前号で、NTTグリーン&フード社がエピゲノム編集技術を用いた高温耐性のヒラメの養殖を進め、農研機構が超迅速イネ開発の研究を進めていることをお伝えした。エピゲノム編集や超迅速イネの開発法は、遺伝子組み換え(GM)技術ではないためカルタヘナ法の規制の対象にはならない。DNAを切断しないのでゲノム編集でもない。そのため規制どころか届け出も必要ない、という考えのもと開発が進められている。
そもそも遺伝子操作での新品種開発はGM技術が最初であった。GM技術は、生物多様性条約・カルタヘナ議定書により規制の対象となった。しかし新しい遺伝子操作技術の開発では、規制逃れの開発が活発化している。それを積極的に推し進めてきたのが、規制の厳しい欧州の研究者や企業だった。欧州では、遺伝子を操作するが「GMOではない」という新育種技術(NPBT:New Plant Breeding Techniques)で新たな作物開発を盛んに進めている。その中心にいたのがオランダの研究者で、そういった研究者たちが欧州委員会に規制しないよう働きかけた。欧州委員会のシンクタンクであるJRC(Joint Research Center)は、2011年、このNPBTを定義した。取り上げたのは8種類である。ゲノム編集、オリゴヌクレオチド指定突然変異導入技術(ODM)、RNA依存DNAメチル(RdDM)、シスジェネシス・イントラジェネシス、接ぎ木、逆育種、アグロインフィルトレーション、人工ゲノムである。ゲノム編集が入っているが、まだCRISPR-Cas9が登場する前のものである。ここでのポイントは、GM技術のように外来遺伝子が残っていないことだった。
日本では、日本学術会議が2014年に「植物における新育種技術(NPBT)の現状と課題」を作成した。そこでは欧州委員会がまとめた8種類の技術に「SPT(Speed Production Technology)」を加えている。これは迅速で効率よく行う育種である。例えば果樹などは開花し稔るまでに長い時間を有する。その開化を早めたり世代を促進する技術である。先述の農研機構の超迅速イネ開発法がそれにあたる。その後、政府が2014年度から開始した「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」において、このNPBT推進が打ち出され、予算が付けられた。SIPは、その後2018年度から総合イノベーション戦略へと受け継がれ、最初に問題になったのがCRISPR-Cas9の登場によって急速に応用が広がってきた「ゲノム編集技術」への対応だった。日本政府は、NPBTは規制しないという最初の目的通り、ゲノム編集技術は「GMOと異なり外来遺伝子が残っていない」という理由で規制しないことを決定したのである。
このようにNPBTへの対応は、CRISPR-Cas9の登場で大きく変わったが、それはゲノム編集だけではない。リージョナルフィッシュ社が開発を進めているヒラメのエピゲノム編集技術での改造もまた、RNA依存DNAメチル(RdDM)を改良したものである。従来はRNAを用いて行っていたDNAメチル化(遺伝子の働きを壊す)を、CRISPR-Cas9を用いれば容易にメチル化ができ、遺伝子の働きを壊せるようになった。今後、このような外来遺伝子を残さないので規制の対象にならず、DNAを切断していないのでゲノム編集でもない、そういったバイオテクノロジーが増えていきそうである。
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