月を見ながら酒を飲むのは久しぶりだった。
昼間の評定でしばらくは合戦も起きないと見極めがついて、政宗はふと、それなら久しぶりに酒でも飲もうと思った。合戦続きの時期は酒を飲むことは控えているので、酒を飲める状況になったことは素直に嬉しい。
政宗は酒に強くはないが、酒を飲むのは好きだった。月を眺めたり、小十郎と語らったり、あるいは家臣たちと騒いだりして、酒を楽しむのが好きだった。その場の雰囲気で、つい許容量以上を過ごしてしまい、翌日大変な目に遭うこともあったけれども。そして、小十郎に枕元で説教されることもあったけれども。
その小十郎は、今日は隣で一緒に酒を飲んでいた。政宗は寛いだ普段着姿だったが、小十郎はきっちりといつも通りの服装をしている。
「小十郎とこうして飲むのも、久しぶりだな」
「そうですね。しばらく戦が続いていましたから」
盃を傾け、くぴりと飲むと、じんわりと喉が焼けて、酒の味が口から胃の腑へと染み渡っていく。
「やっぱり、奥州の酒がいちばん美味い」
「まったくです。生まれ育った土地の水で造った酒をいちばん美味いと思うものなんだと聞いたことがありますが、奥州は米も水も美味いですから、酒も美味いのは当然だと思いますね」
今日の酒肴に用意したのは、政宗が手ずから料理した銀杏や牛蒡だった。銀杏は喜多が拾ってきたもの、牛蒡は小十郎が畑で育てたものだ。素材の良さを引き立てるように料理した政宗の腕の良さもあって、他では味わえないような美味に仕上がっている。
「政宗様の料理と、美味い酒。ずいぶんな贅沢です」
自分の盃を飲み干した小十郎が、しみじみと言う。政宗はくすぐったそうに笑った。
「おだててもなにも出ねえぞ」
「そういうつもりで言ったわけではありません」
小十郎も軽く笑って政宗に応える。内容があるわけでもないこんな会話を交わしながら酒を酌み交わす時間が、無性に心地よかった。
小十郎の空になった盃に、政宗が酒を注ぐ。小十郎は慌てた素振りを見せたが、政宗は構わずになみなみと注いでやった。
「恐縮です」
「酒飲んでるときくらい、堅苦しいのはなしだっていつも言ってるだろ」
そう言う政宗の盃も、そろそろ空になる。小十郎は様子を見て、政宗の盃に酒を注いだ。
政宗の様子が覚束なくなってきたのは、それから大して経たないうちだった。
そろそろまずいか。
小十郎がそう思い始めた矢先、政宗は盃を置いてゆらりと立ち上がると、小十郎の傍らに膝をついた。
「政宗様?」
訝る小十郎に構わず、政宗は胡座している小十郎の膝を開かせ、まっすぐな小十郎の背をすこし丸めさせて、空間を作ると、満足げに小十郎の肩をぽんぽんと叩き、そこにすっぽりと入り込む。
「政宗様?」
面食らった小十郎が問いかけた時には、政宗はすでに規則正しい呼吸を立てていた。
「…やれやれ。相変わらず、寝付きのいい酒だ」
小十郎の胸に全身を預けて眠る政宗を見下ろし、小十郎は苦笑する。
自分の盃を置いて、起こさないようにそっと政宗を抱き上げると、小十郎は政宗の寝間に向かって歩き出した。