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             へ 行 こ う と キ ミ が 言 う か ら 。(中篇)

 

 

 机の上に出しっぱなしにしている携帯が、着信音を鳴らした。
 発信者は跡部。
 時刻は午後の一時。曜日は土曜日。天候はいっさいの心配のいらない晴天。眩しすぎる深い青の空がどこまでも広がり雲一つとしてない状態。
 「もしもし?」
 『俺だ。今すぐに俺んちに来い。いいな今すぐ、だぞ!』
 いきなり言われるや答える間もなく、それはすぐに切られてしまった。
 「おい、なんやねん」
 もしも都合が悪かったらどうする気なのだと、俺様な態度には諦めをつけつつも今すぐと言うところを少し強調してはいなかったかと、気に掛かることに気を取られながらも染み付いた慣れとでも言うべきなのだろうか、時計やら携帯やらサイフにと、しっかりと出掛けるための準備に走っている。
 横柄にかまえるのも高慢に振舞うのもそんなのは今さらなハナシだ。
 有無を言わせず承諾させるなんてこともよくあるハナシだ。
 居丈高にかまえる態度は確かにかちんとはくるが、それでも権力や権威で抑え付けるような蛮行を彼が見せたことはなく、どうやら生意気だが思いあがっているわけではないらしい。
 あの俺様な態度はもういくら周りが指摘しても多分直らぬであろう。言ってみたところでどうせ『はっ。だからなんだ』とあっさりと流されて終わりだ。だからみんなもう諦めてしまったのだろう。跡部とは、ああいうやつなんだと、よく耳にするし、それでなくても跡部は口が達者なのだ。言いくるめることは非常に難しく大抵がみんなあの毒舌にやられてしまっている。だからなのだと思う。最後はもうみんな面倒臭くなってそれでつい、従ってしまうのだろう。
 「今度はいったいなにがあった言うんやろ? なんや珍しく焦ってたみたいやし……」
 跡部邸へと走ること十分。あと二、三分で到着するはず。視界を遮るようにブロック塀が続く道を走りながら、松の木が見え始めたところで速度を落として、『跡部』の表札がかかる表門のブザーを鳴らす。
 「跡部? オレや」
 インタフォンに向かって喋ると、門がゆっくりと開かれていく。
 躯が滑り込めるくらいに開いたところで敷地内に入り込み、石畳の道を通って玄関へと向かう。
 「跡部? オレやけど」
 どでかい木製の扉の前で再びインタフォンに向かって話し掛ける。ややあって扉の内から鍵が開く音がして、跡部が出迎えてくれた。
 「入れ」
 超絶に不機嫌なのがもろに丸出し。隠そうともせず舌打ちまでされて。
 「なあ、オレなんかしたん?」
 明るい陽が差す廊下で、色素の薄い髪が乱暴に掻き上げられて。きつい双眸がふっと、部屋の扉を指し示す。
 「誰かいるん?」
 「いいからとっとと開けろよ」
 恐らく、忍足も知る誰かがいるのだろう。予想もつかずに開ければそこに広がっていたのはなんと夏の光景。
 「…………あ。……え?」
 部屋の中に散乱しているのはビニール製の大きなボール。それも三つも。そして浮き輪。あとビーチサンダルが三足。そしてペンギンのマシン。恐らくそれはカキ氷を作るものなのだろう。背中に回すらしい取っ手に似たものがついている。
 「あ、跡部?」
 あれは一体どうしたのだと聞こうとして。
 「表に目を向けて見ろよ」
 有無を言わせぬ怖いオーラを纏った指が差すそこに居たのは、
 「ジ、ジロー!?」
 きちんと刈り取られた芝生の上になぜかあるはずのないビニール製のプールが置かれ、中にはジローが入りホースを使って周りに水を撒き散らしている。
 あのビニール製のものはよく子供が庭先で使って遊ぶそれ。しかもキャラクターもの。とっとこハム太郎。ちびっ子に大人気のあのネズミである。
 「あ、跡部のか?」
 「ああ?」
 そんなわけがあるかと、不機嫌丸出しのその声は言っている。
 「……てぇことはアレ、あいつが持ち込んだものなんか?」
 「あのヤロー昨夜突然押し掛けてきやがって泊めろ言うから渋々泊めてやったら陽が上がるやすぐにあんなものを広げやがってよ、俺の了解も取らずに勝手にああやって水浴びを始めやがった。ホース引きずりながらなんて言ったと思うよ? 忍足が海に行ってくんない、オレは海に行きたいのに夏なのに全然夏気分味わえない! だから跡部んちの庭貸して、いいよね?……だとよ。お前アレだぞ、もう二時間近くもああやってんだぞ。おい、あれ、どうしてくれんだよ? 邪魔なんだよ。早々にどうにかしやがれ」
