BIO HAZARD irregular
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STARTING PURSURE
第三章 微々たる力



『ふぅ……』

 店内の掃除を終えたミリィーミリア・マクセルは、掃除用具を片付けながら提出予定のレポートの事を考えていた。

『もう四年、か』

 ふと、そんな言葉が口から漏れる。
 四年前、住んでいた街ごと家と両親を失い、落ち込んでいた所をこの家の母親に誘われて居候として日本に来て、もうそれだけの歳月を過ごして来た。

『レンまだ帰ってこないのかな?』

 日本語の会話には多少英語なまりが抜けない点を加えても会話自体に差し支える事は無くなった。だが、たまに漢字の誤字をしてしまうため、レポートの添削を頼もうとしている恋人の帰りを待っているが、連絡すらよこさない相手に多少気をもむ。

『また怪我して帰ってこなければいいんだけど…………』

 戦闘と趣味以外の事には興味すら示さず、修行だ仕事だと言っては危険な事をして怪我をして帰ってくるのが日常茶飯事というどうしようもない男だが、四年前のあの日、自分を守るために怪物に立ちはだかった時の後ろ姿を忘れる事が無い限り、彼に愛想をつかせる事は出来ないな、とミリィが思っていた時、外から爆音のような音が響いてきた。

『帰ってきたのかしら?』

 それがヘリのローター音だという事に気付いたミリィが戸を開けようとするが、それより早く外から戸が開かれた。

「ただいま」
「お帰り、レン」
「こんにちはミリアさん」
「あ、トクジさん。今お茶でもいれますネ」
「物を取りに来ただけだ。またすぐに出かける。少し遅くなる」
「少し?」

 裏にある倉庫に向かいながらそう言う練の言葉に、ミリィの動きが止まる。
 練が『少し遅くなる』と言う時は、何か危険な事をする時だという事を知っているミリィが、練に続いて倉庫に向かおうとする徳治の袖を掴んだ。

「Mr.Tokuji!What does Ren do this time!?(徳治さん!レンは今度は何をしようとしてるんですか!?)」
「え、いや、その」
「Moreover, doesn’t it do the dangerous thing!?(また危険な事をしようとしてるんじゃないでしょうね!?)」

 ミリィの早口の英語の質問に、英語力中学生標準レベルよりやや下の徳治には理解出来るはずもなく、ただ圧倒される。

「Do not do a not much dangerous thing!Since only an unreasonable thing is done from usually!(あまり危険な事はさせないでください!ただでさえ無茶ばかりするんですから!)」
「あの、また後で!」

 まくし立てまくるミリィから、文字通り逃げるようにして徳治が倉庫へと向かう。
 後には、頬を膨らませた後、諦めてうなだれるミリィだけが残っていた。


「早かったな。もう少し捕まっているかと思ったが」

 古い土蔵を改築し、店の在庫や修復中の商品が立ち並んでいる倉庫内で、練は一際大きなロッカーに掛けられた鍵を開けようとしていた。

「頼むから、なるべく日本語でしゃべるようにミリアさんに後で言っといてくれ。オレじゃ何言ってるのか全然分からん…………」
「ああ、あれか。日本人に何か吐かすにはひっ捕まえて英語で喋り捲れば絶対にボロを出すって教えておいたからな」
「ろくでもない事を教えるな…………」

 げんなりした顔で徳治は練の方を見たが、練の方は平然とした顔でロッカーに掛けられた和錠、別名カラクリ錠とも呼ばれる複雑な錠前を規定の手順で開けた。
 錠前を抜き取り、大人が数人楽に入れそうなロッカーを開ける。そこには何も無く、ただがらんとした空間が広がっていた。

 練は続いてロッカーの中に入り、ロッカー内の床の一部に手を置き、そこをスライドさせた。
 スライドした床からテンキーが現れ、練はそこにパスワードを入力する。
 すると、重い音を立ててロッカー内の床がせり上がり、地下の《第2倉庫》へと続く階段が現れた。

「相変わらず大掛かりだな」
「この国じゃ何かとうるさいからな。これくらいは必要だ」

 練と徳治が階段を下り始めると、自動的に床がまた閉まる。
 暗闇に閉ざされた階段を下りた所で、練は横手の明かりのスイッチを入れた。
 そこには、世界中のありとあらゆる銃が陳列され、作業台の上には銃火器整備用の工具までもが一式そろっていた。

「いつも思うが、本当にここは日本か?」
「国内の個人でここまでそろえている人間は他にも何人かいるけどな。三分の一はデイスプレイ用の非稼動品だし、残る三分の一は国内じゃどうやっても弾が手に入らん」
「三分の一は使えるんだな。これだけありゃホントに戦争が出来るぞ」

 目の前に並ぶ米軍正式採用のM4A3アサルトライフルやSWAT御用達のMP5A5サブマシンガンを見ていた徳治が、非常識な光景に呆然とする。
 ふと、足に何かを引っ掛け、何気に足元を見るとそこにダンボール箱いっぱいに入ったノーリンコ(中国製トカレフ)を発見して驚愕する。

「おい、これ………」
「ああ、ヤクザがよく売りに来るんでな、警察から非公式だが認可を貰って買い取ってるんだ。下手にそこいらのキチガイに売って犯罪に使われるよりはマシという事でな」

 横目でそちらを見て説明しながら、レンはサビ湿気防止のために冷蔵庫の中に入れてある弾丸の中から9ミリパラベラム弾の箱を取り出す。

「なにか必要なのが有ったら使っていいぞ。商品じゃないから代金はまけといてやる」
「銃なんてオレには扱えないからな。このままで十分だ」
「相手は軍隊だ。化け物相手とは勝手が違うぞ」

