前のページ私の山日記2012スポーツ健康科学によると《登山は自然を楽しみながら、都会生活で陥りがちな運動不足を解消し、 コレステロールや中性脂肪を下げる働きがある。 人は一日1800〜2000キロカロリーのエネルギー量で生活しているが、山登りは一日5000キロカロリー前後を消費する》とあります。 遭難や事故の原因となる筋肉疲労や体調不良は普段の健康管理が大切です。 私は特に筋力の衰えと体重の増加に気をつけ、乗り物は極力避け可能な限り歩くようにしています。 『私の健康は山歩きにあり!』と理由付けし、今年も健康で多くの山歩きが出来れば幸せです。 大山(おおやま)から広沢寺温泉へ2012年(平成24年)1月9日
白銀の大岳山(おおだけさん)2012年(平成24年)2月5日
浅間尾根(せんげんおね)と浅間嶺(せんげんれい)2012年(平成24年)3月4日
三頭山(みとうさん)2012年(平成24年)3月18日
蕎麦粒山(そばつぶやま)2012年(平成24年)4月8日新松戸駅府中方面行き武蔵野線始発は5時14分、西国分寺駅と立川駅で乗り換えて奥多摩駅7時46分着、 東日原行きバスは8時35分発で9時頃到着、 昭文社山と高原地図の蕎麦粒山行程は6時間45分、夕食までには帰宅したいので16時17分発のバスで帰りの途、これが本日の予定です。 8時35分発バスは2台で運行、乗客の多くは川苔橋下車、終点までの登山者は20数名、皆林道を先へ進みました。 少し後戻りし、ヨコスズ尾根に取り付いたのは私のみ、 此の山域は登山者が少ないとガイドブックに書かれていたこと、如実に感じました。 一杯水避難小屋手前で大型ザックを背負った登山者に追いつきました。 酉谷山に向かうとか、奥秩父や此の付近の山には精通しているらしく、私に対する奥秩父登山の勧めは熱いものを感じました。 私の過去から現在までの復数日の山行きは北・中央・南(北部)アルプスと八ヶ岳が主、奥秩父は両手の指で数えられる程度です。 私の登山感を主張することなく、分岐点の一杯水避難小屋まで会話を楽しみました。 久々の6時間超え山行きには一抹の不安を感じていましたが、蕎麦粒山頂上では1時間の休憩、東日原バス停に戻ったのが15時30分でした。 バス停のベンチには先客が2名、内一人は70歳代の登山者で頬はピンク色、缶ビールを飲んでいました。 後から到着したもう一人の70歳代登山者も缶ビールを飲み始めました。 酒屋が数十米先にあることに気づきましたが、夕食まで我慢することに決めました。 (帰途の車内では隣席の団体さんが酒盛り、生唾をゴックン!) 御嶽山・日の出山(みたけさん・ひのでやま)2012年(平成24年)4月22日悪友が去って12年、十三回忌の追悼の意味を込めて御嶽山に登りました。 数多くある彼との山歩きで強く印象に残っている山の一つが奥多摩御嶽山です。 四十数年前の正月、初詣代わりに登った山、帰宅後彼のお母さんに強く叱られたこと、今も記憶にあります。 古里駅から丹三郎集落の登り口へ、私の他登山者は三名と寂しい山歩き、好天が望めない天気予報が原因なのでしょうか。 悪友との想い出を辿り大塚山をへて御嶽山神社へ、此処も人出が少ないようです。 彼と歩いたコースはケーブルカーには乗車せず徒歩で滝本から御嶽駅へ向かいましたが、 今回は日の出山から二俣尾駅へ初めてのコースを歩きました。 日の出山山頂にはトレイルランニング(Trail running)の方が一人休息を取っていました。 その後誰一人出逢うことなく三室山からアタゴ尾根へ、二俣尾駅に近づくにつれ祭り囃子の音色が、愛宕神社の春祭りでした。 この日、松戸は午前中から正午過ぎまで雨だったとか、運良く私は一度も雨に当たることなく帰宅できました。 雲取山・七ツ石山・六ッ石山(くもとりやま・ななついしやま・むついしやま)2012年(平成24年)5月5〜6日 奥多摩駅前の丹波方面のバス停は大混雑、峰谷行きバスに乗れない客用に、途中までの奥多摩湖行き臨時バスが増発されました。
しかし乗客は30名ほど、急遽行き先を変更『鴨沢行きの臨時バスです。定時より早く鴨沢に行きたい方ご乗車下さい』と乗客募集、
迷うことなく私も乗車しました。
