桜守 28

「お千ちゃん。それで、あの……」

「彼らが鬼という認識はあるんですね。ならば、話は早いです。実を申せば、この私も実は人ではありません。私も鬼なのです。本来の名は、千姫と申します」

 千姫が打ち明けた秘密は、小さなものではなかった。驚愕に包まれる新選組幹部たちに、追討ちのように、君菊が口を開く。

「私は、千姫様に代々仕えている忍びの家の者で御座います」

「なるほどな。やけに愛想が良いと思ってたが、てめえの狙いは最初っから新選組の情報を仕入れることか」

「さあ、なんのことに御座りましょう?」

 睨みつける土方を物ともせず、君菊は小首を傾げた。君菊の様子を見て、はああと小さく声をもらした。君菊は矛先を自分に向けさせ、千姫を無遠慮な視線から守ろうとしたのではないか。ならば、その狙いは成功だった。

「おい、知り合いなのか?」

「よく見ろ、新八。君菊さんだ。島原で会ったときと服装は違うが、顔は同じだろ?」

「な……何ぃ!?」

 千姫の供の正体に気付いていなかった永倉が、ひっくり返らんばかりに驚く。君菊は余裕綽々の物腰で微笑んだ。

 千姫は静かな声で説明を再開する。

「この国には、古来から鬼が存在していました。幕府や、諸藩の上位の立場の者は知っていたことです。ほとんどの鬼たちは、人々と関わらず、ただ静かに暮らすことを望んでいました。ですが…鬼の強力な力に目をつけた時の権力者は、自分に力を貸すように求めました」

「鬼たちは……それを受け入れたんですか?」

「多くの者は拒みました。人間たちの争いに、彼らの野心に、なぜ自分たちが加担しなければならないのかと。ですが、そうして断った場合、圧倒的な兵力が押し寄せて村落が滅ぼされることさえあったのです」

「ひどい……」

 想像したこともなかった壮絶な歴史を聞いて、千鶴が顔を曇らせる。は慰める言葉もなく、そっと視線を伏せた。

 神族は迫害を受けたことはないが、それは神だからだ。人間より優れた力を持つ人外の存在という意味では、人間から見た位置づけは鬼と変わらないのに、たったそれだけの違いで自分は迫害を受ける側にはならなかった。だが、違いがたったそれだけだからこそ、神族も鬼と同様に、人間と直接的な関わりを持たずに暮らしてきたこともまた事実だ。

 そんなが、鬼の迫害の歴史について、なにも言えるはずがない。

 千姫の説明は続く。

「鬼の一族は次第に各地に散り散りになり。隠れて暮らすようになりました。人との交わりが進んだ今では、血筋の良い鬼の一族はそう多くはありません」

「それが、あの風間たちだと言うことかな?」

 近藤の問いに、千姫は小さくうなずいて

「今、西国で最も大きく血筋の良い鬼の家と言えば、薩摩の後ろ盾を得ている風間家です。頭領は、風間千景」

 その名は、二条城警護の後にからも聞いたことがあった。千姫の話を聞いた今なら、おいそれと明るみに出すわけにいかないいろいろな情報をが伏せて話したことがわかる。同時に、が話したことのすべてを理解しきっていなかったことや、受け止めきれずに取りこぼしていた情報もあったことにも思い至る。土方たちの中で、断片的だった様々な情報が一つにつながり始めていた。

「そして、東側で最も大きな家は雪村家」

「えっ!?」

「雪村家は、滅んだと聞いています。ですが、その子はその生き残りではないか。私はそう考えています」

 千姫は、思いがけず自分の家名を聞いてさらに驚く千鶴に、顔を向ける。

「千鶴ちゃん。あなたには、特別強い鬼の力を感じるの」

「そんな……だって、私は……」

「ううん、あなたは鬼なの。ごめんね……これは間違いないの」

 千姫はすまなさそうに、けれどきっぱりと告げた。千鶴は人ではない。千姫の言葉で、広間は静まり返る。

 二条城で風間に、初めて鬼だと言われた。は最初から千鶴を鬼だと知っていて、隠すのを手伝うとまで言ってくれた。それでも、どこかでまだ信じ切れていなかった。だが、千鶴を鬼だと指摘するのは、千姫で3人目だ。千鶴はもう、自分が鬼だという事実から目を逸らすこともできない。

