大石君のクリスマス

「手塚~! ごめん、サラダ作ってくれる!? 野菜室の野菜、なんでも使っていいから!」

「わかった…が、包丁は絶対に使わないからな」

「包丁は、代りに俺が入れるから。いいよ、ほんっとお願い。俺、こっちの手が離せないんだ」

 いつになくにぎやかな大石家の台所。2人の主婦(主夫…?)が、クリスマスのための料理作りに、朝から追われているのである。

 菊丸が作っているのは、特製グラタンのためのホワイトソース。小麦粉やブイヨンから作る、完全自家製の自慢の一品である。隣でエビをボイルしつつ、ホワイトソースを焦がさず、クリーミィに仕上げるべく、今が気合の入れどころだ。

 菊丸に頼まれた手塚は、野菜室からレタスやキュウリ、トマト、アスパラガスなどを取り出していく。ドレッシングの調合も任されて、ここはひとつ、頑張るところだ。アスパラガスのボイルや、トマトやキュウリのカットを菊丸に頼んで、手塚は塩や胡椒を足しながらアップル・ヴィネガーとグレープシードオイルを混ぜ合わせていく。

 作業用のテーブルの上には、オーブンから出されたばかりのスポンジケーキ。もう少し冷めたら、生クリームと苺とチョコレートでデコレートすることになっている。ブッシュ・ド・ノエルは、ちょっと手間がかかってしまうので、今回はパスだ。

「おーい、英二。これ、届いたぞ。どこに置いておけばいい?」

 玄関で宅配便を受け取っていた大石が、ボール箱を抱えて入ってきた。菊丸は手を止めずに、けれど大石を振り返る。

「あ、じゃあ、どこででもいいから、開けて。で、中に入ってるのって丸のままだから、食べ易いようにさばいてくれる?」

「わかった。じゃあ、ダイニング・テーブル、使うからな」

「うん。よろしく~」

 届いたのは、七面鳥の燻製。一羽丸ごとのもので、実は、3人で食べるにはなかなか多い。が、クリスマスに七面鳥は、欠かせないものだということで、注文したのである。大石は、肉切り包丁を片手に、箱と大皿を抱えてダイニングに移動していく。

「おっけ~、手塚。ボイルできたよん」

「ありがとう、菊丸。ついでに、ドレッシングの味を確認してくれるか?」

 茹であがったばかりのアスパラガス。一口大に切って、サラダに加える。手塚に頼まれた菊丸は、差し出された小鉢に入っているドレッシングを、小指で取って味見をする。

「うん、いいと思うよ。さっぱりしてて、美味しい」

「そうか。よかった。…っと、もうこんな時間か。パンを買いに行ってくる」

 おもむろに時計を見上げた手塚は、エプロンを外しながら財布を手に取る。すこし遠いが美味しいと評判のパン屋の、パン・ド・ミの焼きあがり時間が迫っていた。

「うん、よろしく! 2斤ね!」

「わかった。他にはないか?」

「うーんと…、じゃあ、もし焼きあがってたらクロワッサンを9個」

「わかった。行ってくる」

「うん、いってらっしゃい!」

 その会話の間にも、菊丸はホワイトソースを混ぜる手を止めない。ちょっとでも止めたら、焦げるし、小麦粉がダマになる。

「あっ、手塚! あったらでいいから、ラズベリーソース買ってきて。ジャムじゃなくて、ソースの方。ターキーについてたの、クランベリーだったから」

「わかった。ラズベリーだな」

 ダイニングを抜けようとすると、七面鳥と格闘する大石にも買い物を頼まれた。手塚はうなずきながら、コートを羽織る。

 そして、料理作りに追われる自宅を後にして、手塚は騒がしいクリスマスの街に出かけていった。



「あっれ~、青学の手塚? 珍しい、ひとりで買い物なん?」

 目的の品物を買い終えた手塚が歩いていると、すれちがった二人連れに声をかけられた。誰かと思えば、氷帝の忍足と向日である。

 こんなところで、よりにもよって彼らと出くわすとは思っていなかった手塚は、驚いて足を止め、振り返った。

「忍足…と、向日? こんなところで、なにをしているんだ?」

「なにって、ご挨拶やなぁ。そんなん、クリスマスのデートに決まっとるやんか。見て判らん? 恋人もおらん他の虚しい連中と、一緒にせんといて」

 やけに偉そうな忍足に、手塚は呆気にとられる。見て判らないか、とは、それこそご挨拶ではないだろうか? タブルスのパートナー同士が一緒にいて、それで一目でカップルだと思えと言うのなら、世界中のダブルス・ペアは皆、恋人同士でいなければならなくなってしまう。

「なあなあ、侑士。手塚も、その〝虚しい連中〟の1人っぽいぜ。じゃなきゃ、イヴにこんな服でパンの袋なんて抱えてないもんな」

 そんな忍足に、向日が手塚の恰好を指摘する。ラフなセーターの上に、カジュアルなハーフコートを羽織った手塚の姿は、確かに、恋人とクリスマスのデートを過ごす恰好ではないだろう。おまけに、手にはパンの袋があるのだから。

 だが、手塚だって、愛する人たちとクリスマスを過ごすのは一緒だ。ただ単に、外でデートはなく家でパーティをする、それだけの違いでしかない。

 が、手塚の視線を、彼らはデートする方がおかしい、という視線と勘違いしたらしい。忍足が取り繕うように、手を振りながら言った。

「せやけど、デートしとるのは俺らだけやないで。さっき、自分らんとこの不二ともすれ違ったわ。背の高い……河村、言うたか? そいつと一緒やった」

「あ、そう言えば、すれ違ったな。なんか、完全に周囲が視界に入ってないって感じだったけど。不二、往来でキスねだってたし」

 言われて思い出した、というような向日の言葉に、手塚はつい溜息をついてしまった。不二らしいといえば不二らしいが、それでも、この人出の往来でキスをねだれる、というのは、ある意味賞賛に値する。

