this midnight


 自動人形、それは架空都市・倫敦に素を発する人型の作業機械である。
 開発当初は倫敦のみに存在していたが技術が発展するにつれて、その汎用性から世界各地に普及した。
 その用途は多用にとみ、軍用、民間用に広く使われている。
 そして、最も一般的なのが家庭用の家事用途に作られた物であろう。
 この家庭用自動人形には必ず付けられている機能がコッペリア効果である。
 自動人形自身が必要と感じた部位が人間へと進化していく。この機能によって自動人形は人へと進化していく。
 この進化に対しては、各国で人として扱うかどうかは差異があり、自動人形が差別の対象となっている所もあるという。
 コッペリア効果自体は、どのように進化するかはその自動人形の置かれた環境に大きく左右される。
 主に家事用途に置かれた自動人形は、視覚・聴覚・言語機能・味覚とそれに連動した内臓器官、これらが最も早く進化する。
 が、それ以降の進化はマチマチである。
 四肢や生殖機能、そして心である。
 自動人形達は、主に成人男性もしくは女性の姿をしているが、心がその外見にあうまで成長するのはかなりの時間を有し、扱う側の慎重な態度が必要となる・・・・・・・

「で、あるからしてこれは小さな子供に添い寝しているのと同じでけっしてやましい意味など含んでいないのだよ」
「マスター、なんでぬいぐるみ相手に延々とお話をなさっているんですか?」
 俺の後ろでテキパキと『永遠の揺りかご君マークV・ダブルベッドモード』の組み立てを行っていた君の声に俺は何も反論できなかった。
 いや、『実はあまりの気恥ずかしさに現実逃避に走ってました』とは言えんよなぁ。
 とりあえず、ベッドの組み立てにまぎれてベッド下からさり気無く運び出した『シークレットボックス(思春期の少年の最大級の秘密入り)』を先程までの会話相手『ミニミニ重騎君(UFOキャッチャーの景品)』と一緒に部屋の隅に片付けてからベッドに向かう。
 きちんと並べられた枕二つ・・・・・
「あー、少し枕が近くないかな?」
 そう言いつつ、少し枕に距離を開ける。
「あ、ダメですよ、マスター。あんまり離すとどっちかベッドから落ちちゃうかもしれないじゃ無いですか」
 君はそう言いながら、枕をまたもや密着させる。
 ・・・・・こちらの気も知らんと・・・・・
 そう思いながらも大人しく従ってしまう自分が情けない。
「じゃ、もう夜も遅いですし寝てしまいましょう」
 さっきまで雷鳴にビビっていたのは何だったのか、君は率先して布団に潜る。
 ああ、これはもはや覚悟を決めるしかないのですね・・・



