第十二章「猛特訓! 鍛えられし刃!」


BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第十二章「猛特訓! 鍛えられし刃!」


STARS新人入隊試験から一週間後 日本 Nシティ国立博物館

『今だ閉鎖が続く崑崙島ですが、中国政府はバイオテロによって発生した感染体及び変異体の大部分処理に成功した旨を発表しました。しかし、なおもT―ウイルス感染の可能性が否定された訳でなく、無期限閉鎖は今後も続行される模様です。
また、先日ICPOからノースマン、崑崙島双方のバイオテロの関係者として公表された二名について、有力情報を提供した者には10万ドルの報奨金が贈与されるとの追加発表がありましたが、その所在は確認されてない模様です。
続いては国内のニュース、東北Mシティを中心として起こっている家庭用ロボットの暴走殺傷事件ですが、捜査当局は一連の事件を家庭用ロボットの制御システムに人為的に暴走プログラムが組み込まれたサイバーテロの可能性が高いと発表、製造ラインからの洗い直しにかかっております。またこの報を聞いて製造元の…』
「国外じゃバイオテロ、国内じゃサイバーテロか…………」
「物騒な時代になったもんだな」

 警備室のテレビから流れるテロ一辺倒のニュースを聞きながら、カップヌードルをすすっている若い警備員と新聞を見ていた初老の警備員が顔をしかめる。

「オレが若い頃はテロつったら爆弾か飛行機で突っ込むモンだったんだがな」
「最近はいつ始まっていつになったら終わるか分からないっすよ。おまけにさっきのモンタージュ見ました? どっちもガキじゃないっすか」
「あんなのが10万ドルの賞金首か………崑崙島のバイオテロ、収拾遅れたの警備システム暴走させられたって噂だろ?」
「やっぱ、どうやっても最後は人手っすよね。だからオレ達みたいな警備員なんて仕事がまだ残ってんすけど」
「まったくだ。物騒のタネはどんな技術が進んでも無くならない物だな」

 そこでいきなり、警備システムが甲高いアラート音を鳴らした。

「なんだ! 火事か!?」
「侵入警報!? 場所は第二展示室! 今警備ユニットが向かって………いや5番信号途絶! 7番に12番も!?」

 本来は有り得ないはずの警備ユニットの信号途絶、故障もしくは破壊の可能性に初老の警備員が目を向いた。

「まさか武装強盗!?」
「4番展示ブース破損信号! やっぱ武装強盗みたいっす!」
「まずい、国宝展示ブースだぞ!」

 若い警備員は警備システムを操作してありったけの警備ユニットを向かわせ、初老の警備員は警察への非常用直通緊急信号のスイッチを押し込む。

「3、4、8番ユニット信号途絶! 何持ってきてやがる!」
「映像は!」
「カメラが全滅してるっす! いったいいつの間に!」
「しかたない、確認に行くぞ!」

 非常用ロッカーの中から、防弾チョッキや防弾メット、強弾性シールドと非殺傷用のスタンショットを取り出した警備員二人は、この職についてから訓練以外で初めてまとう装備に戸惑いながら、それらを身に着けていく。

「も、もし犯人がすんごい重武装してたらど、どうします?」
「警告だけして隔壁降ろしちまえ。そうしたら出られねえ。命あってのものだねだしよ」
「そ、そうっすよね」

 腰が引けまくっている若い警備員をなだめるように、初老の警備員が先立ってシールドを持った。

「よし、行くぞ!」
「は、はい!」

 がちゃがちゃと鈍い音を立て、重装した警備員二人が警報が鳴り響く展示室へと乗り込む。
 途中、通路に転がっている二つに両断された警備ユニットの姿に怖気づきながらも、マシンガンの速射にも耐えられる装備を信じて二人は目的の展示室へと飛び込んだ。
 照明の落ちた展示室の中にいる人影に向かって、防弾メットに付いているハイライトの明かりが突きつけられる。

