陽だまりの微笑み |
第1章「雨宿り」 運命って言葉は誰が作ったんだろうか? 少なくとも、俺はその運命を感じた事は無い。 この間までは。 まったく冗談のような日だ。 小テストの山は外す、売店のカレーパンは売り切れている、その上に弟はこれからデートだ抜かして、兄貴を見捨てて行くし、挙句に天気予報は見事に外れて大雨だった。 雨が降り始めたのが、家まで10分の所まで来た所でだ。 「最悪だ・・・」 雨宿りするのも癪だし、ドシャ降りのなかを必死にペダルをふんで自転車を飛ばす。 頭も制服も見事にずぶ濡れになった所で我が家のガレージが見えてきた。雨で今ひとつよく見えないまま、ガレージにドリフトかましながら突っ込む。 「キャッ」 まさか人がいるとは思わなかったから、最初はなんだか分からなかった。 「あの、すいません。この家の方ですか?」 前髪から垂れてきた滴を払って、眼前の人物を注視する。 「少し、ここを雨宿りにお借りしてました」 冗談、だと本気で思った。 「あの、出来れば雨がやむまでの間、もう少しお借りしてて宜しいでしょうか?」 腰まで届きそうなキレイな黒髪、おとなしめの日本人形のような顔、細く整った日本人形のようなスタイル・・・・・・・・それらはともかく、今目の前にいる女性は白色の単衣の着物に、朱色の袴、ご丁寧に髪の先の方を紙で結んでいる、まぁいわゆる所の巫女さんだった。 「駄目でしょうか?」 美人の部類にはいるであろう、その顔が心底困ったような表情を浮かべる。 見た所、手にはなんかの風呂敷包みしか持っておらず、雨具の類は持ってない。そりゃ確かに困るだろう。 「そりゃ、構いませんけど」 相手がホッとした表情をしたのも、つかの間。俺は(まぁ不機嫌も手伝って)余計な事を言った。 「まさか、新興宗教じゃ無いよね。家、金無いよ」 途端に相手の表情が変わる、眉がつり上がり、視線が厳しくなる。 「絶対に違います!何ですか無礼な!」 あ、マトモな人だったか。 「もう、いいです。失礼します」 怒った顔のまま、外に出ようとする彼女の服の裾を慌ててつかむ。 「ああ、悪い悪い。謝るから早まんな」 彼女の一歩先には豪雨が待ち受けている。流石に自分よろしく、ずぶ濡れにするのは忍びない。 「絶対にこの中出て行ったら後悔するって」 彼女も俺の言葉に少し落ち着いたのか、目の前の雨を見つめたかと思うと、歩みを止める。 「・・・そうですね」 ため息を一つついたかと思うと、少し強引に俺の手を振り払う。 ヤバイ、まだ怒ってる。 「それでは雨が止むまでの間だけ失礼します。お構いなく」 表情は落ち着いたが、口調は怒ったまんまだ。そりゃそうだろう。 「それより、彼方こそはやく着替えた方がいいですよ」 そう言われて俺も、現在の自分の状態を思い出す。 ずぶ濡れの服から水が滴り、足元に水溜りまで出来ている。これはマズイ。 「それじゃ悪いけど失礼するんで」 軽く手を上げるが彼女は見向きもしない。 「ええ、どうぞ。雨が止んだら勝手に帰りますので」 彼女は外を眺めながら、ぶっきらぼうに答える。 まぁ一時の事だし、それも構わないか。 「ご自由にどうぞ」 俺は彼女をガレージに置いて、家の中にへと引っ込んでいった。 濡れた服をまとめて洗濯機に放り込み、熱いシャワーを浴び、適当な着替えに着替えた所で窓の外を見た。 「なんだ、全然止みそうにないな」 雨脚は全然弱まる気配が無い。それどころか雷まで鳴るんじゃないかってぐらいの暗さになってきた。 俺は心配になって、視線をガレージへと向ける。 案の定、そこにはまださっきの巫女さんが立っていた。 遠目に見ても、可愛そうなぐらいに不安な表情をしている。さっきの失言の手前、流石に良心が痛んできた。 それに幾ら雨に当たっていないとはいえ、秋雨は見事に気温が下がる。屋根の下にいるぐらいでは風邪を引きかねない。 