魔道士協会を、図書館か、協会資料室の辞書で引いてみるといい。
 そーすると、おおむねこのような文が出てくるだろう。

【魔道士協会】
 サイラーグを本部としていた、魔道士の養成所および魔道の研究所。対となるものに【僧侶連盟(プリーストどうめい)】がある。優秀な魔道士を多く輩出している。
  《関連項目》 宮廷魔道士/黒魔法/僧侶連盟/ツエツエバエ/魔獣ザナッファー/リナ=インバース/...

 僧侶連盟。
 これも、辞書で引いてみよう。

【僧侶連盟】
 セイルーンを本拠とする、神官、僧侶(プリースト)の養成所および白魔法や神聖呪文を中心とした研究所。対となるものに【魔道士協会】がある。
   《関連項目》 白魔法/セイルーン/魔道士協会/...

 そして。
「ほら、見てみろよ! 辞書にリナの名前が載ってるぜ♪」
「え? ほんと? どれどれ……」

【リナ=インバース】
 高い魔力と戦闘能力を誇る、恐らく現在生きている魔道士の中で、最も有名な魔道士。
 ドラまた、盗賊殺し(ロバーズ・キラー)、大魔王の食べ残し、などなど、さまざまな異名を持ち、高位魔族に対しても影響力をもっていると思われる。
 《関連項目》 赤法師レゾ/悪人/アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン/黄金竜/盗賊・野盗/...

 びりぃっ!
「あああっ! 何してるんだ!?」
「なんで辞書にんな悪口なんか載っとるんじゃぁぁぁぁぁッ!」
 そして――リナ=インバースの名を辞書で引いてみるといい。
 ――おーむね、悪口ばっかが記載されているだろうから。

 とにかく、辞書にも載ってるあたしの名前はリナ。
 リナ=インバース。
 天才魔道士であるあたしは、今日この日、めでたく二十歳。大人の仲間入りである――




僧侶連盟




 所変わってセイルーン城内。謁見室。
 重苦しい雰囲気の中、二人の人間が向かい合って、話をしていた。
 ――以前事件があった街の魔道士協会の評議長が、報告をしに謁見を求めてきたのだ。
「ハーリア殿。
 つまり、今回の件にはヴィリシルア=フェイト殿、およびその『弟』である、死んだこととされていたフェイト=フェイト殿は関わりはない、と言うのだな?」
「いいえ、確かに今回の事件を起こし、殺人行為を行ったのはフェイトくんです。
 ――でも、彼は『犯人』ではありません」
 フィリオネル=エル=ディ=セイルーン。
 つい最近この世を去った父に代わり、新しく王となったこの男。見た目はドワーフで、普段も『平和主義者』等と言いつつ悪人を自ら征伐する豪傑だが――実のところ、政治的手腕もあるのである。
「――それはどういう意味かの?」
「今回の件、間違いなく魔族が関わっていた――そう言えば、ことの重大さはお解りになられると思います。
 フェイトくんは利用されただけで、殺人を行ったのも――殿下、『傀儡の術』をご存知ですか? それと同じような術にかかって行ったものです。彼に責任はありません」
「ふぅ――む……
 ……ハーリア殿、実のところ、今回の事件が起こったことで、あなたの評議長としての能力も問われておる。
 だが、魔族が関わっていたとなると――」
 それきり、フィリオネルは難しい顔をして押し黙った。
 先程からフィリオネルと話しているハーリア=フェリア評議長は、長い茶髪に飾り紐のような紐を絡ませた、美女とも見まごうばかりの美青年である。人の良さそうな顔をしているが、彼をよく知るものは、みな彼のことを決して『人の良い人間』とは称さないだろう――むしろその逆である。
「でたらめではないのですか。殿下」
 同じ部屋にいた重役の一人が、そう進言する。ハーリアはそちらをちらりと見ると、
「……私が嘘を言っているとでも?
 それに、アメリア様も事実関係はお知りになっているはず――説明は王女からも受けたはずですよ。
 嘘では、ありません」
「しかし――やはり……」
 ざわざわとした雰囲気が部屋の中に広がるのを感じて、ハーリアは心中で舌打ちした。
 一人がそうと言い出せば、皆がそれに影響され、正確な判断力を狂わせる……よくあることである。
 よくあることではあるのだが――自分がこの場にいる時に起こるのは、あまり喜ばしいことではない。
 何か言おうにも、フィリオネルは考え込んでしまっている。
 そんな時、彼の耳にこんな言葉が滑り込んできた。
「――やはり『女性』には評議長など勤まらぬのでは……」
 ぴく。
 ハーリアの肩が、かすかだが動いた。
 突然流れ出た異様な雰囲気を感じ取ってか、ざわめいていた部屋に沈黙が落ちる。
「……………………殿下」
「んむ。解っておる。
 ――ローヴァ殿」
「は、はい?」
 突然呼ばれて、ローヴァ――白髪の、いかにも大臣、といった風体の男がどもりながらも返事をした。
「彼は――アリド・シティ評議長、ハーリア=フェリア殿は――
 れっきとした男性じゃ」

