「ヴィリス。なんかセイルーンに着いてから元気ないよね」
 自分の戸籍上の弟となっている、自分と似た容姿を持つ少年の言葉に、ヴィリス――ヴィリシルア=フェイトは、思わずため息をついた。
 長い金髪に、鋭い紅い瞳。文句なしの美人だが、彼女は人間ではなかった。
 ――ヒトを模したもの――人形……とある事情で魔王竜に作り出された彼女は、四年前にその生みの親を殺していた。
 フェイトの父親と、母親を。
 造られてからも、彼らを殺してからも四年経つが、後悔はまだ消えない。つい最近、自分の暴走が自分以外の意図的な仕業、ということもわかっているのだが……それでも、他人――いや、他竜か――のせいにする気にはなれなかった。
 ともあれ、ヴィリシルアは義弟に、呆れたような視線を向けた。
「今日着いたばっかだろ。セイルーンには。
 それにな……もうすぐお前の両親の命日だぞ。
 町に帰れそうにないから墓参りができない、と私が嘆いているのに、実子のお前が忘れていてどーする」
「命日……ああ、そう言えばもうそんな季節だねぇ……」
 ぼへっ、と呟くフェイトに、彼女は眉を寄せる。
「……お前、大丈夫か? 最近物忘れ激しいぞ。
 まさかまだ二十歳にもいってないってのにボケたんじゃないだろーな?」
 茶化して言うが、彼女は内心かなり心配していた。
 先日、アリド・シティで起こった事件では、フェイトは精神と身体の両方を乗っ取られた。その影響で、記憶の一部が欠落してしまうようなこともあるかもしれない。
「そういえば、リナたちは、また図書館めぐりか……」
 心中の不安を振り払うように、ヴィリシルアは話題を変えた。フェイトは首を傾げて、
「ゼルガディスさんに付き合って?
 でも、ちょっと前あのひと、セイルーンは最初に当たってダメだった、って言ってなかったっけ」
「ああ。だがそれは数年前の話だろ。
 魔道技術は発達する――いや、魔道だけじゃない。何かが発達や衰退せずに停滞するなんてことは、ありえないのさ。
 ま、それでもあいつの希望に見合うような技術が飛び出てくるのは、百年先か千年先か――」
 合成獣キメラの身体から元に戻る――口で言うのは簡単だが、一度合成獣になったものを『原型をとどめて』分解することは不可能である――というのが現在の合成獣の研究者たちの常識である。
「ヴィリス。今思ったんだけど。
 ヨルムンガルドに頼めばすぐアリドに戻れるんじゃないかな」
「あー。あいつはだめだ。てってーしてインドア派だから」
「……屋内派の竜……?」
 顔をしかめて呟くフェイトに、ヴィリシルアは半眼を向けた。
「そんな顔すんなら、自分の今の姿を省みてみろ」
「…………うーん……確かに魔王竜っぽくないかもネ☆」
「何が『かもネ☆』だ。大体だな。はっきし言って暗いぞ私たち。
 虫の鳴き声がうるさいからって冬になるまでここでじーっとしているつもりか? 私はお前の付き添いをしているんだからな」
「だってだってッ! 宿の中にまで虫が入ってきてりんりんりんりんってッ! うるさいったらありゃしないよ!
 階段でアシナガとタッグ組んで出現したときには立ちくらみがしたんだからねッ!?」
「竜が虫ごとき怖がってどーするッ!?」
「しょーがないでしょうがっ! 怖いんだから!」
「あのぉー……」
 ぴた。
 不毛かつくだらない言い合いは、おずおずとした呼びかけによって突如ストップした。
 四つの紅い瞳が見つめるその先は、毎度おなじみのことながら――高位魔族である獣神官――ゼロスが立っていた。
「何か用か。ゼロス」
「いやぁ、うるさくてうるさくてしょーがないから、注意ついでに勧誘をと」
「――結局それかい。
 毎度毎度ワンパターンなんだよ。窓を突き破るとか床を突き破るとかしながら勧誘のチラシでも配ってみたらどうだ?
