結局許してしまうのでした

 愛姫の部屋でいろいろとあった翌日。

 愛姫は政宗から、二人の想いが通じ合ったことを聞いた。

「それは、大変おめでたいことですわ。本当にようございましたこと」

 にこにこと喜ぶ愛姫に、政宗はどうしても気になっていたことを訊ねる。

「愛、茶を淹れるって言って部屋を出た後、ちっとも戻ってこなかったよな。どこにいたんだ?」

「お庭で、成実殿とお茶をいただいておりました」

「なんだと?」

 にこにこと答える愛姫に、政宗はきゅっと眉を吊り上げる。

「もしかして、小十郎が追いかけてきたのは愛の差し金か?」

「いいえ、そのようなことはございませんわ。ただ、片倉殿がわたくしの思った通りの方なら、きっと殿を追いかけてこられるとは思っておりました。ですから、わたくしがいろいろと申し上げる前に、まずは片倉殿がどうされるのか、見極めなくてはと思いまして。そのために時間が必要でしたから、まずはお茶の支度を、と」

「で?」

「わたくしがお茶を淹れに部屋を出ましたら、まっすぐにこちらへ向かってこられる片倉殿のお姿が見えましたから、そのまま厨でお茶を淹れて、通りかかった成実殿をお誘いして、お庭でお茶を」

「なるほどな……」

 謎が解けた政宗は、ため息とともにうなずいた。

「それで、お二人は今朝までご一緒に?」

「は? 雪が降る前に終わらせとかねえといけねえことはいくつもあるから、落ち着いたらまた執務室に戻ったぜ?」

「あら、そうでしたの。わたくしはてっきり、あのまま一緒にお時間を過ごされるものと思っておりましたわ」

「さすがにそこまで暇じゃねえよ。愛、なんでそう思ったんだ?」

 政宗と愛姫は、そろってきょとんとした顔でお互いを見る。

「喜多が、片倉殿はああ見えて激情家だから、そのまま殿と……その、契りを交わされるかもしれない、と」

「? まあ、契りは交わしたけどよ。別にそんなの一晩もかからねえだろ」

「そういうものですの?」

「当たり前だ。『婿にしてください』『Yes』の会話のどこに一晩もかかるんだよ」

「…………………………」

 予想もしてみなかった政宗の答えに、愛姫は思わず絶句する。

「あの、殿。なにかが激しくずれているようですわ」

「愛、言葉の意味を間違ってるんじゃねえのか?」

 思い切って愛姫が口を開くのと、政宗が問いかけるのとは、ほぼ同時だった。なんとなくよくない予感を覚えながらも、仕草で政宗に先を促すと、政宗は愛姫に教えるように先を続ける。

「『契り』ってのは、『約束』のことだ。約束するのに一晩もかからねえだろうが」

「……………そうですわね。確かに一晩もかかりませんわね」

 うすうす予想していた通りのことを言った政宗に、愛姫は内心で深いため息を吐いた。

 政宗も愛姫も、閨事の経験はない。だが、いつかはそれを経て世継ぎになる子を産むよう教育を受けて育った愛姫と、10歳にもならない頃から姫としての人生を捨てて育った政宗とでは、持ち合わせている基本知識が違っているのだ。

 これで世継ぎをとは、老臣たちもよくぞ言ったものだ。結果、小十郎が婿にと決まったからよいようなものの、小十郎以外の男がそんな政宗の婿になど、なれるわけがないではないか。愛姫はとうとう、本当に深々とため息を吐いてしまう。

「なんだよ、愛」

「いいえ、その…………片倉殿が恨めしいと言えばいいのか、お気の毒と言わなくてはならないのか………」

「What?」

 政宗は本当になんのことを言われているのか、見当もつかないらしい。ここまで完全無菌に純粋培養したのは、他ならぬ小十郎だろう。

「念のためにお聞きしますけれど、殿。お世継ぎを得るにはどうしたらよろしいか、ご存知ですの?」

「婿を迎えればいいんだろ?」

「その婿君とどうすればお子に恵まれるかはご存知ですの?」

「抱きしめられたらいいんじゃねえのか?」

 やっぱりそこ止まりか。

 政宗と小十郎が恋仲になったことは大歓迎の愛姫だったが、そこに至るまでの半月近く、小十郎が幾度と政宗を泣かせたことには、すこし腹を立てていた。愛姫の大切なたった一人の親友であり、伊達家の不可侵の姫竜である政宗を泣かせた罪は、軽くない。小十郎に少し困ってもらわなければ釣り合いが取れないと愛姫は思っていた。

 よし。政宗を完全無菌育成した付けは、小十郎自身に背負ってもらうとしよう。

 自分の思い付きに「あら素敵」と手を打った愛姫は、政宗のすぐ隣まで近寄る。

「それだけでは、だめですわ。ですから……」

 声を潜めて、政宗にこそこそとささやく。聞き終えた政宗は、耳まで赤くして言葉を失っていた。

「Really?」

「ええ。嘘など申しませんわ」

 ようやくのことで言葉に口にした政宗に、愛姫は朗らかにうなずく。政宗はまだ動揺を隠せないながらも、愛姫の返事を受け取った。

「…I see. I thank for your advice.」

「お役に立てて嬉しゅうございますわ」

 愛姫はにこにこと微笑みながら、この後の小十郎の反応が見られないのはなんとも残念だと思った。




 その後、しばらくの間、城の中では、小十郎の顔を見るなり、

「No! Wait! Do not approach!」

 と、顔を真っ赤にして叫び、逃げ出す政宗の姿が見られた。

 後にはいつも、切なげに肩を落とす小十郎の姿があったとか。


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