第二次スーパーロボッコ大戦
EP01



「磁場、重力場、双方に異常発生を確認。時空湾曲前兆と推測」
「規模はCレベル、現状では脅威無しと判断」
「前回から更に期間が短縮、大規模行動の前兆の可能性、上昇」
「本部に連絡、対策を協議されたし………」



AD1946 扶桑 海軍ウィッチ養成学校

「いつからだ?」
「つい先程です、坂本教官」

 僅かに伸ばした髪を後ろで括り、海軍士官服に身を包んだ凛々しいという表現がぴったり来る女性の背後、まだ幼さの残る顔つきの兵学校の制服に身を包んだ、長髪の少女が続く。

「他に異常は?」
「今の所は………皆怖がって必要以上に近寄りません」

 つい先程、教官室に飛び込んできた少女に告げられた異常事態に、士官服の女性、元501統合戦闘航空団副隊長、坂本 美緒少佐はそれが起きた格納庫へと急いでいた。
 開きっぱなしになっていた格納庫の扉を潜り、そこに広がっていた光景に美緒の足が止まり、それを凝視する。

「坂本少佐!」
「こ、これは一体………」

 美緒の姿を見た教え子の訓練生ウィッチや、練習用ストライカーユニットを整備していた整備員達が一斉に声を上げる。
 それは、漆黒の渦としか言い様のない物だった。
 直径は2m程、それが格納庫の中央に突如として垂直に出現し、そのまま存在していた。
 見た事も無い異常な現象に、誰もが怯えている中、ただ一人それを見た事の有る美緒は総毛立つのを感じていた。

「誰かこれに入った者は?」
「い、いえ………」
「では逆は? 何か出てきたという事は?」
「あ、ありません………」

 美緒の質問に、訓練生ウィッチや整備員が首を左右に振る。
 少し考えてから、美緒はこの事態を教えに来た少女が首にかけていた汗拭き用と思われる手ぬぐいを手に取る。

「服部、少し借りるぞ」
「あの、何を…」

 服部と呼ばれた少女が困惑する中、美緒はその手ぬぐいを渦へと向って投げる。
 ゆっくりと宙を待った手ぬぐいは、そのまま渦の中へと飲み込まれ、そして消えた。

「!?」
「う、後ろに出てきてないぞ!」
「消えた!?」
「というか、飲み込まれた………」

 明らかに渦の中に消失したとしか思えない状況に、皆が一斉に困惑の度を深める。
 ただ一人、美緒だけはそれがかつて見た物と同じだという事を確信していた。

「格納庫を緊急閉鎖! 動かせるウィッチとユニットを全部待機体制! 上層部に非常事態発生を報告、宮藤博士に第一級招集を!」
「は、はい!」
「坂本少佐!? まさかあれは!」

 皆が一斉に驚く中、遅れて格納庫に入ってきたまだ若い男性軍人、美緒の従兵を務める土方 圭介が一度だけ見た事のあるその渦に身を硬直させる。

「土方、ちょうどいい。宮藤博士は今休暇で自宅にいるはずだ。すぐに迎えに行ってほしい」
「あの、何と言って来てもらえば………」
「………《門》が開いた、と」

 そう言いながら美緒は、その渦、かつて幾多の世界を跨いだ激戦の元となった転移ゲートを、睨むように見つめていた。



太正十八年 帝都東京 大帝国劇場

 万座の客席から、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
 先程公演を終えた出演者達を称える拍手は、その公演の評価をそのまま評価していた。
 ゆっくりと幕が降ろされ、それでもなおしばらく鳴り響いていた拍手も収まった所で、ようやく出演者達は顔を上げる。

「お疲れ様でした〜」
「おつかれ〜」

 この時代では珍しい、多種多様な国籍の出演者達が互いに労をねぎらい、声を掛け合う。
 そこに、一人の若い男が現れる。

「みんな、ご苦労様。最終公演は何時にもまして盛況だったよ」
「大神さん!」

 短く刈った髪を撫で上げ、ベストにスラックスという格好の男性、大神 一郎が皆に声をかける。
 この大帝国劇場の支配人の職を前任者から受け継いでまだ一年と経っていないが、試行錯誤ながらも出演者達、帝国歌劇団の女優達と共に、劇場を盛り立てていた。

