第十一章「選抜! 新星誕生!」(後編)


BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第十一章「選抜! 新星誕生!」(後編)


「何か妙な期待をされてるような……」

 裏通りを走りながら、演習観察用のカメラから視線を感じるのか、レンがそちらの方を見ながらボヤく。

「向こうに行ったぞ!」
「追え!」
「ぶち殺せ!」

 段々殺気を帯びてきている声が曲がり角の前後から聞こえてくるのに気付いたレンは、空になったマガジンを前後に放ると、素早くゴミ箱とゴミバケツの間に姿を隠す。

「そこか!」
「やっちまえ!」

 マガジンが落ちた音に反応した者達が確認もせずに裏通りに向かって弾丸をばら撒き、その結果お互いが放ったペイント弾をモロに食らい合って全滅する。

「てめえ! 何しやがる!」
「そっちこそ!」

 銃を投げ捨て、塗料だらけの顔でつかみ合いを始めた面々を無視して、レンは瞬時にその脇を通り過ぎて大通りへと抜け出す。

「今ので何人だ? もう何人だったか数えてる暇すら…」

 走っている時、突然今までよりも遥かに鋭い殺気を感じたレンは手近の建物へと飛び込む。
 ドアをぶち破りながら入ったレンの後、狙いすまされた銃撃の嵐がドアの破片をかすめていく。
 壁際に転がって射線から完全に隠れたレンは、懐から小さな鏡を取り出すと、ドアから僅かに出して周囲を窺う。
 鏡には、通りの向こうから数名ずつに分かれた者達が、的確にレンの飛び込んだ建物を包囲している最中だった。

「軍人か警察官、いや両方の混合部隊か………厄介だな」

 今までの烏合の衆と違い、訓練された隙の無い動きで包囲が狭まっていくのを感じながら、レンは建物内を見回す。
 そこで、建物内にあるロッカーに気付いた。

「そうかここは……」


 銃口を微動だにさせずに、レンが飛び込んだドアに向けていた元・現役混合の軍人や警察官達が、ドアから飛び出してきた影に一斉にトリガーを引いた。
 放たれたペイント弾が影を瞬く間に塗料で染め上げ、その影は乾いた音を立てて路面に転がった。

「ヒューマンターゲット!?」
「苦し紛れだ! 包囲をせばめろ!」

 それが模擬戦に使われる人間型の的だと分かった時には、第二、第三のターゲットが建物から飛び出してくる。

「撃つな! 奴は弾切れを誘ってる!」
「ふざけやがって!」

 飛んでくるヒューマンターゲットを無視し、こちらに飛んできたのを銃で乱暴に払いのけた所で、今度はなんとそれらをしまっていたらしいロッカーまでもが後ろ向きで飛んできた。

「おわっ!」
「危ねえ!」

 さすがにこれには危険を感じて皆が避けた所で、いきなりそのロッカーの中に潜んでいたレンが外へと飛び出す。

「!」

 思いもかけない奇襲に皆が気付いた時には、顔面や胸元にペイント弾が炸裂していた。

「包囲が破られた!」
「クロウ小隊は右! ドードー小隊は左から回り込め!」

 仲間がやられた事に動揺も見せず、更に包囲をせばめようとする部隊からレンは距離を取りつつ、袖をまくし上げる。

「さすがに本気を出さないとマズイな」

 まくし上げた袖の下、アンダースーツの腕にある電源スイッチをレンはONにする。
 途端にアンダースーツ、正確にはインナーアームドスーツが起動、レンの速度が一気に加速する。

「動きが違う!?」
「今までのはウォーミングアップか!」
「逃がすな!」

 加速したレンの後を、隊列を保ったまま混合部隊が追いかける。

「キウィ、エミュー小隊! 目標がそちらに向かった!」

 持参していたらしい無線機で連絡を取ると、レンの向かう先に別働隊がわらわらと現れ出す。

「用心深い、な!」

 最後の一言と同時に、レンはインナーアームドスーツを最大出力。
 路面がくぼむ程の足跡を残し、その体が宙へと飛び上がり、横手のビルの窓へと飛び込んだ。

「飛んだ!?」
「サイバー改造か? それともバイオチューン?」
「そんな事はどうでもいい! クロウは正面! エミューは裏口から侵入! 残った連中は奴をここから出すな!」

 入り口や窓際に張り付いた部隊が中の様子を素早く確認、安全を確かめると続々と内部に突入していく。

「一階毎にスリーマンセルで残れ!」
「ノースマンでゾンビ千体を一人で倒した男だ! 油断するな!」

 オフィスビルを模しているのか、事務用デスクが並ぶビル内を素早く、かつ確実にターゲットを求めてそれぞれの小隊がチェックしていく。

「ここにはいない!」
「まだ上だ! クロウは二階、エミューが三階へ! お前達は残れ!」
「了解!」

 一階部分にレンはいない事を確認し、部隊は階段を駆け上っていく。
 踊り場付近などでトラップの有無を確認する事も怠らず、二階部分の最初の部屋に突入しようとした時、ドアを開けた途端に銃声が中から響く。

「目標発見!」
「グレネードだ!」

 情け容赦なく複数のペイント手榴弾が内部へと放りこまれ、更にはドアまで閉められる。
 数秒後に乾いた爆発音が響き、その余韻が消え去ると即座に部隊は室内へと突入した。

「あっ!」
「こいつは!」

 塗料が満遍なくぶちまけられた室内にいたのは、模擬戦でスナイパー役として使われるダミー人形と、それにセットされている銃声用のプレーヤーだった。

「つまらない真似を……」
「馬鹿、こいつは時間稼ぎだ! 他にトラップを仕掛けていった可能性もある!」
「全員グレネード用意! 各部屋に一個ずつ放り込め!」

 全員がグレネードのピンを引っこ抜き、手近のドアを開けると中に次々と放り込んでいく。
 爆発音が連続して響き、塗料がぶちまけられた部屋へと全員が突入するが、そこには人影一つ見当たらなかった。

