BIO HAZARD irregular
SWORD REQUIEM



 それは、いやそれらが何時その街に現れたのか正確に思い出せる者はいない。
 だが、今やそれらは街中を覆い尽くしていた。
 腐臭を放ち、苦悶とも悲鳴とも取れぬ声を上げながら、それらは街中を蠢き、運悪くその前に出てしまった生者達を襲い貪り食らう。
その様を見た者達はそれらをこう呼ぶだろう。

“ゾンビ”と。

 気付いた時には、街の大通りを逃げ惑う生者とそれを追うおびただしい数のゾンビ達が溢れ返り、街は地獄の様相を呈していた。
 そこへ複数のパトカーが甲高いブレーキ音を立てながら停止し、そこから武装した警官達が次々と降り立つ。

「総員降車!前方ゾンビに向けて構え!」

 震えを隠し切れない現場指揮官の声に従い、全員が銃を構える。
 そのまま、この世の住人足り得ぬ亡者達が射程範囲に入るのを皆が震え、固唾を飲み込みながら待つ。

「撃てぇ!」

 号令と同時に、無数の銃口から大量の銃弾が吐き出される。
 何の抵抗も見せずにその銃火の洗礼を受けたゾンビ達が、全身に無数の弾痕を刻まれながらよろめき、倒れていく。
 だが、その背後から次々と新たなゾンビ達が現れ、それは次第に警官達との距離を狭めていく。

「怯むな!ここで奴らを食い止めなければ終わりだ!」

 現場指揮官の怒声も最早何の効果ももたらさぬのか、ゾンビ達が警官達のすぐ目前にまで迫ってきた。
 一人の警官が空になったマガジンを交換しようとした一瞬の隙に、ゾンビがその首筋に食らい付く。

「ぐわあぁぁ!」

 警官の絶叫が、他の警官達にパニックをもたらした。

「ひいいぃぃ!」
「来るな!来るなぁ!」

 ある者は逃げ出し、ある者は狂ったように銃を乱射する。
狙いを外れた銃弾がパトカーの燃料タンクに突き刺さり、一瞬にしてパトカーが爆発、炎上する。

「落ち着け、一度後退して隊列をぐわあぁぁ!」

 号令の途中で、現場指揮官にもゾンビが襲い掛かる。瞬く間にその体に無数のゾンビが食らい付き、その肉を食い千切り、内臓を引きずり出す。
命令系統を失った警官達は最早抵抗らしい抵抗も出来ず、逃げ惑い、ゾンビの餌食となっていく。
 凄惨な地獄を覆い隠そうとするのか、どす黒い空から、静かな雨が街並みへと降り始めていた……………



序章


 静かな雨が街並みへと降り注いでいた。
 普段ならば、雨の中でも人々は動き、街の営みが行われているはずの通りには、血溜まりと物言わぬ屍とが横たわり、その傍で炎上した車と、本来ならば動かぬはずの屍達の上げる呪詛とも悲鳴とも取れぬ声とが響いていた。
 大通りから一つ奥まった所にある雑居ビルの四階の窓から、その様子を見つめていた一人の少年がいた。
 “Antique Arms KAKUGOKANRYOU(武具専門骨董店 覚悟完了)”と書かれた看板の陰となっているブラインドの隙間から、つい先程まで行われていた地獄絵図を冷静に観察していた少年―レンは、失意と落胆の混じった溜息をつきながら、窓から離れた。

「どうだ、様子は……」

 部屋の奥で震えていた友人のスミスが恐る恐る聞いてきたのに、レンは努めて冷静に答えた。

「ダメだ。警官隊は全滅したらしい」
「どうすんだよ!オレはまだ死にたくねえよ!」

 震える手で襟を掴んできたスミスを、レンはなだめながらゆっくりとその手を剥がした。

「どうするも、警察がアテにならないなら自分らでどうにかするしかないだろ」
「どうやってだよ!外には殺しても死なないようなゾンビ連中がうようよしてんだぞ!」
「かといってここに居ても飢え死にするか、ゾンビに食われるか、それともその前に自殺するしかない。オレはどれもごめんだけどな」
「そんな…………」

絶句しながらしゃがみこんだ友人を見ながら、レンは深いため息をついた。
(何でこんな事になったんだろう…………)