「本当に今日はすごかったですね〜」

 主演を務めた黒髪の二十歳位の女性、真宮寺 さくらが今だ熱気が残っていそうな幕の向こう側を見る。

「ロミオとジュリエットのリバイバル公演も、好評の内に終わって何よりです」

 もう一人の主演を務めた、短い金髪に男装の衣装を纏った落ち着きのあるロシア系の女性、マリア・タチバナが笑みを浮かべて安堵する。

「ね〜ね〜お兄ちゃん、打ち上げ準備出来てる? アイリスお腹空いちゃった」

 フランス人形そのままのような姿と雰囲気を持った金髪の少女、アイリスことイリス・イリス・シャトーブリアンが大神にねだってくる。

「はっはっは、それもそうやな。もっとも片付け終わってからやけど」

 そう言いながらアイリスをなだめるメガネをかけた中国系の女性、李 紅蘭が今だ舞台衣装のままの皆を見回す。

「とっとと着替えて飯にしようぜ。あたいも腹減っちまった」

 その場の中でも一際高い上背と日焼けし鍛えた体を持つ女性、桐島 カンナが笑いながら腹を抑えてみせる。

「皆さんせっかちデ〜ス。公演成功のお祝いに、豪華にいきまショウ、豪華に」

 褐色の肌に黒髪で少し変わった口調のラテン系の女性、ソレッタ・織姫が皆を煽る。

「それだと時間がかかる。本格的なのは後日行うとして、まず簡易的な物を行うのはどうだろう」

 白髪で少年に見えるようなドイツ系の少女、レニ・ミルヒシュトラーゼが提案を出してくる。

「大丈夫、かえでさんが準備してくれてるそうだから。早く着替えておいで」
『は〜い』

 大神の一言に、彼女達は一斉に楽屋へと向かっていく。

「さて、オレも打ち上げ準備でも…」
「支配人が板に付いてきたわね」

 その場を離れようとした大神に、舞台の反対側の袖から現れた、妙齢の女性が声を掛けてくる。

「かえでさん、まだまだですよ」

 その女性、大帝国劇場の副支配人を務める藤枝 かえでに苦笑を返す大神だったが、そこで彼女の隣にもう一人いる事に気付いた。

「そんな事ないわ。男ぶりが上がったわよ」
「琴音さん! 帰ってきてたんですか?」
「今日ね。最後の方だけだけど、舞台見させてもらったわ」

 やたらと華美な旅装束で女言葉でしゃべる男性、元この大帝国劇場のメンバーの一人だった清龍院 琴音が大神へと話しかけながら、かえでと大神のそばへと近寄ってくる。

「斧彦さんと菊之丞さんも一緒ですか?」
「今打ち上げの準備をしてるわ。二人も舞台、絶賛してたわよ」
「みんなのお陰ですよ」
「今回の変更点は大神君の発案でしょう? 充分頑張ってるわよ」

 大神を賞賛する二人だったが、ふとその顔が引き締まる。

「今回、私達が急に帰国したのは、ある理由があるの」
「打ち上げが終わった後、その事で話があるわ」
「!」

 二人の言葉に、大神の顔つきも鋭くなる。
 それが、この大帝国劇場に所属する帝国歌劇団のもう一つの役割に関する事だと悟った大神だったが、すぐに二人の顔は柔和な物へと戻る。

「まずは私達の帰国記念も兼ねて、打ち上げ楽しみましょう」
「それがいいわね。急ぎという訳でもないから」
「一郎ちゃ〜〜〜ん!!」

 その場の雰囲気をぶち壊すような、野太い男の声が響き渡る。

「斧彦さん!?」
「どうしたの斧彦? あんた打ち上げの準備してたんじゃ」
「そ、それが大変なのよ、大変!」

 角刈りに大柄でいかつい体格、なのに女物のメイクに内股で女言葉、というちょっと悪夢に出てしまいそうな異質な男性、琴音と共に帰国した大田 斧彦が明らかに慌てふためいている。