「こちらクロウ、ターゲットはいない!」
『こちらエミュー、こっちもだ!』
「五階に回ってくれ! こちらは四階に回る!」
『了解!』

 足音が上へと登っていく中、残った者達が警戒のために階段や窓辺に立とうとする。
 ふとその時、三人残っていたはずが二人しかいない事に気付いた。

「おい、もう一人は?」
「あれ? さっきまでいたはず………」

 すると廊下の角から何かが落ちるような音が響く。

「まさかここに!?」

 二人が慌てて向かうと、そこには天井填め込み式のエアコンのカバーが落ちており、上を見上げるとその中は完全な空洞になっていた。

「こんな所に隠れてたのか! 連絡を…」

 天井を見上げていた元軍人がもう一人の方へと振り向くが、そこには誰もいない。

「お、おいどこに行った!」

 慌てて周囲を見回し、手近の部屋のドアを開けた瞬間に、伸びてきた手が元軍人を室内へと引きずり込む。

「!?」

 何が起きたかを理解する暇すら与えられず、頚動脈が締め上げられ、悲鳴も出せずに失神した元軍人が床へと崩れ落ちる。

「さて、戻ってくるまでが勝負だな」

 気配すら感じさせずに奇襲で失神させた三人を床へと並べたレンは、それぞれから弾薬や手榴弾を拝借する。

「急造とはいえ、たいした動きだ。多少詰めが甘いが」

 レンはペイント手榴弾のピンを抜くと、窓から姿が映らないようにしながら、外へと落とす。
 数秒後には爆発音と共に悲鳴が上がっていた。

「二階からだ!」
「至急連絡を!」

 階下に外の警戒に当たっていた部隊が集まってきた所にさらに追加でペイント手榴弾を落としたレンは、木太刀を手にドアに張り付き、廊下の様子を窺う。

「下の連中がやられた!」
「ゾンビ千体を一人で倒した男だぞ! 重機動武装した猛獣だと思え!」

「……妙な尾ひれがついてるな」

 聞こえてくる会話に苦笑と妙な不安を浮かべつつ、レンは手にした木太刀を大上段に構えると、振り下ろした。


 上階に行っていた部隊は二階で合流し、階段を降りきる前に停止してこちらの様子をうかがう。

「トラップは無いようだ。クロウは突撃、エミューは援護。絶対に弾幕を途切れさせるな! 行くぞ!」

 クロウ小隊の指揮を取っていた男が、先頭に立って突撃をかける。
 目標の部屋の数m手前で、突然部屋から何かが飛び出してきた。

「!?」

 先頭にいた男は、それが何かを直撃した時にようやく理解した。
 それは、蝶番の部分を破壊して外された金属製のドアが真横になって飛んできた物だった。

「うわっ!」
「来るなっ!」

 通路のほとんどを埋めて飛んでくる予想外の攻撃に、クロウ小隊は成すすべも無く巻き込まれ、突撃が強制停止。
 ドアと後続の間にサンドイッチされて廊下に一塊となって倒れた所で、部屋から容赦の無いフルオートの銃撃が倒れたクロウ小隊の顔面や胴に炸裂していく。

「うわあああっ!」
「よけろ! 痛ぇ!」
「だ、ダメだもう………」
「くそっ、クロウもやられた!」
「グレネードだ! ありったけ放り込め!」

 突撃したクロウ小隊が全滅する様を見たエミュー小隊は、残ったペイント手榴弾のピンをまとめて抜くと、一斉に目的の部屋へと向けて投じる。
 それに対し、部屋から今度は何か小さな物が飛び出す。
 それは、一枚の小さな手鏡だった。その鏡に、投じられたペイント手榴弾の姿が映し出される。
 続けて、木太刀だけが部屋から突き出され、数瞬だけ鏡に映った映像を元に、投じられたペイント手榴弾を次々と打ち返した。

「馬鹿な!」

 驚愕の声は乾いた爆発音の前に消え去り、あとには塗料だらけになった者達だけが残った。

「くそう………」

 顔面がくまなく塗料に彩られた男が、憎々しげに室内を覗き込むが、そこにすでにレンの姿は無かった。
 窓から下を見ると、すでにそのビルから離れていくレンの後姿だけが小さく見えていた。

「こちらクロウ、エミュー共々やられた。そちらの準備は?」
『こちらコアラ、準備完了!』
「目標はEエリアを脱出。Gエリア方面に向かっている」
『了解! あとはまかせろ!』

 通信の向こうから、鈍い機動音が重なった。



「? 静かだな………」

 通りに人影が無いのに気付いたレンが、走りながら周囲の気配を探る。
 そこへ、遠くから響く機械の駆動音のような物が耳に飛び込んできた。

「こいつは……まさか!」

 それが、ある物の音だと気付いたレンの前方から、人影よりも大きなシルエットが猛スピードで近付いてくる。

「コアラ小隊、攻撃に入る!」

 前方から、オーストラリア軍正式採用重機動パワードスーツ《バーバリアン》がホバーを吹かしながら一斉に銃口を向ける。

「撃てぇ!」

 一斉に放たれたペイント弾が、弾幕となってレンへと襲い掛かる。
 とっさにインナーアームドスーツの出力を最大にしてレンは横へと跳んで銃撃をかわすが、勢い余ってそのまま隣のビルへと突っ込む。

「エネルギー反応! アームスーツを着用している!」
「撃ちまくれ! 弾丸10発20発食らわしても効かないような化け物だ!」
「ロケット弾の使用許可はまだおりないのか!」

