「おまえら、チキンとターキー、どっちがいい?」
スーパーの肉売り場で、政宗が背後を振り返る。荷物持ちの二人は、かごカートを止めて政宗に顔を向けた。
「美味しければどっちでもいいよ」
「それがしも、どっちも好きでござる」
「じゃあターキーな」
スモークターキーの半身をかごに入れると、政宗は次に買うものを探し始める。カシミアのコートにピンヒールのファーブーツを合わせた政宗の姿はとても目立っていて、先にさっさと歩いて行っても、慶次も幸村も見失う心配をしなくてよかった。
スーパーと言っても、ここはいわゆる『高級スーパー』という店で、庶民的な品物はひとつも置いていない。ターキーにも、幸村が一瞬怯むような値札がついていた。
「クランベリーとラズベリー、どっちがいい?」
「クランベリーはちょっと苦手かな」
「All right.」
ラズベリーのソースをかごに入れた政宗は、かごの中身を確認し始める。
バケット、サラダ、ドレッシング、オードブル、パスタ、スープ、ターキー、ラズベリーソース。立派なクリスマスディナーだ。
男二人でさびしくクリスマスの計画を立てていた慶次と幸村に、政宗が声をかけたのは今日の朝のことだった。小十郎は仕事でいないから、一緒にクリスマスディナーにしないかとの誘いに、当然飛びついた二人である。
もっとも、いくら料理上手の政宗でも、本格的なクリスマスディナーなど、今日の今日で作れるわけがない。出来合いのものを買ってきて、いちばん広い慶次のマンション(小十郎と政宗が住んでいるマンションは除く)でパーティにしようということになり、3人でディナーの買い出しに来たわけだ。
「あと飲み物だな」
「シャンパンでござるか!」
「いいねえ。普通のワインでもいいけど」
「ばーか。俺たち未成年じゃねえか」
ぺちんと慶次と幸村のおでこを叩いて、政宗はアップルタイザーとコーラをかごに入れる。
「政宗、そういうとこ固いよね」
ため息混じりの慶次に、政宗は平静な視線を向ける。
「未成年で飲酒したら、成長に影響が出るじゃねえか」
「だって、どうせ20歳まであと何か月? 別にいいんじゃない?」
「駄目だ。どうしてもってんなら、お前らだけ飲めよ。俺は飲まねえ」
「なんで?」
「将来小十郎の子を産むとき、万全でいてえ。俺はただでさえ、右目をなくすほどの病を患ってるからな。ほかくらい、完璧にしときてえだろ」
「そっか…」
思いがけず政宗の覚悟と小十郎への愛を聞くことになり、慶次はうかつな質問をした自分に苦笑いした。クリスマスを一緒に過ごすからと言って、小十郎が政宗の一番でなくなったわけではないのだ。
「政宗殿、ケーキはいかがいたし申すか」
生菓子が並ぶ冷蔵スペースの前で、幸村が二人を振り返る。政宗は幸村に向かって歩き出しながら答える。
「ケーキはちゃんとパティシエのいる店で買おうぜ。美味い店、知ってるからよ」
「承知いたした。では、会計を済ませてくるでござる」
「俺も行く。お前じゃ払いきれねえだろ、これだけの買い物」
カートを押してレジに向かう幸村に、政宗はついて行く。割り勘すれば手ごろな値段になるにしても、まとめて一括で清算するとなると、大学生の財布にはやや荷が重い。案の定、レジに表示される合計金額は5ケタとなり、幸村がたじろぐ横で、政宗はクレジットカードを出した。
「申し訳ござらぬ、政宗殿……」
「別にかまわねえよ。あとでちゃんともらうんだし」
レジ袋2つに買ったものを詰めると、慶次と幸村に持たせて、政宗は次の目的地へと向かう。ここから慶次のマンションへ向かう途中にあるそこは、テレビにも雑誌にも出ていないが、腕のいいパティシエがいるパティスリーだった。
イチゴのケーキとどちらにするかさんざん悩んで、ブッシュ・ド・ノエルに決めると、その箱は政宗が持つ。
めでたく3人とも荷物を持った状態になったところで、あらためて本日の会場へと歩き始める。慶次のマンションは、ここから歩いて10分ほどのところにあった。
「こんな本格的なクリスマスははじめてでござる。ターキーとケーキ、楽しみでござるな」
「そうだねえ。おまけに、この顔ぶれでクリスマスやるのは初めてだしね」
幸村と慶次がしゃべる横で、政宗はひっそりとため息を吐いた。
小十郎が就職してから、クリスマスを一緒に過ごしたことはなかった。仕事をしているのだから、仕方ない。そう思って、ずっと納得してきた。でも、今年は、一緒に住んでいるのに……。いつでも顔を見られるのに。クリスマスを一緒に過ごすことはできないだなんて……。
クリスマスを一緒に過ごせない寂しさ。クリスマスを一緒に過ごすことにこだわる自分の子供っぽさ。どちらもが嫌で、政宗はまたため息をこぼす。
政宗自身は二人に隠しているつもりでいたが、すぐそばでの溜め息に気付かないはずがない。慶次と幸村は、そっと目配せし合う。
「どうせだから、大学院コンビも呼ぶ?」
「家康殿と三成殿にも、声をかけ申そうか」
大学院コンビとは、政宗たちと同じ大学の大学院に在籍している元親と元就のことだ。家康と三成は附属の高校に通っている。全員、自分たちが何者かわかっている。昔馴染み大勢で騒げば、少しは政宗の気も晴れるのではという思い付きだった。
「それもいいかもな……」
二人の気遣いに気付いた政宗は、くすりと苦笑しながらうなずく。
その時だった。
「政宗様!」
呼ばれて振り返ると、車の運転席から降りてくる小十郎がいた。たった10数メートルの距離を、もどかしそうに駆け寄ってくる小十郎からは、いつもの余裕たっぷりな風格が消えている。
「小十郎……会議は?」
呆然と立ち尽くす政宗が訊ねると、小十郎は気持ちを静めるように深呼吸した。そして、まっすぐに政宗を見つめる。
「ちゃんと終わらせてきました」
小十郎が微笑んでそう言ったことで、どれほど無理をしてきたかわかってしまった政宗は、だが、嬉しくてなにも言葉が浮かんでこない。
ケーキの箱を持った手が、無意識のうちに差し出される。それを慶次が受け取ると、政宗は小十郎に向かって足を踏み出した。
察した小十郎が腕を広げる。その中に政宗は飛び込んで行った。
「とりあえず、元親に電話しようか」
小十郎の車に乗って行ってしまった政宗を見送った後、慶次が幸村を振り返る。幸村は笑いながらうなずいた。