第二次スーパーロボッコ大戦
EP10



「むゥ………」

 釣り竿(※ナノマテリアル製)を垂らしたエイラが、ボートの上で唸りながら当たりを待つ。
 やがて、彼女の使い魔の黒狐の耳と尻尾が出ると同時に、ウキが僅かに沈む。

「まだダ、まだ………」

 何度かウキが上下するが、エイラは竿を引こうとせず、固有魔法の未来予知で一番引きが強くなる瞬間に合わせ、一気に竿を引いた。

「ぬ、この、よっシゃ〜!」

 途中リールが引っかかるが、完璧なタイミングで引き上げられた中々の大物を手に、エイラは笑みを浮かべる。

「よ〜し、上げてクレ〜」

 エイラの合図と共に、大戦艦コンゴウから吊り下げられていたボートが引き上げられていき、甲板の上へと乗せられる。

「これ位取れれバ、今日の分は大丈夫なんだナ」
「調味料がお塩しかないけど、何か工夫してみる」
「海水から調味料という物が作れるとはな」
「お前、ホント世間知らずだナ………」

 バーベキューコンロの隣でコンゴウがサーニャの注文で造った簡易キッチンが準備され、コンゴウはエイラが釣ってきた魚の調理を始めるサーニャを興味深そうに見る。

「そうカ、食う必要が無いって事ハ、料理も知らないノカ」
「一度ヒュウガが用意しているのは見た。ほとんどナノマテリアル製だったが」
「腹壊さないノカ、ソレ………」

 エイラが呆れる中、サーニャがウロコを落とした魚に塩を振り、バーベキューコンロに載せる。

「コンゴウさん、火力もう少し」
「こうか」

 コンゴウがバーベキューコンロの火力を制御するが、突然温度が上がり、コンロの上の魚は消し炭と化す。

「強すぎ」
「ぬ、済まない」
「サーニャが火傷したらどうしてくれンダ!」
「まあ初めてなんだし」

 怒声を上げるエイラをサーニャがなだめ、再度下ごしらえに入る。

「あ〜、宮藤や坂本少佐だったラ、サシミとか言って生で食うんダが」
「そういうのもあるのか」
「私らがいた統合戦闘航空団ってのハ、色々な国からウィッチが来てるからナ。料理上手い奴は自分の国の料理作ってくれたりするンだ。独特過ぎて食えない奴もいたケド」
「ペリーヌさんなんて特にそうだったね」
「坂本少佐が食うナラ食ってたけどナ」

 思い出しながらサーニャが笑う中、エイラも思い出して笑う。
 その様子を見ていたコンゴウが、僅かに表情を崩す。

「さて、今度こそちゃんと焼けヨ?」
「保証はしかねる」
「今度はゆっくり温度上げてみて」

 試行錯誤を重ねていく中、結局エイラはもう一度釣り竿を垂らす事となった。



「あれがそうかい。驚いたね、本当に二時間で来たよ………」

 テアトルシャノワールの支配人室から、朝日の中に溶け込んでいる影に気付いたグランマは、驚きながら抱いている愛猫ナポレオンを撫でてやる。
 毛を逆立て、光学迷彩で姿を隠したまま近づいてくるカルナダインを威嚇するナポレオンに、グランマはそれをなだめようとするが、やがてナポレオンは窓際から逃げ出してしまう。
 それと入れ替わりに、メルが支配人室を訪れる。

「支配人、通信入りました。降りれる場所の有無を聞いてますが………」
「さすがにあれだけデカイとね………郊外の飛行船発着場を押さえられるかい?」
「連絡します」
「支配人、貿易商の加山さんが緊急の要件が有るとかで来てますけど………」
「ああ、通しておくれ」

 今度はシーが入れ替わりに報告に来、グランマ以外に自分の正体を知らない事を理由にカルナダインに同乗してきたが、途中で先に降りてテアトルシャノワールに向かった加山が、大神からの親書を手に支配人室へと訪れる。

「お久しぶりです、グランマ」
「こちらこそお久しぶりだね、ムッシュ加山」
「まずはこれを」

 そう言いながら、加山は親書を手渡し、グランマは半ば飛ばし読みで大体の内容を読んでいく。

「そうかい、そっちは相当すごかったようだね………」
「ええ、帝国華撃団だけでは対処出来なかったでしょう」
「それはこっちも同じだよ。今はウィッチの子達は半分程は休んでるよ。うちの子達は先程の通信でエリカの無事を聞くまで、何か手がかり無いかと探しまわっててね。全員過労で休ませたばかりさね。起こしてこようか?」
「お疲れならまた後で。まずは治療が必要な子を先に」
「そうかい、正直色々お手上げさ」
「私は少し市街の情報収拾を」
「頼むよ、こっちは後片付けで手一杯さ」

 一礼して下がる加山に続いて、再度メルが支配人室を訪れる。

「支配人、客人が参りました」
「お通ししな」

 入ってきた二人の人物に、グランマの眉が僅かに跳ね上がる。

「お初にお目にかかります、超惑星規模防衛組織チルダ所属、ヴァーミス局地戦闘用少女型兵器トリガーハート・《TH32 CRUELTEAR》です」
「扶桑海軍所属、宮藤 芳佳そう、じゃなくて少尉です!」
「あたしが巴里華撃団司令さ、グランマと呼んでおくれ」

 タイトなボディスーツ姿の若い女性と、海軍の軍服に身を包んだ少女というアンバランスな二人組に、グランマは判断に迷うが、大神からの親書に従う事にする。

「それじゃ早速、治療が必要な方はどこですか?」
「地下の医務室さ。容体は安定してるけど、これ以上どうしたらいいか分からなくて困ってる所だよ。メル、案内しておあげ」
「分かりました」
「他二名程もカルナダインを繋留したら来る予定です。治療と情報収集が終わったら、次はニューヨークに向かいます」
「忙しいこったね。リボルバーカノンをすぐに使えるようにしとくかね………」

 メルの案内で地下へと向かう二人を見送りながら、グランマはぼやきながら、大神からの親書を再度読み直す。

「華撃団クラスで対処しきれない超次元的災害の可能性在り、とはね。あんなの見なかったら正気を疑う所だよ、ムッシュー………」


「こちらです」

 案内された医務室には、ベッドに寝ている少女と、その脇にいる別の少女の姿が有った。

「貴女方が、連絡の有った………あ、502のジョーゼット・ルマールです。ジョゼでいいですよ」
「元501の宮藤 芳佳です」
「宮藤、ああエイラさんとサーニャさんが言ってた、有数の治癒魔法の持ち主の方ですね」
「トリガーハートのクルエルティアよ。よろしく」

