欠落

──written by 紫月sama@Cheshire Cat




俺は一体何をしてんだろう。

幅の狭いホームで立ち尽くしながら宍戸は思う。あたりにはもう夕闇が迫り、帰宅を急ぐ人々やこれから遊びに繰り出す若者たちが、ちらりと宍戸に不審の眼差しを投げかけながら、通り過ぎていく。ざわめきの中音を立てて、宍戸が乗ってきた電車が渋谷へと旅立った。

ここで降りて、どうするつもりだったのか。自分の家の最寄駅を3つも乗り越したのは、思いつきでも偶然でもなく、最初から完全に自発的な意志だ。しかしここに来て、躊躇いが宍戸の足を引っ張る。

『まもなく電車がまいります。白線の内側に下がってお待ちください』

向かいのホームにアナウンスの声。今から急いで階段を駆け上がれば、きっと間に合う。しかし宍戸は、そうしなかった。代わりに最初の意志を貫徹することに決めた。滑り込む電車のブレーキ音に背中を押されながら、宍戸は階段を昇った。

改札口にパスネットカードを突っ込み、通り抜ける。こじんまりとした駅から出て、大通りへと向かう。宍戸が今向かおうとしている所――長太郎の家は、東急東横線代官山駅から徒歩で12分ほどのところにある。大通りを暫く歩き途中で左に折れ、公園を左手に見ながら閑静な邸宅街へ。

その道のりを、宍戸はとぼとぼと歩いていた。肩に背負ったテニスバックが、ずんずんと沈み込んで来るようだ。長太郎の家に行ってどうするというのだろう。長太郎に会って何をしようというのだろう。何をしにきたかと聞かれて……会いたかっただけだ、などと、答えることができるのだろうか。

今日は、テニス部の3年正レギュラーは全員で高等部のテニス部を訪れていた。そのため2年生である長太郎とは、別行動で。跡部や忍足たちとも別れて、珍しくひとりで帰る羽目になった宍戸は、その孤独感に、無性に長太郎に会いたくなった。自分でもバカみたいだと思うほどの強さで。…今朝も一緒だったというのに。

――俺、おかしーよな。……こんなに…アイツがいないと…ダメ、なんて。

部活を終えての帰宅、といういつもの光景に大きな欠落があった。一緒に帰ったからといって、毎日恋人同士として何かをするわけではない。けれどこうして離れて見ると、ただ一緒にいてくだらない話をしているだけというのでさえ、どれほど心が満たされたか。

――アイツ、軽蔑すっかな。こんな俺……嫌いかな。

そんなことを考えて歩む足取りが、軽いはずも無い。軽快に歩いていく人々にどんどん追い越されながら、宍戸はようやく公園へと差し掛かる。確かここを突っ切る方が早かったと思いながら、人影もまばらなそこへ足を踏み入れる。向こうからやってくる人影に、なんとなく視線をうつむけた。

「……宍戸さん!?」
「え?」

聞き間違えようの無い声に、宍戸は驚いた。顔をあげると、遠くから長太郎が走ってくる。
宍戸はバカみたいに口をぽかんと開けて、そこに立ち尽くしていた。

「どうしてここに?」
「それは、その……お前こそどっかでかけんのか?」
「はい。…宍戸さんの家に行こうと思ったんです。今日一緒に帰れなくて…淋しいなあ、つまらないなあって思ったら、無性に会いたくなって。……宍戸さん?」

思わず宍戸は、笑い出してしまった。何がなんだかわからなくてきょとんとしている長太郎の前で、ひとしきり笑う。同じだと、わかったから。ひとりで勝手に強い思いを抱えて、ひとりで勝手に淋しくなって、会いたくなったのかと思っていたが。長太郎も、同じだったのだ。

「俺さ……お前に会いたくて、だから」
「え?え!?」

だからもう、何も飾ることはない。思うままに心を解放して、強請ればいい。
宍戸は真っ直ぐに長太郎を見た。
欠落していた何かが、急速に満たされていくのを知る。

「お前がいねーと俺、ダメみてーだ」
「宍戸さんっ!」

自分の好きな人が自分と同じことを考えていてくれた嬉しさに、長太郎は場所も忘れて宍戸を抱き締めた。勢いでテニスバッグが地面の住人になる。夕焼けに染まる公園に、ふたりの影が長く延びていた。



++END++




前回10000HITに引き続き、紫月さんのテニプリサイト【Cheshire Cat】の20000HIT記念フリーSS〜v
──カウンタの回り、早すぎですよ! すごいなぁ、うらやましいなぁ……。
ちょっと一瞬ドキっとしてしまうようなタイトル&書き出しですが、このとおりラブラブなチョウシドですvv ああ、素敵……(うっとりv)。
きょとんとしてるチョタロがかわいい……などと、相変わらず長太郎びいきな目を持っている私ですが(笑)、「なんだ、同じじゃん」とほっとして笑う宍戸さんはとってもかわいかろうと思います、ええ。「へへっ」って感じで鼻の頭とかほっぺたとか掻いたりして。──って、なんだかどっかの誰かとイメージダブってるのが丸わかりですね(苦笑)。

ずっと一緒にいるとそれが当たり前になって、ありがたみも何も感じなくなってしまうことがあったりしますが、彼らみたいに、ちょっとしたことから互いの大切さを知ることができるのっていいですね。なんだか私もチョタのよ〜な恋人が欲しくなってしまいましたよ……(笑)。
長太郎、宍戸さん、いつまでもラブラブでいてね!!
(2002.9.10 UP)





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