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5月6日〜

5月3日〜5月5日

成都

5月3日 曇り

チェックアウト後、重い荷物を持って、麻婆豆腐を食べに行った。ガイドブックに載っていた陳麻婆豆腐店は見当たらず、別の店に入った。さすがに本場の四川料理は違う。うまいのだが、辛い事この上ない。初めは、大したことないと思ったのだが、すぐにジンジンきた。汗が頭と顔からどんどん噴き出してくる。目も痛くなる。ビールを飲んで何とか食べる。

Yシャツを2枚調達してから、かなり早目に成都北站に着いて、候車室(待合室)に入って座っていた。外にある手洗い所に行くと、十数本ある水道の蛇口が、すべてふさがっている。顔を洗ったり、歯を磨いたりしているのだ。

かなり広い待合室で、長い時間待った。中国人の仕草を見ていると、なかなか面白い。初めのうちは、人が少ないので、1つの長いすを占領して寝ている人や、大きな荷物を両側に置いて座っている人などがいる。あとからやって来た人が、その人たちに何か言い、場所の取り合いのようなことを始める。

列車内での食料や飲み物を調達するために、席を離れる者もある。人に頼んで、席を確保してもらっている場合には、さらにややこしい話しになる。なかには、本当に小さい子供だけ置いていく夫婦もあった。その幼児の隣に、老人が座ろうとする。幼児は何か言いながら、四川名物の竹の杖で追い払おうとする。老人もムッとして、にらみながら座ろうとする。その争いの間隙を縫って、若者が席を占める。幼児が気付き、杖でたたく。そうこうするうちに、母親が戻ってきて、その様子をかえって頼もしげに見ている。ちょっと注意し、父親が帰ってから誇らしげに報告している。十億余りもの大衆の中で、自己を主張する。他人を押しのけてでも、自分の権利を守る。中国で生きていく上で、非常に大切なことの1つなのだ。そう思った。

成昆鉄道

午後4時15分に昆明(Kunming)行きの第93次特快列車が出発する。翌日の午後3時4分に到着予定。ほぼ23時間、硬座の硬くて狭い椅子に、座っていなければならない。気合を入れる。

第93次特快列車 成昆鉄道
第93次特快列車

午後7時前に、峨眉(Emei)という駅に停車。中国仏教四大霊場の1つ、峨眉山(Emeishan)に行くには、ここで降りる。3000mをこえる高峰なので、それなりの装備がいる。最低でも4泊必要なので、私たちは行かない。まだ明るいので、あたりを見渡すが、それらしき山は見えない。

峨眉山月歌 E mei shan yue ge李 白 Li Bai
峨眉山月半輪秋E mei shan yue ban lun qiu.
影入平羌江水流Ying ru ping qiang jiang shui liu.
夜発清渓向三峡Ye fa qing xi xiang san xia.
思君不見下渝州Si jun bu jian xia yu zhou.
峨眉山にかかる秋の半月。
その光が、平羌を流れる長江の水に映って、流れていく。
夜、清渓を出発して三峡に向かう。
あなたを思うが、姿を見ることなしに、渝州へと下っていく。

5月4日 晴れ

火車(列車)の内で新しい日を迎えた。ウトウトするのだが、硬い椅子に座った状態なので、熟睡できない。脚は伸ばせず、苦しい体勢。お尻も痛い。本当に、時間がたつのが遅い。少し寝ても、すぐ起きてしまう。20分も過ぎていない。また少し眠る。目が覚める。この繰り返し。

昨夜、夕食代わりに、ポテトチップスを1袋食べたので、腹も張ってきた。いつもは、朝もっと寝ていたいので、「どうして、夜はこんなに早く明けてしまうのか」と思うのだが、今日ばかりは、夜明けが待ち遠しかった。

夜が明けた。かなりの山道で、鉄橋とトンネルをいくつも通過した。

昆明

午後3時過ぎ、列車は無事に、昆明市街地の南の端にある昆明火車站に到着。バス(公共汽車)で北上。市中心部に向かう。東風路(Dongfenglu)が、昆明市を南北に分けているメインストリートだ。東西に走るこの道と交差したところでバスを降り、この道に沿って少し右に。左手に昆明飯店(Kunming fandian)がある。やや年季の入ったホテルだ。宿泊費は、成都の錦江賓館の半額よりわずかに高いくらい。ホテル内のレストランで夕食をとった。炒飯(チャーハン)と湯面(タンメン)とポテト。200円程度。