俺はおもわず窓を開けて彼女に声をかけた。 「本当にすいません」 居間へと通された彼女はひたすらに恐縮していた。 ソファーに座りながら用意したお茶を本当に申し訳なさそうに飲みながら、彼女が必死に頭をさげる。 「いや、さっきは俺の方が悪かったから」 家の中に入ってきた彼女は、よっぽど寒かったのか、顔は青ざめ、手は見事に赤くかじかみはじめていた。 男として先程の失言を見事に大後悔した。 最低だ、俺。だから彼女が出来ないんだ。 分かっているさ、いつも余計な一言で誰も彼も怒らせてしまう悪い癖は。 逆に弟が人当たりが良いから、余計に弟の方がもてるのが分かってツライ思いもしたさ。特にバレンタイン。 挙句に弟に俺より先に彼女まで出来た日にゃあ・・・ 「あの、どうかしました」 思考の無限スパイラルに落ちかかった俺を巫女さんが現実に引きずり戻す。 「ああ、いやなんでもない」 「はぁ」 釈然としない顔で彼女がまたお茶を啜る。 なんとなく絵になるなぁ、彼女だと。 思わず見とれそうになって、慌てて視線を外す。 ヤマシイ思いがあると思われては困る。この巫女さんは怒ると怖い。体験済みだ。 「だれか家の人に迎えに来てもらったら?」 さり気に話題を振り替えてみる。 「今、誰もいないんです。神事の後の飲み会に出てる筈ですから」 なんだ、本当の仕事帰りか彼女。 「バスかタクシーは?」 途端に彼女の顔が赤くなって、視線が下を向く。 「サイフ、忘れてきちゃったんです」 ・・・俺も立て替えてやれるほど、持ってない。 「玄関に貸してやるような傘も無いしなぁ」 「天気予報にだまされました」 「俺もだ」 なんとなく意見が合った所で、お互いが苦笑する。 騙され仲間ってか。 「せめて弟が帰ってくりゃなぁ、あいつ結構金持ってるから」 多分、今度のデート資金に溜め込んでいる筈だ。隠し場所は知らんが、頼めばあいつの事だから貸してくれるだろう。 「あの、何もそこまで。もう直晴れると思い・・」 彼女がそこまで言った途端に部屋の電気が切れた。 「あれ?」 慌てて周囲を見回すと、テレビの主電源もビデオの時計も切れてる。 「停電か?」 薄暗くなった部屋の中、何気に彼女の方を見ると。 白と赤の巫女装束が薄闇に浮かび上がっている。 だが、彼女はお茶の湯飲みを抱えたまま、妙に無表情になっていた。 「ヤダ・・・」 小さな呟きが唇から漏れる。 「あの、どうかした?」 俺の問いにも彼女は答えず、視線を下に向けている。 「もしもし?」 彼女が口を開くより先に。 窓の外が光る。 彼女の手から湯のみが転げ落ちる。 「キャアアアア!」 悲鳴と雷鳴はほぼ同時。 床へと落ち、お茶が絨毯へと零れ落ちるが彼女も俺も気にも止めなかった。 彼女は自分を抱きすくめるように両手を抱え込み、ひたすらに震え続ける。 あまりの過剰反応に俺もどうしたらいいのか分からず、呆然となる。 「大丈夫ですか?」 彼女の正面に回り込んで、肩に手をかけながら声をかける。 恐る恐るといった感じで顔を上げた彼女の表情は見事に涙だらけだった。 「あ・・・」 おもわず声を失った時に。 再度の雷。 「イャアアア!」 彼女は悲鳴を上げながら、俺に抱きついてくる。 落雷は止まらない。 彼女の悲鳴も止まらない。 「!!!!!」 もはや、声にもならないような悲鳴を上げ続けながら、無茶苦茶に力を込めて俺に抱きついてくる。 嬉しいとか、役得とかそんな状態ですらない。 背中に立てられた彼女の爪がひたすらに痛く、パニックに陥っている彼女に声すらかけられない。 5分ぐらい経った頃だろうか。 外がやっと静かになる。 「もう、大丈夫みたいだけど」 空が若干明るくなり始めると同時に部屋の電気が戻ってきて、部屋を明るく照らす。 「本当に?」 彼女は俺の胸にしがみついたまま、顔を上げようとしない。 というか上げられない。