「……いろいろ、苦労しとるみたいやな。ま、あんだけクセの強い連中と一緒やったら、仕方あらへんけど」

 やけに同情気味の忍足のセリフに、内心で「おまえに言われたらウチの面子も終わりだな…」などと思いつつ、とりあえず手塚はうなずいた。

「あ、なあ侑士! 時間になっちゃうぜ!」

「ん…? ああ、しもた。ほなら、手塚。またな。次は高校の大会で会おうな」

「跡部も張り切ってるからな、逃げるなよ!」

 映画かなにかでも観に行くのだろうか。ふと腕時計を見た向日が忍足のコートの袖を引っ張って催促をすると、忍足はそそくさと手塚に手を振って踵を返した。向日はその後について歩き出しながら、手塚を指差して、そう捨て台詞を残していく。

「………人を指差すな、行儀が悪い」

 いったい今の時間はなんだったんだ…? と思いつつ、手塚は苦い表情で、去っていく二人の背を見送りながらつぶやいた。



「おかえり、手塚~! ケーキも出来たよ。今、大石がシャンパン買いに行ってる。帰ってくる頃にはグラタンも出来てるから、そしたらパーティ始めような!」

 帰宅すると、菊丸が生クリームまみれのヘラを振り回しながら出迎えてくれた。

「クロワッサン、あったから買ってきたぞ。あと、大石に頼まれたラズベリーソースも」

「サンキュ~! 寒かったろ、早く暖まってよ」

 中に上がると、部屋を温めておいてくれたのか、むわっとするほどの暖気が押し寄せてくる。手塚はコートを脱ぎながら、ふと、菊丸の頬に手を伸ばした。

「ついているぞ」

 すっと指で拭ったのは、生クリーム。何かの拍子に、菊丸の頬に跳ねたらしい。掬い取った指を、手塚は口に持っていく。

「にゃ~、気がつかなかった。ありがと、手塚」

「いや。礼には及ばん」

 指のクリームを、手塚は舌を出してぺろりと舐めた。その仕草に、菊丸がぴくんっと反応する。まるで、おもちゃをみつけた猫のようだ。

「手塚でも、つまみ食いするんだ~? なぁなぁ、今の、可愛いじゃん! もう一回やって?」

 ヘラの生クリームをちょっとだけ掬った指を、菊丸は手塚の口元に運ぶ。すこし頭を引いて、困ったようにその指を見つめた手塚は、けれど、数拍置いて、その指を丁寧に舐めた。

 暖かくてぬめる手塚の舌の感触が、料理に追われて疲れた菊丸には、ひどく気持ちがよかった。

「………………もう一回、って言ったら、怒る?」

「怒らないが……困る」

 上目遣いにねだったら、手塚はすこし眉を寄せて、答えた。その表情は、確かに、怒っているものではない。ちょっと、困るという理由が気になったから、菊丸は重ねて訊いた。

「なんで?」

「台所が焦げ臭くなってきた」

「…へ?」

 言われて、慌てて空気の匂いをかいでみる。よく判らないが、そう言われればそうかもしれない。手塚は、感心してしまうほど鼻がいいのだ。

 台所に駆け込んで、グラタンを焼いているオーブンの窓を覗く。表面にまぶしたパン粉が、黒と茶色の間の色になっていた。

「うわ~~~~!! 手塚ぁ、ありがとおぉぉぉ~~~~~~!!」

 菊丸は、叫びながら、オーブンを開けて手にミトンをはめる。大きなグラタンボウルに、エビとブロッコリーのグラタンが出来上がっていた。お焦げの色合いが、間一髪でこんがりキツネ色に仕上がっている。ボウルの耳を掴んで、テーブルの上に運ぶのと同時に、大石が帰ってきた声がした。



 今日は、場所はちょっと圧迫感のあるダイニングではなく、広々とした暖かいリビング。

 一口大に切ったパンと、グラタンと、ターキーと、サラダ。ケーキは、苺チョコの生クリームケーキ。大石が買ってきたシャンパンも、シャンパングラスに注いで。

「それじゃ…、メリー……」

 ピンポーン!

 大石の音頭に、ドアチャイムの音が重なる。立っていった手塚が中に通したのは、ものすごくよく見知った2人。

「やっほー、英二、大石。僕らも入れてよ」

 不意の闖入者は、シャンパンを持った不二と、その後ろにはケーキやチキンの箱を抱えた河村。

「映画観た後、食事しようって言ってたんだけど、せっかくのクリスマスにふたりっきりっていうのも、ちょっと淋しくなっちゃってさ。そんな年寄り染みたクリスマスより、みんなで騒ぐ方が楽しそうだったから、お土産持って、来ちゃった。手塚は入れてくれたけど…いい?」

 ちょこん、と不二は首をかしげて問う。「いい?」もへったくれも、もう来ているものは仕方がない。それに、ちょっと、全部自分たちで作った料理も誰かに自慢したかったし。

「もっちろん! こっち来て座りなよ。寒かっただろ~?」

「タカさん、その箱、こっちに置いとくよ。気を使ってくれて、ありがとう」

「そんな…、大石。たいしたことじゃないから。じゃ、お邪魔します」

「それじゃ、大石。もう一度、よろしく!」

 シャンパングラスが行き渡って、それを高く掲げて。

「メリークリスマス!!」




 図らずも5人で過ごすことになったクリスマスが、それまでで一番楽しいクリスマスになったのは、言うまでもないことである。


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