 「や、事情はよおわかったけど急にどうにかしろって言われたってな、……」
 仁王立ちする跡部にちらりと困惑する眼差しを送って、ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと動けと、目だけで威嚇されてしまい忍足はその場に座り込んだ。どうにかって? アレをあそこから出せってことか? まだしばらくそれで遊んでいそうな様子のアレを? ………難しいと思うのだがさて、どうしたものか。
 優雅に、そしてぼけーと水浴びしているジローを眺めていても出てくるのは溜息ばかり。
 「ジロー」
 ジローとの距離はだいぶある。出した声はさほど大きなものではなかった。だけどジローにはちゃんと届いたようで。振り返って忍足を見つけた。
 「あれ? 忍足? どうしたの?」
 「んー、跡部にちょお呼ばれてな。ジローこそそれ、どないしたん?」
 「それって? このプールのこと?」
 「せや。ジローが持ち込んだんやって?」
 「うん。お姉ちゃんちから借りてきたの。可愛いでしょ。忍足もどう?」
 にこりと、柔らかく微笑まれて。あ、可愛いなーと、忍足もつられて笑みを返して。
 「ん、せやね」
 追求するのはもうでもいいかという気分。素直に近くまで寄って、腰を落として目線を同じ高さに合わせ彼の横顔に視線を投げ掛ける。
 「なあジロー? 水、冷たないん?」
 「水? 全然冷たくないよ。手、出してみてよ。ほら。どお?」
 「んー、……せやね。……確かに手ではそんな冷たくは感じんけど躯に掛けんのはまだ早いんとちゃう? こないに肩から水掛けよってからにびしょびしょやん。いくら天気いいからってプールに入るんはまだ早いんとちゃう? ほんまは冷たいとか思とるんとちゃうの?」
 「ううん。全然冷たくもないし寒くもないよ」
 確かにジローは鳥肌も立ててないしくしゃみもしていない。だけど海開きはまだしていない時期だし梅雨だって明けていないのだ。天気が良くて暑いと感じる日もあるにはあるし二十九度に達した日も既に何度かあるにはあったが。だけど水浴びするにはまだ早いとどうしても思えてしまうのだ。忍足が思うに、日差しは強くても吹く風はまだ夏のそれではないと思うのだ。
 「なあジロー?」
 「んー?」
 「なんでそんなに海になんか行きたがるん? このプールもオレが海には行かない言うことへの抗議のつもりでなんやろ?」
 「違うよ。別に抗議とかそういうつもりでやってんじゃないよ」
 「でも跡部が言ってたで? オレが海に付き合ってくれへんからこんなの持ち出してきたって」
 「あれは、………………違うよ。本心で言ったもんじゃないから……」
 忍足がくしゃりと、濡れていた髪を掻き上げてやるとジローは急にトーンを下げてぷいっと顔を背けてしまった。果たして本心で言わなかったのはどれのことを指すのか。否定をしたが今のそれだって本心であるかどうか疑わしい。
 「あんな、ジロー」
 ジローは、頬に触れながら呼び掛けるとどんなにへそを曲げていても一回でちゃんとこちらを振り向いてくれる。以前にささいなことで言い合って、拗ねていた彼にどうしてなのかとたずねたら、『だって素直に従ったら忍足しばらく触っててくれるじゃん。オレね、忍足に触られんのすっごい好きなんだ。ね、知ってる? オレね、忍足に触ってもらえると気持ちも躯もとろーんって蕩けてきちゃうの。もうね、それがすっごく気持ちがいいんだ。あのね、今もだよ? 今もね、とろーんってしてきてんの。まるでバターになったみたいな気分だよ。でも忍足って普段はあんま触ってくれないじゃん? 忍足がうざがるの知ってるから出来ないでいるけどホントはもっと触って欲しくていつだって『触って触ってもっと触ってよ』ってぐるぐる纏わりついてお願いしたくてウズウズしてんだ。だからね、こうやって忍足が触ってくれた時はね、オレおとなしくじっとしてようって決めてんの』、慈しむみたいに優しく指先に手を当てながら、そう、ジローは語ってくれた。このとき忍足はジローには伝えなかったが、ジローだけが蕩けてくるわけではなかった。忍足もまた同じように蕩けてくるような心地の良さをジローが触れてくる度にジローが言うのと同じように感じていたのである。
 このとき初めて忍足は知ったのである。言葉で語るよりも温もりで気持ちを縫い付けておける方法があることを。
 以来、彼の気持ちがまだ自分に傾いているのかどうかを量る目的でジローに触れることが増え、計画的かつ打算的な心理の中で彼に温もりを与える回数がぐんと増えていったのである。