 慣れた手つきで取り出したスペアマガジンに弾丸を装填していた練は、その手を休めて銃とは別に並んでいる防弾チョッキを漁り始める。

「これ着とけ、グレードVだ。ライフル弾でも止められる」
「何でもあるな………」

 手渡された防弾チョッキを受け取った徳治が、手にずっしりとくる防弾チョッキをしげしげと見る。

「防具関係は趣味と実益兼任だからな。オレから見ればプロテクター一つ付けないで戦っている方が理解できん」
「篭手とか位ならともかく、全身装甲付けて戦う物好きはお前くらいだからな」
「前例があるんでな。対抗策くらい考えるさ」

 マガジンに弾を装填し終えた練が、側の棚から金属製のアタッシュケースを二つ取り出す。

「………ハリネズミの準備か?」
「いや、全身装甲って奴だ」

 練がアタッシュケースを開けると、片方からは普段使っているカーボン製のプロテクターが、片方からは少し厚い生地で作られたボディスーツが現れる。

「衝撃吸収材をはさんだ素材で作られた特性耐衝撃スーツだ。話だと120km台の硬球直撃くらいは平気らしいが」
「役に立つのかどうかは微妙だな」

 用意した装備を持ち出し用に常備している大き目のスーツケースに詰め込み、練は徳治と共に第2倉庫を出た。
 が、そこで倉庫の入り口に仁王立ちしているミリィと目が合った。

『レン、何所へ行くの?』
『ちょっと厄介な仕事をしてくる。少し遅くなるが必ず戻る』
 それだけ言って出ようとするレンの袖を、後ろ手にミリィが掴む。
『帰ってくるのね……絶対に』
『当たり前だ。オレが帰ってくる家はここなんだから』

 練の返答を聞きながら、ミリィが背後からそっと練に抱きつく。

『あまり無理はしないでね……お願いだから』
『分かっている』

 抱きしめる腕に力がこもってきているミリィをやさしく剥がすと、練は振り返ってその唇にそっと自らの唇を重ねた。

「行って来る」
「行っテらっしゃい」

 笑顔で見送るミリィを背に、練は表へと出た。

「いい人だな」
「ああ」

 一足先に表に出て待っていた徳治の言葉を、練は素直に肯定する。

「泣いてくれる女がいる間は、絶対に無理をするなよ」
「そうだな」

 何気に徳治の方を振り向いた錬は、いつの間にか彼が手に手紙を持っているのと、その肩に一羽のフクロウが留まっているのに気付いた。

「そいつは?」
「導師ルーフェからの手紙、今こいつが届けてくれた」

 指先でフクロウの喉をなでつつ、徳治が手紙を練へと投げ渡す。

「会話は術でなんとかなるが、手紙は英語のままでな。訳してくれ」

 封を切ってあった手紙を練が素早く目を通していく。

「今回の件、極めて重大な問題に発展する可能性あり。政治的問題によりこちらからは対処不能、人的被害を抑えるのを条件に一切の処理を委任する物とする。なお、ペンタゴンの最上層部の関与可能性否定出来ず………だそうだ」
「最悪、在日米軍全部敵、か?」
「かもな。了解したと返答しておいてくれ」

 練の言葉に反応したのか、フクロウは一声鳴くと徳治の肩から舞い上がり、虚空へと飛び去っていった。

「さて、作戦開始といくか」



同日 深夜 横須賀 在日米海軍司令部基地

『ふあ……』
『おい、気を抜くな』

 敷地境のフェンス際をパトロール中にあくびを漏らしたウェルズ軍曹を、一緒にパトロールしていた同僚がたしなめる。

『テロリストがここを狙ってるというんだぞ。もう少し緊張していろ』
『テロ?こんな平和な国は他にないのにか?弱い者イジメしか出来ない悪人しかいない国に、このヨコスカベースに襲撃できるような奴がいるとは思えないけどな』
『ばか、海外のテロ組織かもしれないぞ。うっかり見過ごして爆弾だの毒ガスだの撒かれて被害出したら、独房入りだけじゃすまされないぞ』
『はいはい………』
 そんな事よりも、買ってすぐ折られた刀の弁償の事を考えながら、ウェルズ軍曹はその場を去った。

「行ったぞ」

 フェンスの向こう側、何もないはずの空間から声が聞こえ、突然そこから同じ墨色の小袖袴に身を包んだ練と徳治の二人が現れた。

「思ったよりも警戒が薄いようだな」
「ワナ、だと考えるのが妥当だろう。あの教祖様、抜け目のある人物には見えなかった」

 気配その物を消し去る隠行(おんぎょう)結界を解いた徳治が、周囲を注意深く見ながら、フェンス際に立った。

「電流とか流れてないだろうな?」
「それならもっとちゃんとした設備がいる。こんな街中で野良猫とカラスのロースト大量生産する気でもなけりゃ、そんな物作らんだろ」
「じゃあ、行くか」

 徳治がフェンスの前に立つと、半身を一歩引き、柄に手を当て居合いの構えを取る。
 その場で息を整え、暗闇の中に鞘鳴りの音すら響かせず、片手が瞬間だけ掻き消えた。

「これでよし」

 目の前のフェンスに徳治が手を当てると、きれいに人一人が潜り抜けられるだけの大きさの円状にフェンスが切り取られていた。

「……どこで覚えた?」
「経験って奴だ」

 切り取られたフェンスを二人が潜り抜けると、徳治はフェンスを元の位置に合わせ、用意していた瞬間接着剤でそれを接着しておく。
「これで夜中ならまずばれない」
「どういう経験積んだんだか」

 練が呆れながら、周囲の気配を素早く探る。

「こっちだ」

 足音一つ立てず、二つの人影が手近の建物の影に隠れる。

「ここから例の礼拝堂まではすぐそばだが…………」
「いるな、三人といった所か?」

 それなりに明かりがあるとはいえ、普通の人間なら視認不可能な距離にいる人間を、気配だけで正確に掴んだ二人が顔を見合わせる。

「もう少し近ければ、気付く前になんとか出来るんだが………」
「一応サイレンサーは持ってきたが、何もしてない奴を射殺する訳にもいかないしな」
「仕方ない、こうするか」

