……最初っから、嫌な予感はしていたのだ。




獣王様の暇潰し




 久しぶりに呼び出され、彼はなにごとかと思いながらも、いつもどおりのほほん、と群狼島へと向かった。
 黒い髪に、黒を基調とした神官服。黒い神官プリースト、と言っても差し支えはないが、その肌は不釣合いなほどに白かった。そして、その顔には、にこやかな笑みが浮かんでいた……つまるところ、一言で言って腹黒そうな男である。食えない奴、とも言えるかもしれないが。
 群狼島――今はもういる必要などないその場所は、千年の間に彼の主――創造主のお気に入りとなってしまったらしく、大抵はそこにいた。呼び出しがあったのもここである。
 ……呼び出しと言うと……あのグレた中学生が弱いものいじめをするような感じがあるが、まぁそこはしょうがないだろう。
「……獣王様。獣神官プリーストゼロス、馳せ参じましたー」
 間延びした声で、彼は――獣神官ゼロスは言った。どこを向いているのかいまいちよくわからないが、おそらく彼の視線の先には、黄金の髪を短くまとめた、一見しただけなら普通の女性がいるのだろう。服装はただの旅人風だが――彼は知っていた。
 この女性が、自分にとって――絶対者であることを。
 ――逆らえずとも、たまには……おそらく百年に一度ほどは反論を聞き入れてくれることも。
「遅い」
 目つきがキツいわけでもないのに……どことなく鋭い感じのする彼女の――その目で睨まれて、彼は――おそらく人間だったら冷や汗を垂らしているだろう気分に陥った。
「……す、すいませんっ!」
 彼は一瞬の沈黙の後、素直に謝った。彼女に――『獣王グレーター・ビースト』ゼラス=メタリオムにヘタに逆らっては、ただ単にわが身を危うくするだけなのだと、彼は知っていた。
「それで、今回の命は――いったいなんですか?」
 ゼロスの問いに、獣王は一瞬口を開きかけ――すぐ閉じた。なにか言うのを戸惑っているかのような、そんな印象を受けて、ふと彼は不安になった。
「……いったいなんなんです?」
 彼はもう一度、獣王に問いかけた。彼女は口を軽く開き――
 その単純明快な命を舌の上に乗せた。
「ヒマなんでひまつぶしの方法を考えてこい」
「は――ぁ?」
 彼は眉を寄せた……いや、確かに群狼島に延っ々と居続けるのはヒマでヒマでしょうがないだろうが……
「ひ・ま・つ・ぶ・し」
 彼女はもう一度、『わからないのか?』と言ったニュアンスをこめてか、ゆっくりと呟いた。
「はぁ……」
 彼は曖昧に頷いた。いや、確かにわからないでもないが。
 わざわざ部下に頼むなよ。ンなこと。
 彼はかなりツッコミ入れたかったが、彼女に逆らうのはくれぐれもマズい。
 だが……
「――あの……で、具体的にどのよーな……」
「お前にこれをやろう」
 と、何だか昔にあったゲームの某王様みたいなことを言って、一つのパスポート略して『パス』を取り出す。
「……これは?」
「異界専用パスポートだ」
「――は?」
 ゼロスはうろたえっぱなしだ。ンなもんあったんかい。で、これをどーしろって? ――などと、某女魔道士ならそんなツッコミを絶対入れるだろうセリフ集が頭の中でくり返しくり返し、しかもエコーがかって聞こえてくる――
「これを使って、他の世界の『ひまつぶし』の方法を考えてくるがいい」
 いや『くるがいい』とか言われても……こっちが困るんですけど……
 確かに、そうは思った。色々気になる事もツッコミどころもありまくった。
 だが。
「……わ、わかりました……」
 そう頷くことしかできないのが、悲しい中間管理職の性である。上のひとには逆らえない。
 それが魔族――獣神官ゼロスの宿命だった。




 ――命令に頷いたはいいものの、具体的になにをしたらいいのだろうか、はっきり言って皆目わからなかった。
 とりあえずセルリアン・シティの外れで途方に暮れていると、彼に声をかけるものが一人。
「あら。ゼロス? どーしたのよ。こんなとこで」
 少女の声。
 ――そしてゼロス自身が知っている声。
「う゛っ……」
 ふりむきたくない。なんだか事態が死ヌほどややこしくなるような気がする。すごいする。
 だが――迷っている間に、声の主の方が、彼の前に回り込んだ。