「千鶴が純血の鬼の子孫であれば、風間が求めるのも道理です。鬼の血筋が良い者同士が結ばれれば、より強い鬼の子が生まれるのですから」

「なるほど……それで、嫁の話になるわけか」

「風間は、必ず奪いに来るでしょう」

 かつてが語った嫁探しの話に、ここでつながるのかと近藤が唸る。千姫は平静に自分の見立てを告げた。

「今の所、本気で仕掛けてきてはいないようですが、遊びがいつまで続くかはわかりません。そうなったとき、あなたたちが守りきれるとは思わない。たとえ新選組だろうと、鬼の力の前では無力です」

 面と向かって無力と言い切られ、居並ぶ新選組幹部たちはさすがにむっとした表情を浮かべた。代表するかのように永倉が口火を切る。

「なあ、千姫さんよ。無力ってのは、言い過ぎなんじゃねぇか?」

「新八の言うとおりだ。そいつはちっとばかし、俺たちを見くびり過ぎだぜ?」

「今まで戦うことができたのは、彼らが本気ではなかったからです」

 永倉と原田の抗議を、千姫は斬り捨てる。

「本気になってもらおうじゃありませんか。本物の鬼の力、見せていただきたいものですね」

「山南さん、それは……!」

 幾度か風間たちとの戦いを見てきた千鶴が、思わず声を上げる。だが、大人と呼ぶにはまだ早い年頃の、しかも女性に無力と評されて、黙ってうなずく者は新選組幹部にいない。

「言っておくが……ここは、壬生狼と言われた新選組だ。鬼の一匹や二匹相手にしたって、びくともしねえんだよ」

「そうですね。こっちだって、泣く子も黙る鬼副長が率いてますからね」

「おまえは一言二言多いんだよ」

 せっかくの土方の啖呵を、沖田がいつものように茶化すが、沖田の発言も充分好戦的だ。千姫は困ったように眉を寄せた。

「お気持ちはよくわかりますが……。実際にはそう簡単でないことはわかっているのでしょう? ですから、私たちに任せてください。私たちなら彼女を守れる可能性も高まります」

「おいおい、決めつけんなよ。俺たちが守れないっていうのか?」

「あんたらの守れる可能性ってなんだ? 確実に守れるって保証が無いなら渡す必要は無いだろう」

 もう一歩踏み込んだ表現で重ねて新選組の無力さを説いた千姫に、永倉と原田の反論も直接的な言い回しになる。

「それよりも……。部外者のあなたが僕たち新選組の内情に、口を出さないでくれるかな?」

「土方さんは、どうお考えです?」

 反論ではなく拒絶に変化した沖田の言葉を聞いて、君菊が土方の意見を促した。意思決定権のない者は黙っていろ、とも取れる高飛車な態度だ。そして、土方は千姫の申し出を断らない、という自信にあふれていた。

「風間たちの力を承知している土方さんなら、姫のお話、おわかり頂けるんじゃありません? 千鶴をこちらに渡してくださいな」

「それとこれとは話が別だ」

 即答で断られ、君菊の微笑みが凍りつく。

「相手がどんだけ強いかどうかしらねえが、俺たちが新選組の名にかけて守るってこととは、関係ねえ。それに、おまえたちが鬼だと言うのは認めるが、別に信用したわけじゃない。信用する義理もない」

「無礼な物言いですね。千姫様は、鈴鹿御前様の血を引く――」

「君菊、おやめなさい。いまはそのようなことを言っているときではありません」

 怒りが声に滲んだ君菊を、毅然とした声で千姫が制した。

 話し合いは完全に平行線になっていた。どちらかが折れない限り、決着はつかない。

「私も土方君に同意します。彼女には、まだここにいてもらわないと困りますしね」

 山南が土方に賛同すると、君菊は山南を睨みつけた。千姫に制止されたばかりとあって、発言は控えたようだ。が静かに成り行きを見守っていると、千姫が振り向いた。

姫。あなたも風間のことはよく知っているでしょう?」

 姫と呼ばれたことで、稲荷の姫としての意見を求められていることはわかった。稲荷の姫だから土方たちでは太刀打ちできない相手だとわかると言うよう求められている。だが、はあえて個人として答える。

「よくと言えるほどではないわ。それに、わたくしが意見を許される問題ではないわね」

 冷静なの答えを聞いて、千姫は残念そうな表情を浮かべる。君菊もその隣で顔をしかめた。

「そうですか……困りましたね。どうしても、承知しては頂けませんか?」

 困り果てた千姫の問いかけに、ずっと腕組みをして話を聞いていた近藤が口を開いた。

「……雪村君、君自身はどう思うんだ?」

「わ、私は……まだなんとも……」

 突然問いかけられて、千鶴の答えは歯切れが悪い。新選組が千鶴を渡すまいとしていることが嬉しい半面で、自分のことで新選組に迷惑を掛けたくないとも思っている。そんな千鶴の迷いが、にも見て取れた。近藤もそれに気付いたのだろう。穏やかにうなずくと、