「何が大変なの?」
「いいから! 私達の部屋に来て! とても説明出来ないのよ!」

 かえでが首を傾げるが、斧彦のこれまで見た事無いほどの狼狽ぶりに、大神と琴音も顔を見合わせる。

「仕方ないわね、お二人共ちょっといいかしら」
「別に構いませんが、一体何が?」
「そもそもあそこは、また倉庫にしてたはずよ?」
「いいから早く!」
「ちょ、引っ張らないで! 腕! 腕が!」

 大神を強引に引きずっていく斧彦の後を、二人も慌てて続き、地下へと続くエレベーターから倉庫となっている一室へと向かう。

「一体何が…」

 半信半疑の大神が、部屋に一歩入ると同時に、完全に硬直する。

「ちょっと、どうしたの?」
「大神君?」

 琴音とかえでが硬直して動かない大神の左右から室内を覗き込み、二人も同時に硬直した。

「な、何よあれは………」
「分からないわ………」
「あ、大神さん! かえでさんも! あれ、さっきからあんな…」

 大神同様絶句する二人に、室内にいた女性にも見える小柄な上に女物の服を来た男性、丘 菊之丞がそれを指差した。
 それは、倉庫の中に浮かぶ、直径2m程の漆黒の渦だった。

「何なのよあれ! なんで私達の部屋だった場所にあんなのがあるの!?」

 混乱した斧彦が思わず叫ぶ。
 誰も説明は出来ない、と思われたが、ただ一人、口を開いた者がいた。

「ゆらぎ、いやまさか、クロスゲート………」
「大神君、知ってるの!?」
「多分………でも何と言えば………」

 かえでが問い質す中、大神が言葉を濁す。

「あっ!?」

 そこに菊之丞が上げた声に皆がそちらを見る。
 そして、渦の手前でゆっくりと床へと落ちていく一枚の手ぬぐいに気付いた。

「そ、それ今その渦の中から出てきました!」
「私も見たわ!」
「………」

 菊之丞と斧彦が驚愕の声を上げる中、琴音は渦の手前まで近寄り、その手ぬぐいを手にとって見る。

「濡れてる、しかも汗の匂いがするわ。感じから行って、多分若い女の子ね」
「………そんな所まで分かるんですか?」
「香水使わなくて済むのは10代の女の子までよ。覚えておきなさい」
「はあ」

 琴音の断言に大神は感心するべきか呆れるべきか迷うが、そこで琴音はポケットから無駄にフリルの多いハンカチを取り出すと、それを渦に向って投じる。
 宙を待ったハンカチは、渦に触れたかと思った瞬間、そのまま渦の中へと消えていった。

「き、消えたわよ!?」
「この渦、どこかに繋がってるんですか!?」

 悲鳴を上げながら抱き合う斧彦と菊之丞だったが、他の三人の顔は鋭い物となっていた。

「大神君」
「かえでさん、花組の皆を呼んできてください。薔薇組の人達はこれの監視をお願いします。オレはちょっと刀を取ってきます」
「………つまりこれは、危険な物という事かしら?」
「そう、かもしれません」
「分かったわ、斧彦は右、菊之丞は左からあれを監視警戒」

 険しい顔つきの大神に、琴音は小さく頷くと素早く指示を出す。

「それで、何が起きようとしてるのかしら?」
「………分かりません。ただ、見た事も無い物を見る事になると思います」

 琴音の問いに、大神はそう答えるしかなかった。
 程なくして、着替えて一息つこうとしていた帝国歌劇団の面々が、倉庫の一室に集う。

「これって………」「司令、これは!」「なになに?」「何だぁ!?」

 誰もが謎の渦に驚く中、一人だけ違う反応をする者がいた。

「大神さん、これってまさか………」
「多分間違いない、クロスゲートだ」
「司令、クロスゲートとは?」

 さくらがその渦に似た物を大神と共に見た事が有るのに気付いたが、マリアがその事を問い質す。

「少し前、オレとさくら君が少し留守にした事が有っただろう?」
「ええ、急な任務と後から聞きましたが」
「それは半分ウソなんだ。とても本当の事を明かせなかったから、そういう事にしたんだ」
「何だよ隊長、あたい達に明かせない事って?」
「それは…」