 最早模擬戦という事を完全に忘れているのか、容赦のない銃撃がレンへと襲い掛かる。

「スーツまで持ってきてたのか………使用許可出したのは誰だ? それ以前に人をゴジラか何かと勘違いしてるんじゃないのか?」

 迫り来るバーバリアンの機影に、レンは物陰で歯噛みする。

「相手は軍用、下手な小細工は無意味か………」

 嘆息しながら、レンは木太刀の持ち手部分を小突き、出てきた目釘を抜く。

「母さんにまた怒られるかもな……だが、仕方がない」

 レンは木太刀を左手に持ち替え、半身を引き、腰を落とす。
 銃撃の音が更に激しくなる中、レンは呼吸を整え、木太刀の柄に右手をかける。
 そして、右手が柄を握り締め、木太刀を〈抜刀〉した。
 目釘を外された木太刀から、鉄芯が刃のように繰り出される。
 繰り出された鉄芯が、壁に斜めの斬撃を刻み込み、そこから壁が一気に崩壊する。

「はああっ!」

 更に返す鉄芯が隣の建物の壁に叩きこまれ、それを一撃で吹き飛ばす。

「最早加減も出来ん。恨むなよ」

 銃声にまぎれて隣の建物へと移動したレンは、一気に屋上へと登り、そこからまだ相手がこちらの動きに気付いていない事を確認すると、一気にそこから飛び降りる。

「おい、隣だ!」
「いつの間に!」

 ようやくレンの姿を確認したパワードスーツ部隊が、そちらへと銃口を向けようとする。
 だが、レンは神速の勢いで間合いを詰めていた。

「はああっ!」

 裂帛の気合と共に、木太刀から鉄芯が繰り出され、正面にいたバーバリアンの右腕が一撃で本来と反対方向に折れ曲がる。

「ぐあっ!?」

 突如として走った激痛と、装甲・アクチュエーターごと折れた右腕を抱えたバーバリアンを足場としてレンは宙へと舞い上がり、僅かに遅れて別のバーバリアンから放たれたペイント弾が追うが追いつかず、地面に着地すると同時に繰り出された刺突が隣にいたバーバリアンの頭部カメラを対爆カバーごと粉砕する。

「野郎!」

 二機続けてバーバリアンが行動不能にしたレンの左手が、こちらに腕を伸ばしてきた別のバーバリアンの頭部に抜いたサムライソウル2を押し付け、トリガーを引いた。

「こんな物!」

 視界が閉ざされてもなおそのバーバリアンはレンに襲い掛かろうとするが、突然腹に灼熱感にも似た激痛を覚えて倒れこむ。

「装甲を!?」

 装甲の僅かな隙間から鉄芯を突き刺し、内部の人間を直接攻撃して行動不能にしたレンは身をひるがえし、ついでにペイント弾を残ったバーバリアンの頭部カメラへと叩き込む。

「距離を取れ!」

 接近戦は不利と感じた者が慌ててホバーを吹かして距離を取ろうとするが、レンが間合いを詰める方が遥かに早く、下段から斬り上げれた鉄芯がそのバーバリアンの右肩を下から粉砕した。

「アームドスーツ着用とはいえ、こんな事が!」
「使い方いかんだ」

 一撃で手にしていた銃が真っ二つに粉砕され、驚愕に彩られた搭乗者の視界に再度ひるがえる黒装束が飛び込む。
 腕に走る激痛と共に、敗北を悟った搭乗者はその場に倒れ伏す。
 残る二機となったバーバリアンが銃火を集中するが、レンの動きに反応する事すら叶わず、装甲の隙間を突き込まれた一機が倒れ、最後の一機は思わず銃を投げ捨て、両手を上げてハッチを開放して降伏の意を示す。

『180から185番、失格』

 失格の通告を聞きながら、腕を折られた搭乗者がすでに遠ざかっていっているレンの背中を見る。

「勝てる訳ねえだろ、あんな化け物に………」



「オーストラリア勢もほぼ全滅か」
「思ってたより長引いたな」
「……普通の人間はスーツ相手にロケット弾も徹甲弾も無しに勝てないとも思うのだが……」

 半分以上に失格のサインが降られたリストを手に、STARSの隊長達はレンの戦い方を注意深く観察する。

「スーツの隙間を貫き、間接部を折るか……こちらのシュミレーションも少し見直した方がいいかもな」
「あんな戦い方する奴、他にいるのかよ?」
「BOWや変異体だと、鋭利な爪を持ってるのとか、異様な怪力のもいるわね。そこら辺計算しなおしてみるわ」

 模擬戦のデータをつぶさに記録しながら、シェリーが自らのノートPCに幾つかの注釈を付け加えていく。

「今度オレの小隊とも模擬戦やらせてみっか」
「……今回の事件が全部片付いてからにしろよ?」

 ロットがやけに嬉しそうな顔で言うのを横目で睨みながら、隊長達は再度画面へと目を移した。



「見つけたぜ!」

 レンの正面に、崩したスーツ姿のいかにもチンピラ風の男が飛び出してくる。

「死にさらせええぇぇぇ!!」

 男はぎらついた目で懐からドス(どう見ても自前の品・真剣)を抜くと、それに手に日本語で叫びながらレンへと向かって突撃してくる。
 何のためらいも無く、レンはその男の額にペイント弾を叩き込む。
 モロに食らった男はバランスを崩し、レンの手前で地面へと崩れ落ちた。
 しかし、その状態から伸ばされた手がレンの足を渾身の力で掴んだ。

