二くんはホントに不二スキーですね(笑)。ていうかもう手塚を敵視していますね!(笑) つーか…………大石さん、ごめん(苦笑)。でも英二はちゃんと君のこと好きだからね!

それにしても天才・不二周助。手塚さんの起床時刻はともかく、居間に降りてくる(クニミツ君の自室は2階←my設定)時刻まで知っているとは…………ストーカー?(^^;) 紙一重ですね、コワイですね! ──とか言いながら、うちの周助さん、なにげにあんまり計算高い行動しないので(つか天然・笑)、特別何かを狙ったわけではないと思われます。
ま、何はともあれ。
手塚さん、お誕生日おめでとう! 不二と末永く幸せにね〜♪







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