クリスマスでにぎわう街の中、スクデーリアは隣を歩く長身を見上げた。
黒いカシミヤのコートを来た獄寺は、預かってきた買出しメモを見て次に行く店を考えている。
「ねえ、獄寺さん」
思い切って声をかけると、獄寺はスクデーリアを放ってしまっていたこと気付いて、すまなそうに振り向いた。
「なんだ。寒いか?」
「ううん、大丈夫」
「飽きたか? 悪ぃな。あと少しだからよ」
すまなそうに詫びて、獄寺は手の中のリストを睨みつけた。守護者だけで今夜開くクリスマスパーティに必要なものが書いてあるメモだ。
「どーすっかな…。このへんで、なんかあるか…?」
獄寺はイライラと周囲を見渡し、舌打ちした。
言おうと思ったことを言える雰囲気ではなくて、スクデーリアはそれ以上しゃべるのをやめる。やはり自分がついてきたのは邪魔でしかなかったかと、スクデーリアは視線を獄寺から街へ移した。
スクデーリアと金糸雀を、ボンゴレ本部でのクリスマスパーティに呼んでくれたのは、綱吉だった。
12月も半ばになり、今年のクリスマスも城で、家族や部下のみんなとパーティをするのだとばかり思っていたスクデーリアは、綱吉の招待状を受け取って驚いた。
「ママ。これ、わたし宛になってる!」
帰宅した雲雀が差し出した封筒はボンゴレの紋章がエンボス処理されている特別なもので、中央に『スクデーリア・ジーリョ・キャバッローネさま』と書かれていた。
「沢田綱吉から預かってきた。リア宛で間違っていないよ。開けてごらん」
促されるままに封を切り、スクデーリアは便箋の文字を一心不乱に読み始めた。スクデーリアが正式に自分を招待する手紙に感動しているのに気付いて、雲雀はくすりと笑みをこぼす。
「ママ。ドン・ボンゴレが、カナと一緒に、ボンゴレのパーティに来ませんかって! 行ってもいい?」
「いいよ。ただし、そのパーティに僕は出ないから、リアがカナの面倒を見るんだよ。できるかい?」
「頑張る」
「わかった。じゃあ、クリスマスは楽しんでおいで」
雲雀はにっこりとうなずく。スクデーリアは飛び上がって喜ぶと、招待状を大事そうに部屋へ持って帰った。
クリスマス当日、準備を手伝おうと早めにボンゴレ本部に着いたスクデーリアは、買出しに出る獄寺と行き合わせた。
金糸雀は出迎えのランボと共に、はしゃぎまわって遊んでいる。
煙草を消した獄寺は、スクデーリアに一緒に来るか? と訊いてくれて、スクデーリアは行く! と即答してついて来たのだった。
そして、冒頭に至る。
「リア」
ぼーっと街を見ていたスクデーリアは、獄寺に呼ばれてびくっと肩を震わせた。
「リア?」
「あ…、ごめんなさい。次はどこ?」
ふっと表情を曇らせた獄寺に、スクデーリアは慌てて謝った。忙しい獄寺を、煩わせてはいけない。ついて来られただけ、運がいいのだ。
「チョコレート買ったら最後だ」
「わかった。わたし、いいお店知ってるよ。あとね…」
「なんだ?」
「獄寺さん、煙草吸っていいよ」
スクデーリアの言葉が予想外で、獄寺は驚いてスクデーリアを見つめた。その目をまっすぐ見つめ返して、スクデーリアは続ける。
「獄寺さん、ずっと煙草我慢してくれてるでしょ。でも、わたし平気だから。だから、吸っていいよ」
「……そうか、さっきからなにか言おうとしてたのは、それだったのか。悪ぃな」
ふっと苦笑をもらした獄寺に、スクデーリアは首を振った。スクデーリアのために獄寺がなにかを我慢することは、スクデーリアにとっては嬉しいことではなかった。
しかし、獄寺は困った。ディーノも雲雀も煙草を吸わない。キャバッローネの城には喫煙室もあったが、ディーノに遠慮して、城内で煙草を吸う人間もいなかった。だからスクデーリアは、煙草に慣れていない人間が煙草の煙に晒される苦しさを、知らない。
獄寺はスクデーリアの事情も、煙草を吸わない人間が煙をどう思うかも知っているので、スクデーリアの許しを素直に受け取ることはできなかった。しかし、ここで煙草を我慢し続ければ、スクデーリアを傷つけるのだということも、わかった。
少し考えて、獄寺はひとつ提案する。
「じゃあ、こうしようぜ。オレは甘いもんのことはよく知らねーから、チョコレートはリアが選んでくれ。どうせ店は禁煙だろうし、オレはそのあいだに外で一服させてもらう。どうだ?」
「わかった、いいよ」
こくんとうなずいたスクデーリアは、獄寺からチョコレートを買う金を貰うと、弾むような足取りで話題のチョコレート・ショップへと入っていった。
スクデーリアが真剣な表情でショーケースに張り付くのを見届けた獄寺は、煙草を咥えて火をつけると、少し前にスクデーリアが足を止めていた小物店へ向かった。
帰り道、買い物の荷物でいっぱいになった車内で、獄寺は平たい包みを取り出した。
「リア。ほら」
「なぁに?」
きょとんとした顔で手を出したスクデーリアは、獄寺がくれた包みに自分の憧れの店のリボンがかかっていることに気付いて、ぱっと顔を上げた。
「獄寺さん、これ…」
「オレからのクリスマス・プレゼントだ。みんなには内緒な、カナに用意してねーから」
「開けてもいい?」
獄寺がうなずくのを確認してから開けると、箱には手のひらサイズの鏡が入っていた。金の外装に百合の浮き彫りと色とりどりのラインストーンがたくさん入っているその鏡は、スクデーリアが前から欲しいと思っていたコンパクトミラーだ。
「今日は買出し手伝ってくれたから、その礼も兼ねてるけどな」
「嬉しい! ありがとう、獄寺さん」
少しだけ照れくさそうに聞こえる獄寺の声に首を振ると、スクデーリアは名前そのままに、咲き誇る百合のような笑顔を浮かべた。