覇王雷撃陣ダイナスト・ブラスッ!」
 あたしの呪文が『道化師』を包む。が、しかし、これはあっさり避けられた。雷撃が消え去るそのあとは、何もおらず、地面が少々焦げただけだ。
「はっ!」
 ガウリイがフェイトを持ったまま、器用に剣を逆手に持ち、自分の背後を突く。『道化師』はその切っ先に現れて、今度はかわしきれずに左肩をさっくりと切り裂いた。
「ッ――!」
崩霊裂ラ・ティルトッ!』
 『道化師』が顔をしかめ、ガウリイが飛びのくと同時に、ゼルガディスとアメリアの呪文が炸裂する。
「ぐぅうっ!」 
 これはさすがに効いたか、『道化師』は低くうめいた。
 蒼い火柱が消えた後には――もう何も残ってはいない。
「やった!?」
 アメリアの声に、
「――なんてネ」
 と、いうふざけた声が、あたしの背後から聞こえた。
 ――トカゲの尻尾切りかっ!?
 あたしは自分の背後を慌てて見やるが、そこにはすでに魔族はいない。
「うぁっ!?」
 困惑するあたしの背後に、強い衝撃が襲った。前のめりに吹き飛ばされて、思わず叫び声を上げる。
 ずべっ! というかなり情けない音とともに、あたしは顔面から地面につっこんだ。
 い……痛いっ! かなり痛いっ!
 涙が出そうになりながらも、体勢を立て直す。『道化師』はちょうどこちらに向かって光を放つところだった。あたしは呪文を唱えつつ、横に跳ぶ。
 ――視界から魔族が消えた。
 あたしは慌てて身をひねった。その一瞬あと、人体を軽く貫く無色の光が虚空を焼く。視線を移せば『道化師』はかすかに舌打ちして、また消えた。
「――本体全部引きずり出せりゃいいんだけどな……」
「こんな中の上ぐらいの――いえ、下手したら上の下並みの魔族、全部引きずり出したらどのぐらいのでかさになるか……」
「いやだなー。アレが指先だったりして」
「嫌な形の指先ね」
 ヴィリスと雑談しながら間合いを計ると、魔族がかなり険悪な瞳でこちらを見つめる。
「あれま。怒らせちゃった……かな?」
 ヴィリスは苦笑しつつ呟いて、そのまま横に飛ぶ。その背後から迫ってきた光線は、先ほどまでヴィリスがいた空間を正確に貫き、地面を焦がす。
 自分の方にも頭上から光が二、三条。あたしも何とかこれをかわす。
 ――体勢が崩れた。
「あぁもぉっ! なんであたしだけピンチになってんのよーっ!」
「でかい怪我がないだけピンチの方がしだ――ろっ!」
 あたしが叫びながら倒れこむと、その目の前に光が広がる。が、ヴィリスが軽口を叩きつつ放った投擲ナイフが、光を相殺し、溶けた鉄が石畳に垂れる。
 そして――
「……え?」
 あたしは思わず声を上げた。
 どんっ。
 それは本当に――机を軽く叩いたような、本当に小さな音だったので、しばし――『それ』が原因だとわからなかった。
 だが、確実にその音を原因にして――『道化師』の右半身が、いとも簡単に消えうせた。まぁ、元々右腕は切り裂かれていたのだが。
「な――ッ!?」
 『道化師』の驚きは、その攻撃自体についてのものではなかった。
 ――その攻撃を行った人物――人間ではないが――人物が問題だったのだ。
「ゼロス――様……!?」
「どうもこんにちは。すいませんねえ。こちらも事情が変わったものですから」
 突如虚空から現れた獣神官に、『道化師』は驚愕の瞳を向ける。半分になった顔で、それでも魔族は滅びなかった。
「事情……?」
「大丈夫です。貴方にマイナスになることじゃあありませんよ――
 そうですね――このまま退いていただければ、僕にとっても、貴方にとってもいいことだと思うのですが……どうします?」
 『道化師』はあたしと、ヴィリス、ゼロスを順々に見ると――やがて虚空を渡り、消える。
「――どういうことよ! ゼロス! まさかあたしに事情説明しないで逃げるつもりじゃないでしょうね!」
 あたしは宙に浮かんだままのゼロスを見上げ、叫んだ。ゼロスはこちらを見ると、ゆっくりと降りてくる。そして、あたしの瞳を見て、言った。
「ええ。そのつもりですけど?」
 当然のように言ってくる獣神官に、あたしはゼロスの胸倉掴み上げ、
「あんたねぇっ! こちとら手のひら怪我してんのよ手のひらっ! あいつのせぇでっ!
 それなのに逃がしちゃってえええっ! なに考えてんのよ!」
「あのまま戦ってて勝てる自信ありました?」
 あたしはすこしジト汗たらしつつ、思わずゼロスから身を離したが、それでも自信ありげに胸を張ると、
「ンなもん根性で何とかしたわよッ!」
「根性もいいですけど、事情については秘密ですから」
「私からも、事情の説明を要求する」
 灰色の服に血の彩りをべっとりつけた夜さんが、意外としっかりした口調で言った。
「恐らく、フェイトとヴィリシルアについてだろう。身内の私にも聞く権利がある」
 ゼロスは夜さんのほうに顔を向ける。顔には、相変わらず底の知れない笑みが浮かんでいる。
「――頭のいい方には好意をもてます。恐らくあなたはこちらの『事情』についても大方の見当はついているのでしょうね。
 いいですよ。話しましょう。その代わり、僕たち魔族の行動に今後手出し無用と言うことで――」
「嫌」
 …………………………
 かなりの即答だったので、ゼロスばかりでなくあたしやゼルガディス、アメリアなどもコケた。
「だあぁああっ! 子供のわがままかっ! あんたわっ!」
 あたしのツッコミに、彼は意味もなく頷いて、
「冗談だ。ともあれ、それとこれとは話が別。それだったら魔族の内情をリナ=インバースたちにあることないことばら撒くだけだが……」
「あああああっ! それだけは止めてください! わかりましたっ! 無条件でお話ししますっ!」
「……ヘビ、お前……意外とすごかったんだな……」
 慌て出すゼロスと夜さんを交互に見つつ、ヴィリスが失礼なことをぽつりっ、と呟いた。




