――回れ回れ輪廻の輪。
嫌なことがあったなら。
次はいいこと あるといいな……
平和主義者の魔王様
【 供養 】
「いやぁ――お疲れ様でした」
「
竜破斬」
半ば本気で呪文を放ったあたしは、自分でもかなりキツい顔をしていたと思う。
「――いまさら出てきて、何の用だ」
ため息混じりに夜さんが、言った。
……アレから、三日経った。
あのあとすぐお迎えの二人――例の
海神官と
海将軍である――が来て、あたしたちは聖王都に強制送還された。
ヴィリスはすぐ目を覚まして――今までずっと、部屋でぼーっとしていた。
……フェリアさん……は、置いていかれて怒っていた――反面、少し寂しそうでもあった。
エフエフとか、夜さんとかは、ヴィリスとあんまり口をきいていない。
――それが一番最善だと思ったからだろう。
ガウリイとあたしは。
――努めて、いつもどおりである。
そして今ここは――セイルーンではない。
少し広い、セイルーン・シティ近くの草原である。
あたしとガウリイ、夜さんとエフエフとフェリアさんと――ヴィリスが、一緒になってココに来ていた。
なぜかは……少し待ってほしい。おいおい話そう。
「死んだよ。『あいつ』は。殺した」
ヴィリスがゼロスのほうを見もせずに言った。彼はその言葉を吟味するでもなく少々の沈黙をおき、それから言った。
「……お疲れ様でした」
「『お疲れ様でした』――だと……!?」
振り向いてゼロスの胸倉をつかみ、彼女は叫んだ。彼はただ黙ってされるがままにする。
「何が……ヒトを殺したあとの奴に、何がお疲れ様だよ! ふざけんじゃねぇぞッ!
あいつお前らの王様だったんだろ!? それが――それが魔族なのか!?」
――
「そうですよ」
大きく息をつくヴィリスに、ゼロスは眉を寄せた。いつになく険しい顔で。
「……それが魔族です」
「ッ……!」
言われて、彼女はぐっと唇を噛み締めた。
「……そうかよっ……」
どさりっ、とゼロスを地面に投げて、ヴィリスは声を絞り出した。
と――
「それと、グロゥさんのことですが……」
起き上がりながら、ゼロスが言う。
「――グロゥ?」
きょとん、とした顔で、彼女は振り返った。
「あいつは――」
「……ちゃんと生きてます。
僕が全速力で回復しましたから。元気ですよ……会いたくないとは、まぁ言ってました」
「そっか――そりゃ、よかった」
言ってから、彼女はまたきょとん、とした顔になる。自分のセリフがどこかおかしいと思ったのだろう。
「――恩人――だからな。一応」
言い訳のように呟いて、それからそっぽを向いた。
「会いたくないか……ま、そりゃそーだよな」
肩をすくめて独り言のように言い、歩き出す。それを見て、ゼロスがわずかに首を傾げた。
「皆さん――何しにここに来られたんです?」
「ん、ちょっと……お参りにな」
「お参り――ですか……?」
ゼロスが首を傾げつつ言うのに、あたしは少々おかしさを感じながらも、
「魔王竜ってね、お墓作んないんだって」
「……魂はみなすべて母の御許に還る――母とはこの場合自然だ。体もまた土に還る。
実際――魂は混沌の海に逝くのだがな。ずっと続いてきた信仰だ。習慣でもある」
淡々と夜さんが言った。
「すべて――とは?」
「すべてだ。人間も竜もエルフも、その間に位置するものたちも、神や魔族ですらも」
「中立の魔王竜らしい考えですねぇ」
そう呟いて、ゼロスはふと、笑みを深くした。
「……そして死んだものを弔うのは一度だけだ」
夜さんは言った。
「人間のように、一周忌とか、そういうことはやらない。
どんなに偉大な人物でも、弔うのは一度きり。一度しか、弔いの言葉を口にしてはいけない」
「今からそれを?」
「――ああ」
頷いたのは夜さんではなく、ヴィリスだった。ゼロスのほうを向かずに、ただぶっきらぼうに呟く。
「弔うのは――『影』のリナさんですか?」
「――魔王さま――って言わないの?」
問うたのはエフエフ。ゼロスは頷いた。
「魔王様は完全には目覚めきっていませんでしたしね。まだアレは人間でした」
「ふぅん……」
納得したのか、彼はそれきり黙った……アレとか言うなよ。
「――弔うのは、『彼女』だけじゃない」
ぽつり、とヴィリスが呟く。視線はどこか虚空をさまよっていた。