奈良倉山から坪山へ(ならくらやま・つぼやま)2012年(平成24年)5月20日中央本線上野原駅から鶴峠行き臨時バスに乗り込み奈良倉山(秀麗富嶽十二景)に登りました。 頂上に着いたのは10時過ぎ、富士山は少々霞がかかっていましたが、写真を数枚撮り林道へ降りました。 林道を30分歩いたところが佐野峠、地図によると、その先登山道への分岐は三カ所、 峠から林道を1km進んだ地点から南東に進む難路(2011年版昭文社山と高原地図大菩薩嶺地図)と さらに0.5km進み北東方向へ登る難路(2010年版高尾・陣馬)、共に踏み跡程度、藪こぎは嫌なので止めました。 そして松姫鉱泉分岐から約150m進んだ登山道を見過ごし林道の終点まで歩きました。 10分引き返したところに踏み跡を発見、急な斜面を5mほど登りましたが進む方向が違うので止めました。 さらに5分戻ると崩れた斜面に複数の足跡が、標識のない途切れた登山道でした。 富士急山梨バスのホームページで大きく取り上げられている坪山でしたが、花のシーズン以外の登山者は少ないようです。 奈良倉山を降った林道から坪山そして御岳神社バス停まで人との出会い無し、本日の坪山登山者は私一人だったのでしょうか。 笹子雁ヶ腹摺山(ささごがんがはらすりやま)2012年(平成24年)6月24日 中央自動車道笹子トンネルの真上の山、笹子雁ヶ腹摺山に登りました。
山名の由来は、渡り鳥のガンがその腹をするようにして尾根を飛んでいくことからだとか。
他に雁ヶ腹摺山、牛奥ノ雁ヶ腹摺山という山も大月市にあります。
この山を選んだ理由は、秀麗富嶽十二景の山々が気になる存在であることと、
今回のコースは標高差750m(丹沢の大倉尾根は標高差1200m)一ヶ月ぶりの山歩きには最適かと思ったからです。
笹子駅から国道を登山口までの行程は準備運動?頂上までの二時間は一汗も二汗も掻きました。
今日は生憎の曇り、梅雨の時期、青空が無くても雨降りでなければ上出来なのですが
この山は秀麗富嶽十二景(富士山を望む優れた景観がある場所)18座の一つ、残念に思いました。
今回、山で出会った人は四名、静かな山歩きかと思っていたら、笹子峠方面から三十数名の団体さんが登ってきました。
笹子峠から清水橋まで旧甲州街道峠道を楽しみ、その後は林道のような県道212号線を甲斐大和駅まで歩きました。 《失敗談U》4時15分起床、4時45分出発、新松戸駅5時14分始発電車で中央本線笹子駅から滝子山登山が6月30日の予定でした。 ケータイにアラームをセットし就寝したのですが、目覚めたのが6時18分、約2時間朝寝坊、登山を中止しました。 『早朝目覚ましが鳴っていた』と女房殿、私はその時爆睡中、この様な経験は初めて、加齢なのかと落ち込みました。 今回の登山のお供は数年振りに使用するくすんだ水色のザック、玄関で引退宣言しているかの様でした。 丹沢山塊、塔ノ岳(とうのだけ)2012年(平成24年)7月8日注文していたザックが届いたので早速山支度、久々に大倉尾根を登ることにしました。 3時30分新聞を取りに外へ、道路は乾いていたので幸先が良いかと思ったのですが、 4時25分山靴を履き玄関を出ると生憎の雨、折りたたみ傘を拡げ山の好天を期待し駅に向かいました。 今日は今年10回目の登山、体力は十分だと勘違いしていました。 大倉バス停で持参のおにぎりで腹ごしらえを済ませ、意気込んで塔ノ岳まで2時間30分台を目標に登り始めました。 最初の1時間は急がず、その後ペースを上げ一気に登るつもりでしたが、頂上に近づくにつれ給水タイムが多くなり、 結果3時間を超えてしまいました。 20分(沈鬱な時間)ほど休息をし、急ぎ足で大倉バス停へ、下山も2時間を切ることは出来ませんでした。 若い時、そして5〜6年前は季節を問わず頻繁に登り慣れ親しんだ大倉尾根、 標高差1200mは今後私にとって少々厳しい数字になるような気がします。 加齢という衰えは当然なこと、昭文社山と高原地図の記載時間内で歩ければ上々だと思うことにしました。 大倉バス停でスパッツに山ヒルが付いていると大騒ぎしているグループがいました。 夏の丹沢は5年振り、山ヒルのことを忘れていました。帰宅後全身を点検、異常が無くて一安心しました。 (バス停の洗い場備え付けのタワシには山ヒルが付いているとか、怖い話です) 滝子山(たきごやま)2012年(平成24年)8月5日
唐松岳(からまつだけ) 五竜岳(ごりゅうだけ)2012年(平成24年)9月15〜17日
箱根山(はこねやま)から箱根湯本へ2012年(平成24年)10月8日