 カンナが不思議そうに問う中、大神がどう説明するかを迷った時だった。

「また来ました!」

 菊之丞の声と共に、今度は渦の中からレンチが飛び出してくる。

「最初は手ぬぐい、次が帽子、今度はレンチね」
「何か、そこらにある物適当に放り込んでるみたいね」
「それはこっちも同じでしょ」

 斧彦の率直な感想に、レンチを拾い上げた琴音が返答のつもりか、身につけていたブローチを外すと、渦の中へと弾いて入れる。

「間違いない、このクロスゲートはどこかに繋がっている」
「どこかって、どこに………」
「分からない。だから調査を…」
「面白そう♪ 次アイリス行ってみる!」

 大神とさくらがどうするべきかを思案する中、突然制止する間も無く、アイリスが渦の中へと飛び込んだ。

「アイリス!?」
「消えたぞ!」
「司令!」
「皆はここで待機だ! オレが行く!」
「待ってください大神さん! 私も今刀を…」

 誰もが突然の事で慌てていた。
 だが………


AD1946 扶桑 海軍ウィッチ養成学校

「うわっ!?」
「何!?」

 突如として、渦の中からフランス人形のような格好をした少女が現れ、渦を警戒していたウィッチや整備員達が仰天する。
 現れた少女は左右を見回し、首を傾げる。

「ここどこ?」
「ここは扶桑の海軍ウィッチ養成学校だ。君は?」
「アイリス!」
「私は坂本 美緒だ」

 美緒も多少驚いたが、名乗った少女、アイリスに美緒も名乗る。

「君はどこから来た?」
「帝都の大帝国劇場! アイリス帝国歌劇団の女優なの!」
「大帝国劇場? 誰か保護者は?」
「ん〜と、じゃあお兄ちゃん呼んでくるね!」

 そう言うや否や、アイリスは再度渦の中へと飛び込む。

「…その保護者とやらに会ってくる」
「けど教官! 危険じゃ…」
「あんな小さな子が一緒なら大丈夫だろう」

 制止の声に軽く答えながら、美緒も渦の中へと入っていった。



「戻ってきた!」
「アイリス無事…」

 今しも飛び込もうとする寸前、渦の中からアイリスが現れる。
 だが、続けて現れた軍服姿の若い女性に、全員が目を丸くする。

「あれー、お姉ちゃん着いて来ちゃったんだ?」
「不躾な訪問、失礼する。私は扶桑海軍所属、坂本 美緒少佐だ。ここの責任者にお会いしたい」
「自分が、そうです。ここの支配人、大神 一郎です」

 美緒が名乗ったのに、大神も名乗る。

「互いに聞きたい事は色々あるだろうが、まず二つだけ聞いておきたい。一つは、この渦を今まで見た事があるかどうか。もう一つは、ここはなんらかの軍事施設ではないか」
『!?』

 美緒の問いに、その場にいた全員が一斉に緊張する。

「クロスゲートの事を知っているんですか?」
「クロスゲート? こちらではそう言うのか?」
「そっちでは違うんですか?」
「こちらではただ転移ゲートとだけ呼んでいた。つまり、これがどういう物か知っているんだな?」

 大神とさくらの問いに、答えつつも美緒はそれが向こうに既知の物だと確信する。

「知っているのは、オレとさくら君だけだ。君もこれに関する事件に巻き込まれた事が?」
「事件? そんな生易しい物ではなかったな。それで二番目の…」
「坂本教官!」「ご無事ですか少佐!」

 美緒の言葉を遮るように、渦の中から武装したウィッチ候補生や整備員達が顔を覗かせる。

「何事!?」
「なんだあんたら!」
「大神君!」

 思わず身構えた帝国歌劇団に、大神も刀に手を伸ばしかけるが、そこで美緒が渦から顔を覗かせた者達を手で制する。

「あ〜、お前達、こっちは大丈夫だから頭を引っ込めろ。すまない、驚かせてしまったようだな」
「しかし…」
「あ、いや服部。お前はこっちに来い」
「り、了解」

 身構える歌劇団に美緒は頭を下げ、一番最初に顔を出した少女がおっかなびっくりに渦の中からこちらに出てくる。

「まずはこちらからだな。このゲートの向こうは扶桑陸軍のウィッチ養成学校の格納庫に繋がっている」
「ウィッチ、魔女?」
「見せた方が早いな。服部、魔法力発動。そうだな、彼を持ち上げて見せろ」
「了解です」