「動くな! すぐに警察が来るぞ!」
「う、撃つぞ! 最大電圧スタンショット相手じゃ、お前がサイボーグでも……」

 そこで、破損されたケースの中にある物を手にした人影が振り返る。
 それは、全身を白い小袖袴で包んだ、中性的な顔立ちの人物だった。

「あ! こいつさっきの10万ド…」

 言葉の途中で、瞬時にして間合いを詰めた人影は、手にした物を振るった。
 最後まで言う事が出来ず、口がしゃべる体勢のまま、警備員二人の首が胴体から舞った。
 何が起きたかを理解できず、丸く見開いた目の生首二つが床を転がる。

「なるほど、これは悪くない」

 人影は手にした物、展示されていた日本刀を手に、転がる生首と首なし死体を意にも介さずその場を後にする。
 初老の警備員の生首は、意識が途絶える寸前、盗まれた展示ケースにあるラベルを目にしていた。

《国宝・妙法村正》

 日本屈指の名刀の盗難、そして殺された警備員二名。それがこれから始まる史上空前の大事件の、最初の犠牲だった。



STARS本部 地下30m・特殊危険囚絶対隔離房

 STARS本部の更に下、地面の奥底に異様な空間があった。
 地下を20m四方に渡って立方体に繰りぬき、六面全てに耐食性特殊素材で作られた分厚い壁が張り巡らされ、更にはその空間は強酸が満たされている。
 その異様な空間のちょうど中央に、6m四方程の箱が浮かんでいた。
 壁と同じ特殊素材で吊るされる形となっているそれ、内部のいる物を絶対に逃さない事のみを重視し、その中に入れられるであろう者の安全すら度外視して作られた、極めて特殊で危険な牢獄の中に、今それが建造されて初めての囚人を迎え入れていた。
 牢獄へと向けて、唯一の通路である特殊エレベーターチューブが上の壁面から伸びる。
 伸びたチューブが牢獄へと接続され、周囲との完全な遮蔽がされた後、ようやく牢獄への扉が開く。

「おとなしくしてた?」

 チューブの中から、医療カバン片手のミリィが牢獄の中へと降りる。
 そこには、異様な風体の囚人がいた。
 これだけの牢獄であるにも関わらず、拘束服を着せられ、さらに拘束台に完全に固定され、口には拘束マスクまで嵌められている囚人は、ミリィの方を胡乱な目で見た。

「よし、おとなしくしてたようね」
「………」

 ものすごく何か言いたそうな目でその囚人、正確には模擬戦の後、爆炎を斬った時の無理で腕の靭帯が伸びかかっているのを母親に見つかってここに押し込められたレンがミリィの方を見つめる。

「多分そろそろ治っているはずだけど」
「む〜」

 何か言っている息子を無視し、ミリィは拘束台の胴の部分だけ外し、拘束服をたくし上げて肘の具合を確かめる。

「よし、これなら大丈夫そうね」
「むむ〜!」

 拘束マスクの下から何かを必死に訴える息子に、ミリィはにこやかに微笑みかける。

「これに懲りたら、無理はしないようにね。レン」

 なぜか殺気を伴った微笑みに、レンは首を僅かに縦に動かす。

「よろしい」

 取り出したカギで拘束を一つずつ外していくミリィに、レンはマスクの下で深い安堵の息を漏らした。



30分後 STARS本部屋外訓練場

「えらい目にあった……」
「ミリィの奴、ハンニバルの見すぎじゃねえか?」

 ずっと拘束されていたため、硬直気味の肩をもみながら歩くレンの隣に、呆れ顔のカルロスが並んで歩いている。
 二人の視線の向こうには、ジョギングをしている隊員達の姿が遠めに見えていた。

「母さんその手の映画見ませんよ」
「虐待にならねえのかね、ああいうの?」
「さあ? 少なくても撃たれた事は数えるくらいしかありませんし」
「ああ、お前がジュニア・ハイスクール(中学)の時にオレがドサクサ紛れに一緒になって出撃させた時か。あん時ゃオレも背中にぶち込まれたな〜」
「弁明もしないで逃げようとするからですよ。ゴム弾だからって母さんためらいなく撃ちますからね」