 徳治は懐から三枚の呪符を取り出すと、それを眼前にかざし、刀印を組んで精神を集中させた。

「オン アビラウンケン、招鬼顕現」

 徳治が呪文を唱えながら呪符を地面に向けて放ると、それは影で出来た犬の式神と変じた。

「怪我はさせるな、行け」

 徳治の命令を受けた式神が、闇に紛れて音も立てずに目標へと近寄り、瞬時にしてその喉笛に影その物で構成された牙を突き立てた。
 しかし、噛み付かれたはずの喉笛からは血の一滴も流れ出さず、代わりに精神その物にダメージが加えられた。式神の攻撃を受けた人影が、何が起きたかも理解出来ずその場に倒れ伏す。

「上手くいったか?」
「ああ、一撃で失神してくれたようだ…」

 他に人影や気配が無い事を確かめた二人が倒れた兵士に近寄って状態を確かめようとした時、突然周囲に非常警報が鳴り響く。

「なんだ!?」
「まさか!」

 練が慌てて倒れている兵士の襟を引っ張り、ちょうど首筋に当たるように襟に付いている機械に気付いて愕然とする。

「ライフ・モニタリング(生命監視)システムだ!何か一つでも体に異常が起きれば即座にオペレーションにばれる!」
「先に気付いておくべきだったな………」
 うるさく鳴り響く非常警報に、複数のエンジン音が混じってきているのに気付いた徳治が、刀の鯉口を切る。
「どうする、逃げるか?」
「今逃げたら、二度とここには進入できなくなる。やるしかないな」
 練の決意の篭った声に、徳治は腹を決めた。
「……そうだな。やらないで後悔するよりは」
「派手にやって後悔するか!」
 二本の刃が鞘から抜かれ、同時にアスファルトに突き刺さる。
『オン!』
 二人が同時に刀印を眼前に構え、こちらに近づいて来るエンジン音とそれに連なるホイルスピンの音を聞きながら呪文の詠唱を始めた。

「オン キリキリ」
「バサラ ウンハッタ!」
「オン アビラウンケン」
「キワ ソワカ!」

 僅かな間を持って、輪唱を奏でるように呪文を唱えながら、二つの刀印が解かれアスファルトから抜かれた刃に小指をなぞらせ、小指の表面を薄く斬る。

「我、一黒水気を持ちて招く」
「我、六黒水気を持ちて招く」

 徳治と練が僅かに違う呪文をまったく同じタイミングで唱えながら、小指から流れ出す血で刃に梵字を記していく。

「祖は影を泳ぎし者」
「祖は闇を掻き分けし者」
「影海の波の狭間より招きて」
「闇海の波の狭間より招きて」
「陽気にてその姿描き出さん!」
「陰気にてその姿描き出さん!」

 詠唱の終了と同時に、刃が再びアスファルトへと突き刺さる。

「来たれ、影由(えいゆう)!」
「来たれ、闇雅(あんが)!」

 二人がその名を叫んだ時、二人の姿を急接近してきた軍用ジープのヘッドライトが照らし出す。
が、その姿を再び影が覆った。

『何だ?』

 ライトの光を遮る奇妙な影をハンドルを握っていた兵士が疑問に思った時、その影が突然大きくなった。

「!?」

 それが、こちらに向かってくる巨大な漆黒の口だと気付いた時、軍用ジープのエンジンは一撃でその口に食い千切られた。

『何が起きている!?』

 突然の衝撃と共に急停止したジープから事態を確かめるために降りた別の兵士が、自分の眼前を大きな影が跳ね、地面へと潜っていくのを見た。
 そして、それは影その物で構成された背びれを地表に現しながら驚異的なスピードで進み、後ろから向かってくる別のジープに向かって再度飛び上がった。
 その姿を見た兵士が、自分の目と正気をまったく同時に疑った。

『サメ!?いや、シャチか!って、ここは陸だぞ!』
『ともかく撃て!』

 降りかけた体勢で同じくそれを目の当たりにした運転していた兵士が、その奇怪な地面の中を泳ぐ影に向かって銃を構える。
 だが、その銃身が突然消失した。
 恐る恐る横を見た兵士が、同じように地面の中を泳いで再度こちらに向かってくるもう一つの背びれを発見してしまった。

『二匹いるのか!?』
『逃げろ!食われるぞ!』

 何がなんだか分からないまま、兵士達は逃げ惑う。
 無数のヘッドライトと兵士達の悲鳴を浴びながら、二つの影は再度宙を舞った。


「上手くいったな」
「ああ」

 向こうで暴れている雌雄一対の式神《影鯱(かげしゃち)》の姿を見ながら、徳治と練の二人が問題の教会へと急ぐ。

「しばらくは時間が稼げるだろう」
「米軍相手に魔術戦仕掛けるなんて、二次大戦以来だろうからな………バレたら陰陽寮叩き出される所じゃすまないだろうな………」
「その時は二人してアメリカにでも逃げるか」
「英語覚えられたらな」

 非殺傷を命じている割には大きくなっていく騒ぎを背中で聞きながら、二人は教会の扉に辿り着く。
 しかし、彼らの眼前でいきなり教会の扉が開き、そこでズボンのチャックを閉めながら慌てて出てくるウェルズ軍曹と鉢合わせになってしまった。

『あんた!?』

 見覚えのある顔に驚くウェルズ軍曹をとっさに失神させようと練が素早く間合いを詰めるが、何を思ったのかウェルズ軍曹は半身を引いて練を教会内へと入れると、徳治も手招きする。