鮮血の紅




「――えーと、つまり、フェイトとヴィリスを、魔族に引き入れたい、と?」
 ちょっとかたっくるしい口調で言ったゼロスの話を噛み砕いて言って、あたしはぽりょぽりょと頬をかいた。
「まぁ――そういうことです。なにぶん、人材不足ですから。リナさんも魔王様の欠片を二体倒してさえいなければ、その手のスカウトが言ったはずなんですけど……魔王様にずいぶん気に入られてますからねぇ。リナさんは――別の意味で。
 まぁ、そもそも人材不足はリナさんのせいですからね」
 ……………悪かったな。
 ていうかあんたら魔族だろ――なのに人材って……?
「冗談じゃないよっ!」
 つい先ほど目を覚ました傷だらけフェイトが、拳握り締めつつ叫ぶ。
「魔族になると身体が腐るって姉さんが言ってたし! ヤだよ僕っ!」
「そんなことありませんっ! ――っていうかそんなこと教えてたんですかヴィリシルアさんはっ!?」
「いやぁ……」
 何故そこで照れる。ヴィリスよ。
「でも腐りそうね。確かに」
「確かに魔族は精神体だからな。それまで精神が拠り所としていた肉体を捨てるわけだし、腐るのも当ぜ――」
「あああああああっ! アメリアさんとゼルガディスさんまでなに言ってるんですかぁ……
 大体魔族に引き入れると言っても契約を結ぶだけですし、そんなに大したことでは……」
「それでもじゅーぶん大したことよね」
「契約切れた途端ジジイになるのはいやだなぁ」
 泣きそうな顔で言うゼロスに、あたしとガウリイがさらに追い討ちをかけた。
「……そぉやっていつもいつも僕ら魔族のイメージを、むやみやたらに悪くするんですからリナさんたちはぁ……」
「とにかく、魔族に入るのはごめんだってことだ。帰れ♪」
 泣きじゃくるゼロスを清々しいほどににこやかな顔で見ながら、ヴィリスが言う。はっきり言ってこれは怖い。先ほどまで血だまりできるほど血を出していただけあって顔にも血がついているし、髪の毛にも血がついている。
 ……夜に会ったら、あたしは迷わず逃げ出すぞ。これは。
「と・に・か・くっ! フェイトくん、身体腐るなんてそんなの嘘ですから忘れてくださいねっ! ね!?」
「えー。でも……」
 かなりすばやく立ち直り、ぽんぽんっ! とフェイトの肩を叩くゼロスに、彼は顔をしかめつつ言う。
「いいじゃん。事実だし」
「嘘ですってばぁぁぁぁぁぁっ!」
「ねー。やっぱり腐るんだよね?」
「……獣王様……助けて……」
 ぼーぜんと呟くゼロスを見て、あたしはため息をついた。
 ……ついさっきまで戦っていたのが幻のようである。
 実際、幻にしたいような気もするがそれは置いといて。
 中途半端ではあるのだが――どうやら事件は終わったようだった。




 ………………ちなみに。
 このあと、フェリアさんのとりなしで、犯罪の証拠をつかんでいた邪教集団の本部に鬱憤晴らしに乗り込み、壊滅させ、おたからの一部を頂いたことを明記しておく。




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