「二年前。
――魔族に殺された人々もだ」
「魔族の前で言いますか? それを」
「嫌がらせも入っている。気にしとけ」
「気にしませんよ」
――沈黙。
さわり、と風に草が揺れた。緑の波が空と微妙な色合いを生み出している。
さらにヴィリスは数歩進み、くっと唇をかんだ。
「……」
吸って、吐いて。大きく、彼女は深呼吸をした。うつむき、空を見上げ、胸に手を当てて。
――やがてその口から、小さくも大きくもない呟きが漏れ始めた。
人間の言葉ではない。竜の言葉でもなく、まして
混沌の言語でもない。
その呟きは、詠っているようにも――聞こえた。
――すぅ……
また彼女は大きく息を吸って、腕を下ろし、もう一度息を吐いた。
それで呟きは終わった。
「――何て言ってたの?」
フェリアさんの問いに、ヴィリスは振り返りざま苦笑して、視線を夜さんの方に向ける。
「言ってもいいか? ヘビ」
「好きにしろ」
ため息をつきながら言った夜さんに、彼女は笑った。少し得意げに、フェリアさんに向かって言う。
「……これは古い言葉で、大昔に賢者たちのみの間で使われたといわれているんだ」
「賢者って――レイ=マグナスとか?」
「いいや。それすら最近になるほどの、もっとずっと大昔――
『賢者』ってのは人間じゃないんだよ。竜でもなくて、もっと抽象的っつーかなんていうか――ぼやけた感じのものらしい。
それで、ヘビたち魔王竜は、これを『大地の言葉』と呼んでいる」
「――大地?」
「そう。大地」
ヴィリスは頷いて、草原を見た。
「『――我らが母なる大地。この魂を見つめ、癒し、貴方の元に還ることを許せ。
光が貴方に染み込むように、魂もまたそこに行くだろう。
体は貴方の糧となる、魂を癒すのにこれを使えばいい。
魂がまた貴方の元を離れるために』――
――と、まぁこれだけ。
昔はもっと長かったらしいんだけど、魔族がカタートに来てから、だんだん短くなっていったんだってさ」
「へぇ――
――何か、崇拝って言うより友だちみたいな感じで『大地』に呼びかけてるよね」
フェリアさんがなんか感心するようにこくこく頷きながら言った。彼女はさらにそれに頷いて、
「ん。そんな感じ。
自分より上のものはなくまた自分より下のものもない――だから神も魔王も崇める対象には入らないんだ」
「ほほぉ。神も魔王もねぇ……」
「……って、何でそこで僕を見るんですか」
「いや、それにしてはヴィリスはゼロスを何か見下すような目で見るなー、と思って」
言うフェリアさんに、ゼロスはふと硬直した。ヴィリスはそれにはっはっはと朗らかに笑い、
「だって私魔王竜じゃないし」
「ああ、成る程」
「って、やっぱり見下してたんですかぁぁッ!?」
硬直から復帰して、驚いたように叫ぶゼロスを彼女は笑みを引っ込めて見た。
「何を今さら。
いやアレだ。お前の実力というか、力は認めてるぞ? ナメクジが一秒間に這う距離ぐらいには」
「それだけですかッ!?」
「いやもうちょっと短め。
でもまぁ、知能的にはどうかなあと。
最初は頭脳派だったはずなのに最近めっきり何も考えてないし」
「しくしくしくしくしくしく……」
泣くなよ。そんなことで。
あたしは困ったような顔でゼロスを見、彼の方をぽん、と叩くと、優しく声をかけた。
「ゼロス――
そんなの周知の事実じゃない。何を今になって言ってんのよ?」
「うううううううううううう……」
ゼロスは何故かさらに落ち込んだ。
――って、あたしたちはこいつをからかうためにここに来たわけじゃないのだが。
そう。弔いはまだ終わっちゃいないのだ。
「ヴィリス。そろそろやれ」
「ん。解った」
「何をやるんですか?」
「弔いの続き」
端的に答え、ヴィリスは今度は普通に呟き始めた。
今度は『大地の言葉』などではなく、呪文詠唱の時に使う『
混沌の言語』である。
――水よ
空に集いて涙となれ
短い呪文詠唱。だがたったそれだけで。
太陽が出ているその中で、雨が降り始めた。
「お天気雨――ですか……」
大掛かりな天候の操作ではない。大きな雲、その一部の温度を冷気の呪文で凍らせ、雨にするのだ。雲の位置と高さが問題なだけで、あとは楽である。
降る範囲は半径二キロほど――セイルーン・シティのほうは全然晴れていることだろう。