『かくまってくれるのか?』
『あんたが捕まったら、誰が日本刀を売ってくれるんだ?それにどう見ても訳有りっぽいからな』

 苦笑しながら、ウェルズ軍曹はこちらに気付いた人間がいないか確かめて扉を閉める

『それで、なんでこんな騒動を起こしたんだ?』
『ある件でここを調べていて、壁にぶち当たった。どうにもここには何かが有るらしい

 練の説明にウェルズ軍曹は表情を硬くする。

『みんな言ってるぜ。ここは怪しいってな』
『それに少し調べた。ここのカウンセラーに本国送還を言われた奴は誰一人としてアメリカには戻っていない』
『なんだって!?それは本当か?』
『事実だ。真相を確かめるためにオレ達は来た』

 しばらく考えていたウェルズ軍曹は何度かうなずくと、真剣な顔で練に向き直った。

『オレにも手伝わせてくれ。オレも真実を知りたい』
『国家機密に関与している可能性も有る。生命の安全は保証出来ないぞ』
『武士道とは死ぬ事と見つけたり、だ。何でも来い!』
「……で、何だって?」

 早口の英語の会話をまったく理解出来ない徳治が、呆然と会話の終わるのを待って口を開いた。

「手伝ってくれるそうだ。それに、もう歩き回る必要は無いようだな」

「ああ………」
 練と徳治が、改めて教会内を見回す。扉を一歩潜った瞬間から、その中に立ち込める異質な瘴気に二人は気付いていた。

「地下……だな」
「そのようだ。Is anything in a basement?(地下室か何かあるのか?)」
『そんな話は聞いた事無いが………いや、そう言えば関係者以外入れないって妙な懺悔室に大勢の人が入っていくのを見た事があるな』
「それだな。Show around.(案内してくれ)」
『こっちだ』

 ウェルズ軍曹の後に続いて、一向は祭壇の後ろの扉を潜り、トイレの脇を抜けて問題の懺悔室とやらに入った。

「懺悔室、と言う割には平凡な部屋だな」
「だが、何かがある」

 大きめのスチールテーブルに数脚のイス、それにポットや茶器が置いてある、どちらかといえば中小企業の会議室か何かに見える室内を、三人は調べ始める。
 程なくして、室内中央のテーブルが完全に床に固定されている事に徳治が気付いた

「動かないようにしているって事は………」
「ここだな」
『何が?』

 理解出来ないウェルズ軍曹を下がらせ、練と徳治がそれぞれテーブルを挟んで向き合った。
 そして同時に抜刀の構えを取る。

「??」
『はっ!』

 二人の行動がまったく理解出来ないウェルズ軍曹の前で、二つの気合と同時に鋭い鞘鳴りが響いた。

「これでよし」
「そっち持ったな?」

 そのまま練と徳治がテーブルを掴み、それを持ち上げた。

「!!」

 脚をその場に残してその接合部分を切り取られたテーブルを二人が持ち上げた所で、ウェルズ軍曹はようやく先程二人が居合でテーブルの脚のみを切った事に気付いた。

「間違いないな、ここだ」

 驚愕するウェルズ軍曹を気にも止めず、天板のみになったテーブルを壁に立てかけ、腰から抜いた刀の鞘でテーブルの真下になっていた床を何度か小突いた徳治が、刀を腰に戻し、再度抜刀した。
 目にも留まらぬ速度で刃が数度閃き、また鞘へと戻る。

「よっと」

 練が一見変化の無い床を蹴ると、そこに切れ目が生じ、そして見事なまでの切断面を残して複数のパーツに分解された隠し扉が内側へと崩壊した。

「…………………」

 口とまぶたを最大限にまでこじ開け、目の前で起きた非現実的な現実をウェルズ軍曹が認識しようとする。

『行くぞ』
『ああ……分かった』

 練に促され、未だ事実を認識しきれないまま、ウェルズ軍曹が地下への階段を降り始めた。

(この二人は間違いなく本物のサムライ………)

 アニメでもなんでもなく、間違いなく本物の神業を目の当たりしたウェルズ軍曹は、興奮で高鳴る鼓動を抑えながら、黙って二人の跡に続いて長い階段を降りていく。
 やがて、その先に一つの扉が見えてきた。

「ここだ。何か、とんでもない何かが在る…………」
「ああ…………」

 先頭の徳治が、中から漏れ出る瘴気を感じながら腰の刀に手を伸ばし、練は懐のサムライエッジのセーフティーを外した。

「…………」

 無言で徳治が電子ロックの掛かっているドアを問答無用に斬り裂き、練がその背後からサムライエッジを抜きながら切れ目の入ったドアを突き破って室内へと飛び込んだ。

「な…………」
「なんだ………これは…………」

 練に遅れる事無く飛び込んだ徳治が、抜きかけた刀をそのままに、そこに広がる光景に練と同じく絶句した。

「Wha…」

 二人に続いて室内に入ったウェルズ軍曹を、今までの人生最大の驚愕が襲った。

「何なんだ、これは!?」

 滅多な事では動じない練が、驚愕を露わに絶叫した。
 そこには、まるでSF映画にでも出てくるような巨大な培養槽が幾つも並び、その中には人とも獣とも分からない怪物が浮かんでいた。

「妖怪?外法?それともホムンクルス?いや、どれでもない。こんな物は見た事も聞いた事もない…………」

 手近の培養槽を覗き込んだ徳治が、その中に浮かぶ爬虫類を思わせる奇怪な皮膚に全身を包み、鋭い鉤爪の生えた手を持った奇怪な毛のないゴリラを思わせる生命体と目が会った。

「生きてる………」

 顔面を蒼白にしながら、徳治がその場を離れる。その隣、その怪物へと変化途中を思わせる、まだしも人の名残を残した生命体の入った培養槽を見た。

「まさか、行方不明になった兵士は………」
『ジャック!?』
 徳治の疑念を裏付けるかのように、その培養槽にウェルズ軍曹がへばりついた。
『トーマス!ミッキー!そんな………そんなーーー!』