筑波山(つくばさん)2012年(平成24年)10月14日山に限らず何事も電車・バスで出掛けていた私はクルマを利用した山歩きが苦手でした。 ここ数年クルマの運転は家から10km以内、長時間の運転は億劫でした。 私の家から最短距離の山は筑波山、今回は思い切って出かけました。 のんびりと午前8時過ぎに家を立ち、1時間半で筑波山つつじヶ丘駐車場に到着、身支度を調えて頂上へ、 幼児連れの家族が多いこともあり狭い岩場では渋滞の連続、時季外れの真冬に訪れるべき山でした。 帰路のクルマも順調、午後2時頃帰宅、山に登ってきたのかと娘に疑問視されました。 クルマの便利さを知った今回の山歩き、コースを変えまたクルマで出掛けようと思いました。 (滅多に使用しないポイントカード類、中からETCカードが顔を覗かせました。ほんの些細な切っ掛けで筑波山に行ってきました) 赤城山(あかぎやま)2012年(平成24年)11月4日
越前岳(えちぜんだけ)2012年(平成24年)12月9日
箱根外輪山(火打石山・明神ヶ岳・明星ヶ岳・塔ノ峰)2012年(平成24年)12月23日
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私の山日記2013“関東の山あるき100選”(昭文社)というガイドブックを購入したのが2003年でした。 紹介されている山々のうち、過去に登った山も数多くあり十年位で全山クリアと思っていました。 しかし同じ山に複数回登る、紹介されてない山に登る、 長期・短期の休止等(膝痛や喪中、震災自粛)の理由で数多くの山々が残されています。 今は気長に焦らず今後十年を目標に残りの山々を登ることが出来れば、と思います。 昨年の山行きは比較的多く17回でした。今年も健康でより多くの峰々を歩くことができればしあわせです。 伊予ヶ岳・富山(いよがたけ・とみさん)2013年(平成25年)1月6日
笠山・堂平山・剣ヶ峰・丸山・日向山2013年(平成25年)1月12日
大霧山・皇鈴山・登谷山2013年(平成25年)1月20日
鶴島御前山・高柄山・矢平山2013年(平成25年)1月27日
秩父御岳山(ちちぶおんたけさん)2013年(平成25年)2月9日
蕨山(わらびやま)2013年(平成25年)2月17日
二子山・武川岳・正丸峠2013年(平成25年)2月24日
武甲山・小持山・大持山2013年(平成25年)3月9日
天城山(万二郎岳・万三郎岳)2013年(平成25年)3月16日百名山は人気の山、混雑する山、その様に私は感じています。その一つ天城山も名の知れた山です。 以前から一度は登っておきたいと思っていましたが、私の住む松戸からは遙か遠く億劫な山でした。 今回はクルマを利用し出掛けることに、花の時期ではないので登山者は疎らでしたが、 クルマ片道走行距離190km超え、往路3時間20分、復路4時間50分、山歩きの歩程は僅か4時間でした。 私にとって充実した山歩きの歩程は6時間以上、筋肉痛や疲労感が無いのが普通ですが、今回は大変疲れました。 やはりクルマの運転が主な原因だと思います。クルマの運転は慣れだと人は言うのですが、私はそれを克服できていません。 創意工夫が必要だと思います。車利用の山行きは行動範囲を拡げます。それがこれからの私のテーマかと思われます。 私は若い頃から百名山を意識したことも、興味を持ったこともありませんでした。 興味が薄い一番の原因は観光的に何度も登ったことのある筑波山、その山が百名山だという選考基準が理解できませんでした。 しかし最近は筑波山の良さ、百名山の魅力が徐々に私の体に浸透し始めました。 少なくとも関東周辺の百名山は登るべきだと考えるようになりました。 今年はその幾つかの山々を混雑するシーズンを避け、便利なクルマを利用し訪れたいと思っています。 丹沢表尾根1/22013年(平成25年)4月14日
筑波山2013年(平成25年)4月20日5月の連休は泊まりでの山行きが可能になりました。しかしトレーニング不足で焦りが出ました。 我が家から一番近い山は筑波山、その日の未明に登ることを決めました。 今回のテーマは地図の歩程時間をどの程度まで短縮出来るか、というものです。 駐車場近くの筑波神社からケーブルカー沿いに男体山へ、女体山から弁慶茶屋跡を経て神社に戻る周回コースを歩きました。 意気込みとは裏腹に、この日も脚が重く、人に追い越されること数知れず、かなりの鈍足だったと思います。 5月の連休、テントを担いでの山歩きは無理なように思えました。 我が家からクルマで僅か1時間半の日本百名山、観光客のいない早朝は静かな山歩きが楽しめます。 丹沢表尾根2013年(平成25年)4月27日