 迷惑がられるぞ」
「だめでしょうが迷惑がられちゃッ!?」
 思わず叫びつつツッコミを入れるゼロスに、ヴィリシルアはびしぃっ! と指を差すと、
「やかましいっ! 今この状況においてお前の存在すべてが邪魔ッ! 迷惑だ!
 それより、迷惑なら迷惑なりにちったぁウケでも狙ってみたらどーなんだお前はッ!」
「何で勧誘にウケなんて狙わなくちゃいけないんですかぁぁぁぁッ!
 僕はいたって真面目にお二人を魔族に引き入れようとしているのに!」
「それ自体が冗談だッ!」
「何でですかッ!?」
「なんでもだっ!」
 ……………………どうやら、第三者(魔族)が加わったところで言い合いはヒート・アップしただけのようである。
「あ、そだ。ゼロス。夜知らない?」
 フェイトの問いに、ゼロスは言い合いを休め、訝しげな顔をする。
「ヨルムンガルドさん――ですか? って……どうして僕に聞くんです」
「いつでもどこでも、それこそ虫のようにかさこそ出現するゼロスなら知ってるんじゃないかなー、と。
 魔族だし」
「……前のセリフは聞かなかったことにして、最後の部分にだけ答えます。
 ヨルムンガルドさんは多分ハーリアのところに行っていますよ」
「ハーリア……? アリドに行っているのか? ヤツは」
「いいえ、ハーリアは今、セイルーンにきています」
『ええええええぇぇえええぇええええええええぇぇえッ!?』
 義姉弟が仲良くハモって叫びまくり、しばし息を整えた後、先に口を開いたのはヴィリシルアだった。
「ちょっと待てッ! 聞いてないぞッ!」
「ハーリアだって、お二人がセイルーンに来ていることは知らないはずですよ」
「――あ。そーだっけ。」
 なかなか間の抜けた言葉をフェイトは呟くと、ぽむっ、と手を打ち合わせた。
「……だが、何でハーリアがセイルーンに? 観光か?」
 ヴィリシルアの的外れなセリフに、ゼロスは思わずむっとした表情になった。
「アリド・シティの件でフィリオネル王自らがハーリアを呼んだんですよ。
 あなたたちの起こした事件の後始末なんですからね――」
「あのピエロ魔族だろ。今回の事件を起こしたのは」
「そうなんですよねぇ……おかげで獣王様と覇王様の仲が険悪になっちゃって、下っ端の僕は胃が痛いばっかりで……」
(……胃なんてないくせに)
 フェイトは一瞬呆れたが、すぐににっこり微笑むと、
「ああ、色々大変なんだねぇ」
「あの……ものすっごく嬉しそうに言うのやめてくれません? 哀しくなりますから……」
 本気で困ったような口調で言うゼロス。ヴィリシルアはその瞬間、なにやら思いついたのか、なんだか嫌な笑いをすると、ゼロスのちょうど背後に、開いた窓が来るように移動して、
「――ゼロス」
「はい?」
「帰れ」
 どんッ!
 呟きとともに放たれた、呪文詠唱なしの問答無用の魔力衝撃波により、ゼロスは窓の外に放り出された。




僧侶連盟




 はぁぁぁぁっ……
 あたしは大きくため息をついた。
 今あたしの目の前にいるのは、涙だくだく流しながらなんか言ってるパシリ魔族ゼロス。
「……でねぇっ、ヴィリシルアさんったらひどいんですよぉ……問答無用で魔力衝撃波なんか放って、出てけとか言って……」
「っだぁぁぁぁっ! やっかましいっ! あんたは恋人への不満を夜な夜な友人に相談する迷惑女かッ!?