 人の名残を残した他の培養槽の生命体も見たウェルズ軍曹が、その余りにも無残な姿に、号泣し始める。

「まさか、人体改造?生物兵器なのか?」

 自分の脳ではとても追いつかない現状に、徳治の背に悪寒が走る。
 ふと、そこで一番奥にある培養槽の前で立ち尽くす練に気付いて、側へと歩み寄った。

「何を見てるんだ?」

 徳治に声を掛けられたのにも気付かず、練は、それを凝視していた。

「また、一段とキツイのを………」

 そこには、全身を赤い体色で占め、四肢には巨大な爪が生え、脳が露出した頭部からは鋭い牙が覗き、その口から長い舌を伸ばしたまま浮かんでいる醜悪極まりない生物がいた

「馬鹿な………なんで、これがここにある…………こいつは………こいつは…………」
「練?」

 練のただならない様子に、徳治がその肩を叩こうとした瞬間、気配を感じた二人は瞬時にして驚愕を打ち消して気配の方に振り向いた。

「ヨウコソ、サムライノショクン」
「リオン・マドック!」

 そこにいつ現れたのか、全身を黒いタクティカル・スーツに包んだリオン・マドックの姿が有った。

「説明してもらうぞ!ここにある全て!」
「強引に、でもな」

 刀の切っ先とサムライエッジの銃口をリオンに向け、徳治と練が全身に闘気をみなぎらせ、臨戦体勢を取った。

『貴様!みんなに何をした!今すぐ元に戻せ!』
『招待していない客が混じっているようだな。退場してもらおうか………』

 自分に向けてM4A1アサルトライフルの銃口を向けているウェルズ軍曹をわずらわしげに見たリオンは、その言葉と同時に、全身から禍々しい妖気が吹き出した。

「!逃げろ…」

 練が叫びながら、サムライエッジのトリガーを引いた。
 だが、発射された弾丸は先程までリオンがいたはずの空間を虚しく通り過ぎ、その背後にあった培養槽の表面に弾痕を穿って止まる。

「!?」

 自らの視界から消えたリオンを探そうと、ウェルズ軍曹は首を横に向けようとした。
 だが、首筋から熱い何かが吹き出したのに気付き、何気なく首に手を伸ばしてそこから凄まじい勢いで血が吹き出しているのに気付いた。

「?」

 なぜ血が吹き出しているのかを考えていた途中で、ウェルズ軍曹の体が力を失って床へと崩れ落ちた。そのまま、彼の精神は永遠の闇へと沈み込んでいった。

『軍曹!』

 一瞬にして頚動脈を切り裂かれ、おそらくその原因に気付く事すらなく絶命したウェルズ軍曹と、その異常なまでの早業を披露したリオンに、練は戦慄を覚えた。

「……見えたか?」
「見るだけなら………」

 光背一刀流の使い手として鍛え上げられた二人の目にすら霞むようなスピードで、リオンが瞬時にウェルズ軍曹の横を通り過ぎ、すれ違った一瞬でその頚動脈を腰の後ろから取り出したコンバットナイフで切り裂いた。
 その1秒にすら満たない時間に起きた現実を、二人が驚愕のまま受け止めた。

「早過ぎる……人間業じゃあない」

「だが、術を使った訳でもないようだな………まさか!」
「恐らくはな………」

 チラリと横にある培養槽を見た練が、自分の脳内に浮かんだ恐ろしい予想を、ゆっくりと口にした。

『貴様………人間じゃないな』
『その通り』

 あまりの高速に血すら付いていないサバイバルナイフを弄びながら、リオンがその顔に嘲笑を浮かべる。

『恐らくは遺伝子レベルの人体改造……貴様はその実行者にして披見体という訳か!』
『説明する手間はいらないようだな………だが、もう一つの手間は必要のようだ!』

 刹那、リオンの姿が霞んだ。
 練は半ば直感のまま、逆手で刀を抜いて頚動脈上にかざす。
 すかさず、金属同士がかち合う鋭い金属音と、重い手ごたえが返ってくる。

『いい刀を使っているようだな』
「良業物(りょうわざもの)源 清麿(みなもときよまろ)、It does not break simply!(そう簡単には折れん!)」
「はあっ!」

 両者のつばぜり合いを、徳治の斬撃が中断させる。
 刃を引いて後ろに退いたリオンに、徳治と練のコンビネーションの斬撃が、無限とも思える刃の幻像となって襲い掛かった。

「!!」

 袈裟斬り、横薙ぎ、唐竹、切り上げ、刺突、ありとあらゆる斬撃が、一切衝突する事なく、連続してリオンの体を傷付ける。

『くそっ!』

 先程と同じ、超高速で距離を取ったリオンの後を、宙を待った血が筋となって追った。

「確かに貴様は強い。だが、光背一刀流免許皆伝者二人を同時に相手出来ると思うな!」
「To be sure, you is strong. But, don’t regard two full proficiency persons as the ability of a partner to be carried out simultaneously!」

 徳治の言葉を、練がそのまま英訳して突き付ける。
 全身に無数に刻まれた刀傷を見ていたリオンが、そこで低く笑い始めた。

「?何だ?」
「不利を理解出来ていないのか?」

 あくまで油断せず、刀を構える二人に対し、リオンは胸のポケットから小さなリモコンを取り出して見せた。

『2対1ではさすがに不利のようだな……こちらも増援を使わせてもらおうか!』

 言葉と同時に、リモコンのスイッチが押される。言葉を理解出来た練と、背筋に走った悪寒の原因に気付いた徳治が同時に左右に振り向いた。
 その目に、培養槽から抜けていく内容液と、それと同時に動き始めた怪物達の姿が飛び込んできた。