 だけどきっと今の自分の心に打算的な心理は一切働いてなかったと、自信をもってそれだけは忍足にも断言出来る。
 心が疼いてしまったのだ。彼のあの柔らかな笑みに。愛しく想う気持ちが一気に跳ね上がり、それで彼の元へと寄ったのだ。ぎゅっと抱き締めたい衝動にも駆られ、そうなってからはもうとにかく温もりが欲しくて。彼の我侭を聞いてあげてもいいかなと、半分くらい歩いてきたところで心もぐらついた。あっけないものである。甘いことなんて百も承知。不貞腐れた姿にぐらりと心ごとまとめて躯がぐらついてしまったのだから仕方がない。気付いたら…………そう、触れていた。欲しかった彼の温もり。手にしたかった愛しき者の温度。
 愛しさに負けたのだと思う――――――。
 「ジロー、オレな、潮風に当たるんがダメなんよ。それさえクリア出来るんやったら海、行ってもええねん」
 期待に膨らんだ眼差しについ口元も綻んで。
 「こういう場合どないしたらええんやろね?」
 そう伝えるやいなや引き寄せて、こつんと額とを合わせて『考えて?』、そう甘く投げ掛けてから首の裏にそっと指を滑らせた。彼にしたら大サービスとも取れる過剰なスキンシップであったのだろう。戸惑ったような眼差しが『いったいどうしちゃったのさ』と問い掛けている。
 「ゆうちゃん、……急にどうしちゃったの……?」
 「ん? ほだされたっちゅーか、心がぐらついてしもうたっちゅーか、急にジローの願いを叶えてあげたくなったんよ。簡単に言ってまうとアレや。気がかわったっちゅーことや。せやからジロー、そないにビックリしてる場合やないんやで? ちゃんと真剣に考えてや? ええ答えが出せはったら今週末にでも付きおうてあげるわ。どぅ?」
 「マジ!? ホント!?」
 「ホントやよ」
 「すっげー嬉しい!! 考えるよ考える! だからちょっと待ってて!」
 弾む声を上げるジローの表情があまりに嬉しそうなのが、これまた忍足の心をきゅっと鳴かせた。ふと、地肌を覗かせた彼のつむじが見えた。思わず手が伸びてしまった。わしゃわしゃと髪を掻きまわして。柔らかな質のそれがくるんと指に絡まる。咄嗟に始めてしまった行為は期せずして、抑えていた愛しさをぐんっと、跳ね上げてしまう。
 「ジロー」
 他愛の無い行為によって膨らんでいく愛しさに、背中を押されたようなものだった。
 抑えることが出来なくて、顔を上げてくれたジローの唇に自分のそれを重ねた。
 上唇をぺろりと舐めてから外すと、ジローは嬉しそうに笑顔をつくった。
 はしゃぐことの多い彼らしくもない笑い声一つたてない無音の世界に咲く笑顔だ。あまりにも静かすぎる中で胸の中で広がりつつあるものは切なさにも似た気持ち。忍足は、今一度唇を重ねた。
 跡部の存在は、まったく気にならなかった。たまたま背を向けていたことも幸運だった。この位置からなら背中に隠れてジローとなにをしているかはわからないはずだ。
 忍足は安心しきってするりと舌を差し込んだ。
 当初、驚いてまごついていたジローだったが、深く忍び込めるよう角度を少しずらすと、そろりと忍足に絡めてくる。探り合うように戯れて、やがてそれは深いものへとかわる。

 

 

 



前編に戻る。         後編に続く。

(03.06.20)


 

長……。

まだ続きます。後半はさらにいちゃついてる模様…つーか、どたばたしてるだけな気がしなくもない展開になってまふ…。お前、ちゃんと推敲してんのか? おら、無駄なとこが多いんだよ、もちっとダイエットしてみろよと、どこからともなくあとべんのお声でご指導の声が聞こえまふ…。

つーかさ、おまいらそこは跡部邸だってこところころ忘れてんなよ。あとべンでなくたって人様んちでベロチューなんてものかましてたら誰だって怒るぞオイ。

とは言いますものの、ジロちゃんにメロメロなおっしが好きでたまりまへん!なんだかんだやりつつも自分が振り回すのは楽しくてご機嫌になるのだが、一転して形勢が不利な方に逆転しちまうと意固地っコになるおっしてのが激ツボ。

愛しさに負けたら人の目なんかノープロブレムなおっしがこれまたツボ。

ジロちゃんも可愛くぶりっコなくせしてオトコに豹変しておっしにせまるとこなんてのもツボ。

ガキくさく青くさく見てるこっちが穴掘って埋まりたいくらいラブラブな男子中学生ってどうよ、最高だー!

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