都内のとある私立大学は、知る人ぞ知る、ある秘密があった。
前世の記憶を持って転生してきた戦国武将が在学している。
正確には、知る人ぞ知るどころか、当の本人たちしか知らない秘密だが、それはともかくとして。
その一人、伊達政宗は通っている経営学部の掲示板の前で、休講の案内を見ていた。
休講だと知っていたら、もっとゆっくり来たのに。
そうは思うが、どうせ今日も全コマ開講だろうと高をくくって、モバイルサイトで確認してこなかったのは自分だ。ため息を吐きながら、とりあえずカフェテリアで時間を潰そうと、仕方なくハイヒールのグラディエーターを履いた足を踏み出した時だった。
「政宗！」
声をかけて駆け寄ってきたのは、前田慶次だ。
あの当時とは趣が違うが、人目を惹く派手な格好をしているのは相変わらず。キャンパス内でいちばん目立っていると言っても過言ではない。もっとも、政宗も『人目を惹く』という意味では、充分目立っているのだが。
その慶次は、政宗に駆け寄ると、掲示板を見ることもなく話しかけた。
「次のコマ、休講だったよな。一緒にカフェテリア行かないか」
「いいぜ」
どうせそうするところだった政宗は、あっさりとうなずくと、慶次と並んで歩き出した。
「おまえのとこも休講か？」
「いや、レポート出すのに早めに来ただけ。ついでに政宗いるかなー？ と思って来てみたんだ」
文学部の慶次は、政宗とはカリキュラムが違うため、使う学棟も違うことが多い。昼休みや講義後に顔を合わせることはよくあったが、朝から会うのはめずらしかった。
「休講ってわかってて、よく来たな」
「政宗なら、モバイルサイト見ないで来て、掲示板の前で舌打ちしてるだろうと思ったからさ」
「てめえ」
政宗が悔しそうに唸ると、すぐ隣を歩く慶次はへへっと笑った。
戦国の頃も慶次は大柄だったが、転生した今も背が高い。ハイヒールを履いている政宗よりなお頭一つ大きくて、並んで歩くと、女性としては長身な政宗が可憐な体格に見えるほどだ。
そんなわけで、ほどよく学生でにぎわっているカフェテリアで幸村を見つけたのも、慶次だった。
「おはよう、幸村」
「おはようございまする、慶次殿、政宗殿」
商学部に籍を置いている幸村は、読んでいた本を閉じると、二人に席を勧めた。
現代では奇異な幸村の言葉遣いは、普段は使っていないものだ。戦国からの仲間と一緒の時だけ出る、方言みたいなものだった。もっとも、それを言うなら、政宗の英語交じりの話口調も、この現代ではめったに出ない。
「なに読んでたんだ？ 熱心だな」
幸村の向かいに座った政宗が表紙を覗き込むと、幸村は見やすいように本の向きを変えてくれた。
「レポートの課題でござる。読んでみたら思いのほか興味深く、課題そっちのけで読んでしまい申した」
「Ah. わかるぜ、その感覚。この時代の本って、どれ読んでも面白いよな」
「そういう意味じゃ、政宗と幸村がうらやましいよ。俺なんて、和歌も俳句も、結局昔読んでたとこに戻っちゃうもんな。……まあ、資料の写本なんかは読むのに困らないからいいんだけど」
ため息を吐く慶次に、政宗と幸村は呆れた目を向ける。
「そんなに言うなら、文学部にしなきゃよかったじゃねえか」
「しかも、日文で近世文学専攻などと……」
「古文なら、四苦八苦しないで卒業できると思ったんだよ」
「大学で苦労せずに卒業しようと思うほうが間違いでござる」
「That’s right.」
容赦のない幸村の指摘に、政宗も深くうなずく。「ちぇー」とこぼした慶次は、ふと表情をあらためて二人を見た。
「あ、そうだ。銀座で、期間限定のケーキバイキングやってるんだってさ」
「行かないか？」と訊かれる前に、ケーキ好きの政宗は「行く」と即答する。
「美味しそうでござるな」
幸村も美味しいものには目がない。慶次は「そうこなくちゃ」と笑った。
「で、いつ行くんだ？」
「それがしは今日でもかまいませぬ」
「あ、じゃあ今日で」
ぽんぽんと話が進んだところで、次は待ち合わせを決める。幸村だけ5限の講義があるので、政宗と慶次がどうやって時間を合わせようかと話していると、チャイムが鳴って、3人はそれぞれの教室へとわかれた。
夕方、講義が終わった幸村と3人で銀座のティ・サロンに行く。慶次が電話で予約していたので、待たずに入れた。
コーヒーと最初の2品を前にした政宗は「そうだ」とつぶやいて携帯電話を取り出す。そして、ケーキの写真を撮った。
「女の子って、食べる前に写真撮るの好きだよね」
にこにこと慶次が言う隣で、幸村の携帯電話もカシャリと音を立てた。
「えええ、幸村も！？」
「無理しねえで、てめえも撮ればいいじゃねえか」
面食らう慶次をにやにやとからかいながら、政宗は手早くメールを送信する。政宗がただ写真を撮っただけではないと気付いて、幸村が訊ねた。
「メールでござるか？」
「小十郎にな」
うなずきながら、政宗はシュークリームにフォークを立てる。ガトーフレーズを食べながら、慶次が首を傾げる。
「片倉さんに連絡してなかったのかい？」
「夕飯外で食うって連絡は来る途中でしといたぜ。いまのは、ケーキの写メ送っただけ」
「ケーキの写メ？ なんで？」
「片倉殿も甘いものがお好きでござったか」
「んー、小十郎はたぶん甘いもの好きじゃねえ。俺に付き合って食うとき以外、食ってるの見たことねえし。単に俺が送りたかっただけ」
「ふぅん…」
「さようか…」
しゃべりながらも、それぞれ、2つのケーキをあっという間に食べ終える。次の2つを取ってきた政宗は、また写真を撮ってメールを送った。
「もしかして、食べたの全部送るの？」
「Yes. 送るだろ、普通」
「それ、片倉さんも全部返事くれるの？」
「いや、たぶん仕事中だから返事は来ねえと思う」
「返事来なくても送るのでござるか」
「返事欲しくて送ってるんじゃねえし」
「片倉さん、なにも言わないんだ？」
「たぶん、帰ったらなにか言うと思う。ちゃんとした飯も食え、とか」
「感想そこ？」
「あとは、明日の食事は野菜だけ、とか」
「そういう問題でござるか…？」
不思議なものを見る目で見る慶次と幸村に構わず、政宗は空になった皿を持って席を立つ。次のケーキを選んでいる後姿を見ながら、慶次と幸村はそろってため息を吐いた。
「政宗と片倉さんって、意外と甘いよな」
「本人たちに自覚はござらんが」
「だから余計甘いってこと」
「ああ、なるほど」
そして二人も次の2品を取りに立ち上がった。
