2月14日、スクデーリアは学校帰りにボンゴレ本部に寄っていた。
手には、あれから毎日特訓したチョコチップ入りココアクッキーの包みを持っている。獄寺は普段食べないだけで、実は甘いものが嫌いなわけではないとクロームが教えてくれたので、雲雀に教えてもらったのだ。
見た目はそれほどよくないけれど、味見で食べた金糸雀が美味しいと言っていたので、それほど出来は悪くないと思う。あとは、獄寺を探して、クローム直伝のHit&Run作戦を実行するだけだった。
「おっ! リア、来たな」
折よく、会議が終わって会議室から出てくる了平と出くわした。スクデーリアの持っているものを見て、その目的にすぐに気付いた了平は、にやりと笑って獄寺のいる方をジェスチャーで教えてくれる。
スクデーリアは軽く頭を下げて礼をすると、獄寺に駆け寄った。
「獄寺さん!」
「リア?」
スクデーリアに呼ばれて驚いた獄寺が振り向くのと同時に、スクデーリアはクッキーの箱をずいっと差し出す。
「あの、これ。バレンタインのお菓子なんです」
「オレにか? ありがとな、リア」
照れくさそうに受け取った獄寺は、愛しげに箱に視線を落とす。その無防備な獄寺のネクタイを、スクデーリアはくんっとひっぱると、目一杯伸び上がって目を閉じ、いったいなにかと身をかがめた獄寺の唇にちゅっとキスをした。
「…!?」
驚いて目を瞠る獄寺を後目に、スクデーリアは脱兎のごとく走り出す。
これがクロームの言う〝Hit&Run〟かと一部始終を見ていた山本とランボは絶句し、クロームと雲雀は「よし、成功」と内心でガッツポーズをし、綱吉と了平は「さすが、やるなぁ」とスクデーリアの勇気に感心する。
そして、肝心の獄寺はと言うと、中腰のまま口元を手で覆って、耳まで真っ赤にして硬直していた。
「獄寺君。いいの?」
綱吉の声で我に返った獄寺が振り向くと、綱吉はスクデーリアが逃げていった廊下を指差していた。
「早くしないと、リアちゃん、キャバッローネに帰っちゃうと思うけど」
スクデーリアがキャバッローネに帰ってしまったら、ラスボス・ディーノとの決戦をしなくてはいけなくなる。ボス戦には、まだ獄寺のLv.が足りない。
「え…っ? あ!!」
我に返ってわたわたと綱吉とバレンタインの箱と廊下に視線を迷わせた獄寺は、次の瞬間、勢いよく廊下を走り出した。
「リアっ!!」
スクデーリアを呼び止める声が、廊下の向こうから響いてくる。その場で見守っていた守護者たちは、やれやれと優しく微笑んだ。
「女の子は強いなぁ」
「当然でしょ」
感慨深げにつぶやいた了平を、雲雀は不敵に振り返る。
「僕の娘だよ?」
「……そりゃ世界最強で当然だよな」
山本のつぶやきで、綱吉やランボがぶふっと吹きだした。
「リアっ! 待てってんだろ!!」
いくらスクデーリアの方が先に走り始めたとは言え、子供の女の子の脚と大人の男性の脚では、速さがまるで違う。全速力で玄関に向かうスクデーリアに、獄寺は軽々と追いついて抱き上げた。
「きゃああっ!」
突然猫の仔のように持ち上げられて、スクデーリアは大きな悲鳴を上げる。だが、驚いて混乱するスクデーリアにはお構いなしに、獄寺はスクデーリアを肩に掴まらせてしっかり抱えると、手近な空き部屋に入った。
「リア」
呼びかけるが、スクデーリアは獄寺があまりに近すぎて、顔を背けたまま返事ができない。
「なあ、リア。なんであんなことしたんだ?」
獄寺の肩にぎゅっと掴まり、顔を伏せて、スクデーリアは獄寺の言葉を拒む。お説教なんて、最後通牒なんて、聞きたくない。
「リア。答えてくれよ」
スクデーリアがなにも答えないので、獄寺はすこし意地悪心を起こして、目の前の耳をぱくりと咥えた。
「ひゃう!」
驚いたスクデーリアは、ばっと顔を上げると、獄寺を振り返る。その真っ赤な顔を見て、獄寺はくくっと笑った。
「ようやく、こっち向いた」
「…っ、獄寺さん、ひどい! 意地悪!」
「意地悪はどっちだ? 話しかけても、返事してくれなかったくせに」
「だって!」
「それに、いきなりキスして逃げたしな?」
「あ……」
言われてみれば、あれはいわゆる〝やり逃げ〟だ。痛いところを突かれて、スクデーリアは口ごもる。
「なあ、リア。怒ってるんじゃねーんだ。なんであんなことしたか、ちゃんと言ってくれ」
「なんでって……」
獄寺は優しく、スクデーリアの言葉を待つ。恥ずかしくて、スクデーリアは獄寺の視線から逃げようとしたが、しっかりと抱き上げられたままでは、逃げるどころか距離を取ることもできない。
「……………好きだから」
観念して蚊の鳴くような声でつぶやくと、はっきり聞き取れなかった獄寺が「うん?」と聞き返した。もう一度言わなくてはいけない事態に、スクデーリアは自棄になって、今度ははっきりと叫ぶ。
「獄寺さんが、好きだからっ!」
次の瞬間、スクデーリアの唇は獄寺のそれにすっぽりと覆われていた。
抱き上げられていることでわずかに上にあるスクデーリアの唇を、獄寺は陽の光を受けるように上を向いて奪っていた。
「ふぁ…」
深く食まれて、息苦しくなったスクデーリアが喘ぐと、獄寺はすっと離れた。息がかかるほど近くで見つめられて、スクデーリアは恥ずかしさも忘れて獄寺に見蕩れる。
「オレもリアが好きだ。オレの女に、なってくれるか?」
真剣なグリーン・アイズにまっすぐに見据えられて、スクデーリアの目からぼろっと涙がこぼれた。
「嬉しい…」
ひぃん…と泣くスクデーリアの涙はとても綺麗で、獄寺はたまらず再度唇を寄せる。スクデーリアは、今度はちゃんと受け止めた。
「キス……」
「うん?」
「わたし、全然したことないから。たくさん練習して、早く上手くならなくちゃ」
いじらしいまでのスクデーリアの言葉に、獄寺はふっと笑みを零す。
「だからって、オレ以外に教わったりすんじゃねーぞ」
「大丈夫。わたし、獄寺さん以外に教えて欲しいと思ったこと、一度もないから」
「そうか」
そして、どちらからともなく、もう一度唇を寄せ合う。
誰も来ない空き部屋で、陽が傾くまで、2人は何度もキスの練習をした。