■2023年11月号

今月の潮流
News
News2


今号の目次へ戻る
ジャーナル目次へ戻る

























バイオジャーナル

ノーベル賞が後押しし、広がるRNA利用

 

遺伝子操作では、DNA操作が主流であったが、いまRNA操作が広がっている。それを象徴するのがノーベル賞である。10月2日、今年のノーベル生理学・医学賞に、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンを開発した米国ペンシルベニア大学教授のカタリン・カリコとドリュー・ワイスマンが選出された。同賞は従来、かなり時間をとって、その成果の評価が定まってから受賞者を決めてきた。しかし近年、評価が定まる前に受賞者を決定する傾向にある。iPS細胞も、CRISPR-Cas9もそうであった。それが、このmRNAワクチン、すなわち新型コロナ・ワクチンの受賞でも起きたのである。RNA技術は始まったばかりであり、一歩使用法を間違えると危険性も大きい。

RNAの本格的な利用は、RNA干渉法(RNAi)による遺伝子組み換え作物の作成から始まった。RNAiは、標的とする特定の遺伝子の働きを阻害する技術である。遺伝子の働きは、DNAにある遺伝情報がmRNAに写される。そのmRNAに転写された情報に基づいてアミノ酸がつなげられ、そのアミノ酸がつながったものがタンパク質である。これが遺伝情報の基本的な流れであるが、RNAiは、加工したRNAを用いてmRNAの段階で遺伝情報を妨げるのである。

RNAiを用いたジャガイモが米国で栽培され、2017年に日本でも流通が承認された。このジャガイモは、シンプロット社が開発し、加熱した際に生じる発癌物質アクリルアミドを低減したもので、その後、ジャガイモが硬いものにぶつかった際に、打撲の部分が黒ずむのを低減した性質が加えられたものも承認された。 RNAiでは働きを止めたい遺伝子について、阻害したいmRNAと相補的な構造のRNAを持つdsRNA(二本鎖RNA)を作る。相補的というのは、ぴたっとくっついて二本鎖のRNAを作るものである。その人工的に作った二本鎖のRNA(dsRNA)が細胞の中に入ると、酵素の働きで一方鎖RNA(siRNA)になる。そのsiRNAがmRNAとぴたっとくっつく。二本鎖になるとmRNAは働きを失い分解し、結果的に遺伝子の働きが止められてしまうのである。容易に遺伝子の働きを止めることができることから、応用が広がっていった。 さらに新型コロナへのmRNAワクチンの普及が、RNA利用を一挙に拡大した。これまでのワクチンは、弱毒ウイルスなど、ウイルスやその一部を用いてきた。mRNAワクチンは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を作り出すmRNAを脂質ナノ粒子でくるんだものである。mRNAは人工合成して作る。スパイクタンパク質はウイルスの周りにある突起の部分のことで、そのスパイクタンパク質が抗原となり、抗体を誘発する。抗体ができることによって、ウイルスに感染しても、すでにウイルスを攻撃する準備ができており、ワクチン効果が発揮できるというのが、その原理である。

mRNAは合成が容易で、多様なタイプを開発しやすく、量産しやすいところに特徴がある。そのため今後、インフルエンザ・ワクチンなど他のワクチンの開発や製造にこの方法が用いられ、ワクチンの主流になる可能性が強まってきた。数百万から数千万の脂質ナノ粒子に包んだ大量のmRNAを用いるので、さまざまなワクチンを混合して接種することも容易になる。さらには動物に用いるワクチン開発も始まろうとしている。 最も注目されているのが農薬で、従来の化学農薬に代わるものとして、農薬メーカーがRNA農薬の殺虫剤や除草剤の開発を進めている。この農薬にもRNAiを用いている。すでにバイエル社、BASF社、シンジェンタ社などの農薬企業が開発を進め、ジャガイモの害虫コロラドハムシを標的にした殺虫剤などが開発されている。 殺虫剤に用いる場合、アポトーシス(突然死)遺伝子を働かせるようにしている。壊すのは、アポトーシス阻害因子と呼ばれる、突然死が起きないよう重要な働きをしている遺伝子である。この遺伝子を壊すと、突然死が起き、殺虫剤として機能させることができる。この農薬の安易な使用拡大は、取り返しのつかない大きな生物災害につながる危険性がある。RNA利用はまだ歴史が浅く、危険性が大きい。ノーベル賞でお墨付きを与えることで、安易な応用の拡大が進むことが懸念される。