■2020年5月号

今月の潮流
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バイオジャーナル

今月の潮流●広がる新型コロナウイルス感染症

新型コロナウイルスの感染が世界規模で拡大して止まらない。新型コロナウイルスによる感染症のような「新型感染症」の登場や拡大は、近年、増え続けている。ここ数十年を見てもエイズ、エボラ出血熱、西ナイル熱、コロナウイルスの変異がもたらしたSARS(重症急性呼吸器症候群)とMERS(中東呼吸器症候群)と今回の新型コロナウイルス、また、高病原性鳥インフルエンザ、BSE(狂牛病)とさまざまある。それをもたらしている要因が、地球規模での環境破壊、経済のグローバル化、公衆衛生を軽視し抗生物質やワクチンなどに頼ってきた対策、そしてバイオテクノロジーの応用が進み、ウイルスや細菌を日常的に多種類、大量に使用していることなどがあげられる。

ここでは生物多様性とバイオセーフティという、2つの側面から考えてみたい。生物多様性から見ると、気候変動の進行が生物多様性を壊してウイルスの宿主となる生物に影響し、ウイルスの生存戦略に変化をもたらしてきた。宿主とは、そのウイルスが生存するために必要な生物である。加えて、開発など経済的な要因によって生物多様性が崩壊し、滅亡する生物種が増えたことでウイルスの生存戦略に変化をもたらした。とくに問題なのが熱帯雨林の破壊で、そこに棲む生物を宿主としていた病原性ウイルスが文明社会に流入したのである。その代表が、エイズウイルス、エボラ出血熱ウイルス、そして西ナイル熱ウイルスである。

これらの問題に対してドイツの環境大臣スベンヤ・シュルツェ(Svenja Schulze)は、「パンデミック後の世界を見据え、この危機の根本的原因を理解する必要がある。生態系のバランスが崩れれば感染症のリスクが強まる。自然の破壊が新型コロナウイルスによる感染症拡大をもたらした危機の根本にある以上、生物多様性が最も大切な予防的対策である」と述べた。ベルリンにあるシャリテ医科大学ウイルス研究所のサンドラ・ユングレンは「生態系のバランスが崩れれば感染症が広がりやすくなる。生物多様性が機能してさえいれば、感染症拡大のリスクを減らすことができる」と述べている。〔ドイツ環境省 2020/4/2〕
そのためにも先住民に学ぶべきだと指摘するのは、カリフォルニア州立大学サンマルコ校講師でアメリカ先住民の研究者ディナ・ギリオ・ウイタカー(Dina Gilio-Whitaker)である。「自然を収奪しながら経済成長を遂げてきた結果、今回のパンデミックが起きた。自然と共存しながら生きてきた先住民のコミュニティから学ぶべきである」と指摘している。〔High Country News 2020/3/31〕
新型コロナウイルスがなぜ誕生したのか、さまざまな説が登場しているが、バイオセーフティの問題とあわせて見ていこう。世界中の研究者が相次いでウイルスの取り出しに成功し、遺伝子の解析結果を発表している。中国の研究チームの解析によると、このウイルスはコウモリ由来の可能性が高いことが示された。また、それとは別に北京大学の研究チームの解析では、キクガシタコウモリ由来のSARSウイルスと由来がわからない他のコロナウイルスが、野生生物の体内で混合した可能性がある。その野生生物で最も疑われているのが蛇だというのである。その後、マレーゼンザンコウなどを媒介して変化した説などが登場、何を媒介にして変化したかは諸説あり確定していない。

一方、突然登場したのが、中国の研究所から漏れ出たという説である。中国の武漢にある中国科学院のウイルス研究所から遺伝子を操作したコロナウイルスが漏れ出たというものである。この説については、トランプ政権が中国への攻撃の材料として政治的に利用していることから、おかしな方向に進んでいる。この研究所から漏れ出た可能性を指摘したのは、ニュージャージー州にあるラトガーズ大学教授のリチャード・エブライト(Richard Ebright)と、ニューヨーク医科大学教授のスチュアート・ニューマン(Stuart Newman)である。現在、このようなバイオ研究施設は、BSL(Biosafety Level)1〜4の4段階で管理され、遺伝子操作したウイルスなどが環境中に漏れ出ないようにしている。BSL4が最も厳しく、例えばエボラ出血熱ウイルスなどは、この条件下で管理しなければならない。逆にBSL1は理科の実験室に毛の生えた程度である。コロナウイルスは基準が低いBSL2での管理で、これでは環境中に漏れ出るのを防ぐことはできない、というのがこれら研究者の指摘である。〔Bulletin of the Atomic Scientist 2020/3/30〕

バイオテクノロジーの応用が進み、日常的にウイルスや細菌を改造している。遺伝子組み換え技術に続きゲノム編集技術が登場し、そのような改造微生物を扱う施設も世界中にくまなく広がり、そこから改造した微生物が漏れ出せば、いつでもバイオハザードがあり得る状況になってきている。