西丹沢・加入道山・大室山2013年(平成25年)4月29日
西丹沢・畦ヶ丸2013年(平成25年)5月5日
筑波山2013年(平成25年)5月19日午前中曇り、午後から雨、そんな天気予報でした。 月に2〜3回は山歩きを楽しみたい・・・と思っている私、半日でも無駄に過ごしたくありません。 早起きし我が家から一番近い山、筑波山へ、頂上付近は雲に覆われていました。 今日は前回の逆コース、女体山から男体山へ、そしてケーブルカー沿いに筑波神社に戻りました。 筑波山は標高が低いので薄手の衣類を着用、しかし曇天だったので肌寒く感じました。 下山したのは午前9時頃、筑波神社付近は頂上を目指す大勢の登山者が、広い第3駐車場もほぼ満車でした。 私にとって筑波山は早朝に静かな山歩きができる山、半日でそれなりに充実した山歩きを楽しむことができる山なのです。 西丹沢・檜洞丸2013年(平成25年)5月25日今年三回目の西丹沢、今回はツツジ新道から檜洞丸へ、西丹沢の山開きを明日にひかえ大勢の登山者で賑わっていました。 お目当ての紅白に染まるツツジのトンネル、今年は咲が悪いとか、残念ながら観ることができませんでした。 二度ほど休憩し頂上へ、3時間未満で到着、今日は体調が良さそうです。 予定より1時間早いバスに乗車可能、早めに昼食を済ませ犬越路へ、危険なところは慎重に、歩きやすい所は早足で下山しました。 檜洞丸・犬越路間で約30分短縮できました。 ここからは脚に疲れが出る時間帯、ペースを落として西丹沢バス停へ、14時14分到着、久々に快調でした。 トランスジャパンアルプスレースという日本海をスタートし、 北・中央・南アルプスを抜け太平洋まで1週間で走破する日本縦断レースをテレビで見たことがありました。 その参加資格の一つは1日にコースタイム20時間以上の山岳トレイルコースを55%以下のタイムで走りきれることだとか。 比較になりませんが、今回の私は6時間45分(昭文社山と高原地図)のコースを83.5%で歩けたこと、 最近は鈍足だったので、私的には満足感がありました。 両神山 (りょうかみさん)2013年(平成25年)6月1日
荒船山 (あらふねやま)2013年(平成25年)6月8日
筑波山 (つくばさん)2013年(平成25年)6月29日
前掛山 (まえかけやま)2013年(平成25年)7月7日
根子岳・四阿山 (ねこだけ・あずまやさん)2013年(平成25年)7月20日
筑波山 (つくばさん)2013年(平成25年)8月4日
筑波山 (つくばさん)2013年(平成25年)10月12日本年の山歩きは例年になく好調でした。7月頃から不調の兆しがありましたが、それでも8月4日今年22回目の山歩きが出来ました。 この夏は膝周辺の筋肉に軽い傷み、脹ら脛の痙攣は5回、大腿四頭筋の裏側の筋肉に違和感などがありました。 記録的な猛暑で日課だった一日6kmの散歩を怠け、半ズボンで冷房の部屋で過ごしていたことが原因かと思われます。 以前、左膝に異常を感じつつも山に行ったことがありました。コース半ばで軽い痛みが、サポーターを巻き、予定のコースを歩きました。 その日は大事に至らず無事帰宅、しかし次の日に痛みと腫れ、1ヶ月の通院、長時間の歩行が出来るまで半年を要した経験から山歩きを見合わせました。 週一回間接リュウマチ治療のため通院していた母が9月4日突然歩行困難に、その後9月24日まで計4回の歩行不能、ほぼ毎日の通院治療となりました。 祭日は休診なので山行きが可能でしたが、高齢なので余病を併発するといけないので自粛しました。 10月11日、毎日の通院治療が終了、約二ヶ月振り、久々の山歩きとなりました。 今回のコンセプトは怪我の無いよう慎重にゆっくりと山歩きを楽むこと。 筑波神社第3駐車場にクルマを止め、御幸ヶ原コースから男体山、そして女体山へ、 今年5回目の筑波山、私の家から一番近い山、一汗流すには最適な山です。観光客が訪れる前の早朝がおすすめ! 大岳山 (おおだけさん)2013年(平成25年)10月14日一日おいての大岳山へ行きました。大岳沢からの入山は初めてのコースです。 今日も前回同様、怪我の無いよう慎重にゆっくりと、そんなイメージで登り始めました。 近年パワースポットの御岳山は人気の山、そのコースを避け大岳沢コースは予想通り清涼感に満ちた山歩きの始まりでした。 