 芳佳とクルエルティアと交互に握手したジョゼだったが、早速ベッドで寝ている少女、吹雪の方を向く。

「私の治癒だと、ここまでが精一杯で………」
「ちょっと待ってて」

 まずクルエルティアが前へと出ると、センサーを総動員して吹雪をサーチしていく。

「これは………」

 突然クルエルティアの前に現れる解析情報にメルは目を丸くするが、解析結果に今度はクルエルティアが目を丸くする。

「驚いた………身体構成は人間と全く一緒、けど構成成分が人間ではありえない物が多いわ。有機部分には治癒が効くと思うけど、後はカルナダインの設備を使うしかないわね」
「じゃあ、ここで出来るだけはしておきますね」

 それを聞いた芳佳が魔法力を発動、吹雪の治療へと入る。

「う………」

 そこで吹雪が目を覚まし、そばにいる人影に気付く。

「ここは………」
「巴里華撃団本部の医務室です。貴女は負傷されてここに保護されました」

 周りを見る吹雪にメルは端的に説明するが、吹雪の視線は自分に治癒魔法を施す芳佳へと向けられる。

「これは………」
「私の固有魔法の治癒能力です。完全に治せるかは分かりませんけど、楽にはなると思いますよ」
「治しきれない部分は、こちらで直すわ。そのために私達は来たのだから」
「一体、これは………」
「さて、どこから説明したらいいのやら? これだけは言えるわ。ここは貴女のいた世界とは、別の世界だって事が」
「え? それは一体………」
「私達も、違う世界から来たんです。詳しい話は、治療が終わってからしますね」
「実はこちらも理解出来てないんですけど………」

 クルエルティアと芳佳の説明に吹雪は首を傾げ、ジョゼも少しばかりバツの悪い顔をして頬を掻く。

「これで、大体大丈夫だと思います」
「う〜ん、芳佳さんの治癒でここまでだと、かなり特殊な体の作りしてるようね」
「艦娘は、古の戦闘艦の魂を宿し、具現化した存在なんです。本来は専用の入渠設備が必要なんですけど………」
「魂を具現化? どういう意味?」
「さあ………」

 今度はクルエルティアと芳佳が首を傾げる中、吹雪がふとある事に気付く。

「そう言えば、深海棲艦は!?」
「あの怪物の事? それなら全部倒しました」
「え?」
「私達ブレイブウィッチーズと、巴里華撃団の総力を上げてね」
「そんな、深海棲艦は艦娘でしか倒せないはず………」
「言ったでしょ、ここは違う世界だって。もっとも似たような事やってる人達ばかり集まってるから、対処出来る人達がいても不思議じゃないわ」
「はあ………」
「とにかく、カルナダインへの搬送用意を」
「分かりました」

 釈然としない吹雪だったが、クルエルティアの指示でメルが搬送準備へと入っていく。

「さて、あとしなければいけないのは………」


「これで、多分大丈夫ね」
「随分原始的な方法だがな」

 持参した重力通信装置を、半ば強引に巴里華撃団の通信設備と接続したフェインティアとムルメルティアは一息ついた。

「電波を一度出力して再変換なんてね。こういう手もあるのね………」

 手伝っていたポクルイーシキンが、見た事もない通信装置への変換方法に無駄に関心していた。

「思いついたのは宮藤博士よ。一度未来に飛ばされただけあって、こういう事に機転が効くみたい」
「通信網の確率は戦術的にも戦略的にも必須事項だ」
「それは分かってるわ。地元の人達が協力的だったってのも幸運でしたけれど」
「それじゃあ、繋いでみますね〜」

 接続が終わった通信装置を起動させたシーが、すぐに表示された画面を見て安心する。

「あ、繋がりました」
『シーさん、通信回線の接続をこちらでも確認。以後有事に備えて常時繋いでおくようにとの大神司令からの指示です』
「分かりました〜」

 繋がった先、こちらも重力通信装置を繋いだらしい帝国華撃団のかすみからの通信にシーが変動する。

「こちらは今宮藤さんという方が負傷者を治療中、処置が終わったらカルナダインとかいう飛行船に移動させて完治させるそうです〜」
『詳しい事情も聞きたいので、出来ればこちらに連れて来てほしいそうです。この後、カルナダインはニューヨークに向かうそうですし』
「忙しいですね〜」
「という訳で次行くわよ次」
「あれとそれね………」


「これは………」

 カルナダインに娘と一緒に同乗してきた宮藤博士が、回収された怪物=吹雪が言う深海棲艦の遺体を見て絶句していた。

「何か分かるかい」
「見ただけでは、なんとも」
「こっちも何が何だかわかりゃしないよ」

 様子見も兼ねて案内してきたグランマだったが、怪物としか言えない存在の断片に、険しい表情をするしかなかった。

「後天的に改造されたのかと思ったが、違うようですね。完全に装備と融合している」
「こっちの解析班も首を傾げるよ。これじゃあ、初めからこういう姿で生まれてきたとしか思えないって」
「あるいは、その通りなのかも」
「………全然笑えない冗談さね。もっと悪い事教えてあげるよ。実は、似たような物のデータが華撃団にはある」
「え………」
「帝国華撃団が戦った事があるという怪物、《降魔》。それと幾つか類似する部分があるんだよ。もう少し詳しい話を聞きたいんだけど、まだ治療中じゃあ聞けやしない」
「………降魔の詳細データを帝国華撃団から送ってもらって、相互解析する必要がありますね」
「こっちじゃ調べきれないから、サンプルは好きなだけ持っていきな。もっともこちらで厳重に封印梱包する必要があるだろうけどね」
「お任せします。次が…」

 宮藤博士は、更に別の物へと取り掛かる。
 そこには、巴里華撃団の整備班が吹雪から取り外された装備を調べていた。

「何か分かったかい」
「グランマ、大体ですが、どうやらこいつは霊子甲冑と同じ用途で造られたらしいって事が分かってきました」

 整備班長のジャンが分かった事を報告してくる。

「つまりは、霊力かそれに類似した力を使う事を前提としていると」
「そういうこった」

 宮藤博士の仮説に、ジャンは頷く。

「それだけじゃない。変わった部分も有る。例えばこれだ」

 巴里華撃団と一緒に調べていたラルがそう言いながら片手を宮藤博士とグランマの前に差し出す。

「何がだい?」
「いや…」

 そこに何も無い事にグランマは首を傾げるが、宮藤博士にはラルの手の上に何かがぼんやりと見えた気がした。

「やはり見えないか………」
「お父さん、こっちは終わりました。後はカルナダインで…」

 説明に困るラルだったが、そこに治療を終えた芳佳が現れ、ラルの差し出した手に気付く。

「うわ、かわいい! 何ですかこれ!?」
「? 何かいるのかい」
「え、見えませんか?」
「他にも試してみたが、どうやらウィッチと華撃団にしか見えないらしい」
「私のセンサーでも何かエネルギー体がいるらしい事しか………」

