this morning


「・・・起きて下さい」
 ぼけてる耳に聞きなれた声が聞こえてくる。
「起きて下さい、休日でも寝すぎですよ」
 内容は理解できるが、体が拒否。
 安息の場を守るべく、布団を頭からかぶる。
「ダメですよ、そんなの。グリグリしちゃいますよ」
 グリグリ?なんだそりゃ、布団の上からで効果あるんだろうか?
 などと考えていると、なにやら金属音。
 マズイ!
 俺が布団ごとベッドから脱出するのと、何かがさっきまで俺の居た位置に突き刺さるのは一瞬の差だった。
 飛び散る火花と猛烈な轟音。
「あ、おはようございます」
 予想通り、そこに居たのは君。
「おはようじゃない!何だそのドリル!」
 君はにこやかな笑みを浮かべたまま、超合金製ベッド『永遠のゆりかご君マークV(部品換装により揺りかごから棺桶まで使用可能の万能ベッド)』に突き立ててたドリルを停止させる。
「これ、咲耶さんから昨日もらったんです。カッコイイですよね」
 にこやかに作業腕に取り付けたドリルを自慢する君の笑顔に悪気は一切無い。
 また、妙な事を姉貴から覚えたらしい。
「頼むから、命に関わる起こし方は今後しないでくれ」
「なら、きちんと起きて下さいね」
 そう言いながら、情け容赦なく俺から布団を剥ぎ取ろうとする。
「ちょっ、待った。頼むから待ってくれ」
 情けない事に布団の下の格好はパンツ一丁。
 おまけに中身は朝を確実に主張している。
「着替えるから、朝食用意してて。ねっ」
「ダメです。そうしたらまた寝てしまうかも知れないじゃないですか」
 そう言いながら、なおも布団を引っ張る。負けじと俺も引っ張り返す。
 だが悲しいかな、君の最大1トンまで持ち上げられる作業腕にかなう訳も無く・・・・
「のわあぁぁ!」
 無常にも布団は宙高く待っていった。
「さ、着替えて.朝食にしましょう」
 前かがみになった俺に恥ずかしがるでも無く、君は笑顔のまま部屋を出ていった。
「遅れちゃダメですよ、マスター」
 去り際の一言。
 その呼び方がどれだけ俺にキツイのか、君はまだ知らない。
「夢の中だと呼んでくれるんだけどなぁ」
 そう夢の中の君は、俺を名前で呼んでくれる。
 オマケにゆっくりと顔が近づいて来て・・・
「マスター、今朝はご飯なんですけど、緑茶とほうじ茶どっちがいいですか?」
 ドアの隙間からその顔が覗く。
「にょおお!」
 し、心臓に悪い。
「何、驚いているんです?」
「何でもない、ほうじ茶でいいから着替えるまで来ないでくれ!」
「はーい、じゃ直ぐに来て下さいね」
 ・・・・何を言われても気を悪くしない。どこまでも俺のために尽くしてくれる。常に笑顔で迎えてくれる。家事全般は上手。
 君と出合ったころには、まったくそんなじゃなかった。
 共働きの両親と総長連合に入ってる姉貴。
 そんな家族の代わりに、受験勉強中の俺の世話をする為に君が家に来たのが3年前。
 無感動・無表情で言われた事しかやらない。家事はまだまだ下手。
 最初はそんな君が嫌いだった。
 どっちが世話してんだか分からない時もあった。
 けど、料理も覚えて、感情も覚えていく内に何か変わっていった。
 そして受験の合格を知った時の君の、
「おめでとうございます!」
 の一言と始めての笑顔。
 それを見た時の俺は、高校も何ももう関係なかった。
 君しか見えなくなってたから。
「でも2年間も告白できずじゃなぁ」
 ため息。
 とりあえず服を探して着る。
 あれから何でか君の進化は止まってる。
『これ以上は必要無いと感じると、止まるって話だけど。家事以外の必要性をまだ考えてないんじゃないかなぁ』
 姉貴はそう言って意地の悪い笑みを浮かべてた。
 何が言いたい、あの暴力姉貴。
「マスター、まだですかぁ!」
 そう、最初の時に俺は『マスター』と呼んでくれるように君に言った。
 まだ、それは続いている。今更変えてくれとも言い出せない。
 君にとって俺って何なんだろう。
 ドリルの直撃食らっても穴すら空いてないベッド。寝起きの悪い俺を起こすのに、姉貴ゆずりの起こし方をするようになった君が買ってきた物だ。シーツも布団も朝破いても、夜には直してくれる。
『家族』の域を出てない事は容易に想像がつく。
 かと言って、それで俺が納得出来ようもなく・・・・
 グダグダ悩んでいる内に台所のドアを開ける。
「あ、きちんと着替えてきましたね」
 味噌汁の匂いがいっぱいに立ち込めている。
 わざわざ、沸かしなおしてくれたんだろう。
 テーブルには2人前の食事。
「あれ、まだ食べてなかったの?」
 時刻は8時を過ぎてる、普段は7時には朝食だから、もう大分時間が過ぎてる。
 待っててくれたのかな?
「咲耶さんは、夕べ遅くに連合の仕事で出ちゃいまして都合上2、3日は戻らないそうですし、旦那様と奥様は海外出張で半月はかかるそうですし、一人だと味気ないじゃないですか」
 彼女のにこやかな返答よりも、その中に含まれた意味を反芻する。
 姉貴は総長連合の仕事でいない、姉貴の事だから飯・風呂・ベッドにいたるまで学校ですませるだろう。
 夫婦で建築プランナーやってる両親も海外出張、万年新婚カップルみたいな人達だから仕事終わっても半月は戻ってこないだろう。
 という事はしばらく二人きり!!!
「どうしたんですか?冷めちゃいますよ」
 俺の心の葛藤に君はまるで気付いていない。
「ああ、そだね。うん」
 とりあえず、言われるままに朝食をかっ込む。味は感じてる暇が無かった・・・・