出会う人も少なく自然を十二分に満喫し頂上へ、頂上直下は直登ルートを選択 、昭文社山と高原地図奥多摩2001年版には記載が無く2012版にある短かなコース、標識もなく解りにくい分岐点、 冒険心もあり地図を拡げず記憶と感で進みました。 頂上には大勢の人が、空いている場所で昼食、持参のけんちん汁を暖めて食べました。 急坂の下山路は膝を痛めぬよう慎重に降りました。 鋸山到着、調べておいた奥多摩駅発の時刻表、急げば14時9分発の電車に間に合うかも?などと変な誘惑が頭を巡り 、怪我のない慎重な山歩きを心がけていたことをつい忘れ急ぎ足になりました。しかし思うように脚が動かず、 途中で諦めペースダウウン、鋸尾根は厳しい、諦めずあと10分時間短縮できたなら14時9分の電車に乗れたのに残念。 丹沢表尾根 (たんざわおもておね)2013年(平成25年)10月19日台風の後は登山道の状態が心配、当然沢筋の登山道は避け尾根道のコースを選ぶことに、行きつけの山は安全率が高い様な気がします。、 ならば丹沢へ、ヤビツ峠行きバスは運行中らしいので表尾根縦走と決めました。 当日バスが蓑毛止まりなら塔ノ岳までは厳しい、途中の尾根からの下山も考慮し家を出ました。 5日前、半袖一枚で山歩きをしていたのに、今日は三枚重ね着でも寒い、私の衣類は春夏物、他の登山者が秋冬物、 山の衣類の衣替えの時期を見誤りました。不安定な天候、雨に当たらなければ上出来だと思い登り始めました。 行者ヶ岳までは霧の中、景色のないつまらなさ、途中下山のことばかり考えながら歩いていました。 そこからは視界が開け、雪を抱いた霊峰富士が、感激でした。4月の丹沢表尾根、さほど急でもない塔ノ岳への最後の登り辛く感じました。 今日は気負いもなくマイペースだったので息切れすることなく頂上到着。 ゆっくり昼食を楽しみ下山、疲労感もなく体調十分かと思い早足で下山、しかし途中から脚の運びが悪くなり、 悔しいかなこの日もペースダウン、歩き慣れた大倉尾根を一気に降りられない年老いた自分が惨めに思えました。 富士山初冠雪の日に丹沢表尾根を歩くことができたこと、心に残る山歩きの一つになりました。 鳴虫山 (なきむしやま)2013年(平成25年)11月23日当初愛車で日光へ向かう予定でしたが、当日の夜中、電車での山行きが脳裏に、 午前3時に起床しウェブ検索、クルマも電車も所要時間変わらず、楽な電車利用の山行きとなりました。 今日は神ノ主山から鳴虫山に登り、独標で昼食、 含満ガ淵・化地蔵・神橋をカメラを首にぶらぶら散策する予定でしたが、 大き目のザック、汚れた登山靴、汗ばんだ衣服、いつもながら気が引ける恰好でした。 観光客にとけ込めず、ゆっくりと紅葉を堪能することなく、急ぎ足で東武日光駅に向かってしましました。 常々思うこと、面の皮を厚くし観光客に変身せねばと。紅葉の輪王寺や東照宮の写真を撮したかったです。 筑波山 (つくばさん)2013年(平成25年)12月23日
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私の山日記2014倉岳山 (くらたけやま)2014年(平成26年)1月19日
権現山 (ごんげんやま)扇山 (おうぎやま)2014年(平成26年)1月25日
高尾山 (たかおさん)2014年(平成26年)2月23日
筑波山 (つくばさん)2014年(平成26年)3月9日当初の計画は筑波高原キャンプ場の駐車場にクルマを止め、 ユースホステル跡地、御幸ヶ原、男体山、女体山と周遊するコースを計画しましたが、 四駆ではない私のクルマ、林道走行に不安を抱き、何時もと同じ筑波神社付近の駐車場へ、ケーブルカー沿いに登りました。 途中、2匹の犬と二人の登山者が休息中、その内のビーグル犬に好かれ困りました。 私は犬が苦手、原因は小学一年の時に友人の飼い犬に噛まれたのが始まりで、子供の頃はたびたび犬に追われました。 当時、ほとんどの犬は放し飼いでした。 御幸ヶ原到着、早速情報収集、スタットレスタイヤでユースホステル跡地まで走行可能、女体山付近は凍結など 貴重な話を聞くことができました。この日は男体山に登り、女体山の岩場は避け同じコースを駐車場に戻りました。 途中土産物屋店先、店主の怒鳴り声「おまえら、食ってばかりで、買わねんだらう!買ってけ!」 見ると男女二人が試食の皿を抱え夢中で食べている、そしてそのまま店を後にしました。 習慣の違いとはいえ、怒鳴り声は世界共通だと思います。旅の恥は掻き捨て? 