 敬礼した少女、ウィッチ候補生の服部 静夏は全身に力を込める。
 すると、静夏の全身を燐光が多い、その頭部に四国犬の耳が、腰に尻尾が生えてくる。

「え?」
「耳と尻尾が出たぞ!」
「これは一体………」
「それでは、失礼します」
「え?」

 誰もが困惑する中、静夏はその場で一番大柄で体重が重そうな斧彦の前に立ち、漂ってくる化粧品と香水の匂いに若干頬を引き攣らせながらも胴を両手で掴むと、彼の体を自分の頭上まで軽々と持ち上げて見せた。

「ウソォ!?」
「すげえな、これは」

 持ち上げられた斧彦が驚き、その場で一番の力自慢のカンナも感嘆の声を上げる。

「これがウィッチの力の一端だ。そちらも、似たような事が出来るのではないか?」

 静夏が斧彦を床へとゆっくり下ろす中、美緒の問いに大神が少し迷ってから口を開く。

「ここは大帝国劇場、帝国歌劇団の本拠地であると同時に、帝都防衛の秘密組織、《帝国華撃団》の基地でもある」
「やはりか。劇場の支配人が自分なんて軍人名乗りは使わないからな」
「大神君!?」

 機密事項をあっさりしゃべった大神に、かえでが驚くが大神は手で制して続ける。

「やはり、この渦の向こうは異世界に通じてるという事か」
「分かっているなら話は早い。確かに、ここがその華撃団の世界なら、向こうはウィッチの世界という事になる。ちなみに西暦で言えば1945年だ」
「こちらは大正十八年、西暦では1929年になります」
「あの、異世界って………」
「そもそも16年も未来ってどういう事よ?」
「え〜と、なんて言えば………」

 話についていけないかえでと琴音が声を上げる中、さくらがどう説明するべきかを迷う。

「似ているが少し違う、そういう世界が存在する。それこそ、この世界には華撃団がいるように、私達の世界にはウィッチがいる。他にもいろんな世界がそれぞれ存在しているという事だ」
「坂本教官、何を…」

 こちらも事情を飲み込めない静夏が問おうとするのを、美緒が手で制す。

「そして、私の経験上、これを潜った先に敵がいて、戦闘になる」
「確かに、そうだった………」
『!?』

 美緒と大神の意見が一致し、全員に最大の緊張が走る。

「しかし、私が見た転移ゲートはもっと巨大で、しかも一瞬しか開かなかった」
「そういえば、クロスゲートもそうだったな………それに、今の所帝国華撃団はそちらと敵対する理由は無いし」
「てっきり私は敵がこっちから来るのかと思っていたが、違うようだ」
「じゃあ、これは?」
「分からん………」

 そこで互いに考え込んだ所で、その場を妙な音が響く。

「なあ隊長、アタイ腹減ってんだけど」
「アイリスも!」

 腹の虫を響かせたカンナに、アイリスも同意する。

「あ、食事前だったか。それは済まなかったな」
「そう言えば打ち上げの事をすっかり忘れてた」
「確かにそうね」
「どうやらずいぶんと間の悪い時に来てしまったようだな」
「大丈夫のようだから、皆は打ち上げに行っててくれ。オレはもう少し話がある」
「え〜、お兄ちゃん来ないの?」
「どうせなら、ちょっと狭いけどここですればいいじゃない。聞きたい事も色々あるようだし」
「それもそうだな」
「そうと決まれば、斧彦、菊之丞。ここ片付けなさい」
『了解!』
「服部、彼らを手伝え」
「了解です、坂本教官」
「じゃあお料理運んできましょう」
「飲み物もね」
「いいんだろうか?」
「ここで打ち上げも面白そうデ〜ス」

 皆が三々五々に準備を始める中、美緒は少し考えていた。

(こちらに転移ゲートが出現したという事は? 他の世界にも?)