「はい、ごちそうさまでした」
「ごちそーさん」
 とは言っても食ったかどうかも覚えちゃいない。
 食器の片づけを任せて、部屋に駆け込む。
「これはチャンスか?」
 降って沸いたようなチャンスといえども、どうしたらいいのか分からない。
 呆然としたまま、勉強机に座る。
 気晴らしにメールチェックをするべく引出しを開けノートPCを取り出そうとする。
「あれ?」
 無い?
 慌てて、引出しの中を覗き込む。
 普段入ってるノーとPCは影も形も無く、代わりに一通の封筒。
「何じゃコリャ?」
 封筒を取り出してみると表に何か書いてある。
『愚弟へ』
 姉貴か!
 いきなり人のバイトの結晶を持ち出したのは!
 とりあえず、中身を空けると何枚かの紙が出てくる。
「チケット?」
 それは映画のチケットと二つ折りの便箋。
 便箋を開けてみる。
『愚弟へ
 私は総長連合の仕事引継ぎの為にしばらく帰ってこれん。親父とお袋も海外出張だそうだ。
となるとあれだよ、お前さん二人きりだよ。
まさしく燃えるシチュエーション。
 という訳で意気地なしのお前さんが逃げる理由にしそうなノートPCは接収していく。
代わりに、優しいお姉さまが映画のチケットを恵んでしんぜよう。
でぃと、としゃれこんでみろ愚弟!
このままだと永久に進展せんぞ。
私は理解ある人間だから、二人きりの男女の間に何が起ころうと暖かく見守ってあげよう。
彼女がこれ以上、進化するかどうかはお前次第だ。
では、健闘を祈る。

PS
夜中に布団抱きしめて名前叫ぶな、馬鹿。』

 ・・・・夜中に弟の部屋に忍び込みやがったな、あの傍若無人姉貴。というか何を考えてる!言いたい放題言いやがって・・・
 とは思いながらも、とりあえずチケットを眺める。
『超バトル・ロワイアル3 〜銀河最強決定戦!〜』
 これってデートで見るような映画なんだろうか?
 ってデートぉぉぉぉ!
 言葉の意味と同時に顔が熱くなるのが分かる。
 はっきり言って君を誘って出かけた事はある、しかしそれは大抵買い物とか家の用とかそんなんで、デートと呼べる代物では無い。
 ともかく、財布をチェック・・・増えてる?
 昨日までと明らかに内容が違う。そして財布の中に一枚のメモ。
 姉貴の字で、
『利子はトイチ。部分返金は認めん』
 利子はともかく(汗)、姉貴に感謝しておく。
 改めてチケットを眺める。
 どうしようか・・・・・
 視線がチケットから宙へと泳ぐ。
 ふと、机の脇に置いておいた写真立てに目が止まる。
 俺が高校入学の時の写真。
 親父とお袋が両脇に立ち、中央に俺、そして俺に戦闘用義腕でヘッドロックかけてる姉貴とそれを止めようとしている君。
 この時から何も変化していない。
 君はまだ四肢とも機械のままだし、俺は『マスター』のまま・・・・
「おし!」
 思いっきり両手で顔を叩いて、覚悟を決める。
 はっきり言って、今日の終わりに君との関係が変わってるかどうかは分からない。
 でも行動しなければ何も変わらない。
 チケットを握り締める手に力がこもる。
 これから君に声をかけよう。
 今まで無かった事にどう反応してくれるか、予想はつかないけれど、一歩を踏み出してみる。
 いつか人に進化した君に、俺の本当の気持ちを伝えたいから。
 新しい予感を胸に俺は部屋を飛び出していった。
 俺と君の新しい1日が始まる・・・・


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