帰路常磐道でのこと、守谷SAを通過し柏ICに近づいた頃、ウインカーを点け左側の走行車線から中央追越車線への車線変更途中、 右側車線後方から猛スピードのトヨタ車が私の真横へ、その間僅か50cm、私は瞬時に緊急回避、 クルマのバランスが崩れタイヤ音がしましたが、ハンドルとアクセルワークでその場を切り抜けた一瞬の出来事でした。 相手の車は、型遅れのトヨタ・ハリアー、シルバー色、ナンバー××××。無事帰宅出来たのは筑波の神様のお陰、だったと思います。 生藤山 (しょうとうさん)2014年(平成26年)3月16日権現山の次は生藤山と決めていましたが、大雪を考慮し今日に至りました。 井戸バス停から軍刀利神社へ、深い雪でした。 奥の院を過ぎ、沢筋の登山道は足跡がほとんど無く前途多難だと感じました。 方位磁石と電池残量の少ないナビ、等高線の解りにくい五万図、そして感を頼りの登りです。 時々見付ける、雪の上にうっすらと残った登山靴の跡、登山道の証です。 勾配の強い登りを直登している人と犬らしき足跡、ハンターなのでしょうか、 今日の私の装備は爪の浅い土踏まずに付ける簡単な滑り止め、 ピッケルは無くても10本爪のアイゼンを持参していたら直登出来たのに、などと考えながら踏み跡を探しつつ歩きました。 鎌沢からの尾根に出ると後は快調、三国山、生藤山を経て連行峰へ、予定より1時間遅れでに到着、昼食にしました。 春を感じさせる日差しとそよ風、心地よいひととき、しかしそれを一変させたのはクシャミと鼻水の連続でした。 マスクをつけて陣馬山まで歩くのは辛いので予定変更、下山することにしました。 和田バス停13:46到着、時刻表を見ると3分前にバス発車、少し急げば乗車出来たのに残念! 1時間待つよりは藤野駅まで山村風景を楽しみながらの散策歩きとしました。 今回は予定を変え途中下山しましたが、雪の山を十二分に堪能できた山歩き、大満足でした。 高尾山 (たかおさん)から景信山 (かげのぶやま)2014年(平成26年)4月12日昨夜作り置きしたコーヒーを暖め、新松戸駅下り一番電車に乗り高尾山口駅へ、朝食は稲荷山でパンを食べました。 視界は都心方面、耳はお隣さんの会話に、桜のシーズンはほぼ毎週登り、 巻道を利用し山頂はパス、陣馬までは行かず、マニアックな道を藤野駅に降るのだとか、面白い歩き方だと思いました。 今回私は、高尾山と景信山山頂は外さず、その他は山用のGPSと相談しつつ巻道を歩きました。 高尾山からはヤマザクラ・ソメイヨシノ・ミツバツツジ等を愛でる花見の山歩き、幸せな気分に浸りました。 一ヶ月振りの山歩き無理せずゆっくりと景信山へ。 昼食はカフェオレとカップ麺、普段口にしないカップ麺を山で食べるのは何時も格別の味、だったはず、 でしたが今日は美味しさを感じませんでした。多分気温が低くなかったからだと思いました。 昼食後、膝の違和感や脚の疲労感がないので明王峠方面へ向かいました。 5分ほど降った平坦な山道で、木の根に左足を引っかけ前のめりに、 瞬時に前に出るはずの右足も動かず、両膝をつき、続いて両手、そして顔、ゆっくりと倒れ込みました。 膝・掌・頬共に怪我は無く土で汚れた程度、過去尻餅は複数回ありましたが、前のめりに倒れたことは初めてでした。 泥を落としてからストックを取り出し先へ進みました。 相模湖駅に近づくにつれ祭り囃子や花火の音が、与瀬神社の例大祭でした。 御輿が白装束の若者に担がれて急な石段を豪快に下るのを見物することが出来ました。 与瀬の権現様祭りとして町民に親しまれている例祭は疫病除けのため御輿渡御を行っているとか。 今回の山歩きはお花見と春祭りのおまけ付きでした。 筑波山 (つくばさん)2014年(平成26年)5月17日山麓に住んでいない私にとって、朝飯前の山歩き、不可能だと思っていました。 今回不可能が可能に、午前3時に家を出、8時帰宅そして朝食、朝飯前の山歩きが出来ました。 クルマで筑波山ユースホステル跡地へ、そして山頂(女体山・男体山)往復、帰宅後通常通り病気の母親と朝食、 今の時期、日の出が早いのでこの様なことが可能になりました。 ケーブルカーやロープウェイを除いて短時間での筑波山山頂へはユースホステル跡地からのコースが最短だそうです。 裏筑波はカタクリ開花時、群生地には多くのアマチュアカメラマンが訪れ賑わうとか、 シーズン中はユースホステル跡地の駐車も困難かもしれませんが、私にとって最短距離の山、朝飯前の山歩きが出来る山、 筑波山がますます好きになりました。 