BIO HAZARD irregular
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STARTING PURSURE
序章 天才と異端



 最初に感じたのは、静かに響く雨音だった。
 目を凝らすと、急激的に周囲の視界が開けていく。
 雨に濡れた静かな街並。
 しかし、その街並のあちこちに横たわる無数の屍達。
 恐怖と混乱が町を覆い尽くした事を示す無数の破壊跡。
 そして今なお聞こえる亡者達の呪詛。

 そこは、すでに存在しないはずの街だった。

 無言で一歩を踏み出す。
 同時に使い込まれたコンバットブーツの分厚い靴底が、不快な感触を伝えてきた。
 足元を見ると、靴底が何かを踏んでいる。
 踏み出した一歩を戻すと、そこにあったのは血塗れの人の手だった。
 不信に思ってよく見ると、そこには先程まで無かったはずの人の死体が転がっていた。
 R.P.Dのロゴが入った制服を着た、全身傷だらけの警官の死体。
 その額に一発の弾痕が空いているのに気付くと同時に、その人物が誰かを思い出す。

『死んで……も……ゾンビ……になりたく………ない』

 そう言いながら死んでいった警官。
 その額の弾痕は、その願いを聞いた自分が、自らの手で撃ち込んだ物に他ならない。
 その時、遠くから悲鳴が聞こえた。
 それに続いて、連続した発砲音も響いてくる。
 踵を返して、そちらへと走り出す。

「止めろ……来るな………」
「いやぁ…来ないで…」

 通りの向こうから、発砲音と共に聞いた事のある声が聞こえてくる。
 段々とそれがはっきりと聞こえ、その気配からそれが次の曲がり角の向こうにいるのを確信した瞬間、凄まじい絶叫がそこから響いてきた。

「ギャアアアァァァ!!」
「スミス!いや、止めて!レ…」

 何かが倒れる音と共に、声が聞こえなくなる。
 慌てて曲がり角を曲がった瞬間、それが見えた。
 ボロボロのタクティカルスーツを着た人影が、しゃがみ込んで何かを咀嚼している。
 その足元には、恐怖に歪んだ顔で絶命している友人の死体が有った。

「スミス………」

 思わずその友人の名を呟いた時、何かを咀嚼していた人影が、その手と口を休める。
 ゆっくりと立ち上がりながら振り返ろうとする人影の足元を見ると、先程まで咀嚼していた少女の死体が視界に飛び込んでくる。

「ミリィ…………」

 呆然と彼女の名を呟きながら、振り返った人影の顔を見た瞬間、自らの心臓が一瞬止まったような錯覚を感じた。
 そこにいたのは、腐敗し、生者を襲う浅ましいゾンビと成り果てた、自分の姿だった

「ウ………ウウウ……」

 自分のゾンビが、呻き声を上げながら、腰に指されたままの日本刀をゆっくりと抜いた。
 半ばから折れ、血がこびりついて錆び付いた刃が、その姿を現す。
 こちらも刃を抜こうとした時、その足を何かが掴んだ。