「『光の涙』って呼ぶんだ。竜は」
空を見上げてエフエフが言った。天気雨が降りそそぎ、少し濡れる。が、少しだけだ。
やがて、少しだけの人工的な雨はやんだ。
「――今のは『大地』への手土産みたいなもんだな。受け入れるのを渋られた魂も、これで『大地』の元に還れる――らしい。
これで終わりだ。魂は『自然』になって、輪廻転生の輪にのることが出来るんだ」
「ほぅ――」
ゼロスが興味深げな声を上げた。自称人間研究熱心――かつ魔王竜の傍に千年以上いた彼でも、そういうことはあまり知らないらしい。
「……ンじゃ、帰るか」
ヴィリスが苦笑しながら言った。
「そーね。帰りましょう」
あたしも笑って、みんなを促した。
空は青く澄んでいて――
【 養生 】
「っあ゛ー……シンドイ……」
北の極点などと言う極寒の地で、大した厚着もしているようには見えぬ水色の髪の青年が、地の底から響いてくるような気だるげな声を上げた。
前はかなり長くしていた髪を短くして――切ったのではなく短くして、だ――短くして、具現化の手間を省いている。そのあたりからも、彼の受けたダメージがどの程度のものだったかと言うことが察せるだろう。
≪調子はどうだ?≫
「――?
アア……何ダ、覇王様カ……」
精神世界面からの主君であり生みの親でもある覇王の声に、一瞬眉をひそめてからため息混じりに彼は呟いた。
≪……なんだとは何だ。
それとも誰か別の見舞いでも期待していたか?≫
「……イイエ。別に」
何となく脳裏――脳などないのだが――まぁとにかく意識下に、おちゃらけた同僚二人組の顔を思い浮かべながら、グロゥは言った。
「それで、覇王様はドーシテこんなトコに来てンですか……?」
暇人だなぁ。腹心のクセに。
≪……お前がそうやって休んでいるから、こちらとしてもやることがやれないのだが?≫
「それにしたってあるデショウ? デスクワークとかデスクワークとかデスクワークとか」
≪お前の仕事だ≫
「怠け者」
即、言ってやる。しかし覇王はそれにため息をついた。
≪魔王様に逆らったお前が言うか?≫
「だってアレまだ魔王様じゃないですモーン」
「『もーん』じゃない……」
呟いたその一瞬前、覇王はこちらに具現化した。銀髪の、四十歳ほどの細めの男性。群青のマントを着、鋭い眼の色は深い緑。いかにも『軍人』といった印象が付きまとう風である。まぁ――それは姿かたちだけではなく、彼の性格も関係しているのだろうが。
「全く……私もどうしてこんな
存在を作ってしまったのか」
またため息。
それにグロゥは少し口を尖らせたが、すぐににんまりと笑い、
「人格設定がヘタクソですからネ。覇王様は」
「むぅ……」
思うところがあるのか、覇王は口をつぐんだ。
「……それより、例の『人形』の件だがな……」
「ヴィリシルア、です」
「――そのヴィリシルア――の。
どうだ? あの義姉弟は、『こちら』の仲間になりそうか?」
あえて『魔族の』とは言わぬ主の問いに、グロゥは肩をすくめた。
「……今のところどちらにも、ってトコです」
「そうか……」
「――それと」
「うん?」
覇王が聞いてくるのを見て、彼は口の端に浮かべていた笑みを消した。
「何で――僕は外出禁止なんですカ?」
「……もう力も大体回復しただろう」
「ええ、七、八割ぐらいは――?」
ふと――嫌な予感に顔を引きつらせる。
覇王はすたすたとこちらに歩みより、書類の束をばさりと具現化させた。
「デスクワークだけでもやってもらう!」
「アアッ! そぉ言えば用事がありましタっ! ちょっと行ってきます!」
「こら待てッ! 外出禁止と言っただろうがッ!?」
「監禁反対ーっ!」
覇王が止めようとするその前に、グロゥはその場から逃げだした。
「……全く……」
また大きくため息をついて、覇王は地に腰を下ろした。
「……まだ養生せねばならん状態だろうに……」
一応心配はしているようだが。
――それならば、仕事などさせなければいいだろうに。
北の極点、その空はどんよりと曇っていた。だが……
【 輪廻 】
――何もない、白い光の中にいた。
ここは何処だろうと首を傾げて、彼女は光の中を歩き出す。
何もない。
――自分はどうしてこんなところにいるのだろう?