 そう言いながらラルは手のひらにいる物、作業服のような物を着て工具を持った小人を撫でてやる。
 ラルの肩にいたブライトフェザーも肩から腕を伝って降りてきながら目をこらしているが、見えている様子は無かった。

「吹雪が言うには、装備は艤装と呼ばれ、この小人、妖精と呼ぶらしいが、この子達によって運用されるらしい」
「へ〜、変わってますね」
「ウィッチと華撃団、という事は霊力や魔力を持った人間にしか見えないという事か」
「吹雪を連れて行くなら、この子達も忘れずにな。見えない人間の方が多いらしい」
「分かりました」
「艤装も持っていきな。使う当人が一緒の方が調べやすいだろうし」
「分かりました。一刻も早く、修理する必要もあるでしょうし」
「………そうかい」
「前もそうだったしね」

 宮藤博士の漏らした言葉の意味を一瞬で悟ったグランマとラルが、二人そろって険しい顔をする。

「そうだ! ジョゼさんに聞いたんですけど、エイラさんとサーニャちゃんが行方不明って本当ですか!?」
「本当よ。てっきり、こっちに来てるのかと思ったんだけど………」
「別の場所か別の世界か、恐らくこれからもっと増えるだろう」
「あっちもこっちも行方不明者だらけかい。ひどい話さね」

 グランマのぼやきは、現状を一番端的に表わしていた………


『有機部分の治癒はほぼ完了しています』
『無機部分の修復開始、2〜3時間もあれば完治出来ると推測』
「そんなに早いんですか!?」

 搬送されたカルナダインのトリガーハート用整備ポッド内で、カルナとブレータが吹雪の状態を診断、トリガーハートや機械人のデータを元に修復作業に取り掛かるが、予想時間に吹雪が驚く。

「生体部分はジョゼさんと芳佳さんが治してくれてたし、機械人のデータに似てたから。普段はどうやってるの?」
「あ、入渠って言いまして、専用の活性剤を入れたお風呂に浸かるんです。ただ、空母や戦艦の人達は丸一日以上掛かる事もあるんですけど………」
「チルダでは考えられない原始的な方法ね………」

 クルエルティアが吹雪の説明に眉を潜めるが、再度カルナやブレータが出した吹雪の身体データを精査する。

「つくづく変わってるわね………機械改造でもないのに、ここまで機械的特徴を備えているなんて」
「それが艦娘です。まあ、私も細かい所は分からないんですけど………」
「詳しい話は後で聞かせてもらうわ、直るまで休んでなさい」
「はい、そうさせてもらいます」

 吹雪が目を閉じるのを見たクルエルティアは、ブリッジへと向かう。

「カルナ、ニューヨークの状況はまだ不明?」
『はい、かなり大規模な転移と思われる時空湾曲の余波が確認されてますが、その影響のためか、通常電波での通信は不通のままです』
「やはり、こちらが終わったらすぐ向かうべきね………彼女を積んだままになるけど」
『艤装と呼ばれる専用装備は、カルナダインでも整備は不可能です。華撃団、もしくはウィッチの技術が必要と推測』
「似たような技術があるだけ運がいいわね。私達も前回、機械化惑星で直してもらったし」

 ブレータの報告に前回の事を思い出しつつ、クルエルティアは嘆息する。

「宮藤博士とフェインティアに連絡、搬送物資を積みこんだら、すぐに出発。加山隊長は?」
『市街地を探索中の模様、呼び戻しますか?』
「こちらの準備が終わってからでいいわ。諜報はさすがにトリガーハートの仕事じゃないし」
『了解です』

 あれこれと状況を整理しつつ、クルエルティアは新たに入手した情報をまとめて追浜へと送信していく。

「………あまりに展開が早過ぎるわね。華撃団に蒼き鋼、それに艦娘………向こうが幾ら戦力が有ると言っても、この世界にここまで戦力を集める物かしら?」
『そうですね。Gの情報だと、他にも転移してきている人達いそうですし』
『ニューヨークにもいるのは確実でしょう。ただ、規模がかなり大きいので追浜基地クラスの転移の可能性が高いです』
「………まずはニューヨークで何か起きてるかを確かめてからね。壊滅状態、って事は無いと思うけれど………」
『クルエルティア、そっちはどうなってるの?』
「フェインティア、治療は順調よ。そちらは?」
『通信機器は問題無いわね。念のため、しばらくこっちに留まろうかと思うんだけど』
「そうね、機動性のある戦力がいた方がいいかもしれないわね」
『まんざら、知らない連中でもないしね。前にイミテイトに脳天から突っ込んだウィッチ、またやったらしいわよ』
「よく無事ね………」

 クルエルティアが呆れる中、外部映像に厳重に封印梱包されたコンテナが搬送されてくるが見えた。

「カルナ、運ばれてきたサンプルは二番格納庫にAクラス搬入、多重ロックして」
『了解、そんなに危険なんですか?』
「分からないわ。そもそも私達とは違う技術の産物だもの。もしもの時は、芳佳さんに頼る事になるかも知れないわね」
『深海棲艦の対処法を早急に考慮する必要があると思われます』
「ブレータ、向こうの武装神姫から戦闘データもらって詳細解析をお願い。私達で対処できるかどうかを確かめておく必要があるわ」
『了解、今回は敵の正体が分からない事ばかりです』
「その通りよ。ひょっとしたら、今もどこかで誰か戦ってるかもしれないわ………」



「む?」
「どうしたコンゴウ?」

 コンゴウが何かに反応したらしい事に、釣った魚を一部干し魚に加工しようかとしていたエイラが気付く。

「ここから10km程先、戦闘が起きているようだ」
「何だっテ!?」
「待って………本当みたい。ウィッチとは少し違う反応と、すごく不気味な反応がある」
「急ゲ! 誰かは知らないケド、ほっとくわけにはいかないダロ!」
「分かった」