「!!」

 足元を見て驚愕する。
 スミスの死体が、ゾンビとなって恨めしい顔でこちらを見上げていた。

「ナンデ……オレヲ殺シタ?」

 かすれる声で、スミスのゾンビがうめく。

「守ッテクレルンジャナカッタノ?」

 それに別の声が重なる。
 ミリィの死体が、ゾンビとなってうめきながらこちらを向いていた。

「ナンデ生キテイル………」

 振り返ると、額を撃ち抜かれた警官のゾンビが立っている。

「ワタシタチハ死ンダノニ」

 狂気に陥り、目前で自らの命を絶った女性のゾンビがその隣にいる。

「オマエが殺シタンダ………」

 前に向き直ると、自分の手で斬ったクラスメートのゾンビがいつの間にかそこにいた。

「死ンダ!ミンナ死ンダ!」

 その後ろに、ゾンビとなって襲ってきた体育教師が続いている。

「ナゼオマエダケ生キテイル?」

 スミスのゾンビのそばに、スミスの父親のロバートのゾンビが一緒にこちらを恨めしそうに見ている。

「街ハ死ンダ!」
「人モ死ンダ!」
「隣人モ死ンダ!」
「恩師モ死ンダ!」
「友モ死ンダ!」
「殺シタ!」
「オマエガ殺シタ!」
「隣人ヲ殺シタ!」
「恩師ヲ殺シタ!」
「友ヲ殺シタ!」
「ソウシテオマエダケガ生キ延ビタ!」
「ドウシテ殺シタ!」
「ナンデ生キテイル!」

 周囲を、自分で斬ったゾンビ達が覆い尽くし、怨嗟の声を唱和しながら、四肢を押さえ込んでくる。

「オマエモ死ネ!」
「我々ト共ニ地獄ヘ!」
「犯シタ罪をツグナエ!」

 四肢をゾンビ達の腐乱した無数の手が押さえ込み、そこへ錆び付いた刃を持った自分のゾンビがゆっくりと近付いてくる。

「くっ……」

 なんとか戒めから逃れようともがくが、驚異的な力で押さえ込まれた四肢は微動だに出来ない。

「死ネ!」
「死ネ!」
『死ネ!』
『死ネ!』
『死ネ!!』
 自分を取り囲むゾンビ達が怨嗟を唱和する中、目前に立った自分のゾンビが、刃を上段に構える。
 そこで、ふと抵抗を止め、目を閉じる。

『死ネ!死ネ!!死ネ!!!』

 ゾンビ達の怨嗟が一際大きくなった瞬間、刃が振り下ろされた。
 体に激痛が走り抜ける。
 傷口からおびただしい血を流しながら、目を開く。
 四肢を封じていた手は無くなり、ただ、死へと近付く自分を見下ろす無数のゾンビ達の目だけがそこにはあった。
 体から急激的に力が抜け、膝から地面へと崩れ落ちようとした瞬間、最後の力を振り絞って右手が柄を握り締める。

「見えた!!」

 腰に指した柄から、神速の抜刀が繰り出される。
 刃は、目の前にいる自分と自分のゾンビの一つに交じり合っている影を、斬り裂いた。

『オオオォォォォ…………』

 呻き声を上げながら、自分のゾンビが光となって消えていき、それに続くように周囲のゾンビ達も光となっていく。
 そして街も、光となって急速的に消え去っていった…………



 目を開く。
 そこは、薄暗い室内だった。
 床には五芒星の方陣が描かれ、その中央に座していた練は、目を覚ますと同時に、膝から崩れ落ちようとする師の姿に気付いた

「師匠!」
「父さん!」

 慌てて練は立ち上がり、師匠である叔父の傍へと駆け寄る。
 叔父の隣に立って、全てを見守っていた従兄弟の徳治(とくじ)が、崩れようとする体を支えた。

「大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ…………」

 かすれる声で、師が呟く。
 その場にいる三人ともが、全身を黒装束で包み、胸に陰陽師である事を示す五芒星の紋が白地で刻まれているが、叔父のそれは血を吸って赤く変色を始めている。

「宗主!」

 締め切られた部屋の扉を開き、そこから同じ黒装束に身を包んだ中年の男性が飛び込んでくる。

「救急車を!」
「すぐに!」

 徳治の指示で、男性が電話を掛けるべくその場を離れる。
 開け放たれた扉から差し込んだ光が、室内の状況を露にした。
 五芒星の頂点にそれぞれ置かれていたロウソクは全て消し飛び、師の前に組まれていたはずの護摩壇も跡形も無く吹っ飛んでいる。
 全ては、練の光背一刀流免許皆伝の試練として用意されたはずの物だったが、その結果はすでに明らかだった。