 栗色の髪を腰あたりにまで長く伸ばした、何と言うか――魔族であるゼロスにとって、傍にいるだけで疲れそうな雰囲気を持つ少女――である。小柄な身体とは不釣合いなほどに大きい――その頭と同じ程度の大きさほどあるショルダー・ガード。それからは黒いマントが地に付かんばかりに伸びていて、腰には短剣を差していた。
 その瞳には、自分が映っている。明らかに、すでに疲れて途方に暮れている、自分。
 そういった事実をなんだか悲しい気持ちで受け入れながら、ゼロスはため息をついた。
「――リナさんこそ、どうしてここにいるんです?」
 とりあえず、そう問い返すことしかできない。彼女――リナ=インバースの問いに自分が答えてから、などという案ははっきり言って問題外だった。『異界にひまつぶしの方法を探しに行く』なんぞと軽はずみにこの少女に言おうものならば、力の限り馬鹿にされる。なぜか確信できた。
 ――しかもそのあと、『自分も連れて行け』などとめちゃなことを言い出すだろう。
「あたしの質問にあんたが答えるのが先だと思うけど?」
 こんな時に限って――でもないが――なぜか鋭い。
 ――あるいはリナも他人には言えないような理由でここに来ているのか……それは彼にはわかりようもないが。
「どうしてそう思われるんです?
 どちらが先に言っても、別にそう差し支えないと僕は思いますが?」
 このセリフは、かえってリナに不信感を与える結果になってしまったらしい――半眼でこちらを見つめて、彼女は微かに口の端を吊り上げた。
「……どうして……ねぇ……ふん……」
 わざとらしい動作で笑って見せる。これはひっかけだと瞬時にゼロスは判断した。こういうのにヘタにかかった日には、それこそどうなるかわからない。
「ええ。どうしてですか?」
 笑顔で言ってやった。少女は表情を変えないが、内心舌打ちしていることだろう。そういう性格なのだ。彼女は。
 リナはしばらく笑みを浮かべたままこちらを見つめていたが、やがてすっ、とこちらを指差した。
「どうしてって決まってるでしょッ!
 あんたみたいなのがいる町には、果てしなく不幸が襲うからよ!
 理由を聞いてからさっさととんずらして、この先の町村四つほどに言いふらしまくるに決まってんじゃないっ!」
 自信たっぷりに、果てしなく無茶なことを言ってのける。ゼロスは一瞬肩をがくんっ、とコケさせた。
「……あのですねえ……ひとを貧乏神か疫病神のように言わないで下さいよぉ……」
「事実じゃない」
 きっぱりと言う――こういうところが、彼を疲れさせる原因になるのだ――人間はそれを、あるいは美徳であると言うかもしれないが、負の感情を喰らう魔族にとっては、それは単なる疲労増幅の源に過ぎない――いや、『過ぎない』ではなく、実際やっかいなものではあった。
「……僕は魔族ですよ。神じゃない――ありえない」
「そうね。気を悪くしたかしら?」
 その方がいい、とでも言うかのように、少女は言いきって見せた。彼はリナにはわからないように、小さくふっ、と息を吐いた。
「……ガウリイさんはどうしたんですか?」
「足元見てみなさい」
「え?」
 言われて、ゼロスは言われたとおり足元を見る。
 そこには――まぁ伝承歌サーガの好きな人間(彼とこの少女の知り合いに、残念ながらも、一人いた)なら、餓鬼とでも称したかもしれない――そんな物体が倒れていた。ほとんどミイラと化しているような気が激しくしたが、おそらく死んではいないだろう。
 金髪ブロンドを長く伸ばした――いやその今はミイラ化しているが、いつもは美形の男――剣の腕も人間の中では超一流だが、頭が――と言うか記憶力が、はっきり言って悪い。悪すぎる青年だった。
「が、ガウリイさん……ですよね?」
「そーよ」
「……どーしたんです? こんな――その、変わり果てた姿になってしまわれて……」
「いやぁ。最近野宿続きでさぁ。ちょっとごはんが乏しくて――で――」
「こうなってしまわれた――と」
「あははははははv
 いや、でもあたしのせいじゃあないわけだし――」
「でも――この周辺、どういうルートでこの町にきても、一日単位で一つ二つは町や村があったような気がするんですけど……」
 ひきききききっ!