昆明は雲南(Yunnan)省の省都で、雲貴(Yungui)高原の中部にある。緯度は小さいが、1900mほどの海抜があり、夏でも過ごしやすい高原都市だ。一年を通して温暖で、花と緑の絶えない街で、「春城(Chuncheng)」と呼ばれている。

雲南省は、少数民族の宝庫で、外国の観光客の人気スポットでもある。日本の観光客もレストランに、たくさんいた。


飛ぶ鳥も きゅうくつそうな 成昆路

5月5日 晴れ時々曇り、夕立ちあり

ホテルのとなりにCAAC(中国民航)の售票処がある。朝から出かける。西安でのこともあり、次の目的地に行く交通機関の予約を、まず第1に考える知恵がついた。12日の広州行きの便が空いていて、その券を予約。桂林(Guilin)は、涙をのんで次回に。

「桂林に行かないなんて」という声が聞こえてくるが、観光地を見て周るというより、そこに暮らす人に会い、異なった文化や習慣を体感する、ということが重要なんだ、と納得しておこう。

明日の石林(Shilin)行きのツアーバスの予約をしてから、昆明の街をぶらついた。チェンジマネー(人民元と外貨兌換券との両替を求めてくること)の人と共に、何族かは判らないが、少数民族が寄ってきて、換金やら物を買えやら、カタコト日本語で、話してくる。少数民族は、きれいな民族衣装を身に着けているので、すぐ判る。

東風東路(Dongfeng Donglu)を西に向かって歩く。東路が終わって、東風西路(Dongfeng xilu)に変わる交差点にある百貨大楼まで、足を延ばした。高原らしくさわやかで、人も少なく歩きやすい。中心街の南屏街には、服飾店と電気屋が並んでいる。百貨大楼の中には、友誼商店もあり、くしが折れたので、ここで1つ買う。

帰り道、新華書店が三店ほど並んでいるところがあり、くまなく見てきた。他に、めぼしい娯楽がないのだろうか。本屋はどこの町でも人が多い。そういえば、火車や汽車から外を眺めると、道端や土手に腰掛けて、本を読んでいる若者の姿が、多く見られた。

夕食は、鍋が食べられるというので、実験飯店(Shiyan fandian)に出かける。ここはホテルではなく、レストランだ。宿泊先の昆明飯店から、歩いて数分のところにあるが、考えてみたら怖い名前だ。客が実験台になっているのだろうか。午後5時半まで開店準備中だそうで、隣にある体育館で時間つぶしをする。

体育館の中に入ると、小学生から大学生くらいまでの者が、それぞれのスポーツを一生懸命やっていた。バレーボールの女子は、恐ろしく背の高い選手ぞろいで、びっくり。多い人口に物を言わせて、素質のあるものを選び鍛えるのだろう。この体育場の黒板には、マラソンの記録も書かれているのだが、その中には、男子で2時間12分台のものもあり、レベルは高そう。

南国らしく、スコールがあり、しばらく雨宿りしてから、実験飯店に戻った。中国ではいつものことだが、定刻どおりには始まらない。テーブルもきちんと拭かれていない。目当ての火鍋(huoguo)は、夜はやってないということで、炒飯(chaofan)にした。なかなかいけた。白人の若者が現れ、炒飯だけをたのみ、箸を使って器用に食べ、そそくさと帰っていった。慣れた様子だったので、留学生かもしれない。

夜、ホテルの郵便担当の窓口に、日本への絵葉書を出しに行った。用を済ませて、部屋に戻ろうとしたとき、担当のおばさんに、「グラシアス(Gracias.スペイン語で「ありがとう」)」と言われたと思うが、思わず「麻煩イ尓了(Ma fan ni le.「お手数かけました」「イ尓」は1文字)」と答えてしまった。「デ・ナーダ(De nada.スペイン語で「どういたしまして」)」と答えるべきだったか。いきなり言われても、心の準備が・・・。ちぐはぐな会話だが、これには理由がある。私が、マラドーナ(サッカー選手。メキシコ86ワールドカップでは、イングランド戦で、伝説の「5人抜きシュート」と「神の手ゴール」を決めたスーパースター。この大会でアルゼンチンを優勝に導いた)のTシャツを着ていたのだ。マラドーナはアルゼンチンの英雄。私=アルゼンチン人。アルゼンチンはスペイン語が公用語。私=スペイン語が話せる。これが、おばさんの頭で成立したのだろう。しかし、Tシャツは西安で購入した中国製で、ちゃんと「新球王」と漢字がプリントされているのだが・・・。


突然に 降り出す雨に 雨宿り 体育館も ボールの嵐

D01 地球の歩き方 中国 2012〜2013

5月6日〜
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