いつものように3人でつるんでの帰り道、通りかかった駅ビルのバレンタインチョコレート特設売り場で、政宗は思わず足を止めた。
「政宗殿?」
気付いた幸村に声を掛けられ、政宗は「sorry」と応える。
「バレンタインのチョコ? 買いたいなら、待ってるよ。政宗、片倉さんにあげるんだろ?」
慶次がそう言ってくれたが、政宗は困った顔で首を振った。てっきり小十郎にチョコレートを贈るのだと思っていた幸村と慶次は、思いがけない反応に顔を見合わせる。
「差し上げないのでござるか?」
「だって………喜ぶかどうかも、わからねえし」
返ってきた機嫌の悪そうな声に、これは放っておけないと目配せし合った二人は、政宗を手近なスターバックスに連れ込むと、差し向かいに座った。
「いったいどういうことでござるか?」
「事と次第によっちゃ、俺たちも手を貸すぜ」
真剣な顔の二人に、政宗は自嘲するように苦笑した。
「そんなたいそうな話じゃねえよ。小十郎は甘いものが得意じゃねえんだ。だから、チョコレートもらったって困るだろ。…ってだけの話」
「じゃあ、政宗はなんでそんなに悲しそうなんだい?」
慶次の手加減なしの追及は、政宗が隠そうとしていた本音をあっさりと看破する。思わず言葉に詰まった政宗の手を、幸村が自分の両手でそっと包む。
「政宗殿、お話しくだされ。それがし、そんな元気のない政宗殿は見たくのうござる」
「幸村……」
「三人寄れば文殊の知恵、ってね。話してるうちに、いい解決策が見つかるかもしれないだろ」
「慶次……」
笑いかける幸村と慶次に、くしゃりと微笑んだ政宗は、目の前のキャラメルマキアートを一口飲むと、意を決して話し始めた。
「俺さ……よく考えたら、小十郎と一緒にバレンタイン過ごすの、7年ぶりなんだよな。前回一緒だったのって、俺、小学6年だったんだぜ? 子供すぎて、話になんねえだろ。そんで、小十郎はそれからずっと、東京でバレンタイン過ごしてたんだ。毎年、チョコは送ってた。礼のメールも来てた。でも、俺……小十郎がチョコもらって嬉しいのかどうか、実は知らねえんだよな。喜んでるとこ、見たことねえし。甘いもん好きじゃねえ奴に、チョコ贈っても迷惑なんじゃねえか。そう考えたら、止まらなくなっちまって」
「片倉さん、ちゃんとお礼のメールくれてたんだろ? 喜んでくれてたからじゃないの?」
「普通なら、そうなんだろうけどよ。お前、忘れるなよ。小十郎は俺の副将だったんだぞ」
「あー……」
思わず天井を仰いだ慶次に、幸村が「どういう意味だ?」という視線を向ける。慶次は顔を起こすと、幸村に苦い視線を向けた。
「たとえばさ、幸村が猿飛さんになにかあげるとするだろ。そしたら、猿飛さんは、それが迷惑なものだったとしても、絶対それを幸村に言わないだろ。それどころか、もらって嬉しい!ってリアクションするだろ。でも、こっちは迷惑だったとしてもそういうリアクションするってわかってるから、素直に『喜んでくれた』って思えないだろ。そういうこと」
「ああ……なるほどでござる」
「な。本音がわからねえんだよ」
理解した幸村に、政宗も慶次の説明を肯定してうなずく。ようやく二人の理解を得られたところで、政宗は恨めしげに手の中のカップを見つめた。
「しかも、小十郎が会社でチョコもらってこねえとは限らねえ。ただでさえ甘いもん好きじゃねえのに、いくつもチョコもらって、その上、俺からなんて……。どう考えても、迷惑だろ。しかも絶対小十郎が嫌って言わねえとか、タチ悪すぎる」