いつの間にか俺は彼女の頭を右手で抱き寄せていた。 「ああ、ゴメン」 慌てて手を離すと同時に見上げた彼女と視線がぶつかる。 まだ少し泣き顔の彼女と一瞬見つめあう。 可愛いな・・・ 思わずマジマジと見入ってしまう。 しばしの硬直。 静寂を破ったのは、背後の物音。 まるでバッグを落したような・・・ 「翔ちゃん」 「翔クン」 背後から見事に聞き覚えのある声2つ。 『何やってるの?』 問いかけは見事にハモっていた。 「え、あ。キャアアアア!」 再度の悲鳴とともに俺は彼女に突き飛ばされる。 「おぶっ!」 そのまま仰向けに倒れた目の前というか上には、見覚えのある姿が2人。 「翔ちゃん、幾ら僕に先を越されたからって。そんな、いきなり巫女さん連れ込むなんて」 いきなり飛躍しきった事を言ってるのは俺の弟・風。 顔良し・性格良し・成績良しの自慢の弟、だが少しボケ気味なのがマイナス。 これで人目を気にせず彼女といちゃつかなければ、せめてバカップルの汚名は付かなかった物を・・・ 「ねぇねぇねぇ、その人誰?翔クン何時の間にそんな彼女見つけたの?ひょっとして私達お邪魔?風クンと一緒に後3時間ぐらい時間潰してくる?」 ハイテンションにトンでも無い事喋り捲っているのが、弟の彼女・兼・お隣さん・兼・幼馴染の美夏。 大人しくしてれば可愛い物を、独自のお喋りで雰囲気を台無しにしているのに気づいてないお調子者。 3人そろって一緒の幼馴染同士だったのだが、何時の間にか風とくっついてバカップル街道爆進中・・・ 「そろいそろって変な事言うな」 仰向けのままの俺の抗議を二人はスルー。 俺を床に放りっぱなしで巫女さんにと詰め寄る。 『で、翔ちゃん(クン)とはどのようなご関係で?』 ハモるな。 「え?あの私何のことだか・・・」 2人から見れば、部屋の中でいきなり抱き合っていたんだから当然の質問だろう。 「あー、なんか勘違いしてるが。彼女は別に俺のアレとか言う訳では」 俺の抗議はまたもやスルー。 巫女さんにさらににじり寄る。 ヤめれ、巫女さんが引いてるから。 「いい加減に・・・!」 「あれ?」 俺が怒鳴ろうとするのと、美夏の疑問は同時だった。 「もしかして、風見先輩?」 美香の言葉に巫女さんが過剰反応する。 「ちちち違います。私は風見留美という名前でも、木崎高校3年D組でもなければ、風見神社とも無関係です」 「うわ、自分で全部言ってるよ、この人」 「翔ちゃん、彼女天然?」 「風見先輩ってそんなキャラでしたっけ?」 巫女さんは俺らの反応にさらに、びびりが入る。 「あああ、だから私はそのような人では・・・」 慌てて懐から手拭いを取り出して、汗を拭き始める。 「その手拭い、風見神社って入ってるけど」 「は!」 俺の突っ込みに巫女さんは自分の手拭いを見つめる。 よく見ると隅っこに『留美』としっかり刺繍が入っていた。 「あは、あははは」 「はっはっはっ」 「ははは」 「ふふふ」 四者四様の笑い声が響き渡る。 若干1名笑いが引きつっているが。 ひとしきり皆が笑い終わった後、いきなり巫女さんが頭を下げる。 「お願いします、この事は皆にナイショに」 目がかなりマジだ。 なぜにそんなにマジになる? が、バカップル二人は何か納得する事があったのか、巫女さんの肩を2人同時に優しく叩く。 「分かっていますよ、先輩」 「こんな恥ずかしいのが彼氏だと知られたくないんですね」 ・・・・・・・・・・・オイ。 「大丈夫です。僕たちが」 「お二人の行く末を生暖かく」 『応援しますから』 ハモるな・・・・・ 「ち、違います!そういうのじゃなくて」 巫女さんにとって、俺は「そういうの」扱いかい。 「お前らぁ!はっきりさせておくがその巫女さんと俺とはなんでもない!」 はっきり断言した俺を二人は首だけ振り返ってしばし見た後、ゆっくりと視線を戻す。 