 その時の事を思い出したのか、男二人が背筋に悪寒が走るのを感じた時、レンの足が何かを踏んづけた。

「うぐ………」
「あ」

 ジョギング中だったのか、トレーニングウェア姿のSTARS隊員が、レンの足の下でまるでマグロのように転がっている。

「ああ、予想以上に派手にやってやがるな」

 よく見ると、そこかしこにジョギング途中で倒れた隊員達がごろごろと転がっている。
 戦場もかくやという状態に、レンは頬が引きつる感覚を感じていた。

「は………はぁ………ぁ…………」

 そのレンのそばに、ゾンビよりも不安定な足取りで、走っているというよりは泳いでいるような状態のリンルゥが駆けてきた。

「何周走った?」
「さ……あ……隊長に12周遅れ…」

 そこまで言った所で、とうとう力尽きたリンルゥは地面に倒れ込む。

「シェリーさんは全員潰すつもりですか?」
「知らねぇよ」

 倒れたリンルゥを含む隊員達をひきずりながらとりあえず並べていくレンとカルロスの所に、普通に駆けてくるシェリーの姿が見えた。

「あら、全員ギブアップ?」

 レンの手前で駆け足体勢のまま、マグロ市場のセリ待ち状態のような隊員達を見たシェリーがゆっくりと足を止めた。

「もうちょっと持つと思ったんだけどね〜」
「いつ出動かかるかも分からないのに、全員再起不能にするつもりですか?」
「まさか。希望者だけよ、全体の7割くらいだけど」
「全員ぶっ倒れてますが…………」
「あ、向こうでムサシがまだ粘ってるわ。這いずり状態だったけど」
「あそこでアニーが立ったまま気絶してますが………」
「見上げた物ね。ガンマンが倒れるのは敗れた時だけとか言ってたけど。あとこれお願い」

 シェリーが背中におぶっていたトモエをレンへと無造作に渡す。

「まだ走れる……走れるから………」
「おい、虚ろな目でうわ言言ってるぞ。ヤバイんじゃないのか?」
「途中から目の焦点合わなくなってきてね。さすがにこれは危険だと思って止めようとしたけど聞かなくって………誰に似たんだか」
「バリーんとこ行って昔の自分の写真見て来い」

 荒い呼吸音が無数に響く中、レンがトモエを寝かせて脈や瞳孔反応を調べていく。

「これなら大丈夫か。しばらく休めば復活するだろう」
「お〜い、誰か水持ってきてくれ〜ヤカンでもバケツでもいいから」

 カルロスの呼びかけに応じてSTARSの事務員を始めとした職員達がバケツリレーでマグロ状態の隊員達に水をぶっ掛けていく。

「ぶべちっ!?」
「むはっ!」

 最年少二人にも容赦なく水がかけられ、ずぶ濡れになった少女二人がゾンビのような超スローリーな動きで半身を起す。

「オーバーワークじゃないですか?」
「運動不足の引きこもりじゃないんだから、それ位なら問題無いわよ。まあ向こうの二人はちょっと無理しすぎだけど」

 シェリーの指差した先、ぶっ倒れてなおこちらへと這って来ようとしているムサシと、水を頭からぶっかけても微動だにしないアニーの姿に、レンもさすがに二の句が告げられなかった。

「頑張る兄妹は頑張らせておいて、レンこっちの若い二人ちょっとお願いできる?」
「何を?」
「私も何かと忙しくてね。この後近接戦トレーニングの予定だったんだけど、レンなら私より教え方上手いでしょ?」
「レベルは?」
「ん〜そうね、半殺しで」
「お前らの半殺しだと一般人は三回は死ぬと思うが………」
「じゃあ三分の一殺しで」
「………新入りと娘傷物にする気か?」
「その時は傷物にした当人に責任取ってもらうという事で」
「もしもし?」

 さらりと何か危険な事を言われた気がしつつ、レンが少女二人をそれぞれ見やる。

「しばし休んでろ。30分後に近接戦準備をしてここに集合」
「わかった〜………」
「了解〜………」

 返答だけして、二人がまたその場にぶっ倒れる。
 ちなみに向こうでは、ケンド兄妹がミリィ達医療スタッフの手で医務室へと引きずられていった。

「さて、すぐにでも使い物になってくれないとな。死なせないために」
「やっぱ、そろそろだと思うか?」
「この間の試験の事はすでに受験者などから世界中に知れ渡っている。こちらの準備が整った事を知れば、すぐにでも行動を起してくるでしょう」
「せめて、この新入りが使い物になるまで待ってくれねえモンかね?」
「向こうにとっては、大したファクターにはならないでしょうから、そんな余裕は与えてくれないでしょう」
「やれやれ、今の内にナイフでも研いでおくか…………」