「今じゃああ!」
『おおおおぉ!』

 途端に周辺の建物や物陰から、男と似たようなあきらかにヤクザにしか見えない男達がドスや拳銃を手にレンへと一斉に襲い掛かる。

「タマ取ったる!」
「くたばりやがれぇ!」

 殺すつもりとしか思えないような言葉と表情で迫るヤクザ達に、レンは無造作に体を捻る。

「あ?」

 最初にペイント弾を食らった男が浮揚感に気付いた時には、増強された力に任せて振り回したレンの足ごと、男は宙を舞っていた。

「おわっ!?」
「なんじゃあ!?」

 予想外の凶器に、思わず動きを止めたヤクザ達の顔面を、宙を舞った男の胴体が薙ぎ払う。

「うげっ!」
「おぶっ!」
「ぐべえ……」

 情けない悲鳴を上げながらもつれて倒れこんだヤクザ達の顔面や背中に、連続で塗料の花が咲く。

「何やってんじゃタカ!」
「す、すいません………」

 残ったヤクザ達が再度レンを襲おうとするが、閃く木太刀がドスと拳銃を跳ね飛ばし、続く斬撃と銃撃で悶絶した者や塗料の花を咲かした者が次々と量産されていく。
 数分とかからずに、奇襲に失敗したヤクザ達は失格の宣告を受ける羽目となった。

「やっぱ、ヤクザ戦法じゃダメかい………」

 レンの後ろから、一味違う殺気の主が姿を現す。

「お、親分………」
「下がってな。勝負の邪魔だ」

 和服姿にかすりの羽織を纏い、手に白木の鞘に収まった長ドスを持った、風格のある男がレンと対峙する。

「お久しぶりですね、小菅さん」
「おうよ、かれこれ七年ぶりかい? 立派になったモンだな……」
「いえ。小菅さんこそ、組長になったんでしたね」
「まあな。これも先生に何べんも助けられたお陰よ」

 たわいの無い世間話をしながら、二人の間合いが無造作に詰められていく。

「でも、なんでここに?」
「先生が古巣に戻ったって聞いたモンでな。先生にはオレも含めて、子分達も世話になりっぱなしだからよぉ、どうにか手助けできねえかと穀潰し連中引き連れてこんなトコまで出はってきたって訳よ」

 凄みのある笑みを浮かべながら、組長の手は白木の柄にかかり、レンの木太刀は正眼へと持ち上がる。

「そしたらよ、手助けするには腕ぇ見せろって話じゃねえか。試しに子分どもに任せてみりゃ、このありさまだ。どうするよ?」
「……日本に帰ったらどうです? 娘さん今年受験じゃ?」
「ああ、そうだな。そうすんのもいいかもしれねえなあ………」

 娘の事を思い出しているのか、遠くを見ながら、組長はゆっくりと白木の鞘から長ドスを引き抜く。

「けどよ、それじゃあヤクザなんてやってけないのがツライ所よ………」
「そうですか」

 抜かれた長ドスが、下段の構えを取る。対して、レンは片手正眼の木太刀の峰に右手を添える光背一刀流独自の構えを取る。

「礼儀もしらねえヤクザ剣法で悪ぃが、相手になってもらおうか」
「いつでも」
「そう、かい!」

 下段から跳ね上がった白刃が、レンの胴を狙う。
 完全に見切った分だけレンは下がって斬撃をかわすが、即座にひるがえった刃が今度は横薙ぎに襲ってくる。
 斬撃の軌道上に木太刀をかざして防いだレンが、左手でサムライソウル2を向けるが、組長は無造作に前へと突っ込んでレンへと体当たりし、強引に放たれたペイント弾をかわす。
 組長の体を押しのけ、レンは距離を取って再度銃口を向けるが、組長が投げつけた羽織が壁となって射線を塞ぎ、そこから突き出された刃がレンの顔面を狙う。
 刃が顔面に届く前に、跳ね上がった木太刀が刃を上へと弾く。
引かれた刃が羽織を落とし、両者は顔に笑みを浮かべあう。

「さすがだねぇ、今のかわされたのは初めてだ」
「……どう見ても殺すつもりに見えたんですが」
「ヤクザにゃ、練習なんて言葉はないモンよ」
「…………」

 修羅場慣れした空気をまとわせ、隙の無い構えの組長がすり足で体勢を整える。
 レンはそれに対し、半身を引いて木太刀を腰だめに構え、居合の構えを取る。

「ほう、本気だな」
「そっちがその気ですからね………」
「それじゃあ、行くぜ」
「いつでも」
「ちええぇぇぇ!」

 咆哮と共に、レンへと向けて白刃が袈裟懸けに振り下ろされる。
 鋭い殺気をまとった白刃がレンに触れる寸前、レンの右手がかすんだ。
 長ドスはそのままの勢いで振り下ろされ、止まる。
 それに僅かに遅れて、半ばからへし折られた刃が回転しながらレンの背後の壁に当たって澄んだ音を立てて路面へと落ちた。

「さすがだぜ、全然見えやしなかった………」
「すいません、少しやりすぎました」
「ヤクザにやり過ぎなんて言葉もねえよ。まだ試合中だろ、とっと行きな」
「それでは」

 レンが一礼してその場から走り去った後、組長の口から血が一筋流れ落ちる。そしてその体が路面へと前のめりに倒れた。

「親分!」
「組長!」

 子分達が大慌てで駆け寄り、組長を抱え起す。

「はっ、やっぱりヤクザじゃ侍には勝てねぇか………」

 痛む脇腹、レンの神速の居合で長ドスに続けて数本まとめて叩き折られた肋骨部分を抑えながら、組長はむしろ心地よさそうに笑う。

「引き上げるぞ、野郎共」
「そうしやしょう。どうやっても手も足も出やしませんや………」
「全員落とすつもりじゃねえんですか? 軍隊だってやられてんですぜ?」
「さあてな、案外大穴があるかもしれんぜ」