筑波山 (つくばさん)2014年(平成26年)7月6日一月半振りの山歩き、筑波山御幸ヶ原コースへ、最初の1kmがとても長く感じました。 御幸ヶ原のベンチに腰掛け喉を潤し、男体山から女体山へ、頂上で一息、ザックの雨蓋にいれておいたペットボトルが空で中は水浸し、 キャップの閉め方が悪かったようです。 クルマのインテリジェントキーが濡れていたので大慌て!キーが使用できなかったら家までスペアを取りに帰らねば!今日中に往復できるか? インテリジェントキーにはアナログキーが付いていることを忘れ、頭の中は大パニックでした。 帰宅後ザックの中を点検、非常食は消費期限間近、この時期不要な簡易アイゼン、一年以上使用せずザックの底に埋もれていたしわしわの雨具、 濡れていたツェルトやペーパー類、数年間未開封のピンチ袋、等々ザックの整理整頓や大掃除をしました。 戸倉三山 (刈寄山・市道山・臼杵山)2014年(平成26年)7月13日朝から寝ぼけていました。立川駅でトイレに立ち寄り、慌てて電車に飛び乗り座席を確保、 同じボックス席のお隣さんの古いミレーの一本締めザックに見とれていると高尾駅、甲府行きの電車であることに気付き、 立川駅に引き返し、そして武蔵五日市駅へ、予定より20分遅れのバスに乗車し今熊登山口で下車し歩き始めました。 刈寄山から市道山、そして臼杵山、頂上の先の巻道を進むと別方向に下っている感じ、慌ててGPSを取り出し位置確認、 昇りきったところが予定のコース、枝道を直登しコースに合流しました。 戸倉三山は低山ながら上り累計標高1195m下り累計標高1163m、歩きでのある山々でした。 不老山 (ふろうさん)2014年(平成26年)7月21日数年前から気になっている山、不老山、縁起の良い名前に惹かれていました。 前日ウェブで情報収集、下車するバス停の名前が棚沢キャンプ場前バス停から向河原に変更になっていました。 この日は曇天、景色を楽しむことが出来ませんでしたが、風もあり歩きやすいコンデションでした。 PCのカシミール3DソフトでGPS用のルート制作中、国土地理院の最新地図では頂上から金時公園への登山道が不鮮明でした。 現在林道工事や災害で所々登山道が消失、しかし多くの案内板があり、迷うことなく下山できました。 この日出合った登山者ゼロ、不老山貸し切り状態、十年振りの出来事でした。 小金沢山 (こがねざわやま)2014年(平成26年)7月27日
御坂黒岳 (みさかくろだけ)2014年(平成26年)8月2日太宰治文学碑のある天下茶屋から御坂山を目指し歩き始めました。 そして御坂峠からり御坂黒岳山頂へ、少々離れた展望台で昼食にしました。 この黒岳は昔から登りたかった山、この時期暑い山と知りつつ来てしまいました。 河口湖を挟んでの富士はなかなかのもの、春先雪を纏った霊峰富士をもう一度仰ぎたいと思いました。 破風山、新道峠、中藤山、大石峠と歩きたかったのですが、私にとっては交通機関片道約5時間の不便な地域、今日は新道峠から下山しました。 13時30分大石公園自然生活館到着、遠くで落雷が、序々に近づき、豪雨と突風、折りたたみ傘が御猪口になり、ずぶ濡れでバスに乗車しました。 10分遅れで到着したバス、さらに豪雨と渋滞で20分遅れで河口湖駅に到着しました。 富士急行は山間部を走る単線電車、途中集中豪雨にみまわれ不通になったら帰宅が困難に、 非常食を食べツェルトを被って仮眠しながら普及を待つ、などと妄想しつつ、 河口湖駅、大月駅と特急電車を乗り継ぎ帰宅の途につきました。 大岳山・馬頭刈尾根 (おおだけさん・まずかりおね)2014年(平成26年)8月31日
日の出山・金比羅尾根 (ひのでやま・こんぴらおね)2014年(平成26年)9月13日
棚横手山・甲州高尾山 (たなよこてやま・こうしゅうたかおさん)2014年(平成26年)9月23日
大山・三峰山 (おおやま・みつみねさん)2014年(平成26年)10月4日
サルギ尾根から御岳山奥の院 (みたけさんおくのいん)2014年(平成26年)10月18日
