花宴

 スクデーリアが帰宅すると、城には雲雀がいた。雲雀は普段なら夕食の直前に帰ってくるので、夕方の早い時間にいるなんて、と意外に思う。

「ただいま、ママ」

「おかえり、リア。ケーキがあるけど、一緒に食べない?」

 珍しいことに、雲雀はしっかりとメイクをして、髪も女性らしくセットしている。猫をかぶらなければならない会合にでも、出ていたのだろう。やっぱりママは綺麗だなぁと、スクデーリアはしみじみ思った。

「なに、リア。ケーキいらない?」

「いる。カバン置いてくるね」

 雲雀が持って帰ってくるだけの価値を認めたケーキだ、食べなかったらきっと後悔する。雲雀のような体形を目指しているスクデーリアは、今日は夕飯のパンとデザートを我慢しようと決めた。

 メイドに紅茶とケーキの仕度を言いつけた雲雀は、サロンのソファで、スクデーリアを待っていた。

「リア、夕飯もちゃんと食べるんだよ」

 スクデーリアが雲雀の向かいに腰を降ろすのを見計らって、雲雀が口を開いた。

「えっ」

「穀類とデザート、食べないつもりだったでしょ。デザートはともかく、いまのリアには炭水化物も必要だから、食べないとダメ」

「お野菜、ちゃんと食べてるよ。なんでそれじゃダメなの」

「リアはまだ10歳でしょ。女の子は10代の前半まで成長期なんだよ。もしもリアが、誰もが羨む体形になりたいんだったら、いまはきちんと食べるんだね。カロリーコントロールなんて、背が伸びなくなってからでいいんだよ」

「ママの昔の写真、ものすごく痩せてるよ」

「おかげで、出会った頃のパパに、もっと食べろとか、もっと太れとか、さんざん言われたよ」

 メイドが運んできたケーキと紅茶を受け取って、雲雀は初めてディーノと体形のことで喧嘩したときを思い出し、ため息をついた。

 こともあろうに、ディーノは「女の子はふかふかな方が気持ちいい」と言ったのだ。もちろん、デートはその場で流血沙汰の大バトルに変化した。

「それで、ママはいっぱい食べて太ったの?」

「まさか。僕の食が細いのは、ダイエットじゃなくて、もともとだからね。言われたとおりにする必要もないし」

「でも、いまのママ、すごくスタイルいいじゃない。胸だって大きいし」

「胸はリアを産んでからだよ。…なに、リアはそんなにスタイルが気になる理由でもあるの」

 思っていることを見破ったかのような雲雀の発言に、スクデーリアは手を滑らせてフォークをガチンと皿に突き刺してしまった。

 まさかそんな方向に話が進むと思っていなかったので、スクデーリアはなにも言葉が思い浮かばないまま、ケーキをざくざくとメッタ刺しにする。その様子をじーっと見ていた雲雀は、ぽつりと訊ねた。

「獄寺隼人の、どこがそんなに気に入ったの?」

「…!!」

 切れ長の目を見開いて雲雀を見るスクデーリアの反応だけで、雲雀には充分だ。はぁ、とひとつため息をついて、雲雀は紅茶を一口飲んだ。

「心配しなくても、パパには言わないよ。幸い、まだ気付いてないみたいだしね。リアも、ボンゴレ本部に行けなくなったら嫌なんだろ?」

「うん…」

 あっさりした雲雀の反応に、スクデーリアはどう判断したらいいのかわかりかねて、ちらちらと雲雀の様子を伺う。雲雀は一口大に切り分けたケーキを淡々と口に運んでいた。

「……ママは、どう思うの?」

「なにを?」

「えっと…、わたしに、好きな人がいること」

「好きにしたら?」

 さらりとした口調は、本心でそう思っている口調だ。スクデーリアは驚いて、ケーキの皿をティ・テーブルに置いた。

「なんとも、思わないの? あの…、歳のこととか」

「歳? 忘れてるみたいだけど、リア、僕がリアを産んだのは16歳だよ。ということは、リアが16歳を過ぎたら、僕はリアが子供を産みたいって言ったとしてもなにか言える立場じゃない。そりゃまあ、親として、年長者としての意見は、言わせてもらうだろうけど。で、そこから逆算すれば、10歳で好きな人がいる程度のことは、僕がなにか言うようなことじゃないと思ってるけど」

 年上好みも、僕が言えたものじゃないしね。と、雲雀はケーキを食べ終えて紅茶を飲む。平静な母親に、スクデーリアも紅茶に手を伸ばして、口をつけた。

「でも、わたしが獄寺さんを好きでも、獄寺さんだってわたしを好きかは、わからないよ」

「当然でしょ」

 カップが空になり、雲雀は紅茶のおかわりをポットから注ぐ。

「リアが獄寺隼人を好きになったポイントが、獄寺隼人から見たリアにもあるかどうかなんて、本人にしかわからないからね」

「それを言ったら、わたし、たぶんひとつも持ってないもん」

「ふぅん?」

「あのね、獄寺さんはわたしのまえで煙草を吸ったことが一度もないの。パパやドン・ボンゴレは獄寺さんのことヘビー・スモーカーだって言ってるけど、わたし、ついこのあいだまでその意味がわからなかったくらい。それに、獄寺さんはわたしが助けて欲しいとき、いつも最初に来てくれるのよ。絶対に守ってくれるの。それに…」

「うん、それから?」

 恋する女の子の瞳で獄寺のことを語るスクデーリアを、目を細めて見ていた雲雀は、唐突に言葉を切ったスクデーリアの話の先を促す。しかし、スクデーリアは首を振ってうなだれた。

「わたし、そんなところ、ひとつもない。別にココアを我慢したこともないし、いっつも守ってもらうばかりで、獄寺さんの役に立ったことなんてないし、たぶん足手まといになってばかりで……」

「それって、そんなに大事なの?」

「違うの? だって、いまママが言ったじゃない。わたしに好きになってもらえるようなところがあるかどうかって」

「そうだけど、ちょっと意味が違うよ、リア」

 首を傾げるスクデーリアに、雲雀はくすりと苦笑いをこぼした。

「僕は、僕の娘は獄寺隼人にはもったいないくらい、いい娘だと思っているけど? 人の優しさに気付ける心を持ってる。その優しさに感謝することを知ってる。誰かの役に立ちたいって思ってる。そのうえ僕によく似て美人で賢くて、あの人に似なかったから部下がいなくてもしっかりしてる。獄寺隼人どころか、沢田綱吉にだってもったいないね」

「ママ……」

 思いがけず母親の親馬鹿なのか褒め言葉なのかよくわからない発言を聞けたスクデーリアは、瞬きを繰り返した。そうでもしないと、泣いてしまいそうな気がしたからだ。

「さてと、この話はそろそろ終わり。パパが帰ってきちゃう。パパに聞かれたら、獄寺隼人なんて、あっというまにコンクリート抱いてイオニア海に沈むことになるよ」

「それはヤだ」

 途端にむっとしたスクデーリアの表情は、まだまだ年相応の少女のものだった。あと何年この顔を見られるかな、と雲雀は頭の隅で考える。

「ねえママ。またこうして話聞いてくれる?」

「いいよ。だから、納得のいくまで頑張っておいで」

 スクデーリアのおねだりに、雲雀がうなずいたそのとき、玄関からディーノの声がした。


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