2人そろって妙に怪訝な表情をした後、ボソリと呟く。 『まさか、行きずりの関係?』 よりにもよって何て事を言うか?この2人は。 「ご、誤解です。」 巫女さんはえらく真っ赤になって否定する。純なのか彼女? 「俺だってそこまでトチ狂ってないって」 「私、そんな不順な女じゃありません」 俺らの当然の反応に、バカップルはさも残念そうに溜息をつく。 「ああ、翔ちゃんに春が来たと思ったのに・・・」 「翔クンに彼女できるってのは、天変地異の前触れかもねぇー」 余計なお世話だ、この野郎。 『で、なんでココにいるの先輩?』 「え、ええと雨宿りにここのガレージお借りしてまして・・先輩?」 遅いよ気付くのが。 「考えるとそうだな、俺も含めて皆同じ学校ですよ、先輩」 巫女さんはキョトンとした表情をしている。 「改めて自己紹介しますよ、木崎高校2年A組の鷹谷 翔です」 「同じく2年D組の三沢 美夏」 「1年C組の鷹谷 風です。ついで言うと翔ちゃんの年子の弟」 ボケッとしばし俺らの顔を眺めた巫女さんは今度はさらに怒涛の汗を流す。 「あははは、よりにもよって同じ学校だったなんて」 「なんか問題でもあるんすか?」 巫女さんはまたも手拭いを取り出して、汗をぬぐう。なんか同じ所ばっか何回も拭ってる気がするが? 「ひょっとして、無許可バイトですか?」 「自分の家の仕事手伝ってバイトは無いよねー」 「ひょっとして家の人にも内緒な、巫女装束着てやるバイト?」 「最後のそれは絶対違います!」 やべ、また怒らせた。 「翔ちゃん、いつも一言余計」 「うん、そうだね」 お前らも言うか。 「こ・れ・は・れっきとした我が家の稼業の手伝いです」 巫女さんはさっきまでの焦りは怒りと同時にどこかに吹き飛んだのか、いまや頭から湯気でも出るんじゃないかってぐらいだ。 怒ったり、びびったり、焦ったり忙しい人だ。 あの日か? 「なんか今、変な事考えませんでした?」 鋭い・・・さすがに巫女さんだ。 「いや、何も考えてませんよ。先輩」 語尾の『先輩』という言葉に、また彼女の表情がひきつる。 「あ、あの。皆さんにお願いがあるんですけど」 なぜか俺を半分無視しつつ、残り2人に向き治る。 「学校で私の家の事は内緒にしててもらえないでしょうか」 『は?』 今度は俺まで含めた3人ハモリだった。 「別に隠す必要なんて無いんじゃないんですか?」 「なにか訳でも?」 「やっぱり内緒なバイト?」 「むぅ・・・」 俺だけ睨まれた。怖いよ、目が。 「あんまり知られたくないんです。家が神社って事」 皆そろって首を傾げる。 なんか困るような事あるのか? 「特別扱いされたくないって事ですか」 なるほどそういう事もあるか。さすが弟、頭の回転が早い。 「そうなんです」 巫女さんはうなだれて、こちらに懇願の視線を向ける。なんか微妙に俺だけ避けられてるけど。 「うーん、確かにあんまり無いもんねー。神社の娘は。オマケにそんな格好してたら目立つもんねー」 美夏も納得したらしい。 「ひょっとして霊感あるとか、そういう風に思われたく無い、と」 俺の言葉に巫女さんがまた睨む。 図星だったらしい。 「で、あるの?霊感」 その言葉に巫女さんの視線がまた痛くなる。 「あ・り・ま・せ・ん!悪かったですね、普通で!」 言葉も痛い。 あー、そうかこういうやり取りがいやなのか。 「ま、それぐらい別にいいですよ。こっちも迷惑かける気無いですしね」 「そうね、後は翔クンが黙ってれば万事解決だし」 「申し訳ありません」 おい、俺だけ除け者? 「それで、鷹谷さん。お願いできますか」 俺だけ脅迫口調だよ。 「あー、翔でいいですよ先輩」 はっきり言って名字で呼ばれると風と混乱する。 「それでは翔さん。お願いできますね!」 呼び方変わっただけで、口調は相変わらずキツイ。 「あー、はいはい分かりましたよ。