 彼の呟きに、音すら立ててリナは硬直した。
 ――そして、しばし経ってから気まずげにぽりぽりと頬をかくと、
「この周辺――あたしが過去訪れて『二度と関わりあいになりたくない』ってゆー町が軒並み並んでたのよッ!
 ……かく言うここもその一つなんだけど……ガウリイの胃袋に限界がきて……」
 尻すぼみに呟いて、彼女ちらりっ、と自分の『自称保護者』の方に目を向けた。
「……なるほど」
 なんだか理解できるようなできないような微妙な感じではあるが、とりあえずはわかったことにしておいた。追求すると今度は少女の方が怒り出す。
「……とりあえず、リナさんが行く町行く町に不幸を振りまいているのはわかりました」
「……あたしもとりあえず、あんたがいつもいつもいらんこと言いなのはわかったわよ」
 どうやら怒らせてしまったらしい。自分が意図してやったのかどうかはともかくとして、事実をうやむやにするのには成功したようだ。
 逃げるのは今だ。
 彼はわざとらしそうにぽんっ、と手を打つ。
「ああ、そうでしたそうでした!
 僕ちょっと急ぎの用事があるんで――失礼……し……」
 がしっ、と腕をつかまれてゼロスは硬直した。リナはこの上もないような、いわゆる至上の笑み――そう、例えれば、獲物が我が手にかかった瞬間の肉食獣の笑みだ――を浮かべながら、首を少し傾げて呟いた。
 声だけは、異様に冷めていた。
「――どこに行く気?
 話は――まだ終わってないわよ」
 おそらくこういう時に神に祈るのだろう。
 ――人間という、生き物は。
 ゼロスは――はっきりとそう確信した。
「とりあえず、あたしを怒らせたおわびってことで、どっかでごはん食べましょ。
 もちろん――あんたのおごりでね」
 ひたすらムチャなことを言いまくり、笑みは浮かべたそのままに、笑みを消し、脂汗を大量に額に浮かべたゼロスをひっぱって、リナは手近な食堂へと足を踏み入れた。
 ――もちろん、ミイラとなったガウリイも連れて。




 ――そして。




 どがしゃぁぁぁぁあっ!

 入ったその瞬間、あたしは思わずコケていた。
「やぁ、久しぶりだね。リナくん」
「――お知り合いですか?」
 眉をかすかに寄せてゼロスが言ってきた。あたしはやはりかすかにこくんっ、と一つ頷いて、ゆっくりと立ちあがる。
 ゼロスとあたしの先にいるは、金髪の無表情知的美人女性。
 あたしは、彼女のことを知っていた。
 ――そして。彼女が実質馬鹿野郎であることも。
「え、ええ。ひさしぶりね。エイプリル――」
「その節はどうもありがとう。おかげで助かったよ」
「んっんっんっ。そのことについては過去のイヤな思い出がよみがえるから、触れないで欲しいんだけどね……」
 あたしは笑みを険悪にしつつ、エイプリルと同じテーブルに座り、ゼロスの方をチラッと見やった。
 あたしがコケた時のまま、困った顔でうずくまっている彼に向かって、
「――ちゃんとおごってよね。ほらほら、席について」
 と、彼に親切に席を進める。彼は一瞬外を見やったが、あたしの視線が突き刺さるのを感じたのか、快く席についてくれた。
「あ――の、そちらの方は?」
「話そらそうってったって無駄よ。でも、ま、いーでしょ」
「――私も、彼と――そちらのミイラの名を知りたいのだが」
 エイプリルが席に突っ伏して座っている――というより持たれかかっているガウリイを気持ち悪そうに見やりながら言った。
 あたしはちっちっち、と指を振った。
「いいわ、あとで紹介しといたげる。
 でも――その前に……」
 言って、あたしはその手をそのまま高々と頭上に持ち上げる。それを不思議そうに見るゼロスとエイプリル。
 そして。
 あたしは声をきっぱりはりあげた!