 レン、本名『水沢 練』が日本からアメリカ中西部にある街、ラクーンシティに引越して来たのはほんの半年前の事だった。
 武具専門骨董商である父親の(かなり私的な)事情で両親と妹を含めた4人でこのラクーンシティに移住し、地元の高校にも慣れ、友人も出来てこの街にそれなりの満足を覚えていたはずだった。


 数日前までは。

 数日前に突然議会が出した奇病による非常事態宣言が街を一変させた。
奇病についての色々な憶測が飛び交い、街は重苦しい雰囲気に包まれていった。
 もっとも、レンはその奇病がそれ程重大な事とは思わず、家族が全員母親の実家の法事だとかで出かけたのをいい事に、昨日は友人のスミス・ケンドと一緒に飲んで遅くまで騒いでいた。
 二日酔いの頭に響く騒音で目覚めた二人が見たのは、人々を襲うゾンビの群れと、それと警官隊が必死に戦っている地獄絵図だった。
 最初は酔って悪夢を見ているのかと思う程現実離れした光景だったが、急激的に覚めていく酔いと、リアル過ぎる銃声と人々が上げる断末魔の絶叫が嫌が応にもそれを現実だと認識させた。


 そして、その悪夢じみた現実はこれからが本番だった………………


「オレ達はまだ運がいい方だろう。少なくともここに居たって事がな」

 まだ震えているスミスを伴って、レンは住居と繋がっているテナント部分へと入った。
 そこには、銃火器や刀剣、防弾チョッキやプロテクター、果ては西洋甲冑に至るまで古今東西のありとあるゆる武器、防具が陳列していた。

「骨董品だろ?使えるのか?」
「表向きは骨董品って事になってるが、ほとんどが使用可能の品ばかりだからな。こっちに来たのも合法的に銃が手に入るからだって前に言ったろ」

 スミスの疑問にかなり物騒な返答を返しながら、レンは自分のサイズに合った物を物色し始めた。

「何でもいい。武器と防具、それに役に立ちそうな物を持ってこの街から脱出するぞ」
「お、おう」

 レンに習ってスミスも適当な物を物色し始める。
 レンは着衣を脱ぐと下着の上から愛用のタクティカルスーツを着こみ、その上に防弾チョッキを重ねる。更にその上から無数のポケットの付いた多機能ベストを着込み、頑丈なコンバットブーツを履く。
 手足には硬化樹脂製のプロテクターを身に着け、腰にはホルスターといくつものパウチが付いたガンベルトを巻き、最後に本来ならば近接格闘用の金属粉入りのグローブを着ける。
 少なくともこれなら丸腰よりはマシだろう、と思いながらも次に武器を探し始めたレンの耳に鈍い金属音が聞こえた。
 音のした方向へと振り向くと、そこにはどうやって着込んだのか西洋甲冑に身を包んだスミスの姿が有った。

「どうだ、これならゾンビだって怖くないぞ」
「ほう、それでどうやって歩くんだ?」
「……………」

 自信満々のスミスに冷ややかな目を向けながらのレンの問いに、スミスは沈黙した。
 そのままその場でガチャガチャと音を立てながら数歩歩くと、無言のまま甲冑を脱ぎ始めた。

「そっちの方にもう一着防弾チョッキが有ったはずだ。そいつを着ておけ。あと、武器は右側に並んでるのがレプリカで左側のが本物だ。好きなのを選べ」
「それじゃ好きなのを、と」

銃を手にした途端、スミスの目が真剣な物へと変わる。
(相変わらずだな)
 その様子を何度か見た事の有るレンは素直に感心した。
家が銃砲店のせいか、スミスの銃に対するこだわりが尋常でない事はレンもよく知っていた。
 そもそも彼と友人になったのも趣味が似通っていた為だった。
もっともそのお陰で二人してクラスでは多少浮いているのもまた事実だったが。
 レンは店の売り物とは別に並んでいるコレクション用の銃の中から持っていく銃を選び始めた。
 選んだ銃はベレッタM8000クーガーD。
 ダブルアクションのみのどちらかと言えば護身用の威力の低い銃だが、その手軽さをレンは気に入っていた。
 マガジンに弾丸を込め、初弾を装填してホルスターに収め、残った弾丸はパウチとポケットに分けて入れると、レンはおもむろに店の奥へと目を向けた。
 そこには、神棚とそこに祭られた一振りの日本刀が有った。
 それに向けてレンは二度柏手を打つと、祭られている日本刀を手に取り、鞘から抜いた。
 鮮やかな刃文が部屋の明りを反射して、鈍い光を放つ。