別に先輩困らせて楽しむ趣味ないですから」 俺の言葉になんでか皆、首を傾げる。 「翔ちゃん、さっきから先輩困らせまくってる気がするけど?」 「翔クンが大人しく人の言う事を聞くかしらねー」 おい、こら、お前ら。 「信じていいんですか?」 巫女さんの視線はさらに厳しい。 誰も俺を信用してないのか・・・・・ 「俺もなんも今日あったばかりの人間に意地悪しねぇよ」 「すでに色々されてる気がしますけど」 即答かよ。 「大丈夫です先輩」 「私たちが翔クンによく聞かせますので、体に」 『たとえ、どんな手段を使っても』 何する気だ、お前ら・・・ 「それでは安心していいですね」 「俺よりそっちを信用しますか・・・」 「ハイ」 また、即答された。 信用されてないよ、俺。 「では皆さん、よろしくお願いします」 『イエイエ、こちらこそ』 お互い、頭を下げあう4人。 「では翔ちゃん」 「では先輩」 おもむろに風が俺に、美夏が巫女さんに、にじり寄る 『なんでさっきは抱き合ってたの?』 話をそこに戻すか、貴様ら。 「まさか、翔ちゃん。2人きりだと思って先輩によからぬ感情を・・・」 「まさか、先輩。翔クンを善人と思って油断した所を狙われて・・・」 コラ、待て。 「それは絶対に違う!俺は別にやましい事なぞしていない!」 俺の弁明に2人は疑惑の視線。 『翔ちゃん(クン)罪を告白するなら早い方がいいよ』 「そこまで言うかあぁぁぁ!」 ちくしょー、いくら何でもそれは言いすぎだろ。 「先輩この2人に説明を・・・」 巫女さんの方に向くと、いつの間にか深く頭をうなだれた姿があった。 「すいません・・・それはノーコメントです・・・」 まるで触れられたくないかのような、暗い口調。 その一言に俺らは一気に静まってしまった。 「すいません、なにか悪い事聞いちゃったみたいで」 「言いたくないなら、言わなくて結構です。この馬鹿がとち狂ったのでなければ」 チラと巫女さんの視線が俺を見る。 「それだけは翔さんは悪くないですから・・・」 妙にしおらしい態度に、部屋の気温が下がった感じがした。 「じゃ、その話はそういう事にしようや」 俺の提案に今度ばかりは反対する奴はいなかった。 1時間経過 「雨止みませんね」 学校の雑談なんかを延々と4人でしていたが、さすがに外が真っ暗になっても雨脚が緩みそうもないと巫女さんの顔に心配そうな表情が浮かんでいた。 「あー、さすがにこれだけ暗くなってくると傘貸して何とかって感じじゃないなー」 「話が盛り上がちゃったからねー」 「どうします、先輩」 なんだか外からは強風のあげる唸るような音が聞こえてきている。 「タクシー呼ぼうか?」 風の提案に俺と巫女さんが2人揃って、気まずい顔をする。 「・・・風、お前どのぐらい金持ってる?」 それで事態をさっした風と美夏が困った顔をする。 「先輩、ここから家までどのぐらい距離あります?」 「2キロぐらいはあります・・・」 申し訳なさそうな巫女さんの口調に、こっちが困る。 「やっぱりタクシーね。しょうがない、私の貯金箱見てみるわ」 そう言って美夏は腰をあげる。 「ああ、僕もいくらか出すよ」 そう言って風も腰をあげる。 「すいません、必ず返しますので」 巫女さんは又何度も頭を下げる。 風と美香が部屋を出てったせいで、2人きりになった途端、急に静かになってしまった。 「あなたはいいんですか?行かなくて?」 う、人が今言われたくない事を。 「女の子や弟さんに出させて、自分は出さないんですか?」 ううう、痛い所を。 「恥って言葉を知ってます?」 ・・・この野郎。 「ええい!出せばいいんだろうが!」 心の中でヤメロと言ってるが、その場の勢いで財布を取り出して中身を全部出してみせる。 テーブルの上を転がっていく数枚の硬貨。 