「おばちゃぁぁぁんッ! こっちのテーブル、このスペシャルセットっての五人前ねーっ!」
「あいよっ!」
 どごうぅっ! どがっ!
 横でにぶい音がした。ちらりと見ると二人がテーブルに頭を打ちつけている。
 そして。
 ガウリイはいつのまにか復活して、満面の微笑みで料理を待つ準備を終えていた。
 すなわち――
 あたしとのごはん争奪戦にそなえて!
「ふっ……ガウリイっ!
 共に旅するあたしの保護者とはいえ、容赦はしないわよッ!」
 びしぃっ!とガウリイを差して、あたしは宣戦布告をした。ガウリイは不敵な笑みを浮かべると、
「おうっ! 望むところだぜッ! 俺は――」
 と――ここで彼はメニューのイラストを指し示す。
 その指の先にはっ!
 ぷりてぃなぴこぴこタコさんウインナーのお姿がッ!
「このタコさんウインナーは俺がいただくっ!」
「ふっ! あたしだってこのタコさんウインナーは、すべてもらってみせるわっ!」
「あのー……リナくん?」
「リナ……さん?」
 横でエイプリルとゼロスがなにやら寂しそうな面持ちで呟いていたりするが、それはむろん無視。
 それよりっ!
「んっん。早くこないかなーすぺしぁるせっとぉー♪」
 そう、あたしには。
 スペシャルセットを待つ義務――いや、使命があるのだっ!
 むろん――きたるべき戦いにそなえ、フォークとナイフは手元に置いてある。
 このフォークとナイフでっ!
 完膚なきまでにガウリイからタコさんウインナーを奪い取ってみせる!
 もちろん。
 あたしの心の中はこの時すでにタコさんウインナーで占められており、ゼロスの目的を聞き出すことを忘れているのは――
 言うまでもないことだった。




「んー。タコさんウインナー五つあるうち三個は食べれたけど、あとはガウリイに持ってかれちゃったー……
 ふっ、あたしもまだまだねー」
 口直しのホット・ミルクをひとくちこくんっ、と飲み下し、リナは次の料理を頼もうと、メニューに目を通していた。
 ――逃げるなら、今だった。
 だが。
 この女――エイプリル=ランドマークとか言ったか――の目が気になった(リナたちが我を忘れて食べている間に自己紹介しあったのである)。
 探偵だというし、もちろん、食堂の人間の目も気になるのだが、今はランチ・タイムだ、客とウエイターも含め、こちらにいちいち注意を向けている人間など一人もいないだろう。
 しかし、エイプリルはどうだろう? もしかしたら失踪事件だと騒ぎ始めるかもしれないし、もしかしたら自分を魔族だと見ぬいてしまうかもしれないのだ。
 …………一つ断っておく。
 ゼロスは、彼女のことを『有能な探偵』だと想定して考えているのであって、彼女が犬も食わない大馬鹿野郎であるなど見ぬけるはずもない。それがふつーである。
「……困りましたね――」
「何が困ったんだね?」
「いえ、何でもありません」
 耳ざとくこちらの呟きを聞きつけるエイプリルに、笑顔で答える。が、彼は内心焦っていた。
 このままでは、リナ=インバースに理由を聞き出されてしまうかもしれない。
 それは――いくらなんでも困る。
「あー……ま、もういいでしょ。
 ――で、ゼロス」
 じろりっ、とリナはこちらを見つめた。いや、睨んだ。
 びくぅっ!