「動くのか!?」
「まずい!!」

 とっさに動き出す前に斬ろうとした二人の足を、一発の銃弾が止めた。

『形勢逆転といった所かな?』

 片手にコンバットナイフを持ったまま、もう片方の手にベレッタM92Fを構えたリオンが、口を卑しく歪める笑みを浮かべた。

「………徳治、そっちを頼む」
「あいつと一人で闘う気か?」
「聞きたい事があるんでな………」

 呟きながら、練はマガジンキャッチを押してサムライエッジのマガジンをイジェクト、それを口に咥えて素早く懐から殺傷用のホローポイント弾のマガジンをセットし、そのまま口でスライドを引いて薬室内に残っていた非殺傷用のゴム弾を排出した。

「御神渡家当主補佐役、水沢 練。いざ、参る」

 名乗ると、練は走り出す。
 その背後に、培養槽が内側から叩き割られる音が聞こえてきたが、練は構わずサムライエッジのトリガーを連続で引いた。

『お相手しよう』

 走りながらにも関わらず、正確に額、首(正確には延髄)、心臓の即死点を狙ってくる銃弾をリオンは超スピードで難無くかわし、瞬時にしてナイフの間合いに練を捕らえた。
 死角から繰り出されるナイフの軌道上に、練は直感のままに刀をかざす。
 交差した刃同士が奏でる金属音が響き渡るより前に、今度は別の軌道からナイフが繰り出され、再度刀がその軌道を閉ざす。
 超高速の刃同士が奏でる清冽にして凶悪なシンフォニーが室内に満ち、そして途絶えた。
 腕から先が霞む速度で斬り合っていた二人が、お互い後ろに下がって距離を取る。
 練の右袖と懐が切り裂かれ、半ばで切断されたアームプロテクターが床へと落ちる。

(ケブラー仕込みの小袖とカーボン製プロテクターが一撃か………チタン製HV(高周波振動)ナイフ、急所に食らえばひとたまりもないな)
『さすが………』

 リオンのタクティカルスーツの腹に、横一文字の切れ目が走っている。腹部の傷事態は浅く、具合を確かめもせずリオンは再度ナイフを構えた。

『初戦は私の勝ちかな?』
『果たしてそうかな?』

 練が素早くサムライエッジの銃口をリオンに向けて速射。
 それを横に跳んでかわしたリオンが、同じくベレッタM92Fの銃口を練に向けてトリガーを引いた。しかし、初弾を放つと同時に突然銃がばらばらに崩壊した。

「!?」
『剣を振り回すだけが取り得じゃないんでな』
『貴様………!』

 床に散らばった部品をよく見ると、スライド部分の両側に切れ目が入っていた。
 先程の剣戟の最中にそれが付けられ、発射の反動に耐え切れなかった銃が崩壊した事に気付いたリオンが、憤怒の表情で練を睨み付ける。

「そっちはもう終わったか?」
「ああ」

 日本語の会話に、リオンが何気なく怪物と交戦しているはずの徳治の方を見た。
 そこには、襲い掛かったままの体勢でなぜか静止している怪物達と、その中央で刃から血を振るい落としている徳治の姿があった

「たいした事はなかったな」

 徳治は懐から取り出した半紙でキレイに愛刀の血を拭って、鞘へと納める。
 その直後、怪物達の全身に朱線が走り、やがてその朱線はどんどん拡大していき、そしてそこから両断された肉塊となって怪物達は崩れ落ちた。

「形勢逆転………かな?」
「そうだな」

 向き直った徳治と、刀を正眼に構える練の視線がリオンへと突き刺さる。

『話してもらおうか、全てを。そしてここの怪物とラクーンシティーの関係を!!』
『!なぜラクーンシティーの事を知っている?……そうか、あの街を生き延びたサムライボーイとは…………』
『そうだ、オレはラクーンシティーの生き残りだ!!』

 練の告白に、リオンの顔が驚愕、そして嘲笑へと変化する。

『なにがおかしい!?』

 練の怒号に構わず、リオンの笑いは徐々に大きくなっていく。笑い続けるリオンに、練は一気に間合いを詰めると、その喉元に切っ先を突きつけた。

『オミワタリ家の当主にラクーンシティーの生き残り。調整したばかりの奴では相手になる訳がないな』

 リオンは笑い続けながら、使い物にならなくなったベレッタを投げ捨て、ポケットからリモコンを取り出した。

「何を!?」

 練が本能的に切っ先を突き出そうとした。が、下から跳ね上がったリオンの足が、練の持ち手を蹴り上げ、切っ先はリオンの髪数本を宙に舞わせただけだった。

『手厚く歓迎しなくてはな、新型のお披露目を兼ねて!』

 リモコンのスイッチが、押される。
 途端、壁の一つが開き、そこから金属製の巨大な円筒が二つせり出してきた。

『紹介しよう、《ハーピー》だ!』

 円筒が開くと同時に、そこから巨大な何かが飛び出す。

「オン アビラウンケン!招鬼顕現!」
「そこか!」

 それが何かを確かめるより早く、危険を察した二人が式神と弾丸を放つ。
 しかし、突然響いた轟音が鳥へと変じていた式神を四散させ、弾丸の軌道を変える。

「ううっ!?」
「何だこれは!?」

 突然響いた轟音は、練と徳治の脳内に凶悪な勢いでハウリングする。
 頭が割れそうな程の轟音に、徳治は両手で耳をふさごうとし、練は膝を落としそうになる。
 そこへ、リオンの蹴りが練の腹に突き刺さり、徳治に円筒から飛び出した何かが襲い掛かり両者の体が壁へと弾き飛ばされる。