 サーニャも魔導針を発動させて確認、エイラが魚をさばいていたナイフ(※サバイバルキットの一つ)を前方に向け、コンゴウが頷くと同時にいきなり船体を加速させる。

「うわァ〜!?」
「きゃっ!」

 あまりの急加速にエイラとサーニャは甲板にひっくり返り、さばいていた魚がその上に降り注ぐ。

「いい加減、物事ノ限度を覚えロ!」
「急げと言ったのはそちらだ」
「エイラ、急いだ方がいいみたい。苦戦してる………」
「分かっタ! でもこれ以上スピードだすナ!」

 脳天から開いた魚をかぶりつつ、エイラが怒鳴る。
 コンゴウが水上艦としては信じられない速度で海上を突っ走り、やがて目標が見えてくる。

「居たぞ」
「四人、それに攻撃してる敵が多数いるみたい。援護しないと」
「速度落とせコンゴウ! 誰かは知らないけド、多分こっちと似たような状況ダ!」
「援護すればいいのだな」

 そう言いながらコンゴウは艦速を落とし、各種兵装が一斉に動き出す。

「ちょっと待テ…」
「一掃する」

 エイラの制止も聞かず、コンゴウは各種兵装を斉射、無数のビームやレーザーが水平線の向こうに見える影へと発射されていった。


「もう、なんでこんなに!」

 セーラー服に軍帽を被った小柄な長い黒髪の少女が、水面を滑走しながら手にした小型の砲を連射する。

「包囲が狭まってきている。ここで迎え撃つしかない」

 同じくセーラー服に軍帽姿、こちらは銀髪の寡黙な少女が、黒髪の少女に背を預けるようにして同じく砲を連射していた。

「右舷から新手!」
「左舷からも!」

 隣で同じセーラー服姿のよく似た顔立ちの栗色の髪の二人の少女、片方は勝ち気そうな、もう片方は穏やかそうな雰囲気の少女が、腰に装備した魚雷を同時に発射しながら叫ぶ。
 彼女達の周囲には、青白い炎を灯した魚類や半端に人の形をした異形達が押し寄せ、劣勢は明らかだった。

「どうにかして退路を確保しないと!」
「もう背後にはあの島しか残ってない」
「それこそ袋のネズミよ!」
「あそこには博士がいるのです! 何としてもここで…あれ?」

 四人の少女が焦りを覚える中、何かの反応が有ったかと思った瞬間、無数の光が飛来し、異形達へと直撃する。

「きゃああ!」
「これは!?」
「何なのよ〜!」
「解らないのです!」

 光が振りそそいだ場所からすさまじい水柱が吹き上がり、四人の少女達は悲鳴を上げる。
 周辺がしばし荒れ狂い、やがて落ち着きを取り戻した頃には、四人以外の動く影は見当たらなかった。

「す、すごい………」
「攻撃? 今のが?」
「あ、あれ見て!」
「何か来るのです!」

 四人が唖然とする中、こちらに向かってくる赤い艦影に気付く。

「あれが、さっきの?」
「かなり巨大、戦艦のようだが………」
「あんな真っ黒な?」
「しかも変な模様が光ってるのです」

 波間に浮かぶ異形達の破片をかき分けながら迫ってくる異質過ぎる戦艦に四人は警戒するが、やがて手前で停止すると、甲板から人影が見える。

「お〜い、無事カ?」
「怪我は無い?」

 呑気に声をかけてきた二人の少女に、四人は顔を見合わせ、取り敢えず敵ではないらしいと判断して頷く。

「こっちは無事よ! さっきの攻撃は、貴方達が?」
「こいつがやったんだけド…」

 海面に浮かび、小型の砲塔や魚雷発射管を付けている変わった四人組にエイラが内心首を傾げつつ、背後にいるコンゴウを指差す。

「まったく、これはやり過ギ…じゃない! サーニャ右なんダナ!」
「分かった」

 突然そこでエイラが叫び、サーニャがフリガーハマーを構える。
 破片と思っていた異形の一部が、突然コンゴウの船体へと向けて砲撃を放ってくる。

「何!?」

 完全に直撃させたはずの相手からの反撃に、コンゴウは困惑するが、エイラとサーニャは甲板の上から攻撃してくる異形達を迎撃する。

「こっちも行くわよ!」
「残敵を掃討する」
「私達はこっちへ!」
「これならなんとかなるのです!」

 四人の少女達も即座に左右に分かれ、掃討に入る。

「まだ動けるのなら、侵食兵器を…」
「何か知らないケド、巻き込みそうだからヤメろ!」

 再度兵装を起動させるコンゴウを怒鳴りつけながら、エイラは次々と動き出す前の異形達を銃撃し、完全に破壊していく。

「エイラ、これ………」
「魔力の攻撃に弱いんダナ、生き物っぽいケド………」

 コンゴウの砲火に耐えた異形達だったが、ウィッチの攻撃や四人娘の攻撃の前にはもろくも崩れていく。
 それに違和感を覚える二人のウィッチだったが、程なくして掃討を終えた。

「どういう事だ………」
「あいつらニ聞けばいいダロ。階段出セ」
「分かった」

 未だ首を傾げているコンゴウだったが、下の四人が手慣れた対応をしている事に、何かを知っていると判断したエイラがコンゴウに命じてフィールドの階段を作らせる。

「こっちに来て。いろいろ話したいから」
「………分かったわ!」

 すこし悩んだ少女達だったが、リーダー格らしい黒髪の少女が返答し、おっかなびっくりフィールド製の階段を登ってくる。

「こりゃまた、随分ちっちゃいナ………」
「これでもレディよ! 馬鹿にしないで!」
「ゴメン、私はオラーシャ陸軍586戦闘機連隊所属ウィッチ、サーニャ・V・リトヴャク中尉」
「スオムス空軍第24戦隊所属ウィッチ、エイラ・イルマタル・ユーティライネン中尉なんダナ」
「中尉!? 失礼しました! 私は横須賀鎮守府所属艦娘、第六駆逐隊・暁型一番艦、暁です!」
「暁型二番艦・響」
「暁型三番艦・雷よ」
「暁型四番艦・電なのです」