ふと考えて、怖くなる。
ここは何処だろう。
「……」
呟いた言葉は声にならなかった。
寂しくて、怖くて、どうにもならない。
いやだ……!
「――ッ」
うずくまって頭を抱える。
……
そうやって――どのくらい、経ったのだろうか。
――暖かい?
胸の中にある寂しさがふっと消えた。
――顔を上げて、ゆっくりと立ち上がる。
その視線の先に、懐かしいヒトがいた。
ああ。
――頬を伝う冷たくて暖かいモノを感じながら、それを拭うこともせずに彼女は走り出した。
白い光の中、青い空には無数の色の光が輝いていた。
そして彼女が、もしふとそこで振り返ったならば。
――そこに金色の微笑みを見たかもしれない。
【 一緒 】
「……グロゥが逃げ出したそうだ」
「そうだ、って――今見てきたんでしょ?」
「まぁ、そう」
腹心配下の神官・将軍の中でも、覇王のところの四人は少し変わっている。神官、将軍二人ずつの、さらにその中で内訳があるのだ。『
力』と、『
頭脳』――
この場にいる黒髪の女性と緑の髪の少年は、どちらも『力(パワー)』に属していた。要するに力押し担当――である。
先の声が女性型をとった
覇王将軍将軍ノースト、それに問うた――というよりもツッコんだのは、木々の象徴のような髪と瞳の色をした少年の姿でいる
覇王神官ディノだった。
「デスクワークが覇王様本人と自分しかできないってのは、グロゥにだって解ってるはずなのにねー?」
あはは、と笑うディノに、ノーストは嘆息した。
「――私たちにできないデスクワークを、無理にでもやらせる気だぞ。覇王様は……?」
ぴた。
ディノの笑いが止まった。笑った顔のままで硬直し、どっと顔に汗が伝う――もちろん、任意でやっていることだが、そんな無意味な行動をとるほど少年――の姿をとった魔族が動揺している――混乱しているということだった。
「……逃げるか?」
聞くノーストに、こくこくこくと首振り人形のように頷くディノ。
かくして、『
力』の二人は話し合うまでもなく、主の目を盗んで逃げ出すことに成功した――
……こんなことには頭が回る二人である。
二人じゃないかもしれないが。
北の極点は、相変わらず曇っている。
【 …… 】
「ををぅっ!?」
聖王都の宿屋に帰ったあたしたちを待っていたのは、なんと言うかまぁ、今回一番行動に脈絡というか整合性がなかった
覇王神官。魔族、グロゥだった。
ヴィリスは迷わず驚きの声を上げ、びしぃっ! とグロゥを指さして、
「恩人!」
「……恩人って。
まぁそういっちゃそうだケド……てか、大体人じゃないヨ。僕」
冷静にツッコんで、グロゥはヴィリスをジト目で見た。彼女はそれを聞いてはっはっは、と空笑い、つかつかと魔族に気軽に歩み寄り――殴った。
「……痛ッ!?」
しばし間を置いてから頭を押さえるグロゥ。ヴィリスはそれを見てはぁぁっとため息をついた。
「遅いっつの……んで?
今さら何を死にに来たんだ? お前は?」
「『に』、一個多くナイ?」
「いや、誤字脱字一切ないぞ?」
にっこりと、ヴィリスは微笑んだ。紅く光る拳をぐっと握り締めて。
かけた呪文はおそらく
霊王結魔弾などという生易しいものではないだろう――いや、
霊王結魔弾も十分危険だが。
怖い。コレは怖い。かなり怖い。
「ワゥッ!? 今まで見たこともないような不気味な笑顔ッ!?」
「不気味なんぞと失礼なこというなよ!? アレだぞ?! マジでムカついたぞ!? 何で守ったんだよッ!?」
「悪いかヨ! ていうか何で助けられて怒ってるのサ! 助けてもらったんだから感謝しろヨ恩知らず!」
「恩知らず!? フンッ! 私はお前に恩を着せられた覚えはないねッ!」
「今さっき自分で『恩人』って言ったばかりだロォォオッ!?」
……なんと言うか。
なんと言うか。まぁ。
―― 一件落着というわけではないけれど。
何もかもすっきりするような事件ではなかったけれど。
一応オチはついたのかも――知れない。
空は青く澄んでいる。
――夏が来るな。もうすぐ。
空を見上げ、胸のうちだけであたしはそう呟いたのだった。
( 平和主義者の魔王様 ―→ 終 )
BACK top