「練よ………」
「はい」

 口から微かに血を流しながら、叔父が微笑する。

「見事だ……よくぞ己の心の闇を斬り払った……」
「は」
「最早、教えるべき事は何も無い……本日をを持って、そなたを光背一刀流、免許皆伝とする!」
「はい!」

 練の声を聞いた叔父は、そこで顔を引き締める。

「光背一刀流に、そなたが学ぶべき技はもう無い。だが、これからも修練を忘れるな」
「無論!」

 そこで、叔父は微笑したまま、失神した。

「師匠!?」
「命に別状は無いようだが………救急車はまだ来ないのか!?」
「あと10分程で到着予定だそうです!」
「誰か担架を…………」



二時間後 病院前

「全治4ヶ月か」
「お前の時は5ヶ月だったな」

 叔父の容態の説明を受けてきた徳治と練の二人が、胸を撫で下ろす。

「やっぱ、あんな最終試練無理があるんじゃないのか?先々代の小玉家の当主が死んだのもアレが原因じゃなかったか?」
「元々、その人は心臓が弱ってたらしいからな。本人も覚悟してたって聞いてるぞ。第一、五大宗家当主以外の人間が光背流の免許皆伝を得るのは、三十年に一人いるかどうかだからな。一子相伝に近いから、厳しくなるのはしかたないさ」

 苦笑した徳治が、ふとそこで足を止める。
 後ろを歩いていた練がそれをいぶかしみながら、自らも足を止めた。

「練、お前……何が見えた?」
「…………お前はどうだったんだ?」

 徳治の問いを、練が逆に問い返す。
 振り向かず、徳治は静かに口を開いた。

「自分の目の前に、もう一人の自分がいた…………力も、技も、まったく同じ自分が」
「オレも似たようなもんだったな。もっとも、オレが見たのは腐っていたが」

 それを聞いた徳治の眉が密かに跳ね上がる。

「あれか…………」
「ああ、もう四年も経つんだがな。忘れたくても忘れられないからな………」

 そのまま、二人はしばし無言で歩き始める。
 だが、その沈黙をいきなり携帯電話のコール音が破った。

「オレのだ」

 徳治が懐から激!帝○華○団のメロディが流れる携帯電話を取り出す。
 それが、非常用のコール音だという事を知っている二人の間に緊張が走った。

「はいこちら御神渡。……はい。分かりました。すぐ向かいます」
「仕事か?」
「ああ、しかも急ぎだ。迎えが直に来る」
「何が出た?この間みたいにガセじゃあないと思うが」
「古河さんが工事現場にあった古い社を諌めに行ったら、そこから鬼が飛び出してきたそうだ。今必死に押さえてるらしいが、どうにも歩が悪いらしい」
「古河さんが?相手は相当なレベルだな………」

 その時、遠くからヘリのローター音が響き、それがどんどんこちらへと近付いてくる。
 そちらに目をやった二人が、そのヘリの胴体に警視庁のロゴを確認した。

「来たぞ」
「ああ」
「若〜〜〜!!」

 そのヘリから、年配の男性が叫んでいるのを見た徳治が、顔面を手で覆った。

「若〜!迎えに来ました〜!」
「立花警部、若と呼ぶのは止めてくださいよ」

 病院の駐車場の上でホバリングしたヘリから落とされた縄梯子をよじ昇りながら、徳治が顔なじみの刑事に声を掛ける。

「おお、これはすいません。水沢さんも早く!」

 徳治の後に続い縄梯子を練が昇りきるのも待たず、ヘリは上昇を開始する。

「状況は?」
「もお、無茶苦茶です。見てた人間の話じゃ、祈祷してたらいきなり社が粉々に吹っ飛んで、そこから馬鹿でかい鬼が出てきて大暴れしてるそうですわ。ブルトーザーを一撃でスクラップにしただの、殴られた人間が一撃でミンチになっただの、口から火を吐いて辺りを焼け野原にしてるだのと聞いとります」
「どこまでが本当でどこまでがデマかだな」