政宗の言葉を聞いて、慶次と幸村はそろって深い溜息を吐いた。政宗の悩みは、わかりすぎるほどよくわかる。だが、同じ男として、恋人からのチョコレートを嫌がるはずがないことも、同じくらいによくわかった。問題は、それを政宗にどう納得してもらうかだ。
「あの、さ。とりあえず、だけど。片倉さんがどう思うかは別にして、政宗があげたいと思うなら、用意したらいいんじゃない?」
「慶次?」
悩んだ末にそう言った慶次に、政宗は訝しむ眼を向ける。慶次は安心させるようにうなずくと、
「だってさ、本当は迷惑がってるかどうか、確定したわけじゃないんだろ。もし片倉さんが政宗のチョコを楽しみにしてたとして、そのときに政宗がチョコを用意してなかったら、がっかりするんじゃないかな。そんで、片倉さんはそれを政宗には言わないわけでしょ。……そしたら、ねえ、用意しておいた方がいいに決まってるじゃないか。もし政宗があげたいなら、だけどさ」
「それがしも慶次殿に同意見でござる」
「真田幸村……」
慶次と幸村に背中を押されて、ようやく政宗にいつもの勝気な微笑が戻る。
「そうだな。こんなことでウジウジすんのは、独眼竜の柄じゃねえ。……Thanks」
政宗の礼に、慶次と幸村は手をひらりと振って応えた。政宗はマグカップに残るキャラメルマキアートをぐっと一気に飲み干すと、勢いよく立ちあがった。
「そうと決まれば、行ってくるぜ!」
「行くって、どこへでござる!?」
「決まってんじゃねえか」
コートを羽織り、ショルダーバッグを担いだ政宗は、にやりと笑った。
「会社の前で、小十郎が出てくるの待ち伏せしてやる」
勝ち誇った笑顔は、悪戯を思いついた子供のような無邪気ささえ漂っていて、慶次と幸村は思わず爆笑しながら政宗を送り出した。
数分後、慌ただしく戻ってきた政宗が「忘れるところだった」と置いて行ったのは、心からの〝友チョコ〟の箱だった。
夕方、政宗はチョコレートの紙袋を持って、奥州ホールディングス東京本社前に立っていた。
買ったのは、日本ではこの時期にしか買えないヨーロッパの有名ショコラティエのアソートボックス。小さいけれど、高級チョコレートを見慣れた政宗さえ一瞬驚くくらいの値段がした、質重視のチョイスだ。
冷たいビル風に吹かれ、帰宅するサラリーマンたちに好奇の目で見られながら、政宗はひたすら小十郎が出てくるのを待っている。
やがて、長身の人影がビル玄関のドアに近づく。シルエットで小十郎とわかったその時、小柄な人物が駆け寄って行った。
「あの……、片倉さん。これ……今日、バレンタインだから。あたし……ずっと、片倉さんのこと」
「受け取れない」
震える女性の声に、聞き馴染んだ低い声が素っ気ない断りを口にする。
「婚約者がいるんだ。彼女以外から、受け取るつもりはない」
「もらってくれるだけでいいって言っても、駄目ですか?」
涙声で食い下がる女性に、小十郎はゆっくりと首を振る。
「彼女以外の女性からのチョコレートに、興味がないんだ」
「そうですか……」
落胆して立ち尽くす女性を顧みることなく、小十郎は再びまっすぐに歩き出す。ビル玄関のドアを出たところで、小十郎は寒そうに立つ政宗を見つけた。
「よお」
驚いて立ち止まった小十郎に笑いかけると、政宗は近づいて行って紙袋を差し出した。
「バレンタインだろ」
「政宗様……」
差し出された紙袋を受け取り、小十郎は政宗の手を握りしめる。
「有難き幸せ…!!」
そのまま引き寄せられ、すっぽりと包み込むように政宗は抱き締められる。驚いたけれど嫌ではないから、政宗は目の前の厚い胸に身体を預けた。
「政宗様」
政宗の体重を受け止めた小十郎のささやきとともに、頤に指がかかる。政宗はされるがままに上を向かされ、静かに目を閉じた。