 ゼロスは思わず身をすくませる。リナはそしてにんまりと笑う。
「ここのおかんじょー、お願いね♪」
「……………は?」
 彼は思わず目を点にしていた。そういえばそういう話だったようにも思える。そう、確かに。
「エイプリル、ゼロスとワリカンしなさいね」
「ちょっ……わ、私もかっ!? リナくんっ!?」
「じゃ、お願いね、店の外で待ってるわよ」
 と、エイプリルのツッコミ無視し、ガウリイ引き連れてすたすたと店の外に出て行ってしまう。
「た……助かった……?」
「何も助かってないぞっ! だいたい私はリナくんのことをおごるなど一言も言ってないし、それに……」
 エイプリルの声をどこか上の空で聞きながら、ゼロスはぼけぇっ、と勘定しに歩いていった。




 ……別に忘れていたワケではない。
 だが、あいつに一時の喜びを与えてやるのでも、いーではないのかと思ったり。
 …………そう、決して別にゼロスの目的聞き出すのを忘れていたわけでは、断じてないのであるっ!
 ――きっぱりとそうなのだっ!
 誰が信じようが誰が信じなかろうがどうでもいいが、そうだったらそうなんであるっ!
「リナ、どうした?」
「……何でもない」
 あたしはガウリイの声に適当に答えつつ、ふっと軽くため息をついた。
「今度は、なにを企んでるのかしらね……」
「ゼロスか――」
 ガウリイは顔を真顔にする。こういう時は顔がきりっ、としているのだが……
 あたしはかすかに頷いた。
「……あいつ、ルークのこと、謝りもしないで、やんなっちゃうわ。生粋の魔族って奴?
 あいつ……なにもなかったように……笑っててさ、なにっ!?
 なんなのよあれはっ!」
「さぁな、だが……今度はなに企んでいるのか――ロクでもないことは確かだけど」
 言ってため息一つつく。むろん、面倒くさいから、ではない。
 イヤなのだ。
 彼も、あたしも。
 もう――あんな目にあうのは――あんなことは――ごめんなのだ。
「けど、あいつがなに考えてんのかはともかく、問題は――それを聞き出せるかどうか、よね……」
 そう――問題はそれなのだった。
 過去、あいつから『はっきりと』目的を聞かされたことがない。
 ――嘘は、つかない。
 ただ、はっきりといわず、あたしたちが出す答えを間違った方向へと導く――
 そーゆー奴である。
「でも、今回は絶対に聞きだしてみせる。 そう。絶対ね」
「なにが、絶対なんです?」
 びっくぅっ!
 あたしは思わず心臓をはねさせていた。
「――ゼロス。あんた、心臓に悪いわよ」
「いえそんな。リナさんたちが悪巧みされているようでしたから――つい、ね」
「あんたほどじゃないわよ」
 あたしはこれ以上もないほど低い声で、呟いた。
 おそらく、彼の頭の中に『ルーク』という存在は、もうないだろう。
 滅びた王など、彼にとっては覚えるに値しない存在なのだから。
 それが――
 あたしには、無性に悔しかった。
「リナさん、どうしました?」
「ちょっと、ね。 そうそう――
 あんたの目的、教えてもらおうかしら……そろそろ、気持ちの整理もついたんじゃないの?」
「え゛――お、覚えてらしたんですかっ!?」
「当たり前でしょっ!?」
 あたしは叫んだ。
 忘れたと思っとったんかい。このばか神官は。
 いや、一時期本気で忘れてたけど。
「さぁっ! きりきり吐いてもらいましょうかっ!
 あんたがなにを企んでるのかを、ねっ!」
「それは――」
 言って彼は人差し指を口の前に持ってくる。あたしはびしぃっ! とゼロスを差して、
「言っとくけどっ! 秘密ってのはナシよっ!
 今回のは――なにがなんでも教えてもらうんだからねっ!」
「でも秘密です。
 教えられませんってば」
「教えてもらうわよ」
 あたしは、静かにゼロスをみすえて言った。
「あたしは――誰にも傷ついて欲しくない。
 ルークみたいなひとをもう見たくない――それだけよ」
 あたしの言葉を聞き終えて、ゼロスは困ったようにあたしを見返してくるのみ。
 エイプリルはと言えば、話が見えずきょろきょろとあたしとガウリイとゼロスを、不思議そうな顔で見まわしている。
 やがて――
 ゼロスは、大きく大きく――ため息をついた。
「……まったくあなたってひとは……しょうがないんですから……」
 言って、彼は苦笑した。
 そう。まったくしょうがない。
 あたしも――心の中だけで苦笑した。
 いつものあたしなら、これ以上追及することを諦めて、せめて完全に言い尽くすまで彼に付いて回るなりしたろう。
 だが――今回はあの事件――ルークのことの直後だったこともあって、すこしムキになっていたのだ。
 が、口をついて出た言葉は、思っていたこととははっきり言ってまるで逆だった。
「……しょーがないもなにもないわよっ!