「がっ!」
「ぐっ!」

 期せずして隣り合うように壁に直撃した二人が、轟音の主の姿を同時に視界に捉えた。

「セ!?」
「セミ!?」

 それは、全長が1Mを軽く超えるようなとんでもなく巨大なセミだった。よく見るとただのセミには無いような奇怪な肉の盛り上がりが背中にある巨大ゼミの一匹は低い天井スレスレを徳治を狙って飛び、もう一匹は残っている培養槽に木よろしくしがみ付いている。

「ただうるさいだけの奴なぞ…」

 徳治が立ち上がろうとした時、練が突然こちら側に倒れ込んできた。

「練!?」

 負傷したのかと思った徳治が慌てて練の体を支えようとするが、なぜか力が入らずもつれるように二人で床へと倒れ込んだ。

「………?」
「………!」

 再度起き上がろうとした時、二人が同時に異変に気付いた。
 お互い相手の口が動いているのに、何一つ聞こえない。
 のみならず、視界が不自然に揺れたり回ったりして、まともに立つ事すらなかなか出来ない。

『……………?』

 リオンの口が動くが、やはり何も聞こえない。
 練が奥歯をかみ締めながら、ある確信を持って耳を叩いてみた。

(鼓膜がやられた!)

 耳の中が未だハウリングしているのを確かめた練は、その影響で平衡感覚その物が麻痺しているのに気付いて愕然とした。

(生体音波砲か!?だが鼓膜破裂まではまだいっていない………タネさえ分かれば)

 立ち上がろうとした時、リオンが瞬時に詰め寄り、練のみぞおちに強力なボディブローを突き刺した。

「ガハッ………」

 練の口から、鮮血が漏れる。
 体をくの字に曲げて崩れようとする練の首筋に、リオンはとどめの一撃を見舞わせようとナイフを振り上げた。

「…!!」

 徳治が恐らく練の名を叫ぶ中、練の左手がばね仕掛けのように跳ね上がり、リオンの心臓の真上にほとんど零距離で銃口を押し付けトリガーを引いた。
 避けようもなく、弾丸がリオンの胸に突き刺さる。それでもなお練は連続してトリガーを引き、五発目を撃ち込んだ所で弾丸が尽きた。

『グゥ……』

 よろめきながら、リオンが後ろに下がる。口からは一筋の血が流れ出していたが、弾丸の五発中四発は、タクティカルスーツの表面で止まっている。

『そんな状態で反撃してくるとはな………』
『諦めが悪いんでな………』

ささやき声程度には聞こえるようになってきたリオンの侮蔑に返しながら、崩れ落ちそうになる足腰を奮い立たせつつ、空になったマガジンをイジェクトし、懐から別のマガジンを取り出す。
マガジンと一緒に、砕けたボディプロテクターの破片が床へとこぼれ落ちた。

(プロテクターと耐衝撃スーツで即死は免れたが………肋骨数本と内臓がイカれたな)

 偶然にも、四年前にも似たような状態になった事を思い出しながら、練はふらつきながらもマガジンをセットし、初弾を送り込む。

『まだやるのかね?傷つき立っているのがやっとのその体で、超人のこの私と!』
『四年前に知った………諦めない限り、勝機はあると………』
『それでは、諦めろ!!』

 二匹のハーピーが、一斉に練へと襲い掛かる。しかし、その内の一匹が突然バランスを崩し、砕けた培養槽の残骸をさらに砕きながら床へと墜落する。

「大技は一撃必殺の時だけ使う物だ。特に他に芸が無い奴はな」

 まだ足元がおぼつかない状態で飛んでいるハーピーの羽を斬り落とした徳治が、残骸の中でもがくハーピーの頭部を一撃で斬り飛ばす。
 それを察知したのか、もう一匹のハーピーが反転し、槍を思わせる鋭い口を徳治に突き刺そうとする。

「遅い!」

 徳治が最下段からの切り上げでハーピーの口を切り落とし、返す刀でハーピーの腹をすれ違い様に斬り裂いた。
 金属片を擦り合わせるような絶叫を上げながら、ハーピーの体が刀の届かない位置まで上昇する。

「!来る!」

 それがあの音波攻撃の前兆だと予感した練が、耳をふさごうとするが、そこにすかさずリオンが襲い掛かり、練はその防御に手を裂かざるをえなくなる。

「徳治!」
「………」

 まだ耳が聞こえないのか、返答すら返さず徳治はただ無言で刀を一度鞘に納め、半身を引き呼吸を整え、居合いの構えを取る。
 次の瞬間、徳治の右腕が消失した。
 わずかに遅れて、周囲を金属の物とも違う甲高い金属音が響く。

「光背一刀流最速抜刀技、《閃光斬・裂空》……………」

 鞘鳴りすら響かせず抜刀された刃が、鞘へと戻る。
 そして、刃の攻撃範囲外にいたはずのハーピーが、中心からちょうど二等分された死体となって徳治の左右に分かれて床へと落ちた

「この時期はずれに風情も無いセミに用は無い…………」
『さすが!』

 奥の手が敗れたにも関わらず、両耳から特定周波数の透過機能を持った耳栓を外しながら、歓喜の声でリオンは徳治に賞賛を送る。

『素晴らしい……その反射神経、運動能力、回復能力!これぞ私が探していた理想の母体だ!』
『!オレ達も改造するつもりか!?』

 重傷を負っているのに、それを感じさせない斬撃で練がリオンの二の腕を斬り裂く。

『元々そのつもりだったのだよ。フリーメーソンですら一目置いているオミワタリの人間が向こうから来てくれたのだ。これを無視するのはもったいないとは思わないのか?』
『黙れ!貴様に最早勝機は無い!!』

 サムライエッジの銃口を向けようとする練の目前で、リオンの姿が消える。

『その体で?』

 強力な肘が、練の脇腹に突き刺さる。
 練の口から、再度血が溢れ出す。

『肋骨骨折、内臓損傷、聴覚の鈍化に平衡感覚の消失。二人とも、立っているのがやっとの状況のはず。その状態での戦闘は激しい体力の消耗を招く。勝機が無いのはそちらでは?』
「わるいが、日本語で聞こえるように言ってくれ!」