 帰れッ!」
「あああッ! リナさんまでひどいぃぃぃぃいいぃぃぃッ!」
 ……ったく……
 なおも何やら泣き言ほざく、ゼロスに蹴りを入れながら、あたしは大きくため息をついた。
「まぁ、フェリアさんがセイルーンに来てるのは意外だけど……アメリア」
「よく考えたら、セイルーンにきてなんでわたし一番に城に戻らなかったんでしょうね……」
「確かに」
 頷くゼルガディス。
 ……あんたねぇ……
 あたしがツッコむその前に、口を開いたのは意外なことにガウリイだった。
「俺の記憶が確かなら、確かゼルがアメリアをあっちのこっち連れ回したんじゃなかったか? 図書館とか喫茶店とかレストランとか」
「う゛ッ……」
 思わず言葉に詰まるゼル。だが何回かごほげふっ! と咳を繰り返すと、
「……い、いや……はっはっは。
 ……………ガウリイの旦那に記憶なんてあったんだな」
「それには同感するけど、一緒にとーさんのところ行ってくれるわよね? ゼルガディスさん?」
「ああ。解った」
 フィルさんにいまだかつて一度も会っていないゼルガディスは、うかつにもそう頷いた。
 あたしはちょっと逃げたいなぁとか思いながらも、アメリアにマントの裾を引っ張られ、ずるずる引きずられて行く。
 ………………って。
「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!? あたしは行きたくないっ! 放しなさいアメリアッ!」
 いきなし我に返ったあたしに少々驚きつつも、それでも手は放さずに、アメリアは顔を険しくし、
「リナだってゼルガディスさんと共犯でしょッ!? 絶対ッ! 城まで着いてきてもらうんだからッ!」
「いっやぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁッ!? 帰るぅううぅぅっ!」
「絶対放さないんだからねぇぇぇぇぇッ!」
「いやぁぁあぁぁぁあぁぁッ! フィルさんなんかに会いたくなぁあぁぁぁぁいっ!」 
 ゼルとあたしを引きずって、ずるずると城へと進んでいくアメリアを、ほのぼのとした目で見つめると、残るガウリイは苦笑してすたすたついていくのだった。
「助けろぉおぉおおぉおッ!」
 あたしの悲痛な叫びは、どーやら……意味のないものになりそうだった。




「ちわーっす、三○屋でーっす」
「……なんだ? そのミカワヤって……」
 とある宿のドアの前で、意味不明のネタ小声で繰り広げるフェイトに、ヴィリシルアは訝しげな顔でツッコんだ。
「姉さんは知らなくていいの。
 ――それより休んどいた方がいいんじゃない? 顔青いよ。ちょっと走っただけなのに」
「大丈夫だ。気にするな」
 尋常じゃない量の汗をかきながらも、にんまり微笑むヴィリシルア。
 フェイトは思わずため息をついて、
「ま、とりあえずここにハーリアが泊まってるってのは間違いないし。
 無視されたら強行突破ね」
「いやそれやりすぎ。私たちはどこぞの警備隊か。
 つーか無視はされんだろ。てゆーか反応なかったらいないだろ」
「そりゃそーだ」
 朗らかに笑う義弟を、何か別の次元のイキモノを見る目で見つつ、ヴィリシルアはため息をついた。
 四年も一緒に暮らしてると言うのに、この半竜の義弟には計り知れないところがある。戦闘能力についてもそうだが、果てしなくくだらないことについてもそうだったりすると、さすがに頭痛がしてくる。
「……………二人とも何してんの」
『はぅッ!?』
 ずさささささっ!
 義姉弟きょうだいそろって仲良くハモって叫び、砂煙立てつつ後退り。半眼でこちらを見てくるハーリアに、ヴィリシルアはごほんっ、と咳払いをした。
「――久しぶりだな。ハーリア」
「ヴィリシルア――
 ……………今度は本物だよね?」
「はぁ? 偽者も本物もないだ……」
 呆れ顔で言いかけて。
 ヴィリシルアは、一瞬硬直する。
「……『あれ』か……」
「すぐ解ったけどね。
 バレたらバレたで泣きついてきたから困ったよ。叩き出したけど」
 ハーリアは笑いながら言う。ヴィリシルアはふと思い出したようにぽんっ、と手を打つと、
「あ。
 ――ところで、ヘビが来たってゼロスに聞いたんだが」
「ヨルムンガルド? 来たけど、もう帰ったよ」
「やっぱり……ゼロス情報遅いよ……」
 ため息を混じりにフェイトは呟いた。
 ハーリアは訝しげな顔になると、
「え。ヨルムンガルドがここに来てるってゼロスに聞いたわけ? ってことはヴィリシルアの姿して現れるよりも前にここに来てたってこと……?」
「思いっきりストーカーしてるね。『あれ』」
(義姉弟そろってゼロスのこと物扱いか……)
 ハーリアはくすくす笑うと、
「とりあえず部屋に入りなよ。立ち話もなんだし」
「ああ。すまない」
「はーい。おじゃまします」




 セイルーン城、城内。
「アメリアぁあぁああぁぁあぁぁぁあッ!」
 ぅげッ!?