 カルロスがぼやきながら、自室へと引き上げていく。
 言葉とは裏腹に、その背にはどこか緊迫した空気を背負っていた。

「あと何日だ? それまでになんとかできれば………」

 レンの呟きに、応える者はいなかった。



30分後

「準備はいいか?」
「いいよ」
「OK♪」

 訓練用に置いてあった竹刀を片手にしたレンを前に、リンルゥとトモエが意気揚揚と(やや顔色は悪いが)構える。

「ところで、それは何のつもりだ?」
「え? これ?」

 レンの視線はリンルゥの脛、そこに取り付けられたスティックホルスターと、それに収められたこの間の試験で破損して廃棄したはずの木太刀に向けられていた。

「人まねの付け焼刃は通用しないと教えなかったか?」
「真似かどうか、確かめてみる?」

 妙に自信のあり気なリンルゥに、レンは疑念を感じながら竹刀を正眼に構えた。


「やってみろ」
「行くよ!」

 叫ぶと同時に、リンルゥの体が加速する。
 レンの手前でその体が大きく沈み、寸前で一気に跳ね上がる。

「……!」

 加速した勢いを乗せ、体を捻るように跳ね上げてリンルゥの右手が逆手で木太刀を引き抜く。
 しかし下段から螺旋を描きつつ繰り出された木太刀は、レンが無造作に差し出した竹刀の前にあっさりと止められた。

「あれ?」
「それで終わりか?」
「まだだよ!」

 体を反転させて木太刀を引いたリンルゥは、そのまま体を回転させて今度はレンの胴を狙って刺突を繰り出す。
 しかしその軌道上には、狙い済ましたかのように竹刀の切っ先があった。
 乾いた音を立てて、突き出された木太刀の先と竹刀の先が激突し、木太刀が勢い余って弾かれる。

「う………」
「どうした?」
「これからが本番!」

 逆手で構えた木太刀を手に、リンルゥの体が左右に目まぐるしく、時には上下回転をも加えながら上下左右からレンを狙う。
 だが、その全ての軌道上に竹刀が現れ、全ての攻撃を難なく弾いていた。

「あ、あれ? おかしいな…………」
「アイデアはいい。どこで覚えた?」
「オリジナルだよ!」

 リンルゥの見た事もない剣術に、レンは密かに関心を覚える。

(中国剣法の物に近いな。恐らくどこかで見たそれにオレの技を見様見真似で混ぜたか)

 結局レンに一発も当てる事が出来ず、肩で大きく息をしながらリンルゥの動きが止まる。

「い、一発くらいは……まぐれで当たると………」
「それ以前の問題に気付いてないのか?」
「なに、そ、れ!」

 最後の力を振り絞って、全身を旋回させながらリンルゥの木太刀がレンの顔面を狙う。
 しかし、それはあっさりとレンの左手に掴み取られた。

「う………」
「あのな、刃筋が通ってないぞ。こんなんじゃ真剣を使ってもひげそりしかできん」
「え? そ、そうなの?」
「次、私!」

 リンルゥを押しのけるようにトモエが前へと出て、拳を上げて構える。

「行くよ!」
「ああ」

 掛け声と同時に、トモエが左右のコンビネーションラッシュを放ってくる。
 対するレンは体を左右に振りつつ、竹刀で放たれるラッシュを払い、打ち落としていく。

「まだまだ!」

 ラッシュが途切れると同時に、トモエの体が沈んで鋭いローキックを仕掛けるが、レンは逆に片足に全体重をかけて強く踏み込んだ。
 体全体を使って放たれたトモエのローキックが、逆にレンの片足にぶつかって弾かれた。