AD2085 日本 追浜基地

 広大な敷地に滑走路と僅かな建物だけが並ぶ、簡素と言ってもいい基地に、大勢のギャラリーが押し寄せていた。

「うわあ、結構来てるね」

 茶髪ボブカットの元気そうな少女が、居並ぶ軍将校やマスコミを前に声を上げる。

「ソニックダイバー隊のラストフライトだもの。これでも少ないって」

 その隣にいる小柄で長い金髪の幼い印象を与える少女が、腕を組んでふんぞり返る。

「そう考えると、少し寂しい気もしますね」

 灰色の髪をツインテールにした大人しそうな少女が、ぽつりと呟く。

「音羽、エリーゼ、可憐、そろそろ準備よ」
『は〜い』

 黒髪を後ろで束ねてポニーテールにした、生真面目そうな軍服姿の少女に三人が返答する。
 かつて、人類を滅亡させるかの勢いで侵略してきた侵略機械兵器群《ワーム》のコアを浄化し、人類滅亡の危機を救った伝説の部隊、ソニックダイバー隊。
 それぞれの道を歩み始めた四人の少女達が共に飛ぶ最後の時間が、刻一刻と迫っていた。

「あの〜、瑛花さん。亜乃亜ちゃん達来てます?」
「そう言えば見てないわね。正式に招待状は送ったはずだけど」

 元気そうな少女・桜野 音羽の問いに、軍服姿の少女・一条 瑛花が首を傾げる。

「急なお仕事かもしれませんね。向こうも忙しいみたいですし」
「案外寝坊してたりして」

 おとなしそうな少女・園宮 可憐が心配するが、金髪の少女・エリーゼ・フォン・ディードリヒがいじわるそうに笑う。

「必ず行くからって昨日言ってたんですけど………」
「確かに急な任務かもしれないわ。Gの事はこっちからじゃ全く分からないし」

 かつて共に戦った戦友、表向きは存在が秘匿された組織に所属する友達の事を思いつつ、四人はラストフライトの準備へと向かう。

「よ〜しお前ら、偉いさんも来てる事だし、気合いれていけよ!」
『は〜い』

 フライトジャケットを着た中年男性、元ソニックダイバー隊指揮官、冬后 蒼哉大佐が葉っぱを掛けるのを、四人が声を上げる。

「それじゃあスカイガールズの最後のお披露目と頑張っていこう!」
「はい!」「お〜!」
「後輩も見てるしね。カッコ悪い所は見せられないわよ」

音羽が音頭を取る中、瑛花はそう言いながら、向こうで準備を手伝っている少女達、設立したばかりのソニックダイバーレスキュー隊候補生達を見る。
 そこでふと、瑛花は空の方を見つめる。

「まさか、RVでこっち向ってるって事無いわよね………?」



「寝坊したああぁぁ〜!」

 悲鳴とも絶叫とも取れる声を響かせながら、高度なステルス機能を働かせた小型の戦闘機のようなユニットを駆る少女が急いでいた。
 伸ばした髪を二つに分けて長いお下げ髪にした少女の背後をそれぞれ形は違うが、似たようなユニットに乗った三人の少女が続く。

「だから任務が終わったらすぐ帰ったらよかったのよ! 亜乃亜がショッピング行こうなんて言うから!」

 淡いピンクの髪を後ろでくくってポニーテルにした少女が、先頭を行く少女に声を荒らげる。

「だってエリュー! せっかくニューヨークの間近まで行ったんだから、ちょっとくらいいいじゃない!」
「時差って物を考えなさい!」

 そう言い返す先頭の少女・空羽 亜乃亜に、ポニーテールの少女・エリュー・トロンが言い返す。

「でも、さすがニューヨーク。すでにスィーツ関連も復興してきたし」
「美味しかった」

 二人の背後、長い金髪を二つのお下げにし、他のと比べると随分とファンシーなユニットを駆る少女がその時の事を思い出し、一番最後、短いお下げに眼帯という妙に目立つ割に口数の少ない少女が頷く。