 懐からベレッタM92Fカスタム、《サムライエッジ》を取り出し、マガジンの残弾を確認した練がそれをまたセットして装弾不良を防ぐためにマガジンの底を小突く。

「古河さんが必死になって頑張っとるそうですが、抑えるのがやっとだそうで」
「本気でいかないと、ヤバイみたいだな」
「本気以外で戦った覚えなんて有るか?」
 呪符の確認を行って懐に戻した徳治が、練の返答に笑みを浮かべる。
「見えました!あいつです!」

 眼下に、人影にしては巨大過ぎる影を認めた徳治と練の目が、鋭く光る。

「行くぞ!」
「ああ」


「あ…あわわわわ………」

 作業着に身を包んだ若い土木作業員が、腰を抜かして地面に座り込んだまま、呆然と目の前で繰り広げられている光景を見ていた。

「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!」

 墨色の小袖袴に身を包んだ中年の男性が、額から血を流しつつも手にした日本刀で早九字を切り続ける。
 その眼前には、身長が4m近くはある巨大な鬼が、九字の力で押さえ込まれていた。

「グルルル………」

 まるで巨大な岩を掘り出したかのような筋骨隆々たる鬼の巨体が、低い唸り声と共に筋が盛り上がり、戒めを破ろうとする。

「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!」

 必死になって九字を切り続ける男の周囲には、破壊された作業機械、原型すら止めなくなった人間の死体が散らばり、焼け焦げた地面から煙が一帯に立ち込めていた。

「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!臨!兵!闘…」
「ルルルオオオオオ!!!」

 鬼の呻き声が咆哮へと変わった瞬間、とうとう戒めは破られた。

「しまった!」

 九字が破られた事を知った男は、愕然としながら手にした日本刀を片手で正眼に構え、その背に空いたもう片方の手を添える変わった構えを取る。

「ゴガアアアアア!!」
「いやあああぁぁ!!」

 鬼の咆哮を伴った拳と、男の気合を伴った斬撃が交差する。

「ぐっ……」

 交差の後、自らの体をかすめた鬼の拳の衝撃波の凄まじさに、男の体が揺らぐ。
 それに対し、鬼の体にはかすり傷程度の切り傷が刻まれただけだった。

「強い………」

 圧倒的な劣勢を感じた男が、奥歯を噛み締めた瞬間、それは聞こえた。

「ぁぁぁぁぁあああああああ!!」

 上空から声と、連続した銃声が響いてくる。
 それは、上空から落下しながらの大斬撃と、急所に限定して撃ち込まれる銃撃となって鬼を襲った。

「ガアアァァ!」

 鬼が、絶叫を上げる。
 大斬撃は、鬼の拳を手首から斬り飛ばしていた。

「おお………」

 男が感嘆の声を上げる。
 男とは比べ物にならない剣技を放った者が、男の前に立っていた。

「宗主!」
「大丈夫ですか?古河さん」

 穏やかな声を出しながら、その者は振り下ろした刃を男と同じ構えに構える。
 優しげな顔立ちを今は裂帛の気合に包んだその者、徳治は鬼と対峙する。

「鉛弾じゃ効かないか………」

 その後ろで連続した銃撃を撃ち込んだ者が、手早くマガジンを取り出すと、別のマガジンに交換する。
 その間もその鋭さと冷静さを兼ね備えた目を鬼から全く離さないその者、練がスライドを引いて弾丸をチェンバーに送り込んだ。

「練も来たのか…………」
「ここは私達が受けます」
「下がっていた方がいい」
「すいません………」
「!こっちへ!」

 男―古河が痛めたらしい脇腹を押さえつつ、二人に任せてその場から離れようとするのを、慌てて座り込んでいた土木作業員が立ち上がって肩を貸した。

「グウウウゥゥ………」

 鬼が新たに現れた二人の人間を低い声を上げながら睨みつける。
 その手首の切断面から炎が吹き上がったかと思うと、その炎の中に切り落とされたはずの手が再生していった。