「・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」 巫女さんはマジマジとそれを見た途端、哀れむような視線を俺に向け、素直に謝る。 「頼むから、そんだけ素直に謝るな・・・ツライから」 合計283円。 不用意にパンも買って食えない金額。それが俺のあと2週間分の全財産。 いつの間にか俺の手から零れ落ちた財布に、巫女さんがテーブルの上の小銭を詰め直して無言で俺に手渡す。 「頼むから持ってってくれ・・・返されると、もっとツライ・・・・・」 搾り出すような俺の声に、巫女さんが思いっきり困りきった顔。 「あの、私が本当に悪かったです。意地悪して申しわけなかったですから。その・・・ゴメンナサイ」 泣きそうな表情で謝るな・・・・・・・ 「まさか、こんなに・・・」 その一言で俺は男泣きにくれる。 「少し今月は出費が激しかっただけだ。決して普段はここまで酷くない・・・」 先月は500円は残ってたからな。いや、本当に。 「そんな、そんな苦しいのに・・・」 半泣きになるな・・・泣いてるのはこっちだ・・・・ 「いいから持っていけえぇぇぇ!」 泣きながら俺は手渡された財布を無理やり、巫女さんの懐に押し込む。 「持ってけません!こんなの」 巫女さんは半泣きで俺の腕ごと財布を押し返す。 「恥かかせる気か!」 俺は力を込めて更に押し返す。 「既に中身が恥ですよ!」 巫女さんも負けじと両手で押し返す。 中身の軽い財布をはさんだ力の押し合いは、俺に軍配があがる。 彼女の手が滑って、すっぽ抜けた感じとなった俺はそのままの勢いで力のベクトルに従った。体ごと。 「うお?」 「えっ?」 まっすぐに突っ込んでくる俺を、巫女さんは避ける事も出来なかった。 「・・・・・・・・・・・・・」 ? なんだか視界が真っ白だ。 「えっと」 暖かいし、良い匂いがする。 「あの」 その上、柔らかい感触が顔全体を覆っている。 「その」 巫女さんの声はなんでか上の方から聞こえる。 声はすれども姿は見えず。はて、どうなったんだ? 不意に金属と陶器が落ちたような重々しい音がした。 何の音だ? 「お願いですから、どいてください・・・」 か細い声に俺は恐る恐る顔を動かす。 「や!ちょっと」 顔を上げたそのすぐ先に巫女さんの顔がある。 白いと思ったのはその巫女装束だった。 俺の頭は彼女の頭より数十センチ下に位置している。つまりは俺たちはもつれ合って倒れこんで、俺が目の前の巫女さんを押し倒して・・・その胸に顔を埋めてた事になる。 巫女さんの顔はこれ以上ないくらい真っ赤になっている。 俺の顔も熱い。恐らく同じく真っ赤になっている事だろう。 と、言う事は先程の物音は俺たち以外の人間、という事になる。 俺は絶望的な思いで後ろを振り返る。 「翔ちゃん・・・」 「翔クン・・・」 風の足元には金属製の缶型貯金箱が転がっている。 美香の足元には今時珍しいブタ貯金箱が奇跡的に割れずに転がっている。 2人そろって呆然とこちらをしばし見た後、同じタイミングで足元の貯金箱を拾い上げる。 『お邪魔しました』 その場で回れ右をしようとしている2人を、俺は神速の速さで起き上がってその首根っこを掴む。 「待て、誤解だ」 だが、2人は振り向こうともしないで、この場を離れようとする。 「だーかーらー、話を聞けー!」 「いいよ、どうぞごゆっくり」 「私達、2時間ぐらい消えるから。あ、なんなら今夜は風の事は家で泊めるから」 俺は必死に足で踏ん張りをかけて引っ張るが、2人そろって同じく足を踏ん張って前進しようとする。 「ぬぉ、先輩も誤解されたままでいいんすか?」 肩越しに振り返るが、当人はまだ横になったまま呆然としている。顔真っ赤なままだし、なんだか天井見たままブツブツ何か呟いている。 ヤバイ、その状況はなんか更に誤解されそうな雰囲気だ。 前門の勘違いども、後門の墓穴か? 「いいか!今のは純粋な事故だ。