■2020年8月号

今月の潮流
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バイオジャーナル

今月の潮流●バイエル社のグリホサート訴訟の和解戦略

モンサント社を傘下に収めたバイエル社は、グリホサート訴訟を引き継いだが、6月24日、訴訟を終結させるための和解金100億ドル(約1兆1000億円)強を被害者に支払うと発表した。さらに、除草剤ジカンバ訴訟に約4億ドル、PCB汚染訴訟に約6億5000万ドルを支払うという。この発表は、バイエル社が約630億ドルでモンサント社を買収した、ちょうど2年後に行われた。実に高い買い物だったことになる。

現在、米国内で拡大しているグリホサート訴訟は、推定で12万5000件に達している。今回の和解金の約101〜109億ドルのうち、約88〜96億ドルが現在進行中の訴訟解決のために、約12億5000万ドルが将来の解決のために用いるとしている。和解金の中には、すでに判決が出ている3件は含まれない。ジカンバ訴訟に関しても、判決の出た1件は含まれておらず、それ以外の和解金である。また、この訴訟ではバイエルとともに独BASF社が共同の被告になっているため、今後BASF社がどう出るかが焦点になってくる。もう1つのPCB汚染訴訟は、モンサント社が1977年まで製造していたPCBによる水系汚染で、この集団訴訟の解決にも約6億5000万ドルを支払い、加えてPCB問題解決のために、さらに約1億7000万ドルを支払うとしている。

バイエル社の今回の和解の狙いは、これまで出された3件の判決を覆すことにあるとみられる。判決では、いずれもバイエル社に対して高額の賠償が命じられた。2018年8月10日、ドウェイン・ジョンソンさんに対して2億8900万ドルを支払うよう命じる判決が出された。バイエル社は、その年の11月29日、1万2000人の雇用削減と33億ユーロ(38億ドル)に相当する事業売却を発表した。2019年3月27日にはエドウィン・ハーデマンさんに対して8080万ドルの支払いが、さらに同年5月13日には、ピリオド夫妻に対して20億5500万ドルの支払いが命じられた。その後、3つの裁判ともに賠償額は減額されたが、高額であることには変わりない。バイエル社は、3件の裁判すべてに上訴している。しかし、これらの判決を受けて、バイエル社の株価は大きく下落し、モンサント社買収以来約40%下落、その下がり方は底なしの状況を呈してきた。カリフォルニア州連邦地裁は、グリホサート訴訟で敗訴が続くバイエル社に対して、被害者との間で和解協議を進めるよう求めていた。そこで同社から出されたのが、今回の和解案だった。

しかし、和解の狙いには、3つの裁判の判決をひっくり返す戦略があった。和解案は、バイエル社といくつかの法律事務所、ニューヨーク大学法科大学院教授によって1年間かけて綿密に検討され作製されたものである。和解の条件は、今後、新たな訴訟は起こさない、賠償額には懲罰的賠償は含めない、グリホサートとがんの医学的関連を求めない、今後陪審での裁判は行わず5人のメンバーからなる専門委員会によって和解を進める、とバイエル社にとって都合の良いものになっている。専門委員会のメンバーは、バイエル社が推薦する2人、集団訴訟側が推薦する2人、その4人が推薦する1人の計5人で構成される。この条件で和解が進められると、すでに判決の出ている訴訟を含め、和解に応じない訴訟への影響は甚大である。バイエル社は、モンサント社の負の遺産を、自社に有利なように早く片付けようとして、この和解案を提示したといえる。

和解に応じない訴訟は2万件に達するとみられる。また、これまで訴訟をリードしてきた弁護団は今回の和解案に対して、「将来の訴えを認めないことは原告の権利を奪うことである。これまで闘わなかった弁護士だけを裕福にする提案である」と批判した。
和解を提案した裁判官のビンス・チャハブリア(Vince Chhabria)は、「この和解案は陪審員の決定を制約するため承認しない」とした上で、公聴会を設定した。そのためバイエル社は、この和解案を撤回することになった。〔US Right to Know 2020/7/8ほか〕