「これで電車の時間間違えてなければ問題なかったんだけど」
「亜乃亜が悪い」
「マドカもティタもひどい!」

 金髪の少女・マドカと眼帯の少女・ティタ・ニュームが立て続けに文句を言い、亜乃亜が言い返すが、その通りなのであまり強くは言い返せない。

「まったく、リーダーが許可出してくれたとはいえ、RVを私用で使うなんて………」
「トゥイー先輩も来ればよかったのに」
「本部に呼び出されたって話だけど」
「要件不明」

 この場にいないリーダーのジオール・トゥイーを含めた五人が、秘密時空組織「G」グラディウス学園ユニットに所属する天使と呼ばれる戦士達、かつてソニックダイバー隊と共に激戦を戦い抜いた戦友達だった。

「あ、始まってる!」
「これ以上はまずいわね。停止を」

 亜乃亜が曲芸飛行の噴煙を見つけた所で、エリューの声に全機が停止する。

「やってるやってる♪」
「綺麗な飛び方」

 音羽の騎乗する《零神》、瑛花の騎乗する《雷神》、可憐の騎乗する《風神》、エリーゼの騎乗する《バッハシュテルツェ》の四機の飛行外骨格が、見事なアクロバット飛行を繰り広げている。
 周辺に悟られぬよう、距離を置いた所からその光景を見つめる四人だったが、ふと思い立って通信スイッチを入れた。

「こちらG。通信許可いいですか?」
『あ、亜乃亜さん? 今どこいるんですか? 皆して来ないって心配してたんですよ』
「ゴメン、タクミさん。ちょっと寝坊しちゃって、今そちらから500m程離れた所から見てる」
『了解、ソニックダイバー隊に繋げますね』

 タクミが仲介して、双方の通信ウインドゥに互いが写される。

『亜乃亜ちゃん! 来てくれたんだ!』
「ごめん、ちょっと遅れちゃった」
「亜乃亜が寝坊して亜乃亜が電車の時刻間違えた」
「ちょっとティタ!」
『予想してた通りね』
『まさか本当にRVで来るなんて………』
「リーダーが急ぐなら使っていいって許可を取ってきてくれて。後で問題にならないといいんですけど」
『ちゃ〜んと見てる? 私達の最後の大舞台なんだから』
「録画もしてるよ〜」

 互いに連絡は取っていたが、直に話すのは久しぶりの戦友達の会話に華が咲く。

『ソニックダイバー隊各機へ。緊急連絡です』
『タクミさん?』
『今周王博士から連絡が入りました。アイーシャが目覚めたそうです』
『アイーシャが!?』
「それ本当!?」
『全て異常無し、アイーシャはもう大丈夫。あの子のためにも、思いっきり飛んで欲しいとの事だそうです』
「良かった〜」

 ワームとの最終決戦の際、昏睡状態に陥っていた仲間の嬉しい知らせに、ソニックダイバー隊、Gの天使達が歓喜の声を上げる。

『アイーシャのためにも最高のフライトにしなくちゃね』

 瑛花の声に、ソニックダイバー隊は全員頷いた。

「頑張って!」

 天使達も声援を送る中、ソニックダイバー各機は更に速度を上げていった。


同時刻 秘密時空組織『G』本部

「これは………」
『ここ一ヶ月、次元変動が活発化しています。近い内に大規模な次元災害が起きる可能性が上昇と判断されます』

 本部に呼び出されたジオールは、そこであるデータを見せられ、驚愕していた。

「半年前、あの時との類似点は?」
『複数認められます。ただ、現状だと被害報告はありません』

 Gオペレーションシステムのオペレッタからの報告を、ジオールは深刻な表情で聞いていた。

「こちらだけで済めばいいのだけれど………スカイガールズは今日がラストフライトと聞いてるし」
『影響の予測は不確定です。次元変動の要因を現在調査中』
「あの子達が戻ってきたら、こちらでも調査に出た方がいいわね………」