 自己紹介をした暁型艦娘達に、エイラとサーニャは顔を見合わせる。

「新顔、なんダナ」
「変わった反応してる、ベースは人間みたいだけど………」
「あの、そっちの人は?」

 そこに恐る恐る電がコンゴウを指差す。

「私は霧の大戦艦コンゴウ、そのメンタルモデルだ」
『え??』

 コンゴウが名乗ると、艦娘達は一斉に疑問符を口にする。

「霧の、コンゴウさん?」
「人違い?」
「でも、戦艦って………」
「そっか、博士が言ってたパラレル存在なのです?」

 四人が口々に言う中、幾つか聞こえた単語にエイラとサーニャが反応する。

「博士って誰ダ?」
「パラレル存在って事は、状況が分かってるの?」
「私達、資材集めの遠征中だったの」
「そうしたら、突然すごい霧と竜巻に巻き込まれた」
「それで、気付いたら全然違う海域にいて、無線も何も通じなくなってたのよ」
「仕方なく、見かけた島に一時上陸しようとしたら、そこに博士がいて色々教えてくれたのです」
「正直、パラレルワールドとかいうのは全然分かんないけど、さっきので分かったわ」

 暁がじっとコンゴウを見つめ、コンゴウは首を傾げる。

「で、その博士ってのはドコにいるんだ?」
「あの島なのです!」
「すぐそこ、流れ弾当たってないよね?」
「人間らしい反応は感知出来てたから、一応外した」
「島端っこ焦げてんだガ………」

 艦娘達が指差した小さな島に、コンゴウは船体を寄せると、ボートを下ろす。

「この船他に誰も乗ってないんだ」
「全部こいつが動かしてんダと」
「すご〜い」

 艦娘達は自前の艤装で島へと向かい、エイラ・サーニャ・コンゴウがボートが乗り込むと、ボートは勝手に島へと向かう。

「アレ、エンジンついてたかコレ?」
「必要ない。これ位なら簡単に動かせる」
「なんか光ってる………」

 ボートの船腹にコンゴウの船体と同じ模様が浮かんでいる事にサーニャが気付く中、ボートは島の砂浜部分へと辿り着く。

「確かに誰かいるナ」
「そうだね」

 砂浜に大きく石や枝で造られたSOSを見ながら、三人は先に上陸した艦娘達の後を追う。

「博士〜」
「お客さん! 何か知ってるみたい!」

 暁と雷が声をかけると、林の中から人影が現れる。

「あ」
「貴方達………」

 互いの顔を見たウィッチと人影が絶句する。

「周王さん?」

 それは、かつて攻龍に乗っていたソニックダイバー開発責任者、周王 紀里子に他ならなかった。

「何でここニ?」
「それはこっちの、と言っても多分状況は同じでしょうね」
「あれ? 知り合いなのですか?」
「貴女達に話した、私の乗ってた船に一番最初に乗り込んできたパラレルワールドのウィッチ、それが彼女達よ」
「周王さんがいるって事は、アイーシャやソニックダイバー隊の人達も?」

 サーニャの問に、周王は首を左右に降る。

「ここにはいないわ、けどこの子達の話を聞く限り、一致してる事が一つある」
「霧の竜巻」
「ラストフライトのデモ飛行中だったソニックダイバー隊がそれに巻き込まれたのは私も見たわ。けれど、同時に入院していたアイーシャの病室も霧に包まれて………」
「確かに同じパターンなんダナ」
「私もそうだ」

 そこで今まで黙っていたコンゴウが口を開く。

「そちらの人は?」
「霧の大戦艦コンゴウ、そのメンタルモデルだ」
「カルナやブレータの同類っぽいんだナ」
「あの赤い戦艦の物理AI? 一体何時から来たの?」
「私がいたのは西暦2056年だ」
「2056年?」

 それを聞いた周王が眉を潜める。

「私がいたのは2085年よ、どう見てもオーバーテクノロジーの産物に見えるのだけれど」
「私は霧だ。人類に造られたのではない」
「またその言い方カ? 一体どういう意味ナンダナ?」
「そのままの意味だ。それ以上は私自身分からない」
「なんか、ホントに私達の知ってる金剛さんと全然違う………」
「パラレルワールドって怖いのです」

 それぞれが口々に言う中、周王はしばし考え口を開く。

「つまり、今ここにはソニックダイバーの世界、艦娘の世界、ウィッチの世界、霧の世界から来た者達がいる。全員が霧の竜巻に巻き込まれ、見知らぬ所に飛ばされ、仲間とも通信が途絶している」

 周王の言葉に、艦娘、ウィッチ、メンタルモデルが一斉に頷く。

「だとしたら在り得る可能性が一つ、ここはそのどの世界でもない。全員が全く知らない世界に飛ばされている可能性があるって事」
「マジかよ」
「私達の通信機の通信範囲にいないだけって事は」
「在り得るわね。実は大体だけど場所は分かってるの」

 エイラとサーニャが顔を見合わせる中、周王はポケットから携帯端末を取り出す。

「GPSに接続出来なかったから正確とは言えないけど、大体の緯度と経度はこれで観測出来たわ。ここは太平洋の中央部、やや西よりね」
「………考えてたけど、マジで太平洋かよ」
「他には?」
「バッテリー切れを起こしてて、これ以上は………」
「貸してくれ」

 完全に沈黙している携帯端末を借りたコンゴウはグラフサークルを展開。

「きゃっ!」
「これは?」
「あ〜、こいつ何かする時こんなん出るんダ」
「私達のこれと似たような物みたい」

 驚く艦娘達に、サーニャは使い魔の耳と尻尾を出してみせる
 艦娘達がそちらにも驚く中、コンゴウの手の中で携帯端末が再起動する。

「!? 何をしたの?」
「ナノマテリアルでバッテリーを再活性させた。ついでに中の情報もコピーさせてもらった」
「この短時間で? そんな事が………」

 周王が驚く中、コンゴウは目の前に半透明の地球儀を投影、携帯端末のデータを元に現在地を表示させる。

「うげ、ここかよ………」
「確かにこれじゃ通信届かないね、私の固有魔法でも」
「おかしいのです、こんな所まで来る予定は無かったのです」
「地球なだけマシだぞ。全然違う星に行ってたって仲間も居タ」
「ともかく、今後について…」

 まとまらない話に、周王が一度中断しようとした所で、変わった音が響く。

「?」
「あの………」

 音がした方向を見ると、電が恥ずかしそうにしていたが、再度その腹から小さな音が響く。

「持ってた糧食食べつくしちゃって、今日は何も食べてないのです」
「そうだったわね」
「あ〜、魚で良かったラ、釣ったのあるから食うカ?」
「いいの!?」

 エイラとの一言に艦娘全員が目を輝かせる。

「という事は、周王さんも」
「私じゃサバイバル知識も無くて。端末頼りに食べられそうな物探してたら、あっという間にバッテリー切れで困ってたの」
「じゃあコンゴウ、戻って飯ダ飯」
「いいだろう」

