――つらい。とか。哀しい。とか。
感情を出し切れて彼女は死んだのかな。
自分のやりたいことをやれたのかな。
満足していたのかな……?
満足してくれてたら……いいな。
平和主義者の魔王様
「ヘビ……?!
何言ってんだよ! 無駄じゃんか! こんな戦い!」
「……違う……」
叫んだヨルムンガルドを咎めるようなヴィリシルアの言葉に、フェイトが呟いた。
「違う――姉さん……違うんだ」
「……違う……って何がだよ?!」
「違うんだ! 魔王は確かに目覚めてない。力が漏れ出しているだけ――」
「それだったら、どうして……」
「『それだけ』で危険なんだ」
ヴィリスの呟きに答えたのは、ヨルムンガルドだった。
「力が漏れ出している。それだけで危険だ。それは『魔王の自我』が……!」
『……!』
ヴィリスと『リナ』が同時に目を見開いた。
「あ……あぁぁあぁぁぁあぁぁっ!」
『リナ』が絶叫した。頭を抱え、二本の剣が地に落ちる。
それは地面に刺さった瞬間に、地面に埋るようにして消えていった。地面には剣が刺さった跡すら残っていない。
「――ッ!?
おいッ! あんた――『リナ』!?」
「違うッ!
あたしはリナ=インバースじゃ……ない……あぁぁあぁっ!」
叫びは、『リナ』の苦しみに拍車をかけるだけだった。
そして……彼女から、酷く重い『モノ』が流れ出た。
もの凄い
圧迫感。それは――
「――瘴気……」
「ンなの私でも解る!」
ヨルムンガルドの呟きにツッコんで、ヴィリシルアが走り出す。
「何をする気!?」
「倒す――」
瘴気の風に目を庇いながら叫んだリナに言葉を返し、彼女もまた瘴気に耐えながら走った。
「『殺す』しか……ないんだろッ!」
どれだけ取り繕っても、『倒す』コトは『殺す』コト――
――言ったのは、誰だったか。
『リナ』は叫びつづけている。悲鳴――あるいは。
「…………」
ふと歯を噛み締めて、彼女は立ち止まった。
「………………」
瞳を閉じて、瘴気にまみれた大気を大きく吸い、吐き出す――簡単にいえば、深呼吸だ。
次に目を開いたとき、彼女はまた走り出した。
「――ッ!」
『リナ』が苦しむのをやめ、叫びを引っ込めた。目を開いてヴィリシルアを迎撃するように構える。手を振ると、瘴気の風がヴィリシルアに向かう。
――だが。
「すまないッ……!」
その言葉に――目を見開いた。
『風』が消える。
――紫色の光が――
散った。
……
――大きく、息をつく。
「どうして……」
『彼女』は小さく呟いた。
……あたしは、少し離れたところに立っていた。
「どうしてだろう……」
なおも呟く彼女の背からは、紫色の刃が生えていた。
「……斬妖剣……その文様、いつ――」
そう。
ヴィリスの手にある
斬妖剣。そこに描かれてあるはずの、ミルガズィアさんの血の文様が消えていた。
――『切れ味を鈍らせる文様』が。
それゆえ、魔王に対する致死のダメージを与えることができたのだ。
「私は知らない……ヘビに、聞いてくれ」
小さな声で呟く、斬妖剣を持ったヴィリスに。
「……聞けないわよ……」
ため息混じりに『彼女』は呟いた。
血が、つーっとひとすじ、口から垂れる。『彼女』がまだ人間である証明のように。
「……傷、残ったのね」
声は――意外にしっかりとしていた。
「――ああ」
頷くヴィリスに、『彼女』はふっと――疲れように笑う。
「それならいいわよ。あたしは」
「……何を」
「それならいいわよ」
『彼女』は繰り返し呟いて、ヴィリスの額の傷痕に触れた――多分、ざらりとした感覚があったのだろう。
……あたしからは、二人の表情は見えなかった。
けど多分。
……『彼女』の足がさらさら灰と化していく。
「すまない……」
ヴィリスは――多分。
「……本当に……」
『彼女』の両肩に手を置いて、ヴィリスは顔を伏せた。
多分ヴィリスは――
……ぽろぽろと身体が風に流れていった。
空はとても青くて、雲の一つたりとてない。灰は風に解け消えていく。
「…………ごめん」
呟いたのはどちらだったのだろうか――いや。
誰だったのだろうか?
「――ありがとう」
確認する暇もなく、あたしがため息をついて二人の方に近づき始めたその瞬間。
ごうっ――と、大きく――風が吹いた。
「……ッ……!」
ヴィリスが唇をぐっと噛み締めた。
そう。多分ヴィリスは。
……けどその風は、とても暖かくて。
空は澄み渡って晴れていた。
もうすぐ――夏が。
ただ――
「……疲れた」
ヴィリスはただ、それだけ呟いて、あとは倒れた。
無理もない――といえばそうなのだろう。今回一番事件に関わっていたのはあたしではなく、彼女だからだ。
『彼女』が何を考えていたのかは、解らない。
……あるいは、ヴィリスには解ったのかも――それでも聞く気はしない。
一番重い役を――引き受けたのも彼女だ。
「――お疲れ」
夜さんに担がれて眠っているヴィリスの頭を、背伸びして軽く小突いて、あたしは呟いた。
もうすぐ……夏が来る。
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