 「ふむ、そうか。我々の前では、何かと話にくいかもしれないな。千姫さんと二人で話してくるといい」

「近藤さんっ、そいつは……!?」

 千姫を信用していない土方が思わず声を上げる。

「せめて誰か一人、立ち合うべきでしょう。あちらも君菊さんに来てもらえばいい」

「まあ、いいじゃないか」

 山南も土方に同意するが、近藤は平然とその意見を退けた。

「この子は無茶なことはしないよ。ちゃんと道理をわきまえた子だ。なあ、雪村君?」

 にこりと近藤に笑いかけられて、千鶴はまっすぐに顔を上げる。

「はい。皆さんを裏切るような真似はしません」

「仕方ないなあ、近藤さんが言うんじゃ」

 沖田の仕方がなさそうな声は、だが、どこか満足そうでもあった。近藤が納得させてくれたことが嬉しいのかもしれない。こういうとき、局長という立場以上に近藤という存在の大きさが現れる。

 それでも、手抜かりなく千姫に念を押したのは山南だった。

「二人きりになった途端、そのまま彼女を連れ去る……なんてことはないでしょうね?」

「心配は無用です。私は風間たちとは違います」

「……大丈夫です。お千ちゃんは悪い人じゃありませんから」

「ありがとう、千鶴ちゃん」

 そして、二人は広間を出て行った。

 障子が閉められ、廊下を去っていく足音が遠くなると、近藤は隅に座るに目を向けた。

は、知っていたのか?」

 具体的になにをと言わない近藤の問いに、だがはすぐにこくりとうなずく。

「知っていて、黙っていたと?」

 続けて咎めるように訊ねる山南に、は苦笑した。

「わたくしが無責任に暴いてよいこととは思えなかったのよ。山南殿だって、もし自分が知らない出生の秘密があるとして、それを血縁でもない誰かに勝手に暴露されたら、不愉快に思うでしょう?」

 それは確かにと山南は苦い表情でうなずいた。新選組を運営する立場からすれば、知っておくに越したことはない情報であることは変わりないが、千鶴を傷つけたいわけではないのは山南も同じだ。

「考えてみれば、はそれらしいことを言ってたことがあったな。風間は千鶴が目当てで絡んできてるって。あれは、なりの警告だったんだな?」

「はい。それとなくお伝えするしかできませんでしたけれど、記憶にとどめていただければそれで充分と思っていました。いつか風間たちが襲ってきたとき、少しでも備えになればいいと」

 微苦笑を浮かべたまま土方に説明するを見つめて、近藤がぽつりとつぶやいた。

はそうやって、風間から雪村君と新選組を守る準備をひとりでしていたんだな。気付いてやれなくて、すまなかった」

「そんな……近藤殿が謝らないでください。わたくしが勝手にしたことです。本来なら、土方殿にすべて打ち明けて、ご判断を仰がなくてはならないことでした」

「でも、はトシに打ち明ければ雪村君が傷つくかもしれないと思って、黙っていたんだろう? 雪村君を預かる立場として、礼を言うのは当然だ」

 局長という地位にあっても自在に立場を下ろせる柔軟さが、近藤の人物たる所以なのだろう。これ以上の謙遜はかえって無礼だと感じて、は静かに一礼した。

「お待たせ……しました」

 まるで会話が終わるのを待っていたかのように、千鶴と千姫が広間に戻ってきた。

「結論は出たかな?」

「これまで通り、よろしくお願いします」

 どんな結論であっても受け止めるつもりの近藤に向かって、千姫は深々と頭を下げた。

「お千ちゃん……」

「姫様……よろしいのですか、本当に?」

「ええ、もう決めたことだから。今は、彼女の意思を優先しましょう」

 千鶴と同じ種族の長として頭を下げた千姫に、千鶴は感謝の声を掛ける。その横で、君菊が困惑する。千姫は頭を上げると、すがすがしい声でうなずいた。

「わかった。そういうことなら新選組が責任を持って預からせてもらおう」

「まあ、大船乗ったつもりで任せとけって!」

「新八の船は泥舟たけどな。しかし、まあ……良かったな」


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