 ボートと艤装でコンゴウ(※船体)に戻り、甲板にぶちまけられていたさばいてる最中だった魚に皆が苦い顔をするが、綺麗に洗ってコンロで焼きに入る。

「取り敢えず、座標が分かったノはよかったんダナ」
「問題は、どの地球か分からないって事ね」
「私達は鎮守府に戻らないと! あ、そろそろ焼けたかしら」
「でも、そもそも鎮守府があるか分からない。お皿ある?」
「皿、こうか」
「うわ、急に現れた!」
「すごいのです、あとお箸は?」
「箸、これか」
「これ、菜箸って奴。鳳翔さんがお料理の時に使ってる………」
「食事用の箸はもう少し小さい奴」
「小さく、これくらいか」
「早々これくらい。とりあえずいただきます!」
「お醤油がほしい所です」
「確かにね。それと状況は好転、とは言い切れないわね」

 皆が口々に色々言いながら焼いた魚をつつく中、コンゴウは先程周王の携帯端末からコピーしたデータを見直していた。

「ソニックダイバー、これがそっちで使われていた装備か」
「ちょっと、まさかロックしてた機密データまでコピーしたの!?」
「そうか、あれはロックだったのか」
「あ〜、こいつ常識すらない世間知らずだかラ、言うだけ無駄ナンダナ」
「この際だから、お互い持ってる情報は交換してた方が」
「交換出来る程の情報があれば、なんだけどね」

 自分の分を食べながら、周王がため息をもらす。

「取り敢えず、一緒に行動するのがいいんダナ」
「そうね………それしかないわね」
「この船は強い、防御には最適だ」
「でも、どこに向かうの?」
「それなのです………」

 暁型四姉妹の指摘に、皆が顔を見合わせる。

「………取り敢えず、日本に向かいましょう。誰かの世界だったら、連絡が取れるかもしれないわ」
「もし私の世界だったら、問答無用で攻撃されるぞ」
「その前に私ラだけ降りて近寄ればいいダロ」
「せめて、通信が繋がれば状況が分かるんだけど」
「この世界の通信環境も分からないんじゃね………」
「とにかく、ご飯が終わったら出港の準備よ!」
「島から僅かだが運ぶ荷物もある」
「私らも手伝うゾ。コンゴウはその間にもう五人寝れるようにしておケ」
「確かに、あの部屋じゃちょっと狭いかも」
「周王博士は監修頼ム。艦内見れバ、こいつの常識外れ分かるゾ」
「お願いね。あと海岸のSOS片付けてくれる?」

 食事を終えた艦娘は艤装で、ウィッチはストライカーユニットで島へと向かっていく。

「ベッドルーム………なるほど、こうすればいいのか」

 コンゴウは先程周王の携帯端末からコピーしたデータから辞書ツールを検索し、ベッドルームの制作へと取り掛かる。

「組成を自由に変えられるの?」
「私もこの船体もナノマテリアルで出来ている。その気になれば何にでも作り変える事は出来るが、兵装以外を作ったのはあの二人が来て以後だ」
「ひょっとして、それまで人間と接触した事は…」
「一度だけ有る。その結果、私は異端と判断され、色々な物を失った」
「そんなに人間といる事は、霧とやらには危険な事なのかしら?」
「………分からない、今でも。これから先、どうすればいいのかも」
「じゃあどうして、ウィッチ達と一緒にいて、艦娘達を助けたの?」
「………それも分からない。だが、数日だがあの二人といて不快ではなかったし、救援の申し出を断る気もしなかった」
「気に入ったって言うのよ、それは」
「そうかそういう物か………」

 しばし何かを考えていたコンゴウだったが、そこでいきなり周王の方に振り向くと、先程コピーした地図を投影する。

「通信途絶の件だが、一つの可能性がある」
「これは………」

 周王は投影された地図に、奇妙な縞模様が描かれている事に気付く。

「先程の端末からコピーした位置情報と地図、そして私の観測データを相互照合してみた。ここが私が出現したポイント、ウィッチの二人もほぼ同一。そしてこっちがあの島周辺、次元転移とやらの影響で、周辺空間の歪曲が確認出来ている。通信途絶の原因の可能性が高い」
「待って、じゃあこれは………」

 周王はそう言いながら地図のある一点、他の二つとは比べ物になら巨大な渦が描かれているポイントを指差す。

「ここから大分離れているが、それでも観測出来る程の巨大な空間湾曲だ。もしこれが次元転移による物なら、相当な巨大質量だという事だ」
「………前の戦いで巨大な敵が出てくるのは何度も見たわ。けどこの船体が転移したのと比べても、巨大過ぎる………」
「何かが、ここに来るのか、来ているのか」
「どうするの? 行ってみる? 少し回り道になるけれど」
「………判断材料が無い。これが敵なら、私だけでは対処出来ないかもしれない」
「判断材料が何か分かるまで、あの子達にも黙っていた方がいいかもしれないわ」

 深刻そうな顔をしていた周王だったが、そこでもう一つの懸念要素を呟く。

「私がここに一人いたのは、実は理由があるの。アイーシャの病室が霧に包まれた時、アイーシャは咄嗟に私を突き飛ばしたのよ。『狙いは私だ』って叫んで」
「狙いは、私? アイーシャ・クリシュナム、彼女か」

 コピーしたデータから該当人物を検索したコンゴウだったが、付随したデータに僅かに眉を動かす。

「ナノマシンとの融合体? そちらではこんな事をしているのか」
「あくまで彼女のは治療のため、そして地球を救うための物だったわ。けど、アイーシャが狙われるとしたらそれしか考えられない………」
「ならば、私達も?」
「次の狙いがこの中の誰か、の可能性も高いわ」
「正体不明の敵、か。霧と相対した人類もこんな感じだったのだろうか………」

 波間の向こう、姿すら見えぬ幾多の謎を感じながら、コンゴウは呟いた………



「う〜、さすがにこの歳だとちときついか………」
「おはよう、ソニックダイバーの状態は?」
「おはようございます、嶋少将。何とか全機整備完了しました。ただ…」

 早朝、伸びをしていた大戸に早起きした嶋が声をかけ、整備状況を確認する。
 その二人の背後では、二連続徹夜でソニックダイバー全機を整備した他の整備班が、半ば躯となって転がっていた。

「臨戦態勢を取るには、整備の人員を増やさなくてはな」
「83式まで臨戦態勢となると、そうなりますな。華撃団の連中に手伝ってもらうにも、技術格差はいかんとも出来ませんし」
「問題は山積みか………物資の搬送もGに頼るしかないのではな」