 ジオールが考え込んだ時の事だった。
 突如としてけたたましい警告アラームが鳴り響く。

「何!?」
『大規模な次元変動を確認! 次元間大規模転移の可能性大! 反応場所をサーチ!』

 オペレッタの報告が響く中、投影された3Dマップが次元変動の場所をサーチ、拡大していく。

「ここは、まさか!?」
『反応場所を特定。場所は日本 追浜基地』
「そんな!?」



「あれ?」

 ソニックダイバー隊が最後の大技に入ろうとした時、一番最初に気付いたのはエリーゼだった。

「どうしたのエリーゼ?」
「なんか、曇ってきてない?」
「これ、雲じゃなくて霧?」
「待ってください! この気象条件で霧なんて…」
「そもそもこの高度よ!?」

 周辺を急に白い霧が漂い始めた事に、全員が気づくが、それがおかしい事にも即座に気付いた。

『な、なんですかこの霧!?』
『今周辺状況のサーチを…』
『音羽ちゃん!!』

 タクミと七恵も驚く中、突然亜乃亜の声が響き渡る。

『こちらのセンサーで大規模な次元変動を確認したわ! 何かが起きる!』
『跳んでくるか、跳んでいくか』
『すぐに退避して!』
『飛行中断! すぐに着陸しろ!』

 天使達の矢継ぎ早の警告に、冬后は即座に中断を命令するが、それよりも状況の変化の方が早かった。

「! 風速及び気圧の変化の確認!」
「見てあれ!」

 可憐が風神のセンサーが異常を知らせる事を叫ぶが、そこでエリーゼが周囲を指差す。
 そこでは、立ち込めていた霧が渦を描くように回り始めていた。

「全機急降下! 強行着陸用意…」
『待ってください! アイーシャが何か伝えてきています!』

 危険を察し、強行着陸を試みようとした瑛花だったが、そこへ七恵の声が響く。

『え、何て…呼ばれてる!? 何が!? え、そちらでも何が…』

 七恵にしては珍しい要領を得ない通信だったが、その状況でも渦巻く霧は速度を増し、完全な竜巻と化して上空のソニックダイバーごと、追浜基地を包み込んでいた。


「音羽ちゃん! 可憐ちゃん! エリーゼ! 瑛花さん!」
「今救助に…」
「ダメ!」

 ただならぬ事態に隠密性を捨てて救助に向かおうとする亜乃亜とエリューをマドカが止める。

「何で!?」
「空間グルグル、見た事無い方法」
「とんでもない湾曲反応! こんなのデータにも無い!」
「外から入ったらすごい危険。近寄れない」
「でも!」

 ティタとマドカが見た事も無い転移現象の危険を示唆し、亜乃亜を止める。
 そんな中、霧の竜巻は更に強さを増していく。

「全機退避を!」
「でもスカイガールズの皆が!」
「周辺の湾曲率が一番高いわ! RVでも巻き込まれたらただじゃすまない! ここで私達が行動不能になったら、誰が彼女達を助けるの!」

 半ば己にも言い聞かせるようにエリューが叫び、強引に皆を下がらせる。
 そんな中、霧の竜巻は更に激しさを増していった。


「磁気反応に異常発生! これは、あの時と一緒、いえもっと強い!」
「またどこかに跳ばされるっての!?」
「ええ〜〜!?」

 可憐の報告に、エリーゼと音羽が思わず声を上げる。
 霧の竜巻はさらにその強さを増し、周辺を凄まじい豪風が吹き荒れる。
 だが、程なくして豪風は消えていった。


「皆無事!?」
「こっちは大丈夫!」
「一体何が…」

 RV各機から鳴り響いた警報も止む中、天使達が顔を上げる。
 そして、そこに広がっていた光景に絶句するしかなかった。

「え…………」
「何も、無い…………」

 それは、何も無い平野だけが広がっていた。
 つい先程まで見事なアクロバット飛行をしていたソニックダイバーも、その下に広がっていた追浜基地とそのギャラリーも、何もかもが無くなっていた。

「うそ………音羽ちゃん! 可憐ちゃん! 瑛花さん! エリーゼちゃん! どこ!?」
「こちらエリュー、大規模転移現象を確認! スカイガールズが………追浜基地が消失しました!」

 亜乃亜の友を呼ぶ声が響く中、エリューが大慌てでG本部に緊急連絡を入れる。

「………誰?」

 ふとそこで、ティタが虚空を見上げる。
 何者かが見ていた事に気付いたのは、彼女と、もう一人だけだった………






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