 ・・・現在、午前3時。
 俺の顔の脇、わずか数センチに君が気持ち良さそうな寝顔で熟睡しているであろう。
 あろう、というのはとても気恥ずかしくて今俺自身が君に背を向けて寝ているからであって、それでも君の寝息と至近距離からの体温は伝わってくるのであって、それはそれは夢のような状況であって、もし俺がその気になれば君を思い切り抱きしめるのも可能であって・・・・・・
 おおおおおお、いかん!
 思考が暴走を始めている。下手したら、どうにかなってしまいそうだ。
 そうだ、こんな時は素数を数えよう。
 素数は他の数では割り切れない数字、俺に勇気を与えてくれる。
 1、2、3、4、5、7、9・・・・・
 なんか変だな、まぁいい。
「11、13、15、17、19、23、27、29、31、36、37、41、43、47、49、51、53、59・・・・」
「眠れないんですか?マスター」
 いきなりの君の言葉に、心臓が停止しそうになる。
「あ、起こしちゃった?」
 背を向けたその後ろで何だかゴソゴソと動く気配がする。
「どしたの?!・・・・」
 答えは、言葉でなく動作で来た。
 いきなり背中に君が抱きついてきた。
「○△□×!?」
 パニック起こした俺の背中に感じる吐息と体温、思いっきり抱きしめる両腕、何よりも背中に直接押し付けられる二つの丸い柔い物・・・・
「な、なな何?」
 俺の脳味噌がオーバーヒートしかける。
「私ってダメですね、マスター」
 君の思いもかけない一言が俺に正気を取り戻させる。
 それと同時に背中を冷たい物が濡らしているのに気付く。
「泣いてるの?」
 君の両腕がかすかに震えている。
 いや、両腕だけでなく君自身が震えているのが分かる。
「恐いんです・・」
 呟く声には嗚咽が混じっている。
「雷が?」
 背中に押し付けている君の顔が左右に振られる。
「私自身が・・・です」
 え?
「マスター、私って何なんでしょうか?」
 唐突な質問。
「何って、君は君だから・・」
 おざなりな答えしか思いつかない自分が恨めしい。
「そういうんじゃ無いんです」
 震えている両腕に力が込もる。
「私は、まだ機械なんです・・・」
 セラミックで作られた君の両腕に視線が行く。
 震える腕からは、冷たい機械独特の温度しか感じ取れない。
 だからといって、君を機械だとは思いたくも無い。
「前に榊さんに言われた事が有るんです」
 榊さん・・・・たしか整備業者のおっさんの名前がそうだったような気がする。
「『お前さんが雷が恐いのは、まだ自分を機械だと認識してるからだ』って・・・」
「そんな事言われてたんだ」
 背中に押し付けれた君の顔が頷く。
「だから、『自分を機械では無く、人と思うことができれば雷を恐れる事もなくなるだろう』って」
 一種の暗示か?
 あのおっさんも味な事をやってくれる・・・
「だから私は、自分が人間と思えるように頑張っていたつもりなんです。でも・・・」
 遠くから、また雷鳴が聞こえてくる。
 君の体がまた、大きく震えるのが伝わってくる。
「私は、恐いんです。どんなに頑張っても進化が進まなくて、しまいには自分が機械でも人でも無いおかしな存在のような気がして、たまらなくなるんです!」
 ・・・・・全然気付かなかった。
 君が自分自身をそんな風に考えていたなんて。
「普段は気にしないようにしているんですけど、今夜の雷でまたその事を考えてしまったんです」
 君の嗚咽が伝わってくる。
「マスター、私はいつかは壊れてしまう機械なんでしょうか?」
 機械?
 君が?
 壊れる?
 頭の中で答えが出るよりも早く、俺は行動を起こしていた。
 体に回されていた両腕を力任せに引き剥がす。
「マスター?!」
 君が驚きの声をあげるのに一瞬遅れて、ベッドの中で振り返る。
 視界の中には涙にまみれた君の顔が見える。
 その体を力強く抱きしめる。
「えっ!」
 そして、君の頭を自分の胸にそっと引き寄せる。
「そんな、悲しい事言わないでくれよ」
 腕の中の君の体が強張るの伝わる
「少なくとも俺に取っては、君は機械なんかじゃないよ」
 今度は逆に俺が腕に力を込めて抱きしめる。
「俺にとっては、もうずっと前から君は機械なんかじゃなくなってるんだ」
 俺の腕の中で君の震えが止まる。
「君の笑顔にずっと俺は、励まされてきたんだから。機械なんかにはそんな事出来ないよ」
 君が、顔を起こして、俺の顔を覗き込む。
 我ながら、かなり恥ずかしい事を言ってる気がする。
 おそらく俺の顔は真っ赤になってる事だろうけども、気にしてるどころではない。
「俺にとって、きみは大事な存在だから・・・」
 言っちまった・・・・
 とうとう言ってしまったよ、姉貴。
「ありがとうございます、マスター」
 君の顔にやっと笑顔が浮かぶ。
 その笑顔を俺の胸の中にうずめる。
「私をそんな風にまで考えててくれるなんて、嬉しいです」
 ・・・・俺の告白をひょっとして理解してない?
 いや、『考えている』じゃなくて『想っている』なんだけど・・・・
 これはストレートに言うしかないのでしょうか・・・
「俺、君の事が好きだから!」
 さあ、言ってしまったぞ・・・・
 今度こそストレートに。
「私も好きですよ、マスターの事」
 何?今、なんて。
「マスターも咲耶さんも、旦那様も奥様の事も大好きです」
「いや、そっちの好きじゃないんだけど・・・」
 俺が訂正するよりも早く、俺の腕の中からは君の寝息が聞こえてきた。
 どうやら、安心しきって寝たらしい。
 卑怯だなぁ・・・そういうの・・・・
 はたと、今の状況を考えてみる。
 君をしっかりと正面から抱きしめた状態で、君の腕はいつの間にかしっかりと俺の背中でホールドされている。その上今度は俺の胸の中に君の安心しきった表情の寝顔が見える。ダイレクトに君の寝息が、体温が、うっすらと漂うシャンプーの香りが、感じ取れる。
 それは先程まで俺が、考えていたシチュエーションそのものでありまして、はっきり言いますと夢のようなこの状況が大変恥ずかしい上に、こそばゆい物でして、それで有りながらこの状況から脱しようとは思えない物でして、しかしながらその・・・・・



 あああ、生殺しだぁ・・・・



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