「体重差を考えろとこの間教えたろ?」
「なんの!」

 少し痛む足を引きながら、トモエの体が地面すれすれで旋回しながら距離を取る。
 そこから器用に跳ね上がると、たった一歩で体を加速させ、レンの胴体へと全体重を乗せたストレートを繰り出す。
 レンは体を半分引きながら、伸ばされた細い腕を掴み、思いっきり引いた。

「あうっ!」

 自身の力に更に加速が加わり、バランスを崩したトモエが地面へと転がる。

「モーションが大き過ぎだ」
「まだまだ!」

 再度立ち上がってレンへと向かうトモエを、離れた所からアウトドア用のパラソルとテーブル・チェア一式を持ち出してドリンク片手に見ているシェリーとナイフを研ぎながらのカルロス、銃を整備しながらのスミスが見ていた。

「昔を思い出すな」
「ああ、あいつとシェリーが似たような事やってたな〜」
「結局一回も勝てなかったけどね」

今行われている光景に、かつてあった光景を重ねながら三人は微笑を浮かべる。

「だが、あの時よりは二人の動きはいい」
「シェリーよりも早めに使い物になるかもな」
「だといいんだけどね…………」

 程なくして、息切れしながら地面に転がる少女二人と、汗一滴かいていないレンとを見た三人はため息をもらす。

「次までになんとかなるか?」
「無理だろうな、待機させといた方がいいだろ。あのままだと、死ぬぞ」
「やっぱそう思う? ジルの所にでも送って鍛えてもらおうかしら」
「研修所は今世界中からバイオテロの研修に来てる連中で満員御礼だ。そんな暇はねえだろよ」
「やっぱオレ達でどうにかするしかねえな………」

 話し合う三人の下へ、レンが両脇に俵でも抱くように少女をそれぞれ抱いて三人の下へと歩み寄ってきていた。

「ドリンクまだあります?」
「はい」

 レンがそっと二人を下へと降ろすと、足元に置いておいたクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出したシェリーが荒い呼吸音を上げる二つの口にそれをねじ込む。
 砂漠に水でも撒く勢いでスポーツドリンクが口の中に吸い込まれていき、少し呼吸の落ち着いた少女二人が地面へと降ろされる。

「おかしいな………ボクこの間どうやったんだっけ?」
「運が良かっただけだと言ったはずだ。オレが腕を痛めてなければ、お前の銃は弾かれていたからな」
「うう、これで247戦247敗…………」
「多いな、おい………」

 自分の足にもたれるようにしてあえぐ少女達を見ながら、カルロスは研ぎ終えたナイフを拭う。
 それと同時に、ポケットから携帯電話の着信音が流れ始める。
 画面に表示された着信先を確認すると即座に電話に出る。

「オレだ。首尾は」

 いきなり用件だけ述べると、相手もそれに応じてか矢継ぎ早に会話が進んでいく。
 カルロスは、それに対して簡単な返事だけ返していくが、その表情はどんどん渋くなっていく。

