大石君の昼寝

 珍しく部活もない休日の午後、やろうと思っていたことがすべて片付いて、大石はぱたんと自室のベッドに倒れこんだ。

 眠かったわけでも、具合が悪いわけでもない。ただ、やらなければならないことが全部一段落ついて、ほっとしていた。

 見上げる天井は、窓から差し込む光に明るく照らされて、室内灯などなくたって、何の支障もない。

 久しぶりに3人で買出しに行こうか……。散歩がてらに、少し遠目のショッピングセンターまで歩くのは、楽しいかもしれない。

 これからの時間をどうするか、最初はそんな風に考えていたのに。

 気付けば、大石は、うららかな陽射しに誘われるように、すぅすぅと寝息を立てていた。




 菊丸は困っていた。

 翌日提出しなければならない英作文が、どうしても終わらない。ただでさえ、英語は得意ではないのに、天気のいい外に出かけたくてうずうずしていて、余計に集中なんて出来ない。

 手塚に手伝ってもらおうと思って部屋まで行ったら、手塚は真剣にクイーンの原書を読みふけっていた。ちょっと聞いてみたら、英語は日本語と違って〝I〟と〝You〟に性別がないから、洋物ミステリーではそれがトリックや伏線になっていることも多くて、原書で読むほうが面白いのだという。

 「ようやく二人目が殺されたところだ、これから面白くなる」と楽しそうに言う手塚に、まさか英作文を手伝ってくれとは言えなくて、菊丸は手塚の部屋を出てきたのだった。

 大石が英語を得意科目としているのは知っていたが、今日は朝から、水槽の手入れやらなにやら、ずいぶんと忙しそうにしていたから、なんとなく声をかけるのを躊躇ってしまう。

 それでも、英作文が終わらないことには夕食の準備にも取り掛かれないし…と、菊丸は大石の部屋のドアをノックした。



 何度かノックしたけれど返事がなくて、菊丸はちょっとドアを開けてみた。

 いないのかにゃ?

 そう思って部屋を見回すと、壁際のベッドの上に見慣れたアースブラウンのシャツが……。しかもよくよく見れば、それは正確には、アースブラウンのシャツを着た大石だ。

 足音を忍ばせて近寄ってみれば、大石は穏やかな寝息を立てて眠り込んでいた。

 今日、暖かいからなぁ…。いいなぁ、俺も寝たい……

 くぁふ…とあくびをひとつ、菊丸はベッドの縁に腰掛けると、上体を大石の上に倒し、その胸に頬を摺り寄せるようにして目を閉じた。

 夢うつつの大石の手が、抱き寄せるように菊丸の肩に置かれる。その重みさえ、心地よい感覚だった。





 エラリーの謎解きが終わって、手塚はようやく本から視線を上げた。

 一度、菊丸が部屋に来て何か話していったような気もするが、定かではない。

 窓から見える空は、もう夕方の色を示していて、そういえば買い物に行かなくては……と手塚は本を置いて立ち上がった。

 しんと静まった家の中には、なぜか人の気配がなかった。出かけるという話は聞いていなかったが、出かけたのだろうか? とも思ったが、自分に何も知らせずにふたりが出かけるということは考えられない。第一、菊丸は昨夜、課題の英作文があるから出かけられないと、そう言っていたはずだった。

 1階に誰もいないのを確認して、2階に戻る。部屋にいるのかと菊丸の部屋をノックしたが、返事はなく、無作法を内心で詫びつつドアを開けて確認してみたが、部屋は無人だった。

 首を捻りながら、大石の部屋の前に立つ。ここも静かで、人がいるようにも思えなかったが、手塚は軽くノックをした。予想通りに返事のないドアを、だが念のために、開けて確認してみる。

 すると、壁際のベッドの上で、探していたふたりが眠っているのが目に入った。

 仰向けの大石の上に、懐くように菊丸が乗っかり、抱き合うように互いの肩に手が置かれている。黒いショートヘアのレトリバーの上に、カフェオレ色のアメリカンカールが丸くなって昼寝をしているような光景が想像できて、手塚は表情が緩んでしまうのを止められなかった。

 気持ちよさそうに眠る二人を置いて、起こしてしまわないようにそっと大石の部屋を出る。階段をおりながら、手塚はくすくす、くすくすと笑いつづけた。


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