手塚君の落し物

 コィーン……

 澄んだ金属音を響かせて、指輪がひとつ、部室の床に転がった。

 レギュラー練習後、着替えをしていたその場の視線が、さっとそこに集中する。

 シンプルなシルバーリング。特別に高いものではないけれど、さりとて、どこででも手に入るようなものでもない。

「……誰のだろ?」

 ゆっくりした仕草で、シャツのボタンをかけ終えた不二がそれを拾い上げた。

「誰か、アクセサリーするような人って、いましたっけ?」

 桃城の問いかけに、乾が眼鏡のズレを直しながら答える。

「手塚や菊丸が、休みの日にしているのは見たことあるよ。不二はレザー系が好きだって聞いたことがある」

「ふぅん……じゃあ、その3人の誰かのっすかね?」

「そうだろうな。手塚が学校にアクセサリーを持ってくるなんて、考えにくいけど」

「とりあえず、これ、僕のじゃないよ。……あれ?」

 桃城と乾の会話に割って入るように、不二が声を上げた。上着を着ながら、河村が尋ねる。

「どうしたの、不二?」

「これ、イニシャルが彫ってあるよ」

 ぶほっと飲んでいたドリンクにむせたのは、海堂だった。すると、今度は一同の視線がそちらに集まる。

「なに? これ、おまえのか?」

「ち…違う!!」

 桃城の問いに、海堂は慌てて否定した。ただ単に、学校に生徒の結婚指輪と解釈できるものがあったということに驚いただけなのだ。だが、その様子の必死さに、周囲の疑惑はいっそう深まる。

「これ、〝For K〟って彫ってあるけど?」

「ええええええっ!?」

 不二の言葉に叫んだのは、海堂ではなく菊丸だった。今度は注目がそちらに集まる。

「なに? この〝K〟って、〝Kikumaru〟の〝K〟なわけ?」

「えっ、でも、フツーはこういうときって苗字じゃなくて名前のイニシャルでしょ?」

「それでいくと、この中で〝K〟のイニシャルって言ったら、手塚か海堂しかいないよ?」

「じゃあ、やっぱり海堂じゃん」

「違う! だから、俺のじゃねぇ!」

 叫ぶ面々に構わず、不二は乾にルーペを貸して欲しいと頼む。乾が出したルーペを受け取ると、不二は詳細に指輪を調べ始めた。

 彼らの背後で、青褪めた表情の手塚が必死に所持品を確認しているのに、誰も気付いていなかった。ただひとり、菊丸を除いて。

 菊丸は、不二が拾ってしまってデザインを見られないためにいまいち確信はないながら、〝For K〟の刻印と聞いて、それが手塚のものだとピンと来たのだ。

 蒼白の手塚に気付いて、菊丸は自分のカンに確信を持つ。ぱっと助けを求めて大石を見ると、大石はその様子ですぐに気付いたようだった。

「あ、こっちにも刻印があった。ええと……〝From〟……」

「不二、すまない。ちょっとそれ、見せてくれないか」

 刻印を音読しようとするのを遮って、大石が手を出した。不二がそれを手渡すと、大石は確認するようにそれを眺めて、大きく頷く。

「ああ、やっぱりそうだ。…ごめん、これ俺のだよ」

「「「えっ!?」」」

 指輪と大石が結びつかなかったのか、レギュラー陣はいっそ失礼なくらいに驚いた。そうする間にも、大石はそれをさっさと大切そうにしまいこむ。

「ちょ…ちょっと待って、大石。それ、君がするの?」

 信じられなさそうな不二の問いに、大石は照れくさそうに答えた。

「いや、俺がするんじゃなくて……プレゼントしたい人がいるんだ」

「「「えええっ!!!」」」

 ふたたび、失礼なほどのリアクションを返される。大石はばっと取り囲まれて、質問攻めにされた。

「それ、誰っすか? この学校の人?」

「いつから付き合ってたんだい? ぜんぜん知らなかったよ」

「彼女、可愛い?」

「あ…え、ええと……」

「ちょっと待てよ、みんな。大石が可哀想じゃんかぁ」

 菊丸の制止も、沸き立つ彼らには届かない。どうしよう…と菊丸が手塚を振り向くと、手塚はつかつかとその輪に寄っていった。

「大石」

 鶴の一声とも言うべき手塚の一声で、しんとその場が静まり返る。

「学校にアクセサリー類の持込は禁止だ。没収する」

「手塚……」

「手塚、それは大石が気の毒だよ…」

「とにかく、没収だ。そのあと、竜崎先生に報告する。返すかどうかは、先生のご判断だ」

 有無を言わさぬ手塚の口調に、諦めたように大石が指輪を渡す。

 これが即興の茶番だと気付いた者は、いるのだろうか?

「それでは、今日は解散する。菊丸、部室の鍵を頼んでいいか?」

「ほいほい」

 大石を職員室に連れて行く素振りで、手塚が部室を後にする。菊丸が手塚から部室の鍵を受け取り、みんなを急き立てた。



「……すまん。助かった」

「いや。学校にも持ってくるくらい大切にしてくれてて、嬉しいよ」

 部室を充分に離れたところで、手塚は今にも泣き出しそうな表情で謝った。許す大石の顔は、とても優しかった。

「もう、落とさない。絶対に、離さないから……」

 言い募る手塚がやけに愛しくて、大石は手塚の唇にキスをした。




 不二の心中に、あの〝K〟は〝Kunimitsu〟の〝K〟ではないかという疑惑が残っていることは、誰も知らない。


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