 その瞬間、あたしは思わず身を退き、ゼルは他人の振りをし、ガウリイはいたってへーぜんとその様子を見ていた。
 そして――
「父さん!」
 セイルーン、フィリオネル王第二王女アメリアは、素敵な笑顔で微笑まれると、父親の胸の中に飛び込んでいったのだった。
「元気そうじゃな! アメリア!」
「それはもちろん。
 ――あら?」
 ついにガウリイまで他人の振りをし始めたその瞬間、アメリアはあたしたちの方を向くと、
「みんな、どうして他人の振りなんかするわけ?
 城内でそんなことをしても無駄なのに……」
「それほど判断力が狂ってるってことじゃあぁあぁぁぁぁッ!」
 あたしは思わず絶叫し、我に返って、二、三回咳払いをすると、
「……それは、まぁともかく……
 お久しぶりです。フィルさん」
 フィルさんはあたしをみて、満面の笑みを――すごく怖いけど――満面の笑みを浮かべた。
「リナ殿! おぬしが来てくれて助かった!」
 が、そこで一転して暗い表情になると、声をひそめ、
「――頼みがあるんじゃが……わしの部屋まで来てくれんかの」
「……?
 なにか、あったの?」
 アメリアの問いに、フィルさんは答えず、黙って背を向け、歩き始めた。




 どんなに大きく華やかな街であっても、路地を一つずれれば人気がなく、陰気な雰囲気が漂うスラム街があるものだ。
 白魔術都市と名高いイルーンとて、それは例外ではなかった。
 その人気のない路地を、彼は迷いなしに歩いていった。
 ……だが、目的地があるわけではない。
 ただ、こういった場所を歩いていないと、出会うことのできない存在(もの)もいる。
 彼は少し広い場所で立ち止まり、虚空を見上げた。
 ふと立ち止まって周りを見る――そんな感じでは決してない。どちらかと言うと、何か目的があって、この場所に来ている、といった風に見える。
「――出て来い」
「おや。さすがに僕がけてたのは気がついてましたか」
 視線の先.、虚空より現れた黒の神官に、彼――ヨルムンガルドは呆れたような視線を向けた。
ひとのことをつけ回すのをいい加減やめんと、そのうちストーカー呼ばわりされるぞ」
「既にどこぞで言われてそうだから構いません」
「開き直るな」
 ヨルムンガルドの言葉に、ゼロスは意味もなく朗らかに笑う。
「――まぁ、そんなことはどうでもいいんですよ。
 それより、あなたはいつまで、あの二人をほったらかしにしておくつもりなんです?」
「……さぁな」
「とぼけないでもいいですよ。
 僕だって伊達にあなた方を付け回していたわけじゃあないんです。僕の見立てだと、ヴィリシルアさんは――」
 ふぅ……
 そこでゼロスは大きく息を吐く――息などしていないのだが。
「三日。
 それだけもてばいい方でしょう? どうして、セイルーンに入るのを止めなかったんですか? あなたは」
「ヴィリシルアはちゃんと解っている。
 私が止めても意味はない。
 わがままを押し通して死ぬほど、あれは馬鹿ではない」
「――解りました。
 でも、僕はそれじゃあ困るんです。
 あなたやヴィリシルアさんの意思がどうあろうと、僕は僕のやり方でやらせてもらいますからね」
「勝手にするがいい」
 ゼロスは苦笑して、強情な方ですねえ、と呟くと、虚空を渡り、消えた。
 後には。
 黙したまま佇む、ヨルムンガルドが残された。




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