「分かった。悪かったな無理言って、まぁ手間取らせた分は後で返す」

 ため息と同時に携帯をポケットに収めつつ、シェリーとスミスに目配せをする。
 それだけで察した二人は、手にしていた者をその場に残し、席を立つ。

「しばらく休んでろ。レンは俺達の話に付き合ってもらう」
『はーい』
「レン、小会議だ。付き合ってもらうぞ」
「分かりました」

 力ない返事をしている二人をその場に残し、4人は傍の休憩室に移動していった。



 休憩室のテーブルに、席を移した4人は思い思いにイスに座る。
 それぞれの前に紙コップのコーヒーが配られた所で、カルロスが口火を切る。

「さっきの電話だがな、俺の昔の傭兵仲間からだ。増援にあてにできるメンバーがいないか頼んでいたのが、ダメだったていう報告だった」

 カルロスの苦々しげな表情に、ある程度の予想がついていたのか、シェリーとスミスがため息をつく。

「そういやJr、そっちの増援の件どうなった?」
「全部断られました。陰陽寮は崑崙島で発生した瘴気が日本に流れてくるのを防ぐために宗家上げて物忌みに入ったそうですし、余波食らって知り合いの退魔師は全員24時間対応状態、ついでに内調(※内閣調査室の略)の伊賀と陸幕(※陸上自衛隊幕僚監部、前者とあわせて日本の二大諜報機関)の甲賀は次のテロが日本で起きる可能性高しと見て不眠不休状態だそうです」
「どこも似たような状況だな。アメリカじゃ州兵にまで準待機命令が出てるらしいぜ」
「こっちでも腕の立つ傭兵は全員予約済みだそうだ。今すぐ世界大戦でも始まろうかって厳戒態勢だな………」
「俺なんか署長通り越して市長から帰還命令が降りそうになったぞ。地元を優先したくなるのは分かるがな」
「レン君に大統領からの直接帰還命令が出てるって噂もあったわね。あの課長さんが握りつぶしてるってみんな言ってるけど」
「幾ら課長でもそこまで…………は………?」

 頬に妙な汗を感じつつ、レンは脳内に浮かんだ幾つかの〈前例〉を必死になって打ち消す。

「せめて、次の目的地が分かればね………アークがあちこち飛び回ってるみたいだけど、まだ何も分かってないって」
「あれだけのBOWを送り込んだ連中が、尻尾もつかませないってのはどういうバックがついてやがる?」
「とんでもない技術とろくでもない頭脳持った連中だってのは確かです」
「ああ、あの件ね………」
「なんの話だ?」

 シェリーが顔を曇らせたのに、スミスが首を傾げる。
 レンが紙コップの中のコーヒーを一口すすりながら、静かに口を開く。

「母さんに監禁されてる間、色々考えました。これは…………STARS内部でも極秘事項になる話になるでしょう」

 踏ん切りをつけるためか、レンは残ったコーヒーを一遍に飲み込む。

「シェリーさんにだけにしか話してなかったんですが………」
「あのジンとかいう奴、半陰陽、すなわち両性具有だったっていうのよ」
「はあ? なんだそりゃ?」
「どうやって調べたんだよ。剥いたのか?」
「偶然にね、崑崙島であいつの服を斬ったら、乳房があったんですよ。だけど、あいつの動きは女性の物じゃなかった」
「どうやって分かるんだよ?」

 スミスの疑問に、カルロスも同意する。

「簡単、骨格よ。男性と女性じゃポテンシャル云々は抜いても、骨格の違いで動きに差が出るわ」
「その通りです」

 シェリーがレンに代わって答えるが、しかしなお、カルロスとスミスは首を傾げたままだった。

「そいつも生物兵器の可能性が高いんだろ? なんだってそんな妙な物?」
「胎児は両性具有だって話知ってる?」
「え? 性別ってDNAで決まるんじゃ………」
「それはあくまでDNA上での話。母胎内において、胎児はある一定レベルまでは両性具有の状態で急激的に育つわ。そしてある程度成長するとホルモンの分泌で生物学的に雌雄が決まる。けれど、もし人為的にそのままの状態を保って成長させたとしたら、胎児の急激的な成長力をそのまま身体の発達に転換できる。机上の空論と言われてきた超人成長理論よ」
「おいおい、無茶苦茶な話だな……」

 シェリーの説明に、詳細までは理解できなかったが、ヤバイ話だと踏んだスミスが右手で額をかく。

「でも、成功率は低かったはずよ、動物実験だと両生類はともかく、哺乳類になるとホルモンバランスが狂ってまともに成長しないわ」

 シェリーが小首を傾げるのを、レンは恐ろしい可能性を示唆した。

「低いが、皆無という訳じゃない。恐らくジンは数少ない成功例だ」
「おい待て、じゃあ失敗作もあるって事か?」
「間違いなくね。テストタイプから完成体まで、さぞやおぞましいサンプルがあるでしょうよ」

 カルロスが無言でテーブルを砕きかねない勢いで拳を振り下ろす。

「まだそんな馬鹿やってる連中がいるのか………絶滅させたとばっか思ってたのによ」
「………実は、シェリーさんにも言ってない続きがありましてね」
「あ? これ以上どんな事があんだよ?」
「あいつ、オレの事を兄さんと呼びました」