 嶋も難しい顔をする中、そこに場違いなベルの音が響き、一台の自転車がやってくる。

「朝刊で〜す」
「………契約した覚えは無いのだが」
「米田さんからですよ」

 そう言いながら数束の朝刊を差し出してきた新聞配達に、嶋は首を傾げながらも受け取る。

「情報操作はこちらでしておきました、ご安心ください」

 渡し際に囁かれた言葉に、嶋は相手がただの新聞配達員ではない事に気づくが、あえてそれを口には出さなかった。

「朝刊なんて、久しぶりに見ましたな」
「ああ、こちらでは新聞自体無くなって久しいからな。一つどうかね?」
「片付け終わってから見るんで、食堂にでも。みんな見たいでしょうし」
「若い連中は新聞自体見るのも初めてだろうがな………」

 そう言いながら、嶋はコーヒーでも飲みながら読もうかと食堂へと向かっていく。
 残された大戸は、工具をしまいかけた体勢で寝息を立てている整備班達を取り敢えず格納庫の控室へと運ぶ事にしていた。


「え〜と、暁ノ襲撃、帝國華撃団奮戦ス………」
「帝國華撃団新戦力!? 天空舞ウ乙女達大活躍!」
「帝都ノ怪異? 小サナ妖精ガ市民ヲ救ウ?」
「敵カ味方カ? 謎ノ御嬢様仮面、帝都ニ出没………」

 食堂にあった朝刊を、起きてきたソニックダイバー隊やウィッチ達が目を通す。

「冬后さ〜ん、私達勝手に帝国華撃団の一員になってるんですけど〜?」
「そうしときゃ都合がいいだろ」
「アーンヴァルも載ってるな、ボクのは無い?」
「写真もピンボケなのはわざとだろうな」
「あの、なんで私だけこんなはっきり映ってるのかしら………」
「そりゃ全部ピンボケじゃ話にならないからな。小さい写真だからいいだろ」

 感心したり呆れたりしている面々を前に、冬后も流し読みで内容に目を通す。

(肝心の所は巧みにぼやかしてるな、上手い情報操作だ)
「ちょっと、私とバッハが映ってないんだけど!」
「金髪だと目立つからじゃないでしょうか?」
「これ家のおみやげに貰っていいかな?」
「日付考えなさい………」

 皆でワイワイと騒いでいる中、ふと音羽は外にプレハブの建物が増えている事に気付く。

「あれ、何か増えてる?」
「ああ、香坂財団で用意した転移装置を設置するそうよ。次元転移を安定させるためにね。一番最初にユナ達が来る事になってるわ」
「え!? ユナちゃん来るの!?」
「そろそろ設置が完了するから、出迎でもする?」
「するする!」

 嬉々として食堂を出て行く音羽をポリリーナは見送りながら、再度新聞に目を通す。

「エルナーが来たら、再度対策会議だそうだな」
「ええ、対策がまとまれば、の話だけれど」

 隣で同じように新聞に目を通していた美緒に、ポリリーナはエルナーでもまとめられそうにない状況に思わずため息をもらす。

「香坂財団は全面協力してくれるそうよ、元から異世界と交流する予定が幾つか段階飛ばす事になったそうだけれど」
「それだけでもありがたいな。兵站が無くては戦えん。そういえば今頃、土方がこちらの世界に502が転移してきた情報を上層部へ報告しているだろう。さすがに他人事ではいられない筈だ」
「問題は蒼き鋼ね、まだ返事は保留してるし」
「それはそうだろう、いきなりこの状況は経験が無かったら我々でも混乱するからな」
「あの戦力はすさまじいけれど、どう説得するべきか………」

 二人が思い悩む中、外から話し声が聞こえ、転移してきたらしいユナとユーリィにエルナー、そしてエリカ・フォンティーヌを音羽達ソニックダイバー隊がにこやかに出迎えていた。

「来たようね、私も行ってくるわ」
「そうか、おや?」

 ポリリーナが席を立とうとした所で、美緒がもう一人長い黒髪を二つに分けた少女がいる事に気付いた。

「あれはミサキではないか?」
「あら本当? 来るなんて聞いてなかったんだけど………」
「あるいは、本業か」

 その最後の一人がかつて共に戦った光の戦士の一人 一条院 美紗希、またの姿を銀河連合評議会安全保障理事局特A級査察官、コードネーム『セイレーン』だという事を知っている二人の顔が僅かに険しくなる。

「私も行こう。彼女には前回世話になったし、少し聞いておきたい事もある」
「そうね」

 二人が食堂を出ようとした時だった。
 突然甲高い警報音が鳴り響く。

「何事だ!?」
「まさか、敵襲!?」


「到〜着!」
「久しぶり!!」
「音羽ちゃん!! 元気だった!?」
「うん!」
「ボクもいるよ〜」

 転移してきたユナが、出迎えてくれた音羽+ヴァローナに破顔して駆け寄り、お互い手を握りしめて勢い良く降る。

「まさかこんな形で会う事になるなんてね」
「お久しぶりです」
「相変わらずね」
「皆さんお久しぶりですぅ!」
「事情は聞いています。無事で良かったですね」

 他のソニックダイバー隊も迎える中、ユーリィとエルナーも挨拶をかわす。

「この人達が、ユナさん達のお仲間なんですね?」
「うんそう! あ、この人は巴里華撃団のシスター エリカ・ファオンティーヌさん」
「エリカ・フォンティーヌです。よろしく!」
「ソニックダイバー隊の桜野 音羽。こちらこそ!」

 にこやかにエリカと音羽が握手する中、転移装置からもう一人出てくる。

「あら、貴女は…」
「お久しぶりね、ソニックダイバー隊」
「確かミサキさん、でしたね。前回は色々お世話になりました」
「お互い様ね、今回は仕事で来たから」
「仕事?」

 ユナの後ろに続いてきたミサキの言葉に、瑛花は前に聞いた彼女の職業を思い出す。

「香坂財団研究所に不穏な動きあり、の調査に赴いたら、ユナにばったり会って」
「どうせだから一緒に行こうって誘ったんだ♪」
「で、来てみたらこうなっているとはね………」
「外見たらもっと驚くわよ? 蒸気機関のパワードスーツに重力兵器搭載の潜水艦もいるから」
「………エルナーが呼ばれた理由がなんとなく分かったわ」

 エリーゼの説明に取り敢えず現状を確認しようと、何か話しながらプレハブから出て行くユナの後をミサキは追う。
 そしてプレハブから数歩出た時、甲高い警報音が届いてきた。