南高尾山稜 (みなみたかおさんりょう)2014年(平成26年)11月3日インターネットで高尾山周辺の紅葉の時期を検索したところ、11月中旬頃からが見頃だとか、今回は南高尾山稜を歩くことにしました。 京王線高尾山口駅がスタート、清滝から稲荷山コースへ、 薄着では少々肌寒い感じですが山歩きには最適な温度、気分良く高尾山頂上へ向かいました。 山頂見晴台からは青空に玲瓏な富士山がお出迎え、599mの三角点に挨拶してから大垂水峠を目指しました。 大垂水峠の甲州街道に掛けられた大垂水橋という立派な歩道橋を渡り、緩やかな上り下りの南高尾山稜を草戸山へ、 そこはベンチやテーブルの多い休息所、丁度昼時多くのハイカーが休んでいました。 そこから草戸峠へ、しかし四辻方面への標識が無くしばらく進むも分岐点が見あたらない、GPSで現在地確認、 道間違えに気づき、峠の先の分岐点まで戻りました。私の使用している2010年版の地図では草戸峠が分岐点でした。 それから1時間程歩くと高尾山口駅への下降点・四辻、時間も早いし疲労感も少ないので、計画を変更し高尾駅まで歩きました。 高尾山内八十八大師巡り2014年(平成26年)11月15日先月中学の同期会がありました。その時同級生のF君が私に手渡した封筒、中には高尾山内八十八大師巡りの資料が入っていました。 彼の趣味は仲間と千社札を持って神社仏閣巡りをすることだとか、他にも江戸の文化にも関心が深く、 経営する居酒屋は和の色彩の強い個性的な店です。 F君が何を思って此の資料を私にくれたのかは、次回会ったときに聞くこととし、とりあえず八十八ヶ所巡りをすることにしました。 高尾山内八十八大師は明治三十六年、第二十六世山主・志賀昭林大僧正が自ら四国八十八ヶ所を巡礼され、 その土を持ち帰り、山内の各所に収め、お大師像を建立したものだといいます。 山麓の不動院で巡拝案内図を入手し琵琶滝へ、そして十一丁目茶屋まで登り、蛇滝へ下りました。 さらに湯ノ花梅林から小仏川沿いに下り、国道20号を通り高尾山古道登り口から金比羅台へ、 ここから頂上へ続く表参道は紅葉のシーズンなので大混雑、薬王院付近からは渋滞で長蛇の列、 この日は山頂を諦め薬王院護摩受付所にて巡拝証を戴き帰ることにしました。 棒ノ嶺 (ぼうのれい)2014年(平成26年)11月23日
北高尾山稜 (きたたかおさんりょう)2014年(平成26年)11月30日紅葉、黄葉、褐葉、そして常緑樹の緑、美しい山々を眺望しながらの山歩き、この時期限定の楽しみです。 人気の山は混雑渋滞、今回は注目度の少ない静かな北高尾山稜を選びました。 北高尾山稜をウェブで検索すると城山から堂所山まで進み、陣馬高原下バス停へ下るのが殆どでした。 帰路のバスが混雑するだろうと思い逆のコースにしましたが、城山から堂所山へ向かうのがこの山の歩き方、 以前歩いた堂所山から明王峠、そして相模湖駅へ下るコースがあることを、 後日地図を見て思い出し、ルート作りの失敗に気づかされました。 今年は高尾山周辺の山々を数々歩きました。 その結果、高尾山口駅から陣馬山間の通称銀座通りを外せば静かな山歩きが楽しめることが解りました。 生籐山・陣馬山 (しょうとうさん・じんばやま)2014年(平成26年)12月7日
笹尾根 (ささおね)2014年(平成26年)12月14日一昨年の三月、三頭山から笹尾根を笛吹峠まで歩く予定でした。 しかし途中から霙混じりの雨で気力喪失、西原峠から仲ノ平バス停に下山した味気ない記憶がありました。 今回の計画はその続き、郷原バス停から西原峠に上り笹尾根を三国山まで歩き和田バス停に下るルートを選びました。 郷原から西原峠・数馬峠・笛吹峠そして土俵山までは好調でした。 このペースなら予定のバス(15:42)より一便早いバス(14:32)乗車可能かも? と思い三国山13時20分到着を目標とし頑張るつもりでしたが、日原峠・浅間峠・熊倉山と徐々にペースダウンし三国山到着が13時40分に、 欲張り過ぎたようなのでお隣の生藤山に移動し、ベンチに腰掛け遅めの昼食、一息入れて和田バス停に向かいました。 歩行距離20km、累積標高(+)1468m(-)1680m、オーバーワークでした。 矢倉岳・金時山 (やぐらだけ・きんときざん)2014年(平成26年)12月23日25日投函予定の年賀状、使用する写真を決めかねていました。 今回は富士山の写真を、と考え一眼レフをザックに入れ、矢倉岳、足柄峠、金時山、御殿場と歩きました。 矢倉岳からは蒼天の富士が、金時山ではうすらと雲が、午後の御殿場からは雲間に頂上付近が望めました。 前々日の21日矢倉岳に登った義妹によると富士山は雲の中で一度も顔を出さなかったとか、 私の場合写真の腕が悪いので上等な写真を撮ることが出来ませんでしたが、 矢倉岳、足柄峠、金時山、御殿場と全ての場所で富士を眺望することができました。 今年締めの山歩きは大満足でした。 次のページヘ |