 予想だにしなかった言葉に、その場にいた者達の視線全てがレンへと集中した。

「……なんの冗談だ? お前が生まれる前に父親は死んでんだぞ! お前に兄弟がいる訳ねえだろ!」
「それ以前にあいつはBOWなんだろ! なんでそいつがお前を兄貴なんて呼ぶんだよ!」

 声を荒げるカルロスとスミスに、レンは無言。だが、顔面を蒼白にしたシェリーの口から、恐ろしい仮説が飛び出してきた。

「そういう事……それなら、全てのつじつまが合うわ………」
「ああ!?」
「ランって子と戦った後で、色々シュミレーションして見て気付いたの。あのランって子は、間違いなくアレクシアタイプとSTARSの戦闘データをベースに造られていた。だとしたら、ジンのベースになったのは?」
「おい……それ以上………」
「オレの父親の、水沢 練のDNAと戦闘データ」

 誰も聞きたくなかった部分が、レンの口から放たれる。
 カルロスとスミスの手から、紙コップが滑り落ちた。

「待てよ……それじゃあオレ達は………」
「あいつの、クローンと戦わなけりゃいけない、てのか?」
「いや、ジンが狙っているのはオレ一人です。その仮説なら、あいつがオレに異常に執着している理由も納得できる」
「同じ人間から生まれた者同士、競わせるのにこれだけ妥当な物はないでしょうね」

 テーブルについて組み合わせた手の中に顔をうずめているシェリーの口から、小さく言葉が漏れる。

「どこから入手したかは分からないけど、素体としてはこれ以上ない物だったでしょうね。かつてSTARS最強と言われた男のDNAは………」
「恐らくは血液、もしくは毛髪でしょう」
「だろうな。あの時、あいつは派手に巻き散らかしてたからな」
「ふざけるな! あの時、あいつの遺体をオレはこの手で運んだんだぞ! そのどこで手に入れるってんだよ!」
「すべては推測でしかないわ。状況証拠が揃い過ぎてるけどね」

 スミスの歯軋りが、室内に響き渡る。

「……考えても仕方のない事でしょう。例え相手が父さんから造り出された者であろうと、世の秩序を乱す存在なら、相手するのみ」
「…………いいのか、それで」
「これが、オレの仕事です」

 カルロスの問いに、レンはそれだけ言ってその部屋を去る。
 後に残された者達は、その背中を黙って見送った後、誰とも無く口を開いた。

「とことん、父親似だなあいつはよ………」
「ミリィは似させたくなかったらしいけどね」
「黙っていても、ガキは親に似るもんだ。あいつは一際だがな…………」

 レンが部屋を出る直前、一つの足音が遠ざかっていくのを誰も言おうとはしなかった。



その日の夜

 私室として与えられた部屋で、レンは愛刀―備前景光を手入れしていた。

「むう……」

 部屋の明かりに照らされた大業物の刀身に、微細なかげりが幾つも生じているのにレンは顔をしかめる。

「チタンなぞ斬る物じゃないな………」

 念入りに研いでみたが、刀身その物へのダメージの蓄積はどうしようもなかった。
 一応代わりの物は何本かあるが、備前物の代わりを勤められる程の名刀はさすがに所持していない。