少し強烈な状態で、少し強烈な感じになってて、少し間が悪かっただけだ!それ以外でも何でもない!」 2人はやっと強制進軍を止めて、ゆっくりと後ろを振り返る。視線は俺をスルーしてさらに後ろ。 ヤバイ! 俺も慌てて振り返るが心配と違って巫女さんは既に起き上がっていた。なぜかうつむいたまま、強烈な気迫が漂っている。 「翔さん」 「ハ、はいぃぃ!」 えらく低い声で呼ばれた俺は裏返った声で返答する。 そのまま回れ右して直立不動。 「今の事、すぐに忘れてください。私も忘れますから」 低いを通り越してドスすら聞いたお願い。 なんか迫力が凄い。 「ええーと、まぁ事故だったし。気にする事も無いかなー、なんて」 ギロリ、とこっちが睨まれる。こ、怖ええ。 「忘れてください、と言ってるんです」 そんなに嫌だったのか? 「翔ちゃーん、よっぽど何かやったの?先輩怒ってるよ」 「翔クーン、私達逃げていい?」 貯金箱を胸に抱えたまま、またもや強制進軍しようとした2人をまた首根っこ捕まえる。 「頼むから逃げないでくれ」 『そ、そんなー』 泣きそうになる2人はともかくその場において。 眼前の怒れる巫女さんに向かって咳払い一つ。 「えーと、先輩。そんなに恥ずかしがらなくても、結構着やせするタイプだったんで、自慢しても・・・」 全部言う前にクッションが飛んできた。 「おふぉ!」 顔面に直撃。 「変な事言わないで!」 巫女さんは手当たり次第に手近のクッションを掴んでは投げる。 「ああ、先輩落ち着いて」 「翔クンが変な事言うからー!」 いつの間にかドアの影に2人は移動。 他に当たる人間もいないせいで、投げられたクッションは次々と俺が喰らう羽目になる。 「ぬぉ!ちょっ先輩。ぬぁ!落ち着いて。ぬぇ!冷静に。忘れる忘れますから、推定Cの82は」 クッションの絨毯砲撃が止み、眼前でガードしていた腕をよけると、真正面に巫女さんが仁王立ちしていた。 「先輩?」 顔は羞恥か怒りか、今までで一番真っ赤だ。唇をかみ締め、目には涙が浮かんでる。右手にはなんでか部屋の隅に飾っていた熊の巨大ぬいぐるみ(ゲーセンで間違って取れてしまった物)が。 「変な事言わないでって言ったのに・・・」 怒りMAXですか?サイズそんなに気にしてたの?俺としてはグッドなサイズなんだが。 「この変態!」 巫女さんは両手でぬいぐるみを抱え上げると、恐ろしい形相でそれを振り下ろす。何度も連続で。 「ぬわあああ!」 杭打ち機よろしく連続で振り下ろされる巨大ぬいぐるみの雨は何分か続いた・・・・・・・ 「ハアハアハア」 巫女さんが額に汗かいた状態で、息を整えている。 「あのー先輩、気が済みました?」 美夏がドアの影からそっと、問い掛ける。 「翔ちゃんには、後でこっちから言って聞かせますんで」 風もそっと顔を出す。 2人とも顔には引きつった笑みが浮かんでいる。 まぁ怒った巫女さんの横暴が凄まじかった性もあるだろう。 「ええ、スイマセン。落ち着きましたから。そのお騒がせしてスイマセン」 懐から手拭い出して、汗を拭きながら巫女さんは爽やかに謝る。 「いいえー、翔クンが悪いから」 美夏はにこやかに答える。 「あ、あはは。そだね」 風は引きつったまんまだが。男と女の違いだろう。 「ああ、クッション片付けますから」 「いえいえ、お客さんに任せられませんから」 「先輩はどうぞお休みになってください」 部屋に散らばった物をお互いに謝りながら片付けていく。 ・・・・・ちなみに俺は先程の攻撃で巨大熊ぬいぐるみと一緒に、床でボロ屑と成り果てていた。 あんなに怒る事無いだろうに・・・ こっちが泣いても喚いても一向に収まる事無く、延々と続けられる暴力の嵐。 俺は立ち上がる気力も無くして、熊を抱きしめながら無言で涙を流していた。 「さ、先輩。それでは片付いた所でタクシー呼びますから」 風はさっそく電話を手に取っている。 