良くある日常の一コマ

 都心にある超高層のオフィスタワーの34階、会議室。

 奥州ホールディングスの経営戦略会議に片倉小十郎は出席していた。

 スクリーンの前では、経理部長が四半期決算報告をしている。数字は目標金額を理想的な率で達成していた。このあとに、グループの事業会社から今後の展開について発表があって、会議は終わることになっている。

 あと、2時間では終わらないか。

 小十郎は用意された資料をぱらぱらとめくって、終了時刻を予想する。会議が終了したら、資料をまとめて、保留にしてある案件を片付けて……。帰宅できそうな時間に見当をつけて、ついため息が出た。

 同棲している婚約者と一緒に夕食を摂るのは、できそうにない。

 江戸時代に生を終えた小十郎が転生したのは、この現代だった。それも、前世の記憶がそっくりそのまま残っていた。だが、まさか約400年の時を経た今、さすがに同じ人生を歩むこともないだろうと思っていたある日、小十郎は家庭教師のアルバイトで行った先で、政宗を生徒として紹介された。

 政宗は前世と同様に小十郎と10歳離れていて、右目を失明していた。

 前世の記憶があった政宗には即行懐かれ、輝宗には前世の記憶がないにも拘らず思い切り信頼され、大学を出て就職したのは奥州ホールディングスで、気付いたら小十郎は奥州ホールディングスの若手幹部として忙しい日々を送っていた。

 小十郎が政宗を婚約者にしたのは、就職したその年だった。東京に配属が決まり、仙台を出ることになった小十郎が自分以外を恋人にするのではと不安がった政宗に、確かな約束をしたくて、婚約という形をとった。

 その政宗が、東京の大学に通うと言って仙台から出てきたのが、今年の春のこと。独り暮らしに反対した輝宗の指示は、小十郎の住居に居候することだった。

 年上の婚約者の監督下でなら安心だと、輝宗は考えたのだろう。確かにある意味最強の保護者だ。だが、形だけの婚約者ならともかく、小十郎と政宗は互いを己が身体の一部とまで想いあう恋人同士だ。保護者の自宅に居候…ではなく、親公認の同棲になったのは言うまでもない。

 その政宗は、毎日大学から帰ってくると、夕食を用意して小十郎の帰りを待ってくれている。政宗の料理好きは相変わらずで、その腕も家庭料理の域を超えている。自然、小十郎は帰宅を楽しみにするようになっていた。

 ふと、携帯電話がブブブブ…と震える。メールの着信だ。携帯電話には急ぎのメールしか入らない。それを知っている周囲の出席者たちも、小十郎が携帯メールを見ることを見咎めることはない。

 正確には、緊急のメールの他に政宗からのメールが入るのだが、小十郎はそれをひとかけらも表情に出さず、携帯電話を胸ポケットから取り出すと届いたばかりのメールを開いた。

『幸村と慶次と、3人でケーキバイキングに行ってくる。夕飯の時間に間に合うかわからねえから、悪いけど、夕飯は自分で済ませてくれ』

 メールを読むと、小十郎はすこし眉を寄せてため息を吐いた。一緒に食事できないこと自体は、よくある。小十郎の仕事の都合だけでなく、政宗が友達と食事すると言って外食することも少なくない。小十郎のため息の原因は、同伴者の方にあった。

 同時代を生きた彼らが、時を同じくして前世の記憶を持ったまま転生していたのはいい。なぜだか不思議だが、それはまあいい。だが、同年代だった幸村と慶次が、政宗と同じ大学に入学していて、あまつさえ遭遇して意気投合し、毎日のようにつるんでいるのは、いったいどういう嫌がらせかと小十郎は思う。

 なぜなら、性別も前世と同じ…つまり、3人の中で政宗だけ女の子という編成だからだ。

 戦国の頃は、なんと言っても、接点が数えるほどしかなかった。だから、政宗が幸村を気に入っていても、慶次が気安く政宗に話しかけても、小十郎は少しも気にならなかった。だが、いまは毎日、顔を合わせて時間を過ごしているのだ。気にならない方がどうかしている。

 それでも、小十郎は私情を隠し込み、『承知しました。お気をつけて』とだけ返信した。

 気持ちを切り替え、ふたたび会議に集中する。政宗のメールを読んでいる間に、四半期決算の報告のほとんどは終わっている。手元の資料に目を落とし、経理部長のまとめを聞きながら、全体の内容を追いかけて把握する。

 小十郎の理解が会議の内容に追いついたときだった。ブブブブ…とまた携帯電話が震える。メールを開くと、スタイリッシュな形のケーキがふたつ写っていた。

『シュークリームとピスタチオのケーキ』

 政宗が自分の食べるケーキをレポートしてくれているのだ。つい、ぷすりと小さく噴き出して、小十郎は慌てて表情を引き締め、携帯電話をしまう。

 経理部長の決算報告が終わり、下半期の修正予算についての説明が始まる。小十郎は手元の資料にメモを取りながら、予算策定基準についてを把握する。

 また携帯が震えて、小十郎がメールを開くと、またケーキがふたつ写っていた。今日行った店は、一度にふたつずつしか皿に取れないらしい。

『チョコレートムースと薔薇のマカロン』

 こうも頻繁では、いくら小十郎でも返信は打てない。だが、政宗は一方的にメールを送ってきた。

『ラズベリーのサントノーレとチョコレートケーキ』

『マンゴーのレアチーズケーキとサヴァラン』

『締めはコーヒー』

 どのくらいケーキを食べるつもりかと小十郎が心配し始めた頃、コーヒーを飲む政宗の写真が送られてきた。画面の端に幸村が映っているところを見ると、撮影したのは慶次のようだ。

 ケーキ8個と、コーヒー。甘いものが得意ではない小十郎は、どうしてケーキを8個も食べられるのかと、げんなりした。一緒に写っていた皿やコーヒーカップとの対比で考えると、ケーキはどれもレギュラーサイズだ。

 明日の夕飯は野菜スープだ。

 この数十分で政宗が摂取したカロリーを考えて、小十郎はいまから明日の献立を決める。趣味の家庭菜園で、収穫期になっている野菜をあれこれと思い浮かべ、具体的に案を固めていく。先ほどから始まっているグループ会社の事業展開のプレゼンなど、完全に耳を通り抜けていた。

 そんな小十郎の手の中で、またもや携帯電話が震える。

『今度は小十郎と行きてえな。帰ったら平日で時間取れる日教えろ』

 帰宅して顔を合わせた時に言えば済むことを、わざわざメールしてくる政宗が愛しくて、小十郎はにやける顔を隠しながら、携帯電話を胸ポケットにしまった。


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