「おい、まさかそのマサムネブレード持っていく気か?」
「ああ、オレは銃よりもこっちの方が得意なんでね」

 モスバーグM500ショットガンに弾を込めていたスミスが顔をしかめる。
 それを気にも止めずにレンは重さを確かめる為に何度か刀を振るうと、鞘に収めてガンベルトへと差した。

「正気かよ。いくら日本人だからってサムライ気取りだと本気で死ぬぞ」
「気取ってる訳じゃないさ。それにこいつは正宗じゃなくて備前長船(びぜんおさふね)だ。家の家宝で由緒正しい名刀だ」
「オサフネだかなんだかしらんが、それでゾンビと戦えるのか?」
「やってみなくちゃ分からんが、さっき見ていた限りだと、あのゾンビ連中も不死身じゃないみたいだ。少なくとも頭吹っ飛ばすか、動けなくなる位切り刻んでやればなんとかなる」
「オレはこっちを使って前者の方が手っ取り早いと思うけどな」

 スミスはそう言いながら手もとのルガー・レッドホークマグナムを持ち上げた。
 44マグナム弾使用のそれならば確かにゾンビの頭くらい一たまりも無く吹っ飛ぶだろう。

「弾が有ればそうしたいんだがな」

 レンは他に弾が無いかと辺りを探したが、お互いの手元にある分以外は見つからない。

「まずったな、この前の射撃訓練で使い過ぎたか……」
「射撃訓練って、お前とお前の親父の二人で射撃場の的全部使ったってあれか?」

 スミスが呆れ顔で呟く。ちょうど一週間位前の新聞に“日本人親子射撃場制圧!”のタイトルで三面記事を飾っていたのは彼の記憶にはっきりと残っていた。

「仕方ない。取り合えず後は医薬品と食料を……」

 そう言いながら居間の方へと向けたレンの視界に、昨日二人して飲み食いした証拠の山のようなゴミが入ってきた。
 レンの脳裏に、おぼろげながら冷蔵庫に残っていた物をほとんど食ってしまった様な記憶が思い出される。

「え?と、確か救急箱がこっちに」

 それを振り払うように無視すると、レンは救急箱から包帯、消毒薬、救急スプレー等を取り出し、スミスと二人で半分ずつ分けて持った。
 せめて何か無いかと食料棚を探すと、奥に一升瓶が有るのを見つけた。

「何だそれ?」
「父さんの秘蔵の一級純米酒だ。こんなとこに有ったか」

一升瓶を見た事の無いスミスに説明しながら、レンは一升瓶のフタを開けると、中身を一口含み、刀を抜いてその刃へと吹きかけた。

「何やってるんだよ?」
「御清めだ。これからこいつに命を預ける事になるからな」

 刀を振るって余計な水分を振り落とすと、刀を鞘に収め、グラスを二つ取り出すとそれへ一升瓶の中身を注ぐ。

「飲むか、景気付けだ」
「貰おうか」

 スミスはグラスを手に取ると、その中身を一息に飲み干した。

「……美味いな、これ」
「当たり前だ。新潟産の一級酒だ。飲んだのがばれたら父さんに殺される」

 レンはスミスと対称的にゆっくりとグラスの中身を飲み干すと、グラスを傍のテーブルへと置いた。

「もう一杯ダメか?」
「残りはこの街を脱出出来たら祝杯で飲ませてやるよ」

 そこいらを物色していて出て来た小さな水筒に一升瓶の中身を移すと、レンはそれを唯一何も入っていないガンベルトのパウチへと入れる。

「さてと、覚悟はいいか?」
「お、おうよ。ゾンビだろうが何だろうがやってやろうじゃないか」

 スミスの声は明らかに震えていた。言った後で唾を飲みこむ音がはっきりと聞こえる。

「じゃあ、行くぞ」

 腰の刀に油断無く手を掛けながら、レンは玄関のドアノブへと手を伸ばした。
 ノブを掴んだ瞬間、知らない内に手の平に汗をかいていたのに気付くが、構わずノブを回し、ゆっくりとドアを開けた。
 この悪夢の街から脱出する為の、それが第一歩だった。






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