「これ以上、翔クンに悪戯される前にね」 美香がテーブルの上で貯金箱から出したお金を数えながら、にこやかに言う。 「ええ、そうですね」 巫女さんがそれに爽やかに返す。 そーか、何もかも俺が悪いのか・・・・・ 俺は腕の中の熊を抱きしめて、さらに涙に暮れる。 「ええと、先輩。僕らは先ほど何も見なかったし、聞かなかった事にしますんで」 「うん、そうそう」 「お願いします・・・」 2人の言葉に巫女さんは大人しく頭を下げる。 そうかトバッチリが怖いか。 2人してうまい事逃げやがって。 「あの、何でしたら翔クンがきれいに忘れるように、ここでトドメ刺します?」 オイ。 「いや、美夏ちゃん。できれば穏便に行こうよ。脳天に一撃で済ますとか」 コラ。 「いえ、お二人の手を煩わせなくても、自分でやりますから」 待て。 3人の周辺に強烈な殺気が起こり始めたのを感じた俺は、熊を抱いたまま、ゆっくりと匍匐全身で戦場離脱を図る。 「どこ行かれるんですか?」 やべぇ気づかれた! 「ちょっと山に芝刈りに・・・」 「芝刈りなんてやった事あるんですか?」 「それじゃ川に洗濯に・・・」 「いまどき川で洗濯する人なんていません」 「この子の七つのお祝いにお札を・・・」 「意味わかってます?」 「いんや、知らね」 巫女さんと馬鹿なやり取りをしている間に、いつの間にか三人は俺の周りを取り囲んでいる。 「翔ちゃん、ここはひとつ普通に謝った方が」 左前方を塞いだ風。 「翔クン、自分がどんだけ失礼したか分かってる?」 右前方を塞いだ美夏。 二人のどちらでも進路を塞げる位置、前進あたわずか・・・・・ 「翔さん」 そして後方から、まだ怒気をまとった巫女さんの声。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 逃げちゃダメか? 逃げちゃダメなのか? 逃げちゃダメなんですね? と、なれば先手必勝。 熊を抱いたまま、その場で180度ターン。 相手が行動を起こすよりも早く動く。先の先を取るってやつだ。 「ゴメンナサイ」 熊を正面に置いての土下座。 なんか先手必勝というよりも先手必敗な気がするが。 「もう言いません。先程の事も忘れますから」 熊を脇に寄せて、でこを床に擦り付けながら巫女さんににじり寄る。 「翔クン卑屈すぎ」 るさい、こっちは必死だ。 「本当に信じていいんですね」 おお、俺の必死さが通じた。 「神様に誓います」 基本的に俺はあまり信心深くないが、まぁそれは置いておいて。 「そこまで言うのなら・・・」 なんとなく、怒気が収まっていくのが感じられる。やはり人間、いざという時はプライドを捨てる事も必要なんだね。 「ともかく頭を上げてください」 完全に怒りの消えた声。俺の勝ち(負け?)だ。 「ありがとう!・・・アレ?」 頭を上げた途端、俺の視界が床の木目からまったく違う色彩に変わる。 一面の赤と・・・白い二本の柱? なにかが後頭部に引っかかっているような感じもする。 ・・・この白い二本の物はひょっとして太ももですか? 回りの赤いのはひょっとして緋袴ですか? って事は・・・・・・・袴の中に頭を突っ込んでしまってるんですか? 「!!!!!!!!!!!!!!」 声にもならない悲鳴と共に、俺は熊のぬいぐるみの一撃で顔面から床に直撃した。 意識が途切れる一瞬。 「あー、巫女さんの袴ってスカート状なんだなぁ」 とか馬鹿な事を考えた。 一瞬後には何も考えられなくなったけど。 出会いは偶然と冗談と(俺の)不運とで構成されていた。 はっきり言って最悪だろう。 だが、人の縁ってのは最初が変わっていればそれだけ深くなる。 その事を感じたのは、少し後の事になる。 |
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