「このクラスともなるとそうそう代わりも見つからんしな………頼んで工面してくれそうな者も………」

 代刀の宛てを脳内で検索した所で、レンは手にした刀を瞬時にドアへと向けた。

「誰だ」
「………」

 誰何の声に、無言のまま控えめなノックが響く。

「……どうぞ」
「……おじゃまします」

 おずおずと、ドアの前に立っていた人物、リンルゥが室内へと入ってくる。

「まず言っておく。必要の無い限り気配を中途半端に忍ばせない方がいい。特にオレのような人間のそばではな」

 リンルゥが何か言う前に、その事を断言してからレンは手にしていた刀を鞘へと納める。

「もしそのまま入ろうとしたら、誤って斬っていたかもしれん」
「ご、ごめん…………」

 日中の訓練の疲れもあるのか、妙に大人しいリンルゥが殺風景な部屋のベッドへと腰掛ける。

「で、何か用か?」
「あ、その………」

 ハードな訓練のせいでバンソウコだらけの手を組んだり離したりしながら、リンルゥがレンをちろちろと見る。

「用が無いなら早く寝た方がいい。明日もハードだぞ」
「聞いちゃったんだ……ボク………」

 顔をうつむけたまま、リンルゥが小さく呟いた。

「お父さんの、クローンと戦わなきゃならないって…………」
「盗み聞きしてたのはやはりお前か。様子がおかしかったからもしやとは思ってたが」
「平気なの? 兄弟みたいな物なのに………」
「まだ決まった訳じゃない。否定要素が無いのも事実だがな」
「でも………」
「ある意味血は繋がってるのかもしれん。だが、あえて言うなら、あいつはオレの影だ」
「影?」

 顔を少し起したリンルゥが、レンの言葉に戸惑いを見せる。

「オレは父さんの事を知りたくて同じ剣の道を歩み、あいつは父さんの事を越えるために造られた。立場は違えど、結果は同じ技を極める事。もしかしたら、逆になっていても不思議じゃなかった」
「……そうは思えないな」
「光背一刀流は、免許皆伝の際に陰陽の秘術を持って、己の影と対峙する。己の影ゆえに形は様々だ。オレは、父さんの姿をした影と戦った…………」
「結果は?」
「影とは、己の弱さの現れだ。オレは、なんとかそれを克服できた。だが、今回はそれ以上の物を突きつけられるだろう………」
「…勝てる?」
「分からん。だが、負ける気で戦った事は一度たりとて無い」
「それで、負けた事は?」
「師匠とは、結局こちらの勝ちが上回る事は無かった。もっとも練習での話だ。本気で戦ったら、どちらが死ぬか分からないだろうからな」

 苦笑しつつ、レンは代刀の一振りを手に取ると、それをリンルゥへと突き出す。

「明日からこれを使え。真剣の扱いを教える」
「いいの?」

 それを受け取ったリンルゥは、手に重くのしかかる鋼の感触に思わず唾を飲み込む。

「銘は《玲姫(れいき)》、陰陽寮五大宗家の一つ、真兼(まがね)家の現頭首が鍛えた刀だ。もっとも、本来は戦闘用でなく、護符用として鍛えた護り刀だ」
「へ〜」

 リンルゥはゆっくりと《玲姫》を鞘から抜いていく。柄尻には五芒星が刻まれ、大刀としては短めの刀身に、津波のような刃文が鮮やかに浮かび上がっていた。

「すんごく斬れそうな刀だ……」
「実戦でそいつを抜くのは、最後の手段にしろ。生兵法は怪我どころか命を縮めるだけだからな」
「そうだね。少なくてもレンにもう一発くらい当てられるようになってから」
「気の長い話だな」
「それどういう意味!?」

 むきになって怒るリンルゥに、先程までの沈痛さが消えているのを確認したレンは、かすかに笑みを浮かべる。

「もう寝た方がいい。明日は朝から始めるぞ」
「うん」

 刀を抱くようにして、リンルゥがドアを開けてレンの部屋から一歩出た所で、そこに立ちはだかる小さな影に出くわした。

「何、してたの?」

 パジャマ姿で枕持参のトモエが、白い目でリンルゥを睨む。

「ちょ、ちょっと話してただけだよ……」
「じゃあその刀は?」
「れ、練習用にって」
「それレンが警護の仕事の時に使ってる刀! 警護対象にだけ渡すはずだけど?」
「え、え〜と」
「このドロボウ猫! ぬけがけ女〜!」
「わ〜、ストップストップ!」

 少女二人の喧騒の声が本部中に響き渡る。
 何事かと起きてきた隊員達は、枕を振りかざしてリンルゥを追うトモエに、半ば事情を察したのか逆にはやし立てたり、オッズの声が飛び交う。

「にぎやかな事だ………あと、何日こうしていられる?」

 響いてくる喧騒にレンは逆に僅かに焦燥を感じていた。

「近付いてきている。次の戦いがすぐそこまで………」

 窓から見える星に、凶兆を示す動きを感じつつレンは誰とも無く呟く。

「相手が誰であろうと、オレはオレの仕事をするだけだ。そうだろ、父さん………」



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