 ………………………………………沈黙。

 どうやら彼のことを女性と思っていた人間は意外に――でもないが――多かったらしく、顔を見合わせている人間が何人もいた。
 フィリオネルは次第にざわついてきた謁見室を見渡し、ふぅっ、とため息をつくと、ハーリアに視線を向け、
「……ハーリア殿、すまないが――いったんさがって、出直してきてもらえんかのう……
 アメリアが帰ってきてから、また一緒に事情を説明してもらおう」
「………解りました。それでは――」
 彼は胸の中に沸き起こる破壊衝動をなんとか抑えながら、一礼して謁見室を出た。




 あたしたちがいるセイルーンの王立図書館通り。子の通りには、古い辞書もあれば、新しい辞書もあり、大昔から言い伝えられた伝承が書かれている古文書もあれば、今の英雄を褒め称える書物や、指名手配書などもある――ほとんどなんでもそろうのだ。
 本が読みたいのなら、まず聖王都セイルーン。そこにないならアリド・シティ。
 魔道士うちでは常識である。
「――でも、セイルーンって無駄なほど本が多いわよねー……」
「無駄じゃないわよ。
 アリド・シティは一つ一つが独立した図書館だけど、セイルーンの図書館は分野別に別れていて、いわば城の周りの図書館は、みんな一つの図書館、といったところなんだから。
 同じ本がダブるなんて、滅多にないのよ?」
「……つまり、二つの分野の本を同時にほしい時は、図書館をはしごしなきゃいけないってことか?」
「う゛……そ、それはそうだけど……」
 ガウリイの珍しく的確な突っ込みに、アメリアは言葉に詰まる。
「まぁ――俺にとっちゃセイルーンのシステムの方が楽だな」
 アメリアに助け舟を出した――わけではないだろうが、ゼルガディスがぼそりと呟く。
「なるほど――ゼルが必要としているのは、合成獣についての文献とか本だけだもんね」
「ああ。アリド・シティともなると、十数館も行ったってのに、同じ本を何度読んだか……
 まぁ、本の名前を覚えたらそんなことはないんだろうが――」
 ゼルガディスはそこまで言ってため息をつく。彼の参考にする本は時に何十冊にも及ぶ。その本の名前をいちいち覚えておくのは――不可能とはいえないが、それに近いことは確かである。
「じゃあ、セイルーンの方の仕組みのほうが優秀、ってことか?」
 ガウリイの言葉に、あたしは少し考えて、
「――いえ、そういう問題でもないでしょうね。
 たとえば、薬草学を研究している魔道士がいたとする――でも、研究の都合で、呪術の研究もしなければならなくなった。
 そうなれば、アリド・シティの方が楽だわ」
「よーするに、どっちもどっち――ってことなのよね」
 アメリアは苦笑しながら言った。
「――ま、今この状態じゃあ、アリド・シティの方がありがたいかな……」
「ですよね……」
 会話しながら、あたしを睨むゼルとアメリア。
「あ、あはははははははははv
 まあ、もとはと言えばあたしにあんなもん見せたガウリイが悪いんだし……」
「だからって辞書を破るのはやりすぎよッ! リナ、弁償額見たのッ!?」
「あたしが払ったんだから見たに決まってんでしょーがっ!
 あんなくそたわけた辞書なのに、なぁぁぁんであんなバカ高い値段がついてんのよっ!」
「そりゃ、わたしが一回目を通して、間違ってた個所があればやり直させたから……王族が関わってる本とかって、けっこう高いのよね」
『…………………………………………………………』
 ひたすら――
 ひたすら長い沈黙が降りた。
 アメリアは自ら墓穴を掘ったとも知らず、きょとんっ、としている。
 ゼル、ガウリイ、あたしが、同時に彼女に視線を向けた。ゼルは同情の目を、ガウリイは諦めにも似た視線を、そしてあたしは……
「………………………アメリア」
 しばしぼーぜんとした顔をした後うつむいて、ぼそりっ、と呟く。
「……………なに?」
 さすがに危険を感じたか、身を退きながら言うアメリアに、あたしは一瞬だけ満面の笑みを浮かべる。
 そして、彼女の肩にぽんっ、と手を置くと、
「いっぺん死んでこぉぉおぉぉぉぉいッ!
 炸裂陣ディル・ブランドッ!」

 ちゅどむ。

 なかなかすがすがしい音を立てて、アメリアは吹っ飛んだ。ガウリイは飛んでいく先をぼーっと見つめ、ゼルガディスははぁぁぁっ、と深いため息をつく。
 あたしは――自分が旅の同行者にどう思われているのか理解して、ちょっと切なくなった。




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