 子分達に肩を借りながら、ヤクザ達はその場を立ち去る。

「こちら黒、目標は交戦終了、Gエリアに移動」

 それらの様子を息を殺してうかがっている者がいる事に気付いた者はいなかった。



「あと何人だ? もうそれ程残ってはいないはずだが………」

 脳内で今まで倒した人数をざっと概算したレンは、通りを走りながら現状を整理する。

(鉄芯が歪んできてる………居合はもう使えないな。マガジンは残ったのは二つ。45口径を使ってる人間はここにはあまりいないしな)

 その時ふとレンの視界に建物に張られた何かが飛び込む。
 思わず足を止め、それに近寄ったレンは間近で確認して眉を潜める。

「符? 道教のだな。まさか道教会の奴まで来てるのか?」

 真新しい呪符が無造作に壁に張られているのを確かめたレンは、魔術トラップの類を探そうとした所で、背筋に悪寒が走る。

「まずい!」

 その場に伏せたレンの頭上を、一発のペイント弾がかすめて呪符へと当たって塗料をぶちまける。

(スナイパーか! こいつはそのためのエサ!)

 地面を転がるように移動しながらレンは物陰へと飛び込む。

(何者だ? オレがこの手の物に反応すると知っている人間でなければあんな物は用意しない! そうとう切れる奴が)
「こおおぉぉ」

 背後の壁からかすかに呼吸音が聞こえてくるのに気付いたレンは、大慌てで更に奥へと飛び込む。
 直後、壁を突き破って屈強な腕が連続して突き出してくる。

「なんだこれは!」

 段々自分へと迫ってくる腕をさける内に、レンは袋小路へと追い込まれる。
 そして、壁その物を粉砕して半裸の屈強な男達はぞろぞろとレンの前に立ちはだかった。

「今の呼吸、気功術の導引か! 噂の人民軍硬気功部隊!」

 それに応えるように、半裸の男達は独自の呼吸法で息を吸い込み、筋肉が更に盛り上がる。

「ふうぅぅ!」
「ほあちゃあ!」

 気合と共に、無数の拳足がレンを襲う。拳足の僅かな隙間を舞うように身をひるがえしてかわしたレンの背後で、拳足が当たった壁が発泡スチロールのようにあっさりと砕け散る。

「なんだってこんな旧時代の技を……」

 予想以上の破壊力に、レンは思わずぼやくが、自分も人の事をどうこう言えない事に気付いてそれ以上は口に出さない。
 代わりに木太刀を繰り出し、迫る拳を弾こうとするが、逆に鈍い手ごたえと共に木太刀の方が跳ね返された。

「甘い! 我が硬気功は弾丸をも弾く!」
「……T―ウイルス変異体じゃないのか、あんた」

 迫り来る半裸筋肉集団に、レンの頬を汗がつたう。

(本物だ。下手な真剣も通さないだろう。だが!)

 レンは木太刀を片手で構え、それをゆっくりと突き出して一番手前の男のみぞおちよりやや下に切っ先をただ添えるように当てる。

「何を」
「はあっ!」

 気合と共に、レンは木太刀の柄を掌底打で叩きつける。
 掌底打の勢いで突き出された木太刀が僅かに男の体に潜り込む。

「この程度…」
「ふっ!」

 激痛が走るが、たいしたダメージにもならないと踏んだ男だったが、返す木太刀が鋼となっている筋肉を貫いてダメージを与え、一撃で男を昏倒させた。

「チャン!」
「何をした!?」
「気功封じだ」

 何が起きたか理解出来ない筋肉集団に対し、レンは木太刀を半ばから持ち、体を回転させて勢いを乗せて別の男のまったく同じポイントを貫く。

「くっ!」
「はあっ!」

 みぞおちのやや下、呼吸を司る横隔膜に直接衝撃を与え、気功術の源である呼吸その物を狂わせて気功を封じ、その隙に相手を打ち倒す対気功師用の技に、筋肉集団は目を見張る。

「導引を封ずる事で気功その物を封ずるのか………どこで覚えた?」
「知り合いのエクソシストが仲間の霊幻道士と殴りあってて思いついた技だそうだ。実際に試すのは初めてだがな」

 木太刀を掴んで攻撃を防ごうとした三人目の筋肉男に、レンは増強された腕力で左の直突きを叩き込む。
 鋼となった肉体とスーツで増強された筋力に板ばさみとなった拳の骨が軋みを上げるが、相手にはさしたるダメージも与えられない。

「刀が無くば、その程度か?」
「ああ、この程度だ」

 当てられた拳が開かれ、手の平が相手の肉体に直に当てられる。
 そして、独自の呼吸法が筋肉男の耳に入ってきた。

「はあっ!」

 気合と共に、筋肉男の体が吹き飛ぶ。
 予想外の事態に、吹き飛ばされた男も目を白黒させながら壁へと叩きつけられた。

「発勁だと………どこで覚えた………」
「見様見真似で覚えた代物だ。あんた達程使いこなせる訳じゃない」
「そうか、だが」

 残った筋肉男達が笑みを浮かべる。
 続けて、建物の屋上、窓、通りから一斉に無数の銃口がレンへと向けられた。

「包囲のための時間稼ぎか」
「逃げ場は無い。崑崙島で死んだ同士のためにも、我らは戦わねばならんのだ」
「STARSは優秀だ。任せる事はできないのか?」
「愚問なり」
「そうか………」

 うな垂れたレンの左手が裾に潜り込み、そこから手首の返しだけで何かを真上へと放り投げる。
 包囲してた者達の何割かが、思わずそれを見た。
 先程奪った物を残しておいた、ピンの抜かれたペイント手榴弾を。