 先程まで立つ事すら出来ない状態とは思えないような速度で間合いを詰めた徳治の振るう刃が、リオンの背中を斬り裂く。
 だが、無造作に振るった裏拳が、予想以上の破壊力で徳治の頬を殴り飛ばす。

『そもそも、人間の君らと超人の私とでは、性能が違うのだよ、性能が』
「そんな台詞はアニメだけにしとけ!!」

 思わず日本語で叫び返しながら、練の水平突きがリオンの腹に向けて繰り出される。
 バックステップで後ろに跳んだリオンの腹に切っ先が僅かに潜り込むが、練の攻撃速度より移動速度の方が速い。
 嘲笑を浮かべたリオンの目が、こちらを睨む練と交錯する。
 その刹那の瞬間、練の目が鋭く細められた。

「オオオオオォォォォ!!」

 練のつま先が、勢いよく床を蹴る。
 気合と共にその体が加速し、切っ先が更に潜り込もうとする。

『くっ!?』

 リオンの足が再度床を蹴って下がろうとするが、練の突進は止まらない。

『まさか!?』
「オオオオオオォォォォォ!!」

 両者の間で時間が長く、引き伸ばされていく。
 下がるリオンと、進む練。
 両者の刹那の間の長い攻防は、リオンの四歩目が床に届く寸前、決した。

「オオオオオオオオォォォォォ!!!」

 清麿の鋭利な切っ先が、リオンの腹に深く、突き刺さる。
 勢いは止まらず、リオンを串刺しにしたままもつれ合った両者の体が、壁へと向かって突進する。

『バカが!』

 リオンが手にしたナイフを、練の背中へと突き刺した。
 それでもなお、勢いは止まらない。

『ば、バカな!?』

 驚愕のまま、二撃目を突き刺そうとしたリオンの体が、衝撃と共に止まる。
 リオンの体を貫通していた刃が、その体を壁へと縫い止めていた。

「オオオオォォ!!」

 更に、練はサムライエッジを持ったまま、左の拳を刃の背へと叩きつける。

『貴様っ!!』

 リオンが練の心臓めがけてナイフを突き出そうとするが、練の体が捻られてその一撃は胸を浅く切り裂くだけで終わり、練の全身の筋力を乗せた拳が刃を後押していく。

「オオオオォォォ!!」

 刃は、リオンの胴体とそれを覆う高分子ポリマーと単分子結合金属繊維の複合性戦闘用タクティカルスーツ、更には背後の壁をも巻き込んで、その軌道上にある全てを斬り裂いていった。

『ガハッ…』

 胴体の半分を斬り裂かれたリオンが、練を憎悪と驚愕の表情で見た。
 だが、練の動きはまだ止まらない。
 壁を斬り裂きながら抜けた刃が、そのまま回転し、今度は反対側からリオンの胴体に食らいつく。

「オオオオォォォ!!」

 刃は再度リオンの胴体に潜り込み、その軌道上にある全てを斬り裂き、そして先程の軌道と合流した。

『!?』

 下半身をその場に残したまま、横に両断されたリオンの上半身が、床へと落ちる。
 その顔には、驚愕のみが張り付いていた

『貴様とは………覚悟が違う』

 全身を自らの出血と返り血で染め上げながら、血刃を手に練がリオンに言い放つ。
 そこで、練の体が力を失って崩れ落ちようとした。

「練!」

 徳治が慌てて背後からその体を支える。

「《水波輝月斬(すいはきげつざん)》に《日輪連(にちりんれん)》を繋げるなんて、とんでもない無茶しやがって…………」

 変型の光破断から残陽刻へと繋ぐ大技から、同一軌道上に回転しながら連続して斬撃を加える技という体力、精神力共に極限に消費する技をコンビネーションで放った練に、徳治は驚きを覚えつつ呆れ返る。

「勝てた、それだけだ」

 あちこちから出血し、酷い疲労感に襲われながらも、練は徳治に向けて微笑する。

『これで……勝ったつもりか?』

 突然の声に二人がリオンの方を見た。
 二分され、確実に死が近づいているにも関わらず、リオンは笑っていた。

『しょせん……ここなぞ…………組織の末端に………過ぎん………』
「な……に………!?」

 未だはっきり聞こえない耳に届いた内容を反芻した練が、驚愕の告白に目を剥いた。練の驚愕をさも面白そうに笑いながら、リオンは続ける。

『確かに………貴様は………強い………だが……貴様の力なぞ………巨大な……組織の……前には…無力だ………一生…………組織の影に…おびえて………生き……て……いけ…………』

 そこで、リオンの瞳から光が消える。
 練はただ、リオンの遺した驚愕の事実に呆然とするだけだった。

「……なんて言ったんだ?」
「オレは………無力だと」

 明らかに様子のおかしい練に、徳治が何かを言おうとした時、突然の警報が室内に鳴り響き、警告灯が明滅を始めた。

『自爆装置が作動しました。究所員はマニュアルに従って速やかに脱出してください。繰り返します、自爆装置が…』
「なん……だって!?」
「何が始まった!?」

 英語の警告が流れる中、徳治が状況を理解できず練の方を見た。

「ここは………爆発する!!」
「!!自爆装置だと!?正気か!」

 リオンの手が、リモコンの一番下のスイッチを押していた事に今更ながら気付いた二人が、慌ててふらつく足取りで逃げ出そうとする。
 だが、室内を出ようとした練が嘲笑を浮かべたまま息絶えているリオンの方に振り向いた。

「オレは………無力じゃない…………」
『爆発まで、あと5分です』

 練の呟きは、警報の中、静かに響いていった…………





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