「どうやら、火気の性のようだな」
「立花警部が言ってた事が全部本当とはな…………」

 周囲に広がる惨状を見た練が、左手でサムライエッジを構えつつ、自らの腰の刀も抜いた。

「陰陽僚五大宗家が一つ、御神渡(おみわたり)家第三十七代目当主、御神渡 徳治」
「同じく、陰陽寮五大宗家が一つ、御神渡家当主補佐役、水沢 練」
『いざ、参る』

 二人の声が、重なる。
 それが戦闘開始の合図となった。

「ゴガアアアァァ!」

 鬼が咆哮しながら、再生したばかりの拳を振るってくる。

「はっ!」
「ふっ!」

 二人はそれぞれ右と後ろに跳んでそれをかわし、練は置き土産代わりにその拳に弾丸を数発撃ち込む。

「ガアッ!?」

 先程撃ち込まれた弾丸には反応も示さなかった鬼が、拳に撃ち込まれた弾丸に予想外といった反応を見せる。

「はあっ!」

 その隙を逃さず、徳治の振るった刃が
大きく鬼の腕を斬り裂いた。

「ガアアッ!」
「五大宗家が一つ、真兼(まがね)家特製、退魔用神鉄製卍刻印弾だ。化け物にはこいつがいい」

 練は顔に挑発的な微笑を浮かべつつ、さらに拳を振るおうとする鬼の今度は顔面を狙ってトリガーを引いた。

「ゴガアッ!」

 額を一撃で撃ち抜かれた鬼が大きくのけぞるが、即座に復活して前を睨みつける。
 だが、そこにはすでに二人の姿は無かった。

「はああっ!」
「オン アビラウンケン!召鬼顕現!」

 サムライエッジを懐に仕舞いつつ、素早く鬼の懐に入った練が連続して鬼の腹部を斬り付け、それとは逆に離れた徳治は懐から取り出した呪符を呪文と共に投げ、それは鳥の姿をした式神(陰陽道で用いられる使い魔)へと変じて鬼へと襲い掛かる。

「ゴグルウゥゥ!」

 息の合った二人の同時攻撃に、鬼がたじろぐ。
 だが、力任せに振られた鬼の巨腕が、式神達を蹴散らし、力を失った式神達は元の呪符となって地面へと舞い落ちる。

「ガアアアァァッッ!」

 続けて練を狙って巨腕は振り下ろされるが、わずかに身を捻ってそれをかわした練は、地面に叩きつけられた拳の衝撃波で巻き上げられた土石が体にぶつかってくるのを物ともせず、刀を真横に構える。

「水気を持ちて火気を克す!」

 水克火―陰陽五行思想で火を打ち消すとされる水気の力を練は刃に込め、それを鬼の腕に突き刺した。
 水気の淡い黒色の光をまとった刃が、鍔元近くまで鬼の腕に突き刺さり、練はさらに残った刃の背に空いた左手の拳を叩き込んで一気に腕を斬り裂いていく。