「! 逃げろ!」

 反応できた者達が物陰に隠れるが、隠れる所の無かった筋肉男達等がマトモに炸裂した塗料を食らった。

「おのれ、自爆とは往生際が……」

 片手を上げて目への直撃だけは防いだ筋肉男が前を見た時は、レンの姿は無く、代わりにレンの足元にあったマンホールのフタが宙に浮いており、ワンテンポ遅れて元通りに収まる所だった。

「あの一瞬で逃げたのか!」
「追うぞ!」
『227番、230番! すでに失格だぞ!』
「ぬう……」

 塗料だらけの顔を苦渋に染める者達を置いて、とっさに隠れられた者達が集まり、マンホールからレンの後を追う。

「あの状況からこの決断に行動、天賦の才ゆえか?」
「まさに百年に一度の大才よ。いかに功夫を積もうと、我らのような凡人には辿り着けぬ」
「技は、な……」

 含みのある笑みを浮かべ、残った者達はマンホールを見つめていた。



「……おかしい」

 下水道を走りながら、レンは感じた疑問を自問する。

(あれ程完璧な包囲作戦を考えた人間が、こんな簡単な脱出ルートを見過ごすか? だとしたら、これは何らかの罠か……)

 考えをまとめるより早く、案の定前方に銃を構えた兵士達が立ちふさがった。

「撃て!」

 ペイント弾がばらまかれる寸前、レンへ上へと跳ね上がり、トンボを切るように体を反転させて上部の壁へと足をつくと、一気に兵士達へと飛び掛る。

「うわっ!」
「がっ!」

 狭い下水道内とは思えない動きに、銃口を向ける間もなく兵士達が木太刀の一撃を受けて倒れこむ。

「かくなる上は!」

 残った兵士が壮絶な形相でペイント手榴弾を握り締めたまま、ピンを引き抜いた。

「やめとけ!」

 その兵士の腕を木太刀で痛打し、返す斬撃でみぞおちを貫く。

「無念……」

 ピンが外れたままの手榴弾が落ちるより先にレンはキャッチすると、インナーアームドスーツの全力でそれを後方へとぶん投げた。
 数秒後、爆発音と共に遠くから悲鳴が聞こえてくるのを聞きながら、レンは再度走り出す。

「穴を作って置いて待ち伏せか。随分と用意周到だが、その割には…」

 程なくしてレンの前方にマンホールからゴミ箱だのイスだのをかき集めて入れられるだけ入れて造ったらしい即席のバリケードが現れる。

「後方からの追跡は無いのに、バリケードだと? なぜさっき使わなかった? 逃げ道だけ塞ぐ理由は……」

 バリケードの隙間から、レンが注意深く向こうの様子を窺った時、視界に壁にセットされている物が飛び込んでくる。

「まさか!」

 直後、大爆音が周囲に轟いた。



「何事だ!」

 まごう事なき本物の爆発音に、さすがのSTARS隊長達も度肝を抜かれた。

「この爆発力、C4か!?」
「模擬戦だぞ! 誰だ使った馬鹿は!」
「すぐに状況の確認を!」
「Jrは無事か!?」

 隊長達が慌しく動く中、モニターは一つの映像を映し出す。
 そこには、スイッチから手を離すクァン司令の姿が有った。



「さすが司令だ。見事の一言に尽きる」
「だが、最後まで行くとは思っても無かったが……」
「死んだんじゃないか?」

 人民軍の兵士達が、戦果を確かめるために爆破ポイントへと急ぐ。
 もうもうたる煙がまだ残る中、無数のライトが爆破ポイントを照らすと、そこにはひしゃげ、砕けたバリケードの残骸が無数に転がっていた。

「これは決まったな」
「さすがにこれで無傷という事はあるまい」
「死体が転がってるんじゃないか?」

 自分達の勝利を兵士達が確信するが、やがてゆっくり晴れていく煙の中から、ある物が浮かび上がってきた。

「おい、なんだこれは……」
「崩れた、いや違う!」
「こ、こんな馬鹿な事があるか!?」

 下水のトンネルの中、爆破ポイントの正面の上から下に繋がる一直線の亀裂、正確には巨大な斬撃の後が刻まれていた。
 その途方も無い斬撃の中央部、それを繰り出した者が立っていたと思われる場所だけが、まるで爆破なぞなかったかのように、何の痕跡も無いきれいな地点となっていた。

「まさか、斬ったのか? 爆炎を………」
「で、できるのか? 滝を斬るのとは訳が違うぞ?」
「ちょっと待て、だとしたら奴は……」

 答えを口に出すよりも、崩壊したバリケードの影に隠れていた者が飛び出し、神速の剣が振るわれた。



「赤、応答せよ。赤!」
「仕留められなかったか………」

 建物の一つ、一戸建ての家のリビングに即席で作られた地図を前に作戦を立てていたクァン司令が、確認に行かせた部隊の通信途絶を聞くと、作戦の失敗を確信していた。

「そんな事が! 包囲も仕掛けも完璧だったはず!」
「完璧という言葉は軍人ならば使わない物だ。戦局は常に流動する」
「白から連絡! 目標を発見! 軽傷の模様!」
「逃げ場はまったく無かったんだぞ! どんな仙術を使ったのだ!」
「彼に直接聞いてみればいい。恐らく、もう直ここに来るはずだ」
「迎撃体勢を! 部隊を呼び戻して出入り口は一階、二階を問わず全て警戒!」
「各所、最低二人は配置。影を見たら即座に発砲せよ」
「了解!」

 銃を手に残った者達が配備につくが、クァン司令はその場に留まり、腕時計を見た。

「もう、何をしても手遅れだろうがな」


「なあ、お前信じられるか? あの遁行を破るなんて……」
「僵尸五千体と鳴蛇三百匹を一人で倒したという噂も聞いたぞ。日本とアメリカの生体工学の粋を結集させて創り上げた超人という話は恐らく本当だろう」