「何? 何?」
「こちらの警報じゃないわ!」
「え? え?」
「指揮所はどこですか!?」
「あっち!」

 困惑する皆だったが、エルナーが素早く聞いた事に音羽が指揮管制室を指差す。

「何かが起きたようです!」
「敵襲!?」
「で、でも何も見えないような………」

 エリーゼと可憐が周囲を見回すが、敵影も転移ホールのような物も見当たらない。
 エルナーはいち早く、飛行できる利点を持って指揮管制室へと飛び込んでいく。

「何が起きました!?」
「何事だ!」

 偶然にも、エルナーと共に門脇少将も管制室へと飛び込んでくる。

「Gから緊急警報です!」
『こちらオペレッタ、該当メガバース内に大規模な時空湾曲反応、大規模次元転移と思われます』
「場所は!」
『正確な座標は検索中、概算だと東経172°、北緯25°近辺』
「つまりそれは………」
「太平洋、だと?」


「太平洋だあ?」
「………はっきり言えば、ここからじゃ何も出来ませんね」
「しかし、今度は何が………」
「今に分かるだろうマスター」

 突然の警報に帝国華撃団司令室に飛び込んできた米田とかえで、大神+プロキシマがその報を聞いて唖然とする。

『質量、超大規模。何らかの大型施設の可能性あり』
「………今度は要塞でも現れるってのか?」
「覚悟はしておいた方がいいかもしれません」
「さすがに要塞は勘弁してほしいな」

 米田の冗談に、大神は半ば本気で答え、プロキシマは引きつった笑みを浮かべる。

「けど、そもそも何が起きてるかも調べようがないわ?」
「そうなんだけどな、ただあちらだとどうかな?」
「何かあればいいんですが………」


「大規模転移!? 今度は何が来るの!?」
「分からないわ!」
「亜乃亜さん、エリューさん! 現地に向かって!」

 もたらされた情報に、追浜基地内も混乱し始め、ジオールは偵察に飛んでいた二人を急遽確認に向かわせる。

「どいてください!」
「危ないわよ!」

 そこへ、何かの発射装置のような物をエミリーとマドカが運んでくる。

「それは…」
「香坂財団で用意していた観測衛星よ。本当は最終調整してお昼に打ち上げる予定だったのだけど………」
「調整は打ち上げてからしよう! カウントダウン省略!」
「発射!」

 エミリーが発射スイッチを押すと、全天候型小型観測衛星が小型重力カタパルトから超高速で発射されていく。

「うひゃあ!」
「すごい速度ね」
「最新型ですから。目標高度まで5、4、3」
「目標高度到着、衛星展開」
「データリンク開始、各通信施設に接続」
「観測開始、観測データ補正プログラム起動」
「目標座標まで移動開始します」
「私達も指揮所へ! 何か分かるかもしれないわ!」

 手早く衛星を操作していく二人に周囲の者達は唖然としていたが、ミサキの一言に慌てて指揮管制室へと向かう。

「ミサキ!」
「美緒! 来てたの」
「まあな、だが今はそれよりも…」
「ええ」

 途中合流した美緒と共に、誰もが我先に管制室に向かい、狭い管制室は半ば寿司詰めとなっていた。

「押すな!」
「見えない〜」
「落ち着け! 何か分かれば知らせる!」
「映像、来ました!」

 口々に誰もが喚く中、七恵の一言に全員が一斉に画面に視線を集中させる。
 画面には、前回同様の霧の竜巻が、ただし画面端の縮尺から、それが前回とは比べ物にならないサイズだという事が見て取れた。

「でけぇ………」
「この規模、Gでも数えるくらいしか………」
「今度は、何だ?」
「分かりません………」

 冬后、ジオール、美緒、アーンヴァルがそれぞれ呟く中、やがて霧の竜巻は晴れていき、何かが姿を表す。
 それは複数の建築物で構成された、施設のような物だった。

「これは………」


「おいおい、マジかよ………」
「大型施設がまるごとか」
「私達なんて可愛い物だったようね」

 401のブリッジで、警報で集まったクルーやメンタルモデル達もその映像を見つめていた。

「この世界の地図情報を信じるならば、そもそもこの座標には島は存在してません。施設とそれを支える土地。合わせての転移という事になります」
「どれだけの質量と体積になんのよ?」
「見当もつきません………」
『だが、これは何だ?』
『軍事施設には見えないが…』

 僧といおりがあまりの異常さに愕然とする中、通信枠にハルナとキリシマも表示される。
 結局昨夜は蒔絵と共に帝国劇場に泊まったハルナ(※頭部にナイトキャップ付き)とキリシマ(※両耳にリボン付き)が映像を精査していき、首を傾げる。
 衛星が施設上空をスイングバイしながら複数角度から観測した情報で3Dモデルが制作、各所に表示されていくが、それを見た誰もが違和感を感じていた。

「何か、不自然ですね?」
「複数の建物が融合しているような点が見られます。元からだとしたら随分と前衛的ですが」
「つうかさ? これ、何かに似てね?」
「………やっぱそう見えるよね?」

 静と僧も違和感を感じる中、杏平といおりは建物の種類や配置に、ある事を連想していた。

「これ、グラウンドだよな? トラック書いてるし………」
「こっちのは体育館に見えるし………」
「じゃあこれは校舎でしょうか? 小さいですが、人影も見えますね」

 杏平といおりが連想している物を画像を当てはめ、僧も二人の言わんとする事を悟る。
 確かに小さい上に不鮮明だが、スポーツウェアや制服らしき物を来た人影も複数写っていた。

「群像、これって………」
「ああ、オレにもそう見える。これは、学校だ」
『学校?』
「艦長、当たりかもよ」

 イオナと群像も結論付け、タカオが唖然とする中、ヒュウガが3Dモデルのある一点を拡大、修正していく。

「これは、校章?」
「ってことはマジで学校かよ!?」
「しかし、二つありますが?」
「どういう事でしょう?」
「さあ………」

 ヒュウガが見つけた校章らしきエンブレムは、ISのアルファベットを意匠化した物と、帝の漢字の意匠化した物の二つが確認出来た。

「まさか、二つの学校が融合している?」
「群像、これ………」

 イオナが画像のあるポイントを指差す。
 大型のアリーナのような建造物の中央に、大型パワードスーツのような物を着た人影と、プロテクターのような物をまとった人影が複数あった。

「どうやら、ただの学校じゃないようだな………」

 群像の過程が現実として認識されるのは、然程時間はかからなかった………





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