「はああああぁぁぁっ!」
「ガアアアァァァ!!」

 二の腕から上腕部の半ばまで斬り裂かれた鬼が、周囲一帯に響く絶叫を上げる。

「光背一刀流、《残陽刻(ざんようこく)》」

 技の名を呟いた練を鬼は憎悪の目で睨みつけると、息を大きく吸った。
 その乱杭歯の隙間から紅い輝きが見えたと思った瞬間、その口から猛烈な業火が吐き出された。

「はっ!」

 業火が練の体を焼き焦がす寸前、間合いを詰めていた徳治が残った距離を一気に詰ながら刃を振り下ろし、業火を縦に両断した。

「ナイスアシスト」
「あてにしてたくせに」

 お互い軽口を叩きながら、炎の途切れた瞬間を逃さず、練がサムライエッジを素早く抜いて鬼の両目を撃ち抜いた。

「ゴアアアアァァァァ!!!」
「決めるぞ!」
「ああ」

 鬼の壮絶な絶叫を聞きながら、二人は離れる。
 お互い大きく息を吸いつつ、徳治は鬼の腕を蹴って宙へと舞い上がり、練は鬼の背後に周って体を大きく沈み込ませた。

『克!』

 二人の声が同時に響き、刃に力が込められる。
 刀を宙で大上段に構えた徳治と、大きく沈み込みながら刃を上に向けて最下段に構えた練が、同時に動いた。

『はああああぁぁぁっ!』

上空からの大上段から繰り出される光背一刀流《雷光斬》が鬼の脳天から体を両断していき、最下段から一気に跳ね上がりながら繰り出される光背一刀流《昇陽斬》が鬼の股間から両断していく。
擦れ合うようにして互いの刃が交差し、鬼の体を抜ける。

「ゴ……ガ……」

 前後から両断された鬼の断面から血の代わりか、炎が洩れる中、二つの刃が同時に鞘に収まる。

「オン キリキリ…」
「バサラ ウンハッタ!」

 二人の口から同じ呪文が洩れると同時に、鞘から神速の居合が繰り出される。
 二つの神速の刃が、今度は鬼の腰の左右から潜り込み、そして胴体を完全に両断する。

「克」
「闇へと帰れ」

 徳治と練がそれぞれ刃を振りぬいたまま呟く。

「ガアアアアァァァァ……………」

 鬼が断末魔の絶叫を上げながら、その体が崩れていく。
 やがてそれは形の無い炎となり、そして灰となって地面に降り注いだ…………

「すげえ…………」

 半壊した工事機械の背後で、非現実的な戦いを見守っていた若い土木作業員が呆然と呟く。

「何モンだ、あいつら…………」
「見ての通りだ」

 工事機械に持たれ掛かりながら戦いを見守っていた陰陽師、古河がそれに答える。

「見ての通りって………」
「御神渡家当主とその補佐役。そして陰陽寮一の天才と、陰陽寮一の異端。それがあの二人だ」
「天才と異端…………」



《陰陽師(おんみょうじ)》、万物を木火土金水の五つの属性で分け、それを自在に制御する陰陽道と呼ばれる力を持ちて闇と戦う者達。
 飛鳥時代、時の権力者天武天皇は、この陰陽道を専属に研究させる機関《陰陽寮》を設立、そこで大勢の陰陽師達が日々修行と研究に明け暮れた。
 そして平安時代、稀代の天才陰陽師、阿部清明がその絶対なる力と共に陰陽道を日本中に知らしめた。
 やがて、阿部清明を開祖とする土御門(つちみかど)家が陰陽寮を取り仕切り、その権力を絶対な物へと変えた。
 だが、平安時代の終焉、貴族社会の没落と共に、陰陽寮もその力を失っていった。

 …………しかし、人の営みから闇が消える事は無い…………

 陰陽寮は歴史の影に潜み、日夜闇と戦う術を研鑚していった。
 土御門家の分家に当たる四家がそれぞれ五行になぞらえ、小玉(木霊)家、穂影(火影)家、真兼(真金)家、御神渡(御水渡)家を名乗り、これに土御門家を加えて陰陽寮五大宗家として陰陽寮を取り仕切り、闇との終わりの無い戦いを繰り広げていた。
 時は流れ、西暦2002年。
 陰陽寮は二人の天才を生み出した。
 一人は、五大宗家が一つ、御神渡家第三七代目当主にして、御神渡家に伝わる退魔用剣術《光背一刀流》の天才的使い手、御神渡 徳治。
 一人は、徳治の従兄弟にして御神渡家当主補佐役、そして徳治に次ぐ光背一刀流の使い手であるにも関わらず、アメリカ仕込みの射撃術を兼ね合わせた極めて異質な戦いを得意とする天才的異端、水沢 練。
 この二人が遭遇する事件が、やがて世界を震撼させる大事件に発展するなど、誰も知る者はなかった……………





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