 二階の窓の両脇に張り付き、汗が滲み出して止まらない手で銃を握り締めた警官と兵士が小声で妙な憶測を話し合う。

「これが模擬戦で良かったな。少なくても殺されはしないだろう。オレは崑崙島で偶然あいつの戦いを見たが、千年訓練を積んでもあの高みには到達できそうにない…」
「おい、外!」

 窓から見える通りに、こちらに向かって走ってくる黒い人影を警官が見つける。

「撃ちまくれ!」
「この距離なら!」

 手にしたM―8アサルトライフルとP―90アサルトマシンガンを二人はフルオートにして人影へペイント弾をばら撒く。
 ペイント弾を避けもせず食らった人影はその場で倒れ伏し、くしゃくしゃになった。

「な、なんだ?」
「おい、服だけだぞ!」

 軍用多機能スコープでその人影を確かめた兵士は、それが中身の無いタクティカルスーツである事を知って愕然とする。

『こちら一階南! 敵襲!』
『こちら二階西! こちらもだ!』
『正面玄関! なんだあれは!? 妙な影が!』

 あちこちから聞こえてくる敵襲報告に、二人は顔を見合わせた。

「どういう事だこれは?」
「分からん………しかしどれも陽動だと思う……こういう場合、相手は……!」


『一階南! 看板が勝手に歩いてきた!』
『二階西! 銃だけが勝手に撃ち返してくる!』
『正面玄関! 影が無数に迫ってくる! 応援を!』

 各所から聞こえてくる報告に、クァン司令は顔前で組んだ手に額を押し付ける。

「負けたな」
「なぜそう思う?」
「陽動に引っかかり、本命の侵入を許す。私はまた同じミスを犯したようだ」

 背後から聞こえてきた英語に、クァン司令は驚きもせず応える。
 いつの間にか背後に立っていた人物、レンは木太刀をクァン司令の背中に突きつけた。

「いや、あんたの作戦は完璧だった。八門遁行の陣をあそこまで完璧にこなすとはな」
「若い頃、諸葛孔明に憧れてね。随分と勉強したよ。お陰でここまで出世できた。過去の話だが………」
「オレも遁行を知らなければ危なかった。アレンジが少し足りなかったな」

 頬や服に裂傷や鉤裂きを作り、全身から焦げ臭い匂いを立てているレンに、クァン司令は苦笑する。

「今外で騒いでいるのは陰陽の式神という奴だな? 部下にこれ以上妙な不安を与えたくない。解除してもらえないか?」
「……やはり、あんたは道教会のアウター(※魔術組織の外部協力者・主にスポンサーを意味する)か」

 レンが指を一つ鳴らすと、あちこちで起きていた騒動が急激的に静かになっていく。

「模擬戦で符のトラップに爆薬なんて物使われた意趣返しだ。普段なら一般人相手にはほとんどど使わないからな」
「確かに、我ながら意地の悪いやり方だと思うよ」

 クァン司令の自重気味の苦笑が収まる頃には、外はすっかり静かになっていた。

「一つ聞きたい。そちらで何か分かった事は?」
「竜巣(ロンツァオ)にも協力を依頼し、残っていたBOWの死骸等をありとあらゆる方面で調べ、託宣も立ててみた。だが、科学アカデミーの研究室でも、李道士の託宣でも何も分からなかった」
「《竜眼》の李道士が? 彼にすら見えない場所で作られたという事か?」
「そう、そんな場所は在り得ないはずなのだが。私に話せるのはここまでだ」
「いや、十分だ」
「司令!」

 そこに、慌てて駆けつけた兵士達がレンへと銃口を向ける。

「止めておけ。我々はもう負けている」
「しかし!」
「止めたくなければ、勝手にやってみればいい。勝ち目があるのならばな」
「う………」

 率先して負けを認めるクァン司令に、他の兵士達もおとなしくゼッケンを外していく。

「これで、大体は片付いたかな?」
「こちらからも一つ聞きたい。この試験で合格者は出ると思うか?」
「さてね。オレの技と想像を上回る物を持つ人間がいれば、あるいは」
「君を上回る、か………」

 そんな人間、今この場にいる訳が無い。兵士達は全員そう思っていた。



「さて、あと残った奴は?」
「あ〜、ほとんど隠れて隙窺ってた連中だな。今一人返り討ちに」
「最近の連中は根性が足りんな」

 いつの間にか隊長達と同じ場所にイスとテーブルを持ち込み、そこに堂々と陣取った不機嫌そうな表情のバリーが(無論ゼッケンは付けてない)鼻を鳴らしながら、手にしたコップのコーヒーを煽る。

「バリー、あんた本気で再入隊する気だったのか?」

 スミスの突っ込みに、バリーは一瞥。

「昔のよしみも聞かずに、レオンに電話で断られたんでな。直接交渉しにきたのに、この様だ。まったく薄情になったなSTARSも」

 その視線に怒りのオーラを感じたスミスは、何事も無かったかの様に、視線をそらした。

(歳考えろ………)