 さぁっ! 教えてもらいましょうかっ!」
「しょうがないですねぇ……」
 彼はため息をついて、あたしになにもかも、話してくれた。
 そして。
 彼の話が終わったあとで。
 あたしは迷わず、彼を指差し、力いっぱい大笑いしていた。




「ってワケで、あたしとガウリイも連れてきなさいよね」
 ひときしり大笑いしまくったあとで。
 彼女は、ゼロスが最初思った通りのセリフを笑顔で呟いた。
「いや、その――えっと……」
 慌て慌てて出たセリフはそれだけだった。
「んっふっふ。もしかして♪ あたしを連れてきたくない、なんて言うんじゃないでしょーね?」
「――それは当然の反応だと思うけど」
「ガウリイ、るさいわよ、黙ってなさい」
 リナはガウリイのほうを向き、きっ! と睨んで黙らせた。
 そして。
 エイプリル=ランドマークは一人、なにやら思案顔でぷつぷつ呟いている。
「ふぅ……む、なるほど……
 つまりそちらのゼロスくんは魔族――ということでおおむねまちがいはないのだね?」
「だからそうだって言ってるじゃない」
 『魔族』という単語に反応して、びびくっ! と通行人の一人か二人が立ち止まるが、すぐにまた歩き始める。
「……で、ひまつぶし……」
「そーいうもんなのよ。こいつは」
 リナは異様に冷めた目で言った。ゼロスは立場なさそうな顔で、
「あの……そぉきっぱり言われると僕――ちょっと立場ないんですが……」
「いいじゃない。今に始まったことじゃないでしょ。ンなこと」
「…………」
 思わず黙る。
「よしっ! わかったっ!」
 エイプリルはぱちんっ!と指を鳴らす。
「その異世界への旅ッ!
 この、エイプリル=ランドマークもご一緒しよう!」
『なにぃいいぃいぃぃいいっ!?』
 声を見事にハモらせて。
 ゼロスとリナは叫んでいた。
「ちょちょちょちょっと待ってくださいッ! それは僕も獣王様に怒られるっていうかなんていうかっ!
 リナさんたちは知ってる人間ひとだからともかく――」
 と、そこでちらりっ、とリナとガウリイに視線を巡らせ、またエイプリルの方を向く。
「……あなたは完全な部外者です――
 少し――ご遠慮していただきたいんですよねぇ……」
「ふっ。真理の探求を怠らないのが探偵と言うものなのだよ。ゼロスくん」
 ちちちっ、と指を振りつつ、いきなり全然かみあってないセリフを吐くエイプリル。ゼロスは思わず邪悪な笑みをおさえ、きょとん、とした顔つきになった。
「つまり――そこに遠慮など不要ッ! というわけで連れて行きたまえッ!」
「いや、たまえって……」
 ンなこと言われても困るんですけど……
 ゼロスが呟くのを遮って。
「んー……わかったわ。いいわよ。エイプリル――行きましょう」
「えええええええええええええええっ!?」
 リナの言葉に、驚いた声を上げたのはゼロスだけだった。
「いいじゃないか、ゼロス。別に減るもんじゃあないんだし」
 ガウリイの声に、彼は半ば涙声で、
「減る減らないの問題じゃあないですよぉッ!」
 ――と言うか、そもそもリナたちはもとより、エイプリルは『すぺしゃる』キャラである。説得は全く無駄。夢の果てである。
 しばし言い合った後で。
「……はぁ……
 しかたありません……いいですよ」
 ひたすら大きなため息一つして、ゼロスはきっぱりあきらめた。
「よぉっしっ! じゃあ異世界に、れっつごーっ!」
 振り上げたリナの拳がふわりと霞む。
 異界への扉は、今――開かれた。
 ――が。
 その理由がひまつぶしじゃあ、カッコも何もあったもんじゃあないのだった。




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