 その場にいた隊長達の誰もが同じ事を考えたが、誰も口には出さなかった。

「ほれ、またやられたぞ終わりじゃないのか?」
「かもな」

 ほとんど失格のサインが付けられたリストから、残った者達をSTARS隊長達はチェックしていく。

「Jrが帰ってきたぞ。あと残ってる奴は?」
「もういないんじゃね? 後は出るに出られなくなった腰抜けくらい………」

 リストをチェックしていたカルロスが、ふとまだある人物が残っている事に気付いた。

「あれ、あいつさっき………」



 ぞろぞろと失格者がその場を離れていくのを、レンは大分損傷した木太刀で肩を叩きながら見送る。

「まだ残っているのは? 見た限りあと襲ってくる奴はいないが」
「全部終わったんじゃないすか? 今更出てきても返り討ちにあうだけでしょうし」

 回収した銃器をチェックしていたSTARS隊員が、念のためチェックしようとした時、ふとその背後に立った者がいた。

「手伝います」
「お、悪いね。そういや君も出てたけどやられちゃったか」

 ジャンパーを羽織って、無造作に置かれている銃をリンルゥはワゴンに入れようとする。

「どこかにいたのか? 気付かなかったな」
「そうだね」

 レンが何気なくモニター室の方を見る。そこの演習内容を外に表す電光掲示板に、いつからか模擬戦参加者を示す数字が表示されていた。
 そして、そこに残り一名と表示されていたのも。
 レンが木太刀を構え直すのと、リンルゥがワゴンの陰に飛び込むのは同時。
 そこから、リンルゥはスポーツで鍛えた脚力でワゴンをレンへと蹴飛ばす。

「おい!?」

 いきなり始まった戦闘に片付けをしていた隊員と残っていた失格者が驚く中、リンルゥは跳ね起きながら別のワゴンもレンへと向けて全力で蹴り上げた。
 中に入っていた銃を撒き散らしながら、ワゴンはレンへと迫る。
 下からのワゴンと宙を舞ってくるワゴン、レンは前者を片手で止め、後者を木太刀で弾き落とす。
 続けてリンルゥを狙おうとしたが、その眼前にリンルゥが脱ぎ捨てたジャンパーが舞い、視界をふさいだ。
 返した木太刀が真剣がごとくジャンパーを両断。開けた視界には、片手バク転で距離を取ろうとするリンルゥの姿が有った。
 レンが即座に間合いを詰め、木太刀の一撃をリンルゥに振るおうとした時、ある物が見えた。
 リンルゥがジャンパーで視界を塞いだ隙に、ワゴンから落ちていた所を蹴り上げた一丁のベレッタM9が、回転を終えた彼女の手に落下して収まるのを。
 反撃も回避も出来ない距離で、リンルゥは瞬時にセーフティを外し、トリガーを引いた。
 乾いた銃声が、周辺に轟く。
 数は続けて二発、後の一発はジャンパーの下に隠しておいたリンルゥのゼッケンに直撃し、先の一発は胴体の前でかざしたレンの右袖に阻まれていた。

「あ、当たった!?」
「おい、冗談だろ!? あんな小娘が……」
「どうなるんだ!?」
「どうって、実弾だったら胴体直撃だ。合格だろ?」
「知らないのか!? あのキモノは防弾だぞ! 拳銃弾なんか通さねえぞ!」

 その瞬間を目撃した者達が、一斉に騒ぎ出す。
 リンルゥはレンにベレッタM9を向けた緊迫の表情のまま、レンもまた木太刀を持ったまま右袖で胴体を隠し、瞬時に抜いたサムライソウル2をリンルゥに向けたままだった。

『………16番、合格だ』

 カルロスの声に、演習場が一斉に湧き出す。
 もっとも、中にはブーイングもかなり混じっていた。

「すげえぞ!」
「でも待て! あくまで死亡判定のはずだ!」
「でも、当てたのあいつだけだぜ」
「馬鹿言うな! イカサマじゃねえのか!」
「黙りやがれ!」

 賛否両論の演習場に、スミスの怒声が響き渡る。
 そのあまりの迫力に、全員が一斉に黙り込んだ。

「まともに戦えもしねえ雑魚に用はねえ! 誰がどう見たってJrに確実に当てられたのはこいつだけだ! 文句があるなら、オレが相手になってやる!」

 叫ぶと同時に、スミスは手にしたSPAS21ダブルバレルショットガンを上へとぶっ放す。
 これにはさすがに異論を唱える者はいなかった。

「……異論はない」

 レンが呟きながら、両手を降ろす。
 それを見たリンルゥは、ようやく銃口を下ろすと、そのまま後ろに大の字に倒れこんだ。

「おい大丈夫か?」
「は、あははははは」

 緊張が解け、合格の歓喜をようやく感じながら、リンルゥはそのまま笑い出す。

「ボク、本当は上手くいくなんて全然思ってなかったんだ…………」
「だろうな。上手くいったのは幸運だと思っておいた方がいい」
「いいよ、次は実力で勝つから」
「もう勝利宣言か?」
「うん、悪い?」

 大の字になったまま、リンルゥはさも楽しげに笑う。

「ふ、ははっ」

 それにつられたのか、レンも笑い始め、やがて隊長達も徐々に笑い始める。
 そして、それに周囲からの拍手と笑いが混じり始める。
 拍手は徐々に大きくなり、ついにはSTARS隊員達や失格者達の拍手が演習場を包み込む。

「……どう育ててもカエルの子はカエル。ワシの子は、ワシか………」

 会場の片隅、アークも苦笑混じりで手を叩く。

「あの子、第六でもらっていい?」
「抜け駆けかシェリー?」
「ちょっと訳ありなのよ。それに、あれ鍛えられる自信ある?」
「今無くした所だ」
「オレも」
「譲る代わり、潰すなよ」
「さあ」

 穏やかな顔で微笑みながら、隊長達も新たな仲間を歓迎する。
 皆の祝福の中、リンルゥは少し照れくさそうな顔をしたまま、笑い続けた。



「聞いたか」
「彼と互角に戦った少女がいるって話でしょ? 本当かしら」
「気にする必要はないんじゃない? どうせマグレよ」
「そうかもしれないね。それに、もう不確定要素を計算し直す時間はないよ」
「今度は四人全員だもんね。失敗なんて有り得ないわ」
「有りえる、有り得ないの話ではない。成功させる、ただそれだけだ」
「それじゃあ、最終準